第九話 野球狂の付喪神の詩
 

A-Part

 風薫る五月。近年にない蒸し暑さの中、京都文科大学光画部の面々は放課後のグラウンドでソフトボールの練習に励んでいた。
 ズバッ
「山口ナイスピー」
「山口先輩凄いです」
「いやいや、速く投げるのが取柄なだけだよ俺」
 ジャンル違いとは言え、文化系部員でそれなりのスポーツの経験がある数少ない存在の健はエースとして高評価をもらっていた。翌週土曜日に開催される球技大会で光画部は映研と対戦する事になっており、これまで表向きは文化系でも実際の活動は体育会系の映研に光画部はなかなか勝てておらず、部長の大村昌彦を筆頭に今度こそは勝とうと部員は気合いを入れて臨んでいた。
「いや、山口はどうして名投手だと思うよ。俺が一回生の頃は23−3でボロ負けしたのに山口が入ってピッチャーやってくれた翌年はそれが10−6になった、それだけでも上等だよ。馬鹿試合だろうが何だろうが今度こそは勝とう。勝ったらあちらさんらに何か奢ってもらう約束まで取り付けたんだから」
「え、そうなんですか」
「もちのろんよ。こっちが負けたら俺があいつらに奢る訳でもあるんだけど」
 昌彦はそこで言葉を切って目を光らせた。
「どうせお遊びのイベントだからって気持ちでやってもらっては困るよ。こちとら絶対勝とうと思ってんだから。負けたらお前らには罰ゲーム課すからそのつもりでいてね。それじゃ今日はもう遅いからこれで解散。片付けて帰ろうぜ」
「あ、俺手伝います」
 健と昌彦、一平を残して他の光画部員はグラウンドを後にして、残った二人はグローブとバットを集めて体育倉庫へと向かった。そうして健はグローブの入った籠を元の棚に置いたのだが、ふと見慣れない物体が目に入った。
「(何だろう?)」
 よく見ると、それはいたく古びた左利き用の野球グローブだった。経年変化で黒ずんではいるものの、使えなくはなさそうなそのグローブは、
「初めまして。僕を見つけてくれてありがとう。ちょっと伝えたい事があるんだけどいいかな」
 そう語りかけてくるように健の眼に映った。
「(しっかしどうしてまたこんな物があったりするかなあ)」
 グローブの存在が気になった健は、何となくそれを右手にはめてみた。それは存外スムースに健の手にはまり……
「(あれ、おかしいな。はまったまま取れないぞ)」
 グローブは健の手を離さないかのようにしっかりはまって抜けない。引っ張っても振っても駄目である。
「おいどうした山口。練習はもう終わったんだぜ。グローブまたはめて遊んでる場合じゃ……ん?」
 一平がグローブを外そうと悪戦苦闘している健を見て呆れた。
「お前ともあろう真面目人間がこんな所で巫山戯んじゃないよ。これぐらい引っ張れば取れるだろ」
「わ、ちょっと、駄目ですよそんな……いた、いたたたたたた」
 一平に右手をつかまれて引っ張られ、腕の痛みで叫ぶ健。一平はお構いなしにウンウン言いながら引っ張ったが、それでもグローブは健の右手から外れる事はなかった。
「駄目だこりゃ。もうギブスみたいに切開でもしてもらうしかないだろうな……山口、今日はもう帰っていいよ。片付けなら俺と大村でやっとくから」
 そう言われて追い返された健は沈んだ思いで元吉に帰路についた。大将軍商店街に入った辺りで少年二人がキャッチボールをしている。一人が投げた速球を相手が受け損ねて、ボールは健の方にすっ飛んできた。
「(危ない!)」
 そう思うより先に健は咄嗟に右手をボールに向かって構えた。
 パシッ
 ボールは健の右手のグローブに納まり、健はそれを左手に取って少年に投げ返してやった。彼の放った直球を少年はしっかり受け止めた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「いやいや。でも気をつけろよな」
