第拾七話 裏切り許可します
B-Part
「では、この辺りで各自好きなように撮影してくれ。時間が許すならこの先まで足伸ばしてくれてもいいよ。遅れそうなら俺の携帯に連絡すれば対応するから。では二時間後にここにもう一度集合って事にして一旦解散」
今日は光画部で突発的に行われる週末のミニ撮影イベントが開催されていて、千本今出川の角の三菱東京UFJ銀行前で昌彦はそう指示して一同を散会させた。西陣界隈は昔ながらの町家が多く残っている場所の一つで絵になる風景ではあるのだが、道幅が狭いと云う事で一同のレンズは広角〜標準である。今日の健も愛用のベッサR2にはアベノン28ミリF3.5が付けていた。彩乃の顔を立ててまだフィルムの終わっていないアガート18Kも持っていたけど。一平はカメラだけならず、浴衣姿の彼女も同伴である。どうやら彼女をモデルに町家と重ね合わせてポートレートを撮るつもりらしい。
「山口、お前も直美ちゃんとか冴さん連れて来てくれたらよかったのに」
「うるせえ、今日は若菜と雪菜は店の手伝いで手が離せないし、冴と直美は奈々香達と仲良し五人組で河原町までアイス食いに行く約束してたんだ。女の友情も大事にさせてやれや」
毎度のもてない男連中のボヤキを受け流す健。まだ誰にも公表してはいないものの、今や冴と健は相思相愛……とまではいかないもののいい感じの仲である。直美と冴には仲良くしてもらっていない事には安心してその事を言えないと云う事でそう云う機会は大事だと健は思っていた。一平は一平で彼女の茉莉をそれはそれは大事にしていたから、飢えた後輩には写真すら撮らせようとしない。有二や亮太が面白く思わないのも無理からぬ所ではあろう。彩乃が加勢しようとしたのを健は無言で押しとどめておいて、
「じゃあな。俺は南の裏通り回ってみるわ。あそこら辺にも寺は多いみたいだしな」
スタスタと千本通りを南へ下がっていった。
「で、彩乃ちゃんはどうすんの?」
「私? 私はー……そうね、適当に町家巡りしてみます。あと茉莉さんも撮らせてもらおうかしら。私なら福本先輩もダメとは言わないと思いますもん」
女の子の特権です、と言いたそうに彩乃は一平の行った方へ歩いていった。取り残され、深々とため息をつく有二と亮太。
「あーあ、どこかにポートレートからヌードまで撮らせてくれるかわいくて優しい女の子落ちてないかなあ」
「じゃあ今度はちょっと憂鬱そうな顔してみようか。『一平はんのいけず』とでも言いたそうな感じでね……」
一平が茉莉を町家の前に立たせてポートレートを撮っている所へ彩乃がやって来た。
「福本先輩、私も一緒に撮らせてもらっていいですか?」
「え、福原? うーん……」
相手が女性とは言え、他人に彼女を取らせるのは気が進まないと言いたそうに悩む一平。だが
「私ならいいわよ、一平君。別にエッチな事考えてる訳でもないでしょ?」
「ん……ま、茉莉がそう言うなら、福原なら撮ってもいいぜ」
「ありがとうございます。じゃあこっちのカメラでも一枚お願いします」
カチャッ
「きゃっ……」
彩乃がホルガのシャッターを切った時、ストロボが光って眩しさに茉莉が悲鳴を上げた。
「福原、ストロボ使うなら一言そう言えよ」
「え、あ、すみません……でも私ストロボのスイッチ入れてなかったはずなのに」
「全く、うっかりしてるな……あれ?」
一平はさいぜんまで茉莉が立っていた場所を見て驚きの声を上げた。そこには茉莉がいない。
「福原、そのカメラにはポラバックが付いてるな。引いてみろ」
「えっ、あ……はい」
