第弐話 素晴らしき日曜日(前編)
 

A-Part

 嵐電北野白梅町駅から南へ数分下がった所にある大将軍商店街。その一角に直美の実家で健の下宿先でもある和風喫茶店「元吉」はあった。
「いらっしゃい……おう、直美か。健君もお帰り」
 店の格子戸を開けると、店主の義郎が健たちに景気良く声をかけた。直美の父親で、この商店街ができて早い時期からここで家族で喫茶を経営している。義郎はレンジにかかった鍋を見張っていたが、娘の顔を見るなり意味ありげな視線を送った。
「あ、はーい、今入ります」
 父親の言いたいことを察して、女給として働くために裏に向かう直美。壁の柱時計は午後五時四十五分を指していた。
 健は同伴の女性陣四人に空いた席を勧め、自分も座ると重々しく言った。
「で、何にするか決まったら言ってくれ。俺はもう金ないから奢れんけどな」
「もう、ケンさんったら、さっきナオに言われて分かってるわよ……じゃあ日替わりでいいわ」
「あたしもそれにする。みっちゃんは?」
「うーん……私はうどん定にしようかな」
「そうか。じゃあ冴は何にするんだ?」
「ううむ、献立に何があるかよく分からぬが……ここは健殿と同じ物にしようかの」
 ビクッとなる奈々香ら三人。そして嫉妬の込もった視線を健に送ってきた。
「おいそんな目で見るのやめてくれよ、頼みにくいじゃねーか……じゃあ日替わりにすっか」
 健は何とか奈々香たちを宥めて、ここの制服である矢絣の着物に着替えた直美を呼んで注文を通した。直美が去った後でやおら冴が口を開いた。
「さて、健殿が知りたがっておることを話して行こうかの。妾についての詳しい話をな」
 冴は一旦言葉を切って、直美が自分の前に置いてくれた茶を一口啜って話を続けた。
「そもそも我らの祖先は富んでもおれば勢力もある豪族じゃった。一族の者は皆霊力に長け、集落の氏神を祀るのみならず物の怪を討って集落民を奴らから守ることで勢力を伸ばしてきた。『船岡』の姓は時の帝からその功績を称えられて賜った物じゃ。なれど律令制の導入で、それまでの勢力を一族は失う事になったのじゃ」
「律令……ああ、中央集権体制の整備か。これで地方の豪族は国家公務員程の地位だったのが地方公務員、悪くすれば平民の地主に格下げになったんだよな」
「早い話ではな。それまで神祇信仰を司って集落を治める地方自治が行き詰まったのは事実じゃ。それでも我らは郡司の下で妖を討つ事でそれなりの地位は持っておったがの。更に世が平安に移ったある時、一族の者が京に流行った疫病にかかって次々と死に、一族はあわや絶えてしまうかと云う所まで来てしまった。一族の者はこの苦しみから逃れる術を望んで止まず、折しも弘法大師が真言密教を唐より持ち帰り、病に臥せっていた一族の長は社に神宮寺を建立し、仏に救いを求める便(よすが)とした。そして真言密教の教えによる修行によってどうにか一族の血が絶えることは免れたのじゃ。結局嘗ての勢力はすっかり失うてしもうたがの……」
「おいおい、いくら病気で困ってたってもそんなにあっさり神さんから仏さんに改宗していいもんなのか?」
「改宗ではない。確かに明治維新の後に神仏分離令が出されて神社と寺は別の存在として分けられたが、それまでは神仏習合と云って神祇信仰と仏教信仰が補い合うように共存したのはよくあった話じゃ。現に伏見稲荷は東寺の守護神であったし、大覚寺の祭事には巫女が出ておる。何年か前には清水寺に岩清水の神職を招いての祭典が催されておったじゃろう?」
「本当かよ? そんな話ローカルニュースですら話題に上らなかったのに」
「存ぜぬか。妾の父上は表向きは神社庁の役員じゃからの。この祭典に出席しておったのじゃが……それはひとまず置いて、平安の世に付喪神と呼ばれる物の怪が京の街で勝手放題をやり、京の人々から恐れられておった事は少し話したな。健殿は知っておったようじゃが」
