第拾四話 オオサカ買い出し紀行
 

A-Part

 出町柳から淀屋橋に向かう京阪特急の中で、山口健はこれ以上ないと云う程の仏頂面で椅子に座っていた。彼の後ろの席ではレイヤーチーム『西陣歌劇団』の三人がキャイキャイとはしゃいでニンテンドーDSを手にマリオカートに興じている。彼女達は大阪のヲタク街、日本橋に向かおうとしている所だった。健は荷物持ちに借り出され、冴と直美も途中の難波で今年の夏のための水着を買うと云うことで一緒に電車に乗っていた。冴の膝の上には篝が乗っている。
「健殿、お主は今朝方から何も言わず恐ろしい顔ばかりしておるのう。たまの遠出と云うのに楽しみではないのか?」
「……」
「そんなの当たり前だ、と言いたそうな顔じゃな。なれど我らの買い物に付き合うと思えば少しは気も乗るのではないか? 現にお主の直美殿や妾とのでえとでも買い物はほとんどいつもの事じゃろう」
「まあ、冴や直美となんばCITYに行くだけならな。その後何が悲しゅうて日本橋に行かにゃならねんだよ」
 健はボソリとそれだけ言った。
「け、ケンちゃん、分かったわ。その先は言わないで」
 慌てて直美が遮る。それ以上言うと絶対奈々香と喧嘩が始まると感じたから。そうして直美は訝る冴の方を向いて続きを話した。
「ああ、日本橋ってね、京都で言えば寺町みたいな場所なのよ。あそこよりもっとお店の数も多ければ品揃えもいっぱいあるけど。そこで奈々香達が買う物が……その……」
 直美はその先を言い倦んで曖昧な事しか言えなかったが、人の心を読める冴は直美の顔を見てある程度言いたい事を理解してくれたようで、
「その点健殿と奈々香殿達の間に温度差が生まれるのも無理からぬ話じゃろうの。お主はあにめも普段見ぬし、せいぜい『ばんぶうぶれえど』くらいしか漫画を読んでおらぬ故。じゃが健殿」
 冴は健の目をジッと見て言った。
「な、何だよ冴」
「奈々香殿等はお主を信頼しておればこそ荷物持ちに指名した。そこは分かっても良いのではないか? ただそうしたいだけならお主の悪友を扱き使う手もあろう」
 健は有二が自分の立場に置かれたらどうなるかを想像して、そりゃ拙い事になるだろうなと眉根を寄せた。好きな道枝のために一肌脱げと奈々香に騙されて付いて来たはいいけれど、彼はその後道枝とデートさせてくれと執拗に言ってくるに違いない。そんな有二を当の道枝は煙たがっていたし、健としても有二の暴走の可能性にはいつも冷や冷やさせられていたのだから。
「お主を奴隷や召使としか見ておらぬ者が、相応の対価を用意せぬと思うかえ?」
「そうそう、今度の伊根町行きにはあたし達もモデルとして行ってあげるんだから感謝しなさい」
 ゲームが一区切りついた奈々香が口を挟んだ。健達光画部は、今年の夏休みには京都府北部は丹後半島の伊根町で合宿する予定がある。十数年前には朝のドラマの舞台になっていたし、海水浴場もあれば舟屋と呼ばれる建物や千枚田等観光の見所にも事欠かないスポットとして、京都の田舎ではここ数年盛んに観光客誘致をしている地域であった。
「とか何とか言ってお前等は安直に海に行きたいだけじゃハグッ」
 興奮しかかった健の口に慌てて直美が抹茶味のフランを放り込んだ。何するんだと言う目で振り向いた健に、直美は無言でゆっくりと首を振っていた。
「ま、まあ直美に免じてここは引き下がってやらあ。夏合宿を楽しみにするこったな」
「(ケンさんって実は奈々以上のツンデレかしら)」
 ポリポリとフランを食べながら言う健に祐子はそう言いたかったが、口を開きかけた所で道枝に制止されて黙ってしまった。
「ほらケン、いつまでもカリカリしてないでこれで気晴らしでもしなさいよ」
 奈々香が健にDSを差し出す。
「マリオカート? あのゲームキャラを使ったレースゲーだな」
「そう。ケンもやってごらんなさい。勝ったらあんたの言う事一つ何でも聞いてあげるから」