彩乃が恐る恐る写真を引き出して、待つ事一分足らず。印画をめくってみるとそこには顔に手をかざす茉莉が写っていた。
「ストロボが光って茉莉が消えて……福原、一体このカメラは何なんだ」
物凄い形相で綾乃に詰め寄る一平。
「そんな、わ、私は何も……」
「カメラを寄越せ」
「きゃっ、やめてください、福本先輩、そんな乱暴にしないで」
「いいから寄越せ」
「ああっ、やめて!」
一平が彩乃からホルガを奪い取ったその時、カメラが宙に浮いたと思うやそれはホルガに手足と胴の付いた怪人に変身していた。
「あいやおにさん、ワタシ乱暴にする良くないの事よ。ワタシこれから手拍子の神楽男様の命令で、皆写真に封じ込める任務帯びてそうしなければならないある」
「手拍子の神楽男ですって? じゃあ……」
「ふ、そう云う事だお嬢さん。今しばらくお嬢さんのカメラには私の手下として動いて貰う」
「な、何て事を! 私のホルガをそんな悪い事に使わないで」
「おっと、邪魔すると言うなら悪いがお前は俺の敵だ。大人しくしてもらおうか。おい好我よ」
「はいよ〜」
付喪神と化し、好我(ほるが)と呼ばれたホルガは彩乃と一平に向けてシャッターを切り、ストロボの閃光と共に写真の中に二人を封じ込めてしまった。けれどもこの騒動を目の当たりにした者がいて……
「何、福本先輩と彩乃ちゃんが?」
「そうなんだ、彩乃ちゃんが持ってたホルガが化けた妖怪が出てきてよう、ストロボ焚いた瞬間に神隠しにでも遭ったみたいにドロンて二人が消えちゃったんだ」
「(もしかして、また付喪神の一味の仕業か)」
健は携帯で、直美経由で冴にこの事を知らせようと思った。だが……
「逃がさないあるよ。大人しく撮られるよろし」
この界隈を散歩していたカップルが今まさに好我に襲われていた所に健達は出くわした。
カチャッ
シャッターレリーズと共にストロボが光り、そこにいたカップルは消えてしまった。
「げっ!」
愚かしくも有二が叫び、それに気づいた敵の魔の手は健達にも及ぶ。
「おいお前ら、見てたあるな。ワタシの企み知られた以上生かしておけないあるよ。大人しく写真に封じられるよろし」
「ぎゃー」
「で、出た、妖怪だ、付喪神が襲って来る」
「落ち着け。ここは落ち着いて逃げるんだ」
慌てる有二と亮太を諌めて、健は逃げようとした。
「(ある程度間合いを取れば光は届かず、写真に取り込まれなくて済むはずだ)」
「おっと、逃がさないあるよ〜」
敵も然る者、好我はブローニーフィルムを触手のように伸ばして、健達を縛って捕まえてしまった。
「うわ、何しやがる!」
「離せ、離せよう!」
「こらこらそんなに暴れ回るポコペンな。大人しくするある」
「だからってはいそうですかって訳にいくかよ」
有二や亮太と同じく必死で抵抗しながら、健は一先ず助かるためのある決意をした。
「(あの女に借りを作るのも面白くねえけど……今はそんな事言ってる場合でもねえしな)」
健はポケットから小さな金色の鈴を出して、チリチリと振った。大将軍八神社を後にする時八乙女から預かった鈴である。
「もし私がいない時、付喪神に襲われる事があったらこの鈴を鳴らして。坊やがどこにいても私が助けに来てあげるわ」
「ほれほれ、このフィルムもがけばもがくほど体に食い込んでしまいにお前らバラバラになるあるね。嫌なら大人しくするよろし」
三人の男を縛り上げた好我が図に乗って彼らを締め上げて、ストロボを光らせて写真に封じ込めるとそれと入れ替わりに一人の巫女が立っていた。
「あいや」
「どうした」
「また会ったわね、手拍子の神楽男さん。時間的にはさっき会ったばっかりだけど」