「知っておったも何も……去年古典の授業でその話読んだからな」
「ケンちゃんは文学部だもんね。私もお父さんから昔その話聞いたことあるけど」
 健の席の横を通りかかった直美が言った。

道枝「あら、この辺の人ならほとんど知ってると思うわ」
祐子「昔一条通りで百鬼夜行があったって話から町興しのモチーフになってるもん」
奈々香「うんうん、去年の百鬼夜行パレード楽しかったわよねー。化け猫とかのっぺらぼうのコスして商店街歩いたよね」

 西陣歌劇団の三人娘も同調する。冴の話は続いた。
「知っておるならお主らに多言は要しまい。まして祐子殿の言った通り、表の一条通りはまさに百鬼夜行の舞台になっておったからの。そして付喪どもは護法童子なる者の手にかかって諌められ、仏門に入って改心したこともな」
「すると何だ。それでもまだ付喪の中に悪さをする奴がいて、今度はお寺さんがあんたらに助けを求める番だったって訳か」
「その通り、健殿はなかなか分かりが早いの。その後『方丈記』や『羅生門』で触れられている通り京では地震、辻風、火事、飢饉が続いて起こり、街はすっかり荒れ果ててしもうた。これは調伏された付喪の怨念の仕業に違いない。そう考えた僧侶は嘗て退魔師として名を馳せた我らに今一度付喪を討つべく力を貸して欲しいと頼んできた。あわや一族滅亡の危機に瀕したところを仏によって救われた一族に異存のあろうはずがない。そうして神仏分離により表向きは我らと仏門のつながりは切れたものの、今日においても我らは民に仇なす付喪どもを討つために密教寺院の守護神に仕える巫覡として奉職しておる。その証拠がこれじゃ」
 冴はもう一度胸元に手を入れ、数珠を取り出して見せた。白衣が緩んで見えた胸の谷間にドキリとなる健。彼は慌てて窓の外に視線を移した。
「うん、どうした健殿?」
「え、ああ……いや、何でもないさ(またじっと見て殴られたらかなわんよ。巨乳なのは分かるけど)」
「……ちと嘘っぽい気もするが、まあ良かろう。この数珠には名前がある。健殿は何か分かるかの?」
 いきなりクイズを出されて健は当惑したが、それでも少し考えて答えた。
「ええっと、一蓮上人?」
「ご名答。民との争いを嫌って山寺に隠遁し、後に護法童子に調伏された付喪どもに仏門に入るよう忠告した数珠の付喪じゃな。この数珠には一蓮の魂が込めてあって、護法童子との仲立ちをして妾に付喪を討つための力を貸してくれると云う寸法じゃ。護法童子の加護を得られれば鬼に金棒じゃからの。もっとも近年まではその数も減り、我らはごく普通の巫覡として神に仕えておることの方が多かったがの」
「……けれど、あの古文先生、だっけ? 確かまたこの京都で一騒動やらかすとか言ってたじゃない。何でまた今になってそんなこと始めたのかしら」
 奈々香が口を挟んだ。
「妾にもそれは分からぬ。あの手棒の荒太郎に言わせると、奴らは道具を粗末に扱う人間が気に入らぬようじゃがの。言い分は分からぬでもないが、それが故に罪無き民にまで仇為す事を許せる道理がない。その為に我らは人知れず退魔の任に当たっておるのじゃ」
 冴は語気も強く言って一旦言葉を切り、今度は些か寂しげに続けた。
「我らは近頃付喪出現の報を受けて戦ってきたが、刀十郎はもう三年も前に山を降りたきり行方を晦ましてしもうての……ああ、今刀十郎はどこにおるのじゃろう」
 冴の顔が曇った。それほどまでに弟のことが心配なのかと一同が言葉を失っていると厨房の奥で電話が鳴った。近くにいた直美が応対し、しばらく話した後で手で受話器を塞いで健を呼んだ。
「ケンちゃん、電話よ。光画部の大村さんから」
「部長か……何の用だろ」