「いや、そうは言ってもゲームなんて全然やらない俺が達人とやって勝てるかよ」
「だからいっちょ頑張んなさいって事で、あんたの言う事何でも聞くって言ってるんじゃない……と言いたいけどそうかもね。じゃあケンの好きなように対戦相手選んでよ。それでもあたしとしたいってケンが言うなら受けて立つけど」
「よし奈々香、お前と勝負しようじゃないか。そんでもう一人は……道枝だな」
 笑いかける祐子と、取り澄ました顔の道枝の顔を見比べて健は道枝を指名した。彼女なら手加減してくれるかもしれないと直感的に思って。
「ふうん、他のレーサーには甘くない事じゃあたしといい勝負の祐を外したのは正解だわね。でもみっちゃんは下位グループには優しいけど抜かれていいアイテム持ったら容赦なく攻撃してくるから気をつけなさいよ」
「ちょっと、ケン君は初心者でしょ? 私ケン君にそんな意地悪しないわ」
 奈々香の顔がサッと変わり、怒った涼宮ハルヒを思わせる形相で道枝の耳元で言った。
「あら、さっきまで『勝負の世界は非情なのよ』なんて言ってあたしをしつこく狙ってたのは誰かしら? 初心者だからってなさけむよう、速すぎてそんはないのよ。みっちゃん、もしケンに負けたらあいつの目の前であんたのスカートめくるから覚悟しなさい。走る気無しでやってたら胸タッチもさせちゃうから!」
「ふええええ」
 健に気を遣ってわざと負けるつもりがそうもいかなくなり、道枝は朝比奈みくるのように震え上がった。
「何コソコソしゃべってんだよ。兎に角やろうぜ。あ、俺操作方法分からないんだけど教えてくれないか?」
「ええ」
 一通りの操作やアイテムについての説明とキャラクター、コースの選択が終わると、熟練者二人とズブの素人一人、そしてNPC五人のレースが始まった。ロケットスタートでいきなり飛び出す二人と慌てて飛び出してもたつく健。それでも何とかアイテムボックスに車をぶつけてアイテムを取る事には先ず成功した。
「あ、金のキノコだ……おお、加速すげえ。よし、この間にぶっちぎるぜ」
 健は悉くNPCをまくり、奈々香の背中が見える辺りまで追い上げて来た。
「ああら、調子に乗ってていいのかしら?」
 奈々香はニヤリと笑ってボタンを押した。バナナの皮が飛び出した。
「おおっと」
 慌ててバナナをかわす健。そこでNPCが脱落し、健は尚も奈々香を追撃しようと走る。
「やるじゃない。でもそう簡単に追いつかれてたまるもんですか。それっ、ミニターボ!」
 奈々香は健を突き放した……と思うとNPCの出した雷を落とされて小さくなってしまい、その間に健と道枝に抜かれてしまった。その間に悠々と二周目に突入するPC二人。
「うぬぬ、これで勝ったと思わないでよ」
 怒りの奈々香。健と道枝のデッドヒートの中、突然健のカートの前にゲッソーが現れた。
「わっ、墨噴きやがった」
「落ち着いてケン君、下の画面見れば大丈夫よ」
 道枝に言われた通り健は下を見た。
「あれ、こっちは汚れてない……よし、行くぞー」
「ああん、待ってよケン君ー、ああっ、いやあああああ」
 アクセル全開で健は道枝を抜き去り、トップに踊り出た。
「いい気になってんじゃないわよケン。禁断のトゲゾーをお見舞いしてあげるわ、それっ」
「え……ケンさん危ない! 気を付けて」
「え、気を付けてったってそんな急に……ああああああああああ」
「きゃー!」
 健のカートにトゲゾーこうらが当たって爆発が起こり、巻き込まれた上位グループが一斉に転倒した。道枝もその中の一人である。
「ふふん、ケンがゲームであたしに勝とうなんて百年早いわよ。それじゃお先にー」
 上位と下位が入れ替わり、このままなら奈々香の一人勝ちかと云う戦況でレースは三周目を迎えた。
「まだよ、まだ終わらないわ」
「俺だってここで諦めるタマじゃねえ。奈々香がその気ならこっちもやってやるさ」