「すみませんでした」
 ボールを健から受け取った少年は丁寧に頭を下げ、健は彼らを背に元吉に向かって行った。

「ただいま」
「お帰りケンちゃん」
「戻ったか健殿……ん、どうしたその右手は」
 冴は健が帰って来るなり、彼の右手がおかしい事に気付いたようだった。
「冴、実は……」
 健が冴に事の次第を話すと、
「どれ、妾に見せてみろ」
 冴は健の側に寄って右手を取った。
「あっ……」
「しばらく黙っておれ」
 冴は医者が患者を診察するようにしばらく健の手を持って眺めていたが、顔色を変えて一言。
「これは……」
「どうしたんだ」
「このぐろおぶからは付喪神の気配を感じる」
「何だって?」
「なれど不思議と人間に対する敵意は感じられぬのう。それどころか何か悩みでも抱えておるようじゃ。どれ、ひとつぐろおぶの声を聞いてみるとするか」
「そんな事できるのか?」
「妾の霊力をもってすれば造作もない」
「じゃあ早速……」
「いや、妾は今給仕の仕事で手が離せぬ。しばし自室で待っておれ……気の毒じゃがの」
 案ずるな、お主の腹具合の事なら妾が何とかすると目で語っておいて冴は気忙しく厨房に引っ込んだ。俺はつくづく間の悪い男だよと健は俯いて階段を上って行った。

「待たせたの」
 冴が健の部屋にやって来たのはそれから三十分程経ってからだった。健の拳程もある大きなおにぎりが三つ乗った皿を手にして。
「お主のぐろおぶの声を聞いて進ぜるが、晩飯がまだであったろう? 先ずはこれを食べるが良い」
「それは?」
「妾の作ったおにぎりじゃ。球技大会に向けてお主らが練習しておる事は直美殿から聞いておる。散々運動して腹が減っておるであろう?」
「……お気遣い痛み入るよ。わざわざ片手で食える物用意してくれたんだよな。いただきます」
 健は静かに冴に笑いかけて、素手の左手でおにぎりを持って食べた。
「(なかなかうまいな)」
 焼鮭と御飯の絶妙のコンビネーションが健には快く感じられた。もう二つの細切り塩昆布と鱈子も出来栄えは見事で、健は丁重に冴に礼を言った。
「俺のためにわざわざありがとう。美味しかったよ、ごちそうさま」
「礼には及ばぬ。さて、これから本題に参ろうか。一蓮の力を借りてぐろおぶの声を聞く。お主の右手、妾の前に突き出してみよ」
「こうかな?」
「うむ。では良いかな? 始めるぞ」
 冴は懐から取り出した一蓮を手に掛けて、祝詞を唱えた。
「常時には御姿容(みすがたかたち)の我が眼には見えねども 此の顕世に生まれ出でしよりこのかた 陰に日向に寄り添い 教え諭し護り導き幸はへ給ふ 御所縁深き汝命(いましみこと)等(たち)の御霊の御前(みまえ)に 船岡が族の巫 船岡冴 慎み敬(いやま)ひも白(まを)さく 汝山口健が右手に宿りて離れぬ様を見るに何事か伝えむとの意志を見むと有らむをば 今暫し言霊の力に依りて汝の思う所を語り給へと慎み敬ひも白す……はっ!」
 冴が一蓮を健の前に翳したと思うや、グローブがパアッと光り、それは訥々と言葉を紡ぎ出した。
「私は京都文科大学野球部の備品です」
「それは言われんでも分かってる。何で俺の手に嵌ったまま離れないなんて真似しやがるんだ?」
「は、その失礼の段は平にお詫びいたします。ですが山口健さん、私は貴方にお願いがあってこうして取り付かせてもらったのです」
「何だよ」
「貴方方は大慈彌康宏と云う方をご存知ですか? いや、恐らく知らないと思いますが」
「知らぬな」
「俺も知らないよ。うちの大学出身のプロ野球投手か?」
「そうではありません、プロからお声がかりがあったのは事実ですが。大慈彌康宏は今から五十年程前、高校野球の花形投手として名を馳せて阪神、阪急、南海、近鉄の在阪球団ばかりでなく国鉄(現ヤクルト)や読売も投手の一員として欲しいと狙うほどの実力の持ち主でした。何せ平安高校相手に完全試合を達成した程なんですから」