 そう呟いて、健は受話器を直美から受け取った。
「はい、お電話代わりました。山口です……え、ああ、申し訳ありません。さっきまで嵐電乗ってましたから携帯の電源切ってまして……え、いきなり? そんな、まだ言うほど作品撮り溜めてないのに(晩飯もまだ直美が持って来てくれてねえし)……分かりました、そんならこれからすぐそっち行きます。じゃあまた後で」
 ガチャリ
 受話器を置いて、健は出口へ向かおうとした。
「これから全体会議するからすぐ下宿まで来いってさ。まあ会議とは名ばかりで宴会することになるんだろうけど、会長の呼び出しは断れんしな」
「そう言えばケンちゃん、四月から部費をフィルム現像にも下ろしてもらえるって喜んでたね」
「ああ、これでやっとフィルムカメラで好きなように写真撮れるからな。陰ながら会長が支えてくれてたおかげだよ」
 健はニヤリと笑って言った。
「フィルムカメラで写真を撮りたい」
 去年めでたく第一志望の大学に入れた健は、そんな夢を持って大学の光画部の門を叩いた。だがデジタル時代に逆行するような夢を周囲がそう理解してくれるはずもなく、健はサークルの中では変人扱いされていた。そんな健を弟のように可愛がってくれた数少ない存在が大村会長であり、その甲斐もあって健はフィルムを現像する為の道具一式を新しく揃えてもらうことができたのである。
「ちょっとケン、今の聞き捨てならないわ。あんたが認めてもらえたのはあたし達のおかげでもあるっての忘れないでよね。あたし達がモデルやったげてなかったらへそ曲がりのあんたなんてきっと……」
「分かった分かった、そんなムキになるな。奈々香たちには感謝してるからさ。じゃあ俺ちょっと行って来るわ。あ、直美、悪いけど俺の分はいいよ」
 健の発言にカチンと来た奈々香の声を背にして、健は慌てて店から退散した。

 外出前に直美に話した通り、会議のはずが宴会になって、酔っ払った大村会長に絡まれて健はげっそりして元吉へと帰ってくる羽目になった。流石に未成年と云う事で無理に酒を飲まされることはなかったけど。
「あー、さんざん写真とカメラ談義に付き合わされて疲れたよ。今日はもう風呂入って寝るか」
 格子戸の鍵を開けて店に入り、裏からもう一度施錠して健は自分に宛がわれた六畳の和室にフラフラと入ってタオルと替えの下着、パジャマを出して浴室へと向かった。風呂に入って疲労ですっかり失せた気力を取り戻したい。今の健の思考はそればかり。イベントが待ち構えていることなど予想できるはずもない。浴室の扉を開けて健の目に飛び込んできたのは濡れそぼった黒髪、ほんのり桜色に染まった柔肌、グラビアアイドルと言っても通じる豊満な胸、キュッと引き締まったセクシーな腰周り……風呂から上がったばかりの冴の裸身だった。
「……」
「……」
 突然起こった予想外の出来事にどちらともしばらく何も言えないでいたが、
「き……きゃああああああああああああー!!」
 沈黙を先に破ったのは冴だった。冴は白衣を掴んで体を隠し、その場にあった未使用の石鹸や化粧水の瓶、ブラシ、タオルを手当たり次第に掴んで健に投げつけた。
「たわけ! 妾はこれから着替えると言うに。とっとと出て行かぬか!」
「わあああっ、ご、ごめん。冴がいたなんて気づかなかっ……え、冴?」
 健は冴の攻撃から逃れるべく這いつくばって廊下に逃げ出し、その背後で乱暴にピシャリと扉が閉まった。健は冴が今まだ家にいると云う事実を再認識してこれはどうしたことだと首を傾げ、扉越しに冴に話し掛けた。
「冴、どうして家にいるんだ?」
「……」
 すぐに返らない返事。健がもう一度冴の名前を呼ぼうとしたところで扉が開いて、寝間着代わりの襦袢を着た、ばつの悪そうな顔の冴が現れた。