好我と神楽男の前に立って、現れた巫女装束の女は不敵に笑う。
「お、お前何者あるか」
「上位の付喪神にして『元』変化大明神の巫女、小鈴の八乙女」
「八乙女、お前は我等の元を離れ、人間に与するようになったか」
「そんな裏切るペケあるよ。何故そんな高位の付喪神が人間に味方するか」
八乙女はへえ、と言いたそうに答える。
「誤解しないで。貴方達が人間を殺そうが、京都で好きすっぽ暴れ回ろうが、そんなの私の知った事じゃないのよ」
嘘だろう、と言いたそうに唖然として自分を見る神楽男を八乙女はグッと睨み付けて、昂然と言い放った。
「だけど坊やに手を出すのは私が許さない。坊やは私にとってかけがえのない人間なんだから!」
いつもの如く若者でごった返す週末の河原町通り。ごく最近河原町蛸薬師に開店したフローズンヨーグルトショップ「スノーラ」を目指して冴、直美、篝、そして西陣歌劇団の三人組は歩いていた。
「あそこのフローズンヨーグルトってね、アイスよりカロリー控えめなスイーツって事で、アメリカのハリウッド映画スターの間で人気なんだって」
「そうかえ。直美殿、お主は最近体重を気にしておるようじゃな。風呂に入れば体重計に乗っては一喜一憂しておるのを妾は知っておるぞ。悩みの種が一つ減るのではないか?」
「橋本はそないに案ぜずとも十分細身で山口が嫌う事もあるまいと儂は思うがの」
「そうよね、あたしよりよく食べるのに言うほど太らないナオが羨ましいわ」
「ちょっとみんな、やめてよ……恥ずかしい」
いっせいに揶揄われて顔を赤くして抗議する直美。事実彼女は自分で心配するほど太っている訳ではなかったけども。
「はっ……!」
一同が女子トークを交わしている中で、不意に冴の顔が険しくなった。冴の懐に烏が飛び込んで、数珠の一蓮を銜えて飛んでいったのである。
「おのれ、一蓮を返せ!」
冴が怒ったのは言うまでもない。冴は直美達と別れて烏を追いかけて走り、烏は河原町通りの人々の間を縫って飛んでいく。冴は烏を追いかけつつ、咄嗟に巫女服の袂から札を一枚出して投げ付けた。
「(あの烏が襲うて来た時、妾は邪気を感じた。これの効果は十分あるじゃろうて)それっ」
狙いは過たず札は烏に命中し、烏は飛ぶ力を失って歩道にバサリと落ちた。
「さて、お主の話を聞かせてもらおうかえ。何故お主は妾の命より大切な一蓮を奪った?!」
烏を捕まえ、首を締めるが如く手を掛けて冴は烏を詰問する。
「ぐえええ、こ、殺さないでくれ。俺は八乙女様の危機を知らせに来たんだ。八乙女様は西陣界隈で付喪神に襲われて今しも殺されようとしておる」
「故にどうと言うのじゃ? 付喪神の同士討ちなど妾の関わる所ではないわえ。それが罪無き民もとばっちりを食うたと申すなら話は別じゃがの」
「そ、そのとばっちりが正に民に及んだから俺はお前を頼ってここまで来たんだ。そう、民が襲われたばかりか、八乙女様が『坊や』と慕う少年は付喪神に教われ、写真の中に封じ込められて……」
そこで冴は烏の発言を改めて聞こうと云う態度を見せた。
「健殿じゃな。そうとなれば妾の出番じゃて……直美殿、どうか慌てずに聞いてくりゃれ。健殿が付喪神に襲われた故、妾は行かねばならぬ。済まぬがふろーずんよーぐるとは又の機会じゃな」
「……」
冴にそう言われた直美は泣きそうになったが、奈々香達が宥めて辛うじて平静を保ち、無言で頷いた。
「案ずるでない。妾に任せおけ。では……」
「待ってくれ冴、儂も一緒に参るぞ」
「篝、妾は一戦交えるのじゃぞ。お主まで連れて危ない目に遭わせる訳にはいかぬ」
「事態は寸刻を争うのじゃろ? そこで儂が冴のために一肌脱ぐのじゃ」