「平安? 夏の府大会でいつも上位にいる高校じゃないか。そこ相手にノーノーってまじかよ」
「はい。ですが当の大慈彌は幾つもの球団からの誘いに態度を決めかねて、しばらく考えさせて欲しいと言って京都文科大学に進学する道を選びました。その後檜舞台に立つ事はなかったものの引き続き野球部のエースとして活躍し、改めてどこかのプロ球団の一員として活躍する事を夢見ていたのですが……」
 グローブはそこで暫し言葉を詰まらせ、無念そうに続けた。
「三回生の夏、交通事故で夢半ばにしてこの世を去りました」
「なあ、お前はひょっとして……」
「はい、山口さんのお察しの通り、私は大慈彌が生前愛用していたグローブです。彼が死んだ時、私は野球部の部室に彼を偲んで安置されていたのですが、時が経つうちに大慈彌康宏と云う投手がいた事も、その名前も忘れ去られて私はただの古びたグローブとして倉庫の中でひっそりと余生を過ごしておりました。野球部の練習や球技大会のシーズンの折、貴方方が楽しそうに倉庫にやって来るのを私は物陰から見ておりましたよ。仄聞する所によれば山口さんはなかなかの名投手だそうですね」
「そんな事ない。大慈彌さんとやらにはとても敵わないよ」
「いやいや、普段野球をなさらないのにああまでの直球が投げられるとあってはそこそこの腕はあるとお見受けしました。ほら、此方に帰りつく前に貴方が少年に投げた球、あれはどうしてキレのいい直球でしたよ。私は貴方はできる人だなって思います。そうして私を山口さんが見つけてくださったのも何かの縁でございましょう。どうか今般の球技大会では私を使ってソフトボールをしていただけませんでしょうか。私は今一度試合に出たいのです」
「うーん……」
「厚かましいお願いであるとは私も思います。でもただ一度だけでも私は野球がしたいのです。たとえ球技大会の一イベントでも構いません。どうか私を使ってください。それが終われば私はもう思い残す事はございません。捨ててくださっても結構です」
「……」
 暫くの沈黙の後、健は静かに言った。
「分かった。そう云う事情があるならあと数日の練習期間から本番まであんたを使ってプレーするよ」
「ありがとうございます。そう云う事なら私もできるだけの協力は致しましょう。どうか宜しくお願いいたします」
「こちらこそ……ところで」
「はい、何でしょうか?」
「俺の手から離れてくれないか? もう主張したい事はしたろう」
「あ……これは失礼を致しました」
 ばつが悪そうに言って、グローブはスルリと健の手から離れた。
「……此奴は満更悪い付喪神と云う訳でもなさそうじゃな」
「そんなもんかね」
「それはそうじゃ。人間に善人や悪人が居るように、付喪神にも民と争う事を好まず、純粋に物としての生を送る者も居るわ。一蓮がそうであったようにな。我らはそのような付喪神は無闇には討たぬ。彼らとて人間と共存する権利はあるはずじゃ。彼らがそれを望むならば」
「だよな。誰が相手にせよ仲良くやっていけるならそれに越した事はないもんな」
「ほんに我らが名実共に一介の巫覡として社に奉職できるのは何時の事じゃろうの……」
「ケーンちゃん」
「おう、直美か。どうした?」
 廊下からの呼び声に答えて健が部屋の襖を開けると、直美がお菓子の乗った皿を手に立っていた。
「ラングドシャ作ったの。食べて」
「それはそれは……ごちそうさま」
「自信作なんだから、ようく味わって食べてね」
「ああ、いつもわざわざありがとな」
 直美は意味ありげに笑って、健の部屋を後にした。
「うん、うまい。さすが直美だぜ」
 直美手製のお菓子に舌鼓を打つ健に冴が半ば呆れたように問い掛ける。
「健殿、他に思う所はないのか?」