 健がここぞとばかりアイテムボックスに突っ込んでさて出てきたのは……キラーだった。
「お、おおお、すげえスピードで追い上げていくぜ。こりゃ楽ちんだひゃっほう」
「え、キラー引いたのケン? ちょっとダメよ。来ない、で……きゃあああああ」
 忽ち健は奈々香の真後ろまで追い上げた。
「お、何か風切ってるエフェクトが出てきたな」
「ちょっとケン、何してるの。止めてよいやらしいわね(と言ってあたし今丸腰だし逃げるしか手はないじゃない。このまま加速されて逆転勝ちされちゃうなんて嫌よ)」
「(ほほう、こうするとスピードがつくのか)へへ、俺が俺だったのが運の尽きよ。そーれラストスパートだっ!」
 健は奈々香の後ろにピッタリ付けて加速して奈々香をギリギリで抜き去り、見事一着でゴールインを果たした。
「やったぜ!」
「ケンちゃん勝ったの? おめでとう!」
「ふん、貴様も少しはできるのじゃな」
「やるではないか……それはそうと健殿、お主やっと笑ったの」
「え?」
「『やったぜ!』と申しておった時のお主の顔、さいぜんまでの仏頂面が嘘の様じゃったぞ?」
 冴は健に笑いかけ、ウインクをしてみせた。直美がさらに輪をかける。
「ケンちゃん、今日はもう怒っちゃ嫌よ。そんな感じのケンちゃん見せて」
「おい奈々香、お前ひょっとしてそこまで計算して……」
「な訳無いでしょ!」
 負けて悔しくて堪らないと言いたそうに奈々香が噛み付いて来た。
「ただの気分転換のつもりで誘ったのに、最後に番狂わせであたしが負けるなんて……」
「奈々ちゃん落ち着いて。自棄起こしたってどうにもならないでしょ」
「もういい、あたし覚悟決めた。あたしに何して欲しいか言ってよケン。スケブにバンブレのタマちゃんやサヤ描いてくれって言うなら描くし、何なら一緒にお風呂入るとかヌード撮りたいとかケンが言うならそうしてもいいわ」
 ヒステリーの一歩手前と云った感じで捲し立てる奈々香を宥めるように健は一言。
「んなこたぁ言わない。今日一日俺達みんな楽しく過ごせるならそれでいいさ。だから奈々香、お前もそんなに怒らないでくれよ。俺ももう不貞腐れながらお前等に付いていくなんて真似はしないからさ」
 健にそう言われて、どんな無茶もする腹を決めていた奈々香は拍子抜けしたような顔をしていたが、ポツリと一言。
「……分かったわ」
 それきり奈々香は電車が大阪に入ってからずっとしおらしくしていた。
「俺よっぽど奈々香にショック与えちまったみてーだな」
 健はどうやって奈々香を元気付けたらいいのか悩んで呟いたが、
「案ずるな。あの『涼宮はるひ』とやらに憧れておる奈々香殿の事じゃ。そういつまでも沈んでおる事もあるまいて」
 冴がサラリと言ってのけ、
「確かに奈々香が日を跨いで落ち込んでる所って見た事ない……」
 直美がさらに輪をかける。そして電車が終点の淀屋橋に着いた時には
「さあこれから地下鉄よ。いざ行かん、我らが聖地へ!」
 冴と直美の言った通り、奈々香はいつもの明るい奈々香に戻っていた。
「ほら何ボーッとしてるの。さっさと行くわよ」
「え、ああ悪い。今行くよ」
 変わり身の早さに驚いていた健は奈々香にテンションの高い声で言われ、冴に無言でポンと尻を軽く叩かれて我に帰って慌てて地下鉄乗り場に向かう奈々香を追い掛けて行った。

「これから私達は決めてる店あるからそっちに行くけど、ナオ達はどうする?」
「うーん、いろいろ見てみたいから適当に行くわ」
「あらそう。でもなるたけ早くしてよね」
 女が買い物であれこれ迷うくらい当たり前だから急かす事ないじゃないか、と普段の経験から健は言いたかったが、奈々香の有無を言わさないような目がそう言う事を許さないのを感じて黙ってしまった。彼女達にとってはここでの買い物は飽くまで「おまけ」で、本当の目的はこの後に控えているのだから。健、冴、直美、篝の四人はなんばCITYの入口で奈々香達と別れ、婦人服のフロアをうろつく事になった。そして幾らも歩かないうちに冴が健に呼びかける。