「そう言えば健殿は途中で席を外した故、知らぬも道理じゃったの。ここの店主が妾に仮の住まいを供しても良いと申し出てくれたのじゃ。無論直美殿も承諾済みのこと。しばらくの間世話になるが宜しく頼む」
「伯父貴が?」
「勿論此処で働くと云う条件付きでの。我が家の賄いは母上と妾でしておった故、料理には覚えがある。一品作ったが店主はちゃんと認めてくれたぞ」
「そうなのか。味にはうるさい伯父貴が言うなら大丈夫だろうけど……いや問題はそれじゃなくてだな」
「此処は百鬼夜行の舞台となった、付喪と縁浅からぬ場所じゃ。奴らに関する噂もきっと手に入りやすかろうて……さて、今日は大立ち回りを演じてちと疲れた。妾はもう寝るぞ。ゆっくり風呂に入って参れ健殿……あ、先ほどは取り乱して済まなかった。詫びを言っておく」
 冴はそう言うと、健に丁寧に頭を下げてさっさと引き上げてしまった。
「(俺が世話になってる上にこの上まだ居候一人増えて伯父さんは大丈夫なのかなあ。いや、それにしても冴ってすげーダイナマイトバディだったんだな。それにちょっときつそうな顔してるけどどうして美人だし、そんな居候ならいいかも……もしも冴が俺の背中流してくれたりしたら……あー、俺何考えてんだよ)」
 風呂に入りながら健全男子特有の考えが頭に浮かんだ健。だがそれはいかんだろうと云う理性も同時に浮かんだ健は必死で邪念を振り払った。
 そして風呂から上がり、パジャマに着替えて自室に入ると自分で布団を敷くより先に誰かの手で布団が敷かれ、中で先客がすやすや眠っていた……冴だった。
「さ、冴、冴! ここは俺の布団だぞ。何だって冴がここで寝てるんだ」
 健が仰天したのは勿論である。健は冴の側に寄って呼びかけた。
「うーん……何じゃ、健殿か」
 目を擦りながら大儀そうに冴が起き、そして健の顔を見て続けた。
「妾は店主に了承は貰うておると言うたろう。かと言うて枕も布団も一つしかなかったでの。明日店主が買い揃えてくれると申してはおったが今夜のところは止むを得まい。それに……」
「それにもあれにもあるか。大体何で直美の部屋貸してもらわないんだよ。もし間違いでも起こったりしたらどうする」
「この部屋は丁度一条通りに面しておるからの。奴らに動きがあればすぐ分かるはずじゃ。それに健殿は間違いと申したが、それについては心配あるまいて」
 悪戯っぽく笑う冴。その目は「昼間の件と先程の件でお主のことはお見通しじゃ」と言っていた。
「なこと言ってると本当にするぞ」
 チキン扱いされて頭に血を上せた健は、上半身だけ起こした冴に挑みかかろうとした。だが冴が掌底突きをポンと出しただけで健はあっさり跳ね飛ばされてしまった。
「な……」
「お主は今刹那の感情だけで動いて、本気で妾を手篭めにしようと思うてはおらなんだ。そうじゃろう?」
「……」
 尻餅をついたままの姿勢で何も言えないでいる健に冴が畳み掛けた。
「色恋沙汰には積極的とは言えぬお主のことじゃ、間違いなど起こるはずもない。もっとも仮にお主が本気で妾を襲うたとて結果は言うまでもないがの。今夜の所は一つの布団で寝ても良いぞ」
「いや、確か合宿の時使う寝袋があったはずだから俺はそっちで寝るよ……あれ、おかしいな。部室に返したのかな……」
 健は押入れを開けて借りたままの覚えがあった寝袋を探したが見つからない。
「いつまでゴソゴソやっておるか。お主も此処に入れ」
 冴は健のパジャマを後ろから掴んで、布団に入れようとした。
「わあっ、駄目だよそんな……」
「何を言うておる。布団に入らないと風邪を引くぞ、ほれ」
 結局健は冴と一緒の布団に入れられてしまった。そして冴は健の顔をまじまじと見て、嬉しそうに言った。今一度冴に見つめられてドキリとなる健。
「ふん……お主は総領の甚六のようじゃが、その実奥底に刀十郎と似た物を秘めておるようじゃのう」