篝は懐から和紙でできた包みを取り出した。中に大豆らしき豆が入っているのが見える。
「何と、それは戦豆ではないか」
大豆を加工して作った昔の非常食である。
「この間日名子叔母様からいただいた荷物の中から見つけたのじゃ。『篝ちゃんの身に危険が及ぶこともあるでしょうから、そんな時はこれを使ってください』との手紙も付いておったぞ。これさえあれば儂の神通力は一時的なれど数百倍に強化できる。付喪神など恐るるに足らぬわ……」
篝は戦豆と呼ばれた豆を一粒食べ、祝詞を唱えた。
「掛巻も恐き稲荷大神の大前に恐み恐みも白く、朝に夕に勤み務る船岡の一族の産業を緩事無く怠事無く彌奨(いやすす)め奨め賜ひ、彌助(いやたすけ)に助賜ひて、家門(いえかど)高く令吹興(ふきおこさしめ)賜ひ、枉神の過ち犯す事の有らむをば、神直日大直日に見直聞直座て、この身の船岡冴の一助とならん事恐み恐みも白す」
篝の体は眩しい光に包まれ、その姿はちょうど背中に冴を乗せて走れそうな程の大きな銀狐と化した。
「はー……」
感嘆の息をつく冴に篝が語りかける。
「どうじゃ、姉上にも劣らず凛々しい姿であろう? 今なら力も姉上にそうは劣らぬはずじゃ。さあ冴、早く儂の背中に乗れ。西陣まで走るぞえ」
「分かった、世話になろう」
冴は馬に乗るが如く篝の背中に跨り、篝は駿馬の如く勢い良く走り出した。この出来事に呆然となる西陣歌劇団の三人。
「正直こんな事有り得ないわ。ねえナオ、あんたもそう思……ナオ?」
彼女達をよそに、直美は涙を堪えて祈る気持ちで冴の行く先を見守っていた。
「ケンちゃん……」
「冴、見つけたぞ」
「あれか? 八乙女と付喪神じゃろう」
冴と篝の前方に見えてきたのは、好我にフィルムで雁字搦めにされて苦しむ八乙女だった。
「ああっ、いやあああ」
「八乙女、お前を何故写真に封じ込めずにおいてやっていると思う? 古文先生の前で裏切りの非礼を詫び、改めて我らに協力するなら助けてやると言っているではないか。これはせめてもの俺の最後の情けであるぞ?」
「嫌よ。今更貴方達のために動くなんて……あっ、だめぇ」
「ふむ、お前の様、そこはかとなく淫らであるな。どれ、お前の痴態を写真に収め、ネットでばら撒くのも一興であろう」
「莫迦おっしゃい。そんな事したら只じゃ済ませないか……ちょっと、胸にフィルム入れないでよ。何してるのエッチ!」
「へへへ、大きい上に触り心地も最高のおっぱいあるよ。どれ袴の中も……」
触手の如く伸びるフィルムが八乙女の袴の中に入ろうとしたその時であった。
バサバサバサッ
一陣の風が八乙女と好我の間を横切り、彼らを繋ぐフィルムが切り裂かれて八乙女の拘束が解かれた。そして短刀を構え、割って入る一人の巫女。
「おのれ、又しても船岡の巫か。これは俺達と八乙女の間の話だ。関係ない者が出しゃばるな」
「お主の言う通りじゃろうの。我らの使命はお主等の悪行から罪無き民を守る事じゃて。そうして……」
「冴、山口達は保護したぞ」
「ああっ、しまった!」
慌てる神楽男。篝は一瞬の隙を突いて神楽男から健達が封じ込められた写真を掠め取っていたのだ。巨大な化け狐から少女の人間体に戻った篝が冴に写真を投げて寄越し、冴はトランプの手の内を見せるように受け取った写真を扇状に広げてみせた。
「この通りお主等は民に仇為した。民を写真に封じ込めた写真機の付喪神、妾は許さぬ!」
「あいや、わ、私の邪魔するあるか。おおお前も写真に封じ込めてやるあるよ」
「(声音が震えておるな。妾に啖呵を切られて動揺したと見える。所詮は三下、この勝負は貰うたも同然じゃて)」
