第拾六話 八乙女に明日はない(後編)
 

A-Part

「楓さん、楓さん!」
 大原野稲荷の廊下をバタバタと駆けて、奉職している若い巫覡が楓の居る部屋に飛び込んで来た。襖を開けた彼の目に飛び込んだのは……着替え中の半裸の楓だった。
「あら……何慌ててはりますのん? うちのお着替え見たいんやったらそない言うてくれはったら構しませんのに」
「そんな事言ってる場合じゃありません。これを見てください!」
 巫覡の差し出した紙には、ミミズが痙攣を起こしているような字でこう書いてあった。

さえをたすけにいく おいかけてくれるな かがり

「ほんまにもうあの子は。うち等に心配ばっかりかけてからに」
 着物を整えて、書置きを一読した楓の顔が険しくなった。
「船岡さんの所の娘さん、付喪神退治に行かれたんでしょう? 篝さんの身に何かあったら……どうしましょう」
 楓は「分かってます」と言うように無言で頷き、深く呼吸をしていつもの落ち着いた顔に戻った。
「……どうもこうもおませんがな。もうぼちぼち例大祭の始まる時間ですやろ? うちが抜けて穴開ける云う訳にもいかしまへん。怒ったり取り乱したりしたかてどないかなるもんでなし。それにちょっとくらいの事であの子はへこたれまへんえ。今はそれを信じてあの子の無事を祈るしかでけしませんがな」
「あ、もうそんな時間ですか……それなら僕等は今夜は篝さんの分も祈祷しましょう。篝さんもうちの社の大事な神様ですもの」
「おおきに……」
 楓と巫覡は笑顔を交わした。