「何が? 菓子作るのは直美の趣味なんだし、俺にお裾分けしてくれるのも別に珍しい事じゃないさ。ま、折角作ってくれたんだしこっちも何か礼しないといけないよな。そうだ、グリュックスシュヴァインの抹茶ケーキでも……」
「(はぁ、つくづく報われぬ直美殿が気の毒でならぬのう。健殿が斯様な為体では妾の想いにも気付くかどうか……いやいや、それを容易く悟られるのもつまらぬ。健殿が靡かずにはいられぬように仕向けられたなら……)」
「ん、どうした冴? 俺の顔に何か付いてるか?」
「健殿、らんぐどしゃの欠片が口の端に付いておるぞ」
 冴は健の口元に手を伸ばし、欠片を摘んでその指先を美味しそうに舐めてみせた。
「さ、冴……!」
「これしきの事で動揺するとは健殿も相変わらずじゃの、はっはっはっ」
 真っ赤になって言葉に詰まる健を見て、冴はこれじゃから健殿を揶揄うのは楽しいわと言いたそうに笑った。

 その数日後。本番を三日前に控えて、健達は船岡山公園で映研との練習試合に臨む事になった。
 ズバッ
「ストライク、スリーアウトチェンジ!」
「くっ……お前なかなかやるじゃないか」
 健は付喪神のグローブを手に、相手の打者を片っ端から三振で仕留めていた。
「もう三時か。よし、一旦休憩だ」
「山口先輩ナイスピッチですー」
「うむ、やるではないか健殿」
「ケン君次もその調子でねー!」
「ケンー、頑張んなさいよ。あたし達も付いてあげてんだから!」
 声援を送る観客の中に混じった余り歓迎できないゲストに、健は複雑な顔で其方へと向かって行った。
「おい、冴はともかく何で他大学のお前らがここにいるんだ」
「そんなのナオの代理でケンの活躍を見届けてあげに来たに決まってるじゃない。いい按配にあたし達の授業休講になっちゃったしさ」
 奈々香は涼しい顔で笑う。
「おまけに何だよその格好は」
「チアガールのコス」
 やって来た西陣歌劇団の三人組は紫を基調にしたチアガールの衣装を着ていた。これもまたアニメに登場した衣装を元に作られたらしい。
「いや俺が言いたいのは空気を……」
「その言い草はあんまりと思うわ。折角ケンさん達の応援してるのに」
「そうだぞ何言ってんだ山口、道枝ちゃんのダンス最高だったよ」
「あんたは黙ってなさい」
 有二が横から口を挟んで、奈々香に強烈なキックを見舞われる。
「あーそうだ、横目で時々見てたけどスカートめくれまくりのダンスも何とかならんのか?」
「いいのよ。ちゃんと防御してるもん」
 奈々香はスカートをめくって、その下の紺色のブルマを見せた。はしたない事はやめなさいと突っ込む気力も失う健。何とか気力を振り絞って出た質問は、
「そんな物どこから仕入れてきた」
「萌部」
「何だよそれ」
「ヲタ男が喜ぶような服とか下着売ってるネットショップよ」
 奈々香が解説して、健の耳元に顔を寄せて囁いた。
「ケンだけに教えてあげるけど、みっちゃんが今日穿いてるパンツ、『ケン君のために気合入れる』とか言ってそこで買った水色のしまし……」
「もういい……あー、どうせ止めてもお前ら本番にも来るつもりだろ? その格好で」
「勿論。本番は土曜日でしょ?」
「止めはしない(止めたって言い出したら聞かないのが奈々香だし)。だが空気読んで変な色のヅラとかはやめてくれよ。一般人のイベントなんだからな」
「大丈夫よ。冴さんとかに手伝ってもらうかもしれないけど。何なら他のレイヤーチームも呼ぼうかしら」
「それはやめ!」
 健が抗議したが、冴は涼しい顔でこう答えた。
「妾ならやってもよいぞ? それで健殿の応援をするのじゃろう?」
「私もそれ着てみたいです。可愛いもん」
 彩乃まで乗り気になっている。
「どうにでもしてくれ……」
「まあそんなに落ち込まないで。私達皆のためにおやつとコーヒー作ってきたんだから」
 ヲタク的な雰囲気に馴染めずに気力を失った健を元気付けるのは、癒し系で通っている道枝の役目である。彼女は持って来ていたお菓子入りの箱と魔法瓶を出した。