冴は落ち着き払って、懐から一蓮を出して念じた。
「妖討の巫覡、船岡が族の名に於て畏み畏み申す。古に付喪調伏せし護法童子よ、我に力を与え給う!」
一蓮が輝き、光は冴を庇うように広がって鏡と化した。
「あいや、こ、これでは私がアベコベに写真に封じられてしまうあるよ。た、助けるよろし」
「良かろう」
好我に笑いかける冴。母上、お送りいただいた札、今こそ活かせていただきますと呟いて冴は長い札を白衣の袂から取り出した。これも母親の日名子からの荷物の中に入っていたアイテムである。
「強力な退魔札じゃ。お主程度ならこれ一枚で調伏できてしまえるわえ。在るべき物に還るが良い」
スパーン
「ぎゃあああああああああああああああああああああ」
札が張り付くと共に響く好我の断末魔の悲鳴。それはいつしか元の通り彩乃のホルガに戻っていた。写真に封じ込められていた人々も元通りに戻る。
「坊や、戻ったのね、良かった」
戻った人々の中に健を見つけるなり、八乙女は一目散にそちらへ突進して抱きついた。
「わ、ちょっと、やめてくれよ。冴が見てるから」
言いつつ目配せを送る健に冴が答えて、八乙女を叱る。
「こりゃ八乙女、破廉恥な真似は止せと言うに」
「もう二度と坊やをこうして抱っこできないかもしれないと思うと私寂しかったのよ〜」
「それも妾がこうして付喪神を成敗しに参ったから事が収まったのではないか。妾に礼の一言も言うたらどうじゃ」
「ああ、服着てると分からないけど坊やって意外と逞しそうじゃない? ね、このままお社に行きましょう。誰もいない部屋で坊やの抱き心地、直に感じたいわ」
怒り心頭の冴は、だがそれを表に出さず静かに言った。
「篝、遠慮は要らぬ。八乙女と存分に遊んでやれ。今夜は久しぶりに妾が稲荷寿司を作るでな」
「この破廉恥妖怪が、冴に不愉快な思いばかりさせて!」
「きゃっ、ちょっと何よ。だめ、離れ、て……にゃああああああああん、うわあああああああああ、きゃああああああああああああっ」
毎度の如く篝に絡まれてパニックに陥る八乙女。
「ほら健殿、参るぞ。何なら妾を町家と絡めて撮るかえ?」
「お、それいいな。彩乃ちゃんもどう?」
「山口先輩がいいって言ってくれるなら私も撮りたいです」
「山口、俺達も冴ちゃんを撮るよ」
「お前らが出るとセクハラしそうだから駄目だ」
「ちぇっ、福本先輩みたいな事いいやがって、つまんねえの」
寂しい男二人をよそに、健と彩乃は冴と一緒にワークショップ再開とばかり西陣に消えていった。
「言葉はさんかくで、こころは四角だな、まあるい涙をそっと拭いてくれ♪……」
ワークショップの数日後の例会の日。早めに部室にやって来た健は備品のパソコンを使って光画部のページからギャラリーを見ていた。昌彦が彩乃の作品をFlashでスライドショーにしてくれたのである。BGMにはくるりの「言葉はさんかく こころは四角」が使われていた。
「あ、山口先輩。私のオンライン展見てくれてるんですね。私の写真どうですか?」
彩乃が健に気づいて言った。
「うーん……コンポラにしては適当すぎる気もするけどな。俺でも少なくとも構図はもう少し考えて撮ってるぜ?」
「それは先輩が構図も大事なポートレートも撮ってるからでしょう」
「え?」
「構図を考えて悩むよりも、シャッターチャンスを確実に抑える方が大事だって、私はそう思いますけど。山口先輩はそれで失敗した事ってないんですか?」
「お、俺は曲がりなりにもプロに絶賛された腕の持ち主だぞ、シャッターチャンスを抑えられなかった事なんて……あるか」