「は、一体何のことだ?」
「お主の目、やはり刀十郎とそっくりじゃて。何があろうと決して挫けぬ強い意志を示す目の輝きがの」
「何があろうと決して挫けぬ意思……」
「うむ、刀十郎は今頃でこそ闘いは妾と肩を並べる手練れではあるが、幼い頃は全くの役立たずでの、剣術も武術も霊能力も一族の者より遥かに劣っておった。なれど『成せばなる』の精神で直向に頑張り抜いて妾並みの力を手に入れるに至ったのじゃ。誰にも泣き言を言うこともなく、の。あれから奈々香殿から少しばかり話を聞いたが、お主もそうやって、同好会でそれなりの地位を得られたのじゃろう?」
「ああ……そうだな、確かに自分を信じて我武者羅に頑張ったから皆認めてくれたってのはあるな」
 健はふと机の上に置かれている愛用のカメラに目をやった。フォクトレンダーベッサR2。健が京都に来て早々に、大学の入学祝いに義郎が買ってくれた物である。レンズは中古とは言え、新品同様にきれいなキヤノン35ミリF1.8が付いている。コンパクトで明るく、しかも写りは悪くないと云う事でライカマウントレンズのファンの間ではどうして人気の高いレンズだ。
「伯父さん、ありがとう」
「何、いいって事さ。頑張っていい写真を撮ってくれよ」
 感動して伯父に何度も礼を言ったことを健は忘れていない。そしてカメラを持てたは良かったが、光画部ではデジタルカメラが主流になっていて、暗室用品一式は既にフォトレタッチ用ソフトの入ったパソコンと高級インクジェットプリンターに取って代わられていた。
「(折角撮影から仕上げまで自分でやりたいと思ってたのに……)」
 フィルムカメラを好き好んで使う酔狂な一年生。それが周囲の健に対する印象だった。新しい中にも旧い建物が点在している京都の街並み、時には直美をモデルにポートレートを撮って、作品は上々の評価こそ得られてはいたものの、機材のことでは何故そんな時代遅れのフィルムカメラを使うのかと全く莫迦にされていたのである。
「(言ってろ。俺は俺で好きなようにやらせてもらうさ)」
 現像の為の暗室は、北野天満宮近くの義郎が世話になっているカメラ屋のを有料で使わせてもらえることになった。健は資金繰りのために元吉でウエイターとして働き、フィルムで撮影をし、フィニッシングもどうにかして自分でやりたいと云う気持ちは一日たりとも忘れたことはない。
「ケンちゃん、写真撮って欲しいって娘たちがいるんだけど会ってみない?」
 そんな折、直美にレイヤーチーム「西陣歌劇団」を紹介されて健は彼女達の写真を撮ることになった。そうして撮ったコスプレ写真は学園祭で大好評をもらった。
「アニメのキャラの仮装でなあ……」
 アニメや漫画に縁のない健は複雑な顔をしていたが、
「それがどうした。お前さんの写真が新人作品では一番の白眉だったんだぞ。もっと胸張って喜べ」
 会長は写真展の盛り上がりに満悦の体で、打ち上げでは健の表彰までして、どこから調達してきたのか一度は処分した暗室用具一式まで揃えてくれた。他の会員も健の実力に驚き、多くの会員が彼に対する態度を変えてようやく健はそれなりの地位を得られるに至った。
「(本当は俺はごく普通のポートレートか風景が撮りたかったんだけど……でもあれで俺が認められたのは事実だし、少しだけど予算も取れて制作に余裕ができたんだ。それも会長や直美や奈々香たちの応援と俺の直向さあってのことだよな。冴は俺がはっきり言うまでもなくそれを見抜いたみたいだけど……うん、傑作を作ることを目指して、新年度も頑張るぞ!)」
 去年光画部の活動の中であったことを回想しながら、いつしか健は冴の横で眠りに就いていた。


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