「はい、後半も頑張ってね」
「いや、作るの大変だったろうね。わざわざありがとう」
 クラブを代表して部長の昌彦が丁寧に礼を述べた。
「いや本当感激だよ、ありがとう道枝ちゃん」
「あんたはこれでも食べてなさい」
 しゃしゃり出て来た有二は、又しても奈々香に止められた挙句、失敗作(実際は奈々香が密かに有二のためにわざと作った物であったが)の詰め合わせを食べさせられる羽目になった。

「おい、いくら何でもこれは買い過ぎではないか」
「文句言わないの。帰ったら晩御飯作ってあげるから」
「いや、それは有難いが……ん?」
 千本通りを歩く妖艶な美女と巨躯の男の二人連れ。彼らの前に転がって来たのは野球用の白いボールだった。そして慌ててボールを追い掛ける男子大学生がやって来た。
「参ったな、ファウルボールがとんでもねえ所に……おっと」
「あら、これは貴方のなの?」
 女性がしゃがんでボールを拾って、学生に渡そうとする。
「あ、これはどうもすみませ……え?」
 顔を見合わせて驚く双方。何故なら二人は以前にも一度顔を合わせていたことがあったのだから。
「貴方は船岡の巫と一緒にいた……!」
「そう言うお前はあの時怪しい儀式やってた巫女か」
 そうして再び相見える事になった山口健と小鈴の八乙女。健は以前の恨みから怖い顔で八乙女を睨みつけた。
「あら、そんな顔しないで。私達は別に何もするつもりはないわ。ビブレに買い物に行ってただけよ」
「……(あんな目に遭わされて信用できるかよ)」
「はい、これは返してあげる。それ以上は何もしないから安心して、それじゃ私達はこれで……え、どうしたの荒太郎?」
 八乙女の後ろに控えていた荷物持ちの荒太郎が八乙女に何事かを耳打ちした。途端に八乙女は気が変わったと言うように健に迫った。
「坊や、貴方が右手に嵌めているそのグローブちょっと見せてもらえないかしら?」
「何だよ」
「そのグローブ、付喪神としての魂を宿しておるであろう? しかも愚かしくも貴様ら人間に敵意を持っておらず、共に生きたいと考えておるようだな」
 荒太郎が口を挟んだ。
「……だとしてどうだってんだ」
「我らが何のためにこの京都に付喪神として甦ったと思っておる。全ては万物の命を粗末に扱う人間どもを讐敵として滅ぼさんとするためではないか。そこなグローブ、貴様も我らの尖兵として動いてもらおうぞ」
「そうねえ、ボール型の爆弾でも作って、テロ要員として動いてもらったなら面白いかもね」
「そうはさせるか、平和に余生を過ごしたいってのがこのグローブの望みなんだ。好きなようにさせてやれよ」
「あらそう。でも私達はそんな内に引き篭もろうとする付喪神って気に入らないのよ。出しゃばり坊主さんがそうだったものね。付喪神であるからには私達に協力してもらうわ。グローブをこっちに寄越しなさい」
「嫌だ」
「いいから寄越しなさい」
 掴み合いになる健と八乙女。それでもとうとうグローブは八乙女に取られてしまった。
「ああっ」
「ふふふ、さあ私と一緒に来るのよ。京都を私達の物にするためのお手伝いをしてもらうわ」
 立ち去ろうとする付喪神目掛けて飛んで来た魔除けの札。荒太郎には札がしっかり張り付いて悶え苦しむ羽目になった。身軽な八乙女は札を避けたが、その拍子にグローブを落としてしまった。
「ぎゃああああっ」
「又しても我らの邪魔しに来たわね……船岡の巫」
 付喪神の前に颯爽と現れ、八乙女の落としたグローブを拾い上げて不敵に笑いかける冴。
「妾が此処におったのは正解であったのう……お主らが大人しく帰れば見逃しても良かったが、この状況を見るにそうもいかなくなったようじゃな」



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