頭を垂れる健。彼は一発必中主義なだけにワインダーを使用した事などほとんどなく、逃したシャッターチャンスは無かった物と諦める事も間々あったのだった。尤もモデルたる直美や奈々香達は健がピントと露出を合わせ、構図を取るまでちゃんと辛抱強く待ってくれるから健はそのあたりを気にする事はなかったのだけど。
「あーでも確かにこの西陣京極で撮った猫の写真、カメラ向けられて吃驚してるようないい顔抑えてるよな。寄りすぎでピンボケになってるけど」
「それも味の内です。ピンボケやブレを堂々と作品として出してる写真家さんもいるじゃないですか」
「言うじゃん彩乃ちゃん」
「いくらプロの人に認められたからって、山口先輩も浮かれてちゃ駄目ですよ。私きっと先輩なんて及ばない写真撮ってみせますから!」
「うん、その意気だよ……あ」
「どうしたんですか?」
「気が付けばもう例会始まる時間かなり過ぎてるな。みんな遅れた事なんて殆どないのによ」
健はそう言って外に誰かいないのかと部室の扉を開けた。何やら部室棟の外れが騒がしい。
「はーい、じゃあ今度はちょっと色っぽく誘うようにシナ作ってみようか。うん、アイドルみたいに」
「小鈴ちゃん、かわいいよー」
何と光画部の男性陣がセーラー服姿のモデルに一斉にカメラを向けているではないか。光画部だけではなく、現視研のメンバーもコンデジや携帯を手に撮影団に加わっている。そして胸が大きい余りにサイズが合わず、ポーズを変える度にお腹がチラチラ見えるセーラー服を着ていたのは……
「あら、坊やじゃない。ねえ、坊やも私の写真撮らない?」
その健にとっては見覚えのある女性が健を認めて声を掛けた。
「坊やのお友達がどうしてもって言ってね、恥ずかしかったけど現視研の人からセーラー服まで借りて撮影会やってたのよ。やってみるとモデルって結構楽しいものね」
楽しげに言う小鈴の八乙女。改めてよく見ると、彼女が着ていたのはありふれたセーラー服ではなく、赤い襟とスカートにピンクの布地の、人気のギャルゲーの舞台になっている学校の制服ではないか。
「(おまけに靴下はニーソックスかよ……初めてコスプレイベント行った時、奈々香がちょうどこんな感じの服着てたよな……てかこの格好、まんまあのタマ姉とか云うキャラじゃないか?! いやそんな事より……)」
健は深呼吸して落ち着きを取り戻し、八乙女に訊ねた。
「八乙女、部外者がこんな所にいていいのか? それとも現視研の奴にスカウトでもされたのかよ」
「あら、部外者だなんて人聞きの悪い事言わないでちょうだい、坊や」
「何っ?」
八乙女は笑って、懐から一枚の紙を取り出した。
転入許可証
八乙女小鈴を本学学生として転入する事を許可する
平成××年八月十日 京都文科大学学長 印
「な、お、お前いつの間にこんな事……」
「あら、別に先生に催眠術かけるとかそんなイカサマはしてないわ。ちゃんと転入試験受けて合格した上で大学に入ったのよ」
「いやそんな事はどうでもいい。何でわざわざ俺等の大学にお前が入って来たんだ」
「決まってるでしょ。坊やと一緒にいたいから」
八乙女が健に抱きついて、胸を健の顔に押し付けてきた。
「ねえ、坊やも私を撮ってよ。二人きりなら裸になってもいいからん」
「〜〜〜〜〜」
くっそう、何でまた山口ばっかりがもてるんだと云う外野の野次を気にするどころではなく、健は八乙女の胸の中で窒息しそうになっていた。
「(冴、俺こんなんじゃ体もたないよ。助けてくれよ……)」
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