「健殿」
「ん?」
「妾はお主に水着を選んでもらいたいぞ」
「え? おい、ちょっと待ってくれよ。普通の服ならまだ何とかいけるけど水着は 難しいよ。直美に選んでもらった方がいいんじゃないか?」
「いやいや、お主はどうして服装の目利きは悪くない。直美殿の意見を聞くのも嫌とは言わぬが、ここはお主の良いと思う物を選びたいものじゃて。健殿、ひとつ見てはもらえまいか」
 婀娜っぽく笑ってみせる冴。健もまた男だけにそんな笑顔を向けられると断りにくくなってしまい、
「さ、冴がそう言うならそうしてもいいか……」
 苦笑混じりで同意した。だが冴の足元では篝が無言で怖い顔をして健を睨んでいる。おかしな真似をしたら許さんぞと言いたそうに。
「あー、分かってるよ篝ちゃん。エロいの選ぶとかそんな事しないから」
「ケンちゃん、私もケンちゃんに新しい水着選んで欲しいな」
 直美が他の女の子に対抗する「いつもの」攻勢を仕掛けてきた。その声音に妙に力が入っている事で健は更に焦り、
「い、いいんだな、直美?」
「ええ、私ケンちゃんの事信頼してるもん。きっといいの見繕ってくれるって」
「……分かった。行こうじゃないか」
 重苦しそうに健は言って歩き出した。
「浮かれトンビになるかと思いきや男として妥当な態度じゃな、山口」
「そうなの篝ちゃん?」
「ここで嬉しがるのはただの助平じゃ。碌な選択になる道理があるまいて。翻って選択を誤ったならどう詫びようかと山口は悩んでおる事であろう。さもあらば冴と橋本に少しは良い水着を探し出そうと努めるじゃろうて」
「篝、お主も健殿に水着を見てもらうかえ?」
「ばっ、莫迦を言うな。いくら冴でも冗談が過ぎるぞ。儂は儂で好きな物を選ばせてもらう。山口に要らぬ世話を焼かれてたまるか」
 プイと横を向く篝。
「いや流石だね篝ちゃん。君の言う通り、俺は下心一切抜きでやらせてもらうさ。そいつが俺の数少ない取柄な訳だしな……あ、この店水着のセールやってるってさ。行ってみるか」
 健達は一軒の洋品店のドアをくぐり、品定めに入った。

「ねえねえケンちゃん、私スカート付きのが可愛いくていいと思うんだけど……これどうかな」
「これか? うん、可愛いな。でもスカートからパンツがはみ出てるってのがちょっとエッチっぽい気もするな。それならもう少し丈の長めのか、パレオ付きのが良くないか」
「うーん、じゃあこっちはどう? これならお洒落じゃない?」
「ああ、これの方がさっきのより上品でいいな。色もレモン色で直美には似合いそうだし」
「健殿、妾の水着も選んでくりゃれよ」
「こりゃ貴様、冴を困らせるでないぞ」
 篝は足をムズムズさせて健を睨んでいた。
「(てめ、構ったら構ったで邪魔者とか言いやがるくせに)」
 カチンと来て怒りかかった健だったが、
「篝、そうこせるでない。健殿はそこはちゃんと気を配れる男じゃて。健殿も無闇に篝を怒るでないぞ」
 冴の諫言で事無きを得る事はできた。そうして品定めに入る健。
「ああ、そうだな……」
 健は冴と一緒にあれこれ見て回って、一発直感で選んだ。
「冴はこれが似合うと思うんだけど。シンプル・イズ・ベストって所でな」
「うむ、妾もこう云う簡素な衣の方が好きじゃぞ。健殿はよく心得ておるわ」
 健の指差した飾り気のないローライズの黒ビキニを見て、冴は嬉しそうだった。
「どれ、試しに着てみるとするか。健殿、楽しみにしておれよ」
「あ、私も試着する!」
 冴と直美は我先にと試着室に引っ込んだ。衣擦れの音がカーテン越しから聞こえて、脱ぎ捨てた下着が足元に落ちるのが見えた。
「(およ、今日の直美のパンツは赤白のチェックか。和服の冴は襦袢と……おや、スポーツブラも着けてたのか、って、ああ、いかんいかん。さてこの間をどう持たせたもんか)」