 冴と八乙女の激しい丁々発止のやり取りは長期戦に及んだ。
「(手応えが重い……さては荒太郎の怪力を乗せて長刀を振っておるな)」
 なれどそれしきの攻撃など妾には通用せぬわ、と低く呟いて冴は力を込めて八乙女の長刀を自分の刀で打ち返した。八乙女も負けじと打って来る。
「(おやおや、妾を本気で斬ろうと云う気配が余り感じられぬな。……もし妾の読みが正しければ……!)やっ!」
 八乙女の意図を感じ取った冴は渾身の力で長刀を打ち返し、八乙女の胸元がガラ好きになった一瞬を突いて八乙女の懐に飛び込んだ。
「きゃっ!」
「打ち合いの引き伸ばしで持久戦に持ち込もうとしたが運の尽きじゃて。持久力なら妾とてお主に引けを取らぬわ。たとえ民から吸い取った若さで力を補おうとも、な」
「くっ……」
「観念致せ小鈴の八乙女、在るべき物に還るが良い」
 余裕の冴は刀を短刀に持ち替えて、八乙女を刺そうとした。
「さあて、運が尽きたのはどっちかしら?」
 劣勢を悔やむと見せかけて、すぐと狡そうに笑った八乙女は冴を抱き寄せてキスしてきた。
「!」
 牢越しにその光景を見て驚く健。冴も驚いたのは勿論である。更に冴は口移しで妙な液体を流し込まれるのを感じた。
「八乙女、お主……」
「そう、ちょっと貴女にお薬を盛らせてもらったの。これからどうなるかは……お薬が効いてからのお・た・の・し・み」
「おのれ、小狡い真似、を……何?」
 八乙女の腕の中、冴は早くも薬が効いてくるのを感じていた。
「(体が熱い……それに胸と陰が変に疼くのはどうした事じゃ)う、くっ、んん……」
「うふふ、どうやら効いて来たようね。その内に力が抜けて思うように動けなくなるわよ」
「お、おのれ、どこまでも卑しい真似をしおって」
「当たり前よ。どうせ護法童子が付いてる貴女達と五分で遣り合ってまともに叶う訳じゃなし。さあ、これから余興の始まりよ」
「(余興だと?)」
 健の眉が上がった。それに答えるように八乙女は愉快そうに話す。
「恨み重なる船岡の一族の巫さん、よっぽどさっさと殺しちゃおうかと思ったけど、その前にいっそ死んだ方が楽だってくらいの思いをさせてあげるわ」
「な、何じゃと」
「貴女、実はあの坊やの事が好きなんでしょ? 貴女が坊やを見てる目を見れば分かるのよ。そんな男の子に自分の恥ずかしい姿を見られるのってどんな思いかしらね」
「……」
「何も言わないって事は図星のようね、うふふふ。これは面白くなりそうだわ」
「んー、んんー!」
 猿轡越しに抗議の声を上げる健。八乙女の眉がキッと上がった。
「ちょっと黙ってらっしゃい」
 八乙女は健に鈴を向けてシャンと鳴らし、健は電気ショックに打たれたようにビクッとなって、声を詰まらせた。
「おのれ、健殿に何をした」
「殺しはしないわ。金縛り状態になってもらっただけよ。坊やにはこれから大人しく余興を楽しんでもらうわ。坊やだって男の子だもん、こう云うの好きでしょうしね……」
 妖艶に笑いながら、八乙女は冴を回れ右させて冴の耳をパクッと甘噛みした。
「ひいいっ」
「あらあら、これだけで感じちゃった? お薬が効いてるから余計よね。でもまだ許してあげない。貴女はこの先の感じに耐えられるかしら?」
 八乙女は楽しそうに冴の耳の後ろや首筋を舌で舐め回しつつ、冴の白衣の胸元をゆるめていった。たわわな乳房が白衣からプルンと零れ出す。
「うふふ、大きさも、揉み心地も堪らないおっぱいだこと。柔かいのに張りもあってさ……ちょっぴり妬けちゃうわね」
「くうっ、その汚い手を離せ」
「なんて言ってもしっかり感じてるじゃないのよ。ほら、先っちょがツンツン固くなって来てるわ」
「う、うわあぁ、あ、ひいいっ」
 八乙女に体を触られるたび、冴の全身を稲妻のように快感が走り抜ける。体を捩って抵抗しようとしても、八乙女は冴を上回る力で冴の体を弄って行く。八乙女は冴の乳房を揉む手を休めず、片方の手で袴を掴んでめくり上げていった。褌に包まれた冴の股間が露になる。
「ほら坊や、見て見て。船岡の巫さんは褌をTバックみたいにして穿いてるのよー」
「嫌じゃ嫌じゃ、見るな健殿」
八乙女の手は冴の腿から焦らすように撫で回し、布越しの股に触れた。
「あらまあ、ここもお漏らししたみたいにぐしょ濡れじゃない。坊や、見てる? 船岡の巫さんの恥ずかしいとこ」
「み、見ないでくりゃれ。妾は死にそうな程恥ずかし……ひゃううっ、ん、あっ、んあああっ」
「(相変わらず汚い連中だぜ。と言って俺が何もできないのも情けねえけどよ……)」
 思う様辱められる冴の姿を、興味本位より寧ろ怒りと悔しさを持って見ていた健。そんな時、どこからか健の耳に聞こえる声があった。
『健さん……健さん』
「(誰だ? これは幻聴なのか?)」
 声はそれには答えず、健を激励するように続けた。
『今一度気を強く持ってください。今に好機はやって来ます。貴方はさっき付喪神に言いましたよね? ここで犬死にするつもりはないと。最後までどうかその気持ち忘れないでいてください』
「(うるさい幻聴だな。こんな悪い奴らの手にかかって死ぬのは御免だけどよ。でもこうして体が思うように動かないんじゃあ……)」
『今は後ろ向きの気持ちは持たないでください。貴方はこの状況を我武者羅にでも乗り越えたいとひたすら念じるのです。どうか僕を信じてください』
「(……うるさいな。でも後ろ向きになるなってんならそうするさ。後ろ向きじゃあドツボにはまってそれっきりだもんな。何か動きがあるなら、その隙を突いてでも何とかしようじゃないか)」
『はい、その意気です』
 幻聴に励まされて、健はキッと八乙女を睨みつけた。それに気づいた八乙女が健に笑いかけた。息を喘がせて、何度も絶頂を感じさせられて朦朧としている冴を抱いたまま。
「坊や、そんなに怒らないでってさっきも言ったじゃないの……それとも何、ただ見てるだけじゃ物足りないのかしら?」
 八乙女は言葉を一旦切って、意地悪そうに笑って続ける。
「それじゃあ止めは貴方にしてもらいましょうか。ええ、貴方が持ってる刀で、ね」
「?」
「貴方の子種を船岡の巫さんに宿させて、その上尚も快楽を味わわせてあげようって訳。勿論貴方も船岡の巫さんの中で心ゆくまで快楽を味わってもらうわ。どう、素敵な計らいでしょ?」
「!」
「あら、『嫌だ』って言いたそうな顔ね。男の子だし、てっきり二つ返事でやってくれると思ったのに」
「(こんな形でエロい事させてもらうってのは俺の趣味じゃねえ。冴もそれは望むはずじゃねえしな)」
「……なんて思ってるんじゃなくて? でもそれも甲斐ない事よ。今の船岡の巫さんは体が疼いて、おちんちんが欲しくて堪らないの。神楽男や荒太郎にやられるくらいなら、せめて好きな男の子のをあげる方がまだ幸せでしょうしね。最後にそれくらいの情けはかけてあげてもいいかなーって思ってたのに……」
 八乙女はもう一度自身のマジックアイテムの鈴を持って構えた。
「ちょい悪な男の子って私は好きだけど、聞き分けがないにも程があるわ。悪い子にはお仕置きよ」
 シャン……
「!!!!!!!!!!!!!!!」
 八乙女が鈴を振るや、健を縛っている縄が一層きつく体に食い込み、電流のような刺激も流れて来る。必死にもがく健。
「無駄よ。もがけばもがくほど縄は貴方の体に食い込んで、最後に貴方の体はバラバラになるわ。ここで死なないって口だけで言うのは簡単だけど現実はそんなに甘くないのよ。ほらさっさと降参したらどう? 貴方が降参したら縄も解いてあげるし、楽しい事もさせてあげるわよ」
 だが断る、と言いたそうに健が八乙女を睨みつけた。八乙女の言った通り縄は一層きつく健を縛り上げ、電気ショックも健を苛む。健は降参したかったが、
「(こんな奴に頭下げられるかよ!)」
 そう思い直したその時だった。
 パアアアアアアアーッ
 健の全身が光り、凄まじい力を感じて八乙女達は吹っ飛ばされた。
「きゃあっ」
「な、何だあれは」
「うぬ、この闘気……船岡の覡と対峙したあの時も感じた覚えがある」
「何ですって荒太郎、だとするとこれは……」
「姉様……」
「と、刀十郎……そこにおるのは刀十郎なのかえ?」
 薄れかかっている意識の中、冴の目に一人の巫覡が立っているのが映った。ずっと探していた刀十郎である。


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