 健もまた男であるからにはカーテンの向こうにある冴と直美の裸が脳裏に浮かぶのは自然な事ではあったが、「男は紳士たれ」と云う彼の矜持が同時にそれを許さない。本能と理性が健の心の中で葛藤しているところで又しても篝が切り込んでくる。
「山口、今貴様邪な事を考えておったな?」
「おいおい篝ちゃん、だからって俺は何かするとかそう云う事は一切ないぜ」
「あの姉上なら男なら普通の事と笑うじゃろうが、滅多な事を考えるでないぞ。橋本ならいざ知らず、冴に手を付けよう等とは儂が許さぬわ」
「あのな、そんな命知らずな事俺にできるはずないだろうが」
「さもありなん。仮にそうしたとして儂が神罰を下す以前に冴の手で貴様など影も形も無くなるじゃろうしの、けらけら」
「放っといてくれ(ああ、冴、直美、早く出てきてくれえ)」
 健が篝の口激にうんざりしかかっていた所で、
「じゃんじゃじゃ〜ん♪」
「どうじゃな健殿、妾にこの水着似合うておるかえ?」
 水着に着替えた冴と直美が試着室から現れた。
「ケンちゃん、水着って久しぶりだけど変じゃないかな? 私はいいと思うけど」
「妾のも良さ気じゃな。ごてごてしておらぬ分妾の『ないすばでぃ』が引き立つわ」
 健は冴と直美の水着姿に思わず見入っていた。普段は二人に惚れこんでいる素振りなどほとんど見せる事はなくても彼もまた男である。ボトムにミニスカートの付いた直美の黄色いビキニ、黒一色のローライズビキニの冴、どちらも海やプールに行ったならさぞ男達の注目の的となるであろう。
「ふん、貴様の目に狂いはなかったようじゃな。少しだけ見直してやってもいいぞ、山口」
「そりゃどうも。うんうん、二人とも良く似合ってるよ」
「ケンちゃんありがとう、嬉しいわ」
「うむ、忝い事じゃ。して……」
 冴は一旦言葉を切ると、意味ありげに笑って続けた。
「健殿は直美殿と妾の水着姿のどっちがより好みかの?」
「え……」
 健は絶句した。どちらにも一番似合うと思った水着を選んであげたつもりなのに、そこからまたベストなのはどっちだと聞かれるのは想定外だったのである。
「それは、そのー……俺は二人の個性が引き立つように最善を尽くして選んでみた訳だし……」
「おっと、どっちも好きと云う答えは認めぬぞ? 妾はそこら辺りを健殿がどう思うておるか知りたいでな」
「あ、私もそれ聞いてみたい。確かに私と冴さんとじゃ全然タイプ違うけど、ケンちゃんはどっちが好きなのかな?」
「あー、そんな事言われてもな、うー、俺どうも答えに困ってよ、そのー……」
 古の総理大臣のような口調で代わる代わる冴と直美を見比べて、答え倦ねる健。
「健殿、早く答えを出してはもらえぬか? いつまでもお主の前で半裸でおるのは恥ずかしいでの」
「ケンちゃん、これって私に似合ってるよね? 『直美可愛いよ』って一言だけでいいから言ってよ」
「えっ、ああ……」
 直美の最終兵器「私のお願いを聞いてちょうだい光線」を出されて健は尚更困惑させられた。板挟みの感情の中、二人の水着姿を代わる代わる見てどっちの顔を立てればいいのか散々悩んでいる所へ、
「ケン、何してるの!」
 金切り声が飛んで、目を三角にして怒っている奈々香が現れた。彼女の後ろでは道枝と祐子が困ったような顔で立っている。
「あたし達が何のためにここでの買い物さっさと済ませたと思ってる訳? 時間は無いのよ。早く会計済ませて上にいらっしゃい」
 途端に奈々香は健の耳を掴んで引っ張った。
「いだだだだっ、耳抜けるじゃねえかよ」
「あらそう、じゃあお経でも書いとけば良かったわね」
 冴と直美は顔を見合わせて苦笑し、改めて試着室に入って元の服に着替えた。


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