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現実と理想(BLEACH:白哉×一護)


ぎゅっと膝の上で拳を握り、俯いてみる。
視線の先には、遠まわしに言うと「滑らかな光沢を放つ絹の生地に包まれた綿の塊」。簡単に言うなら「布団」。見るからに新品でイヤになってくる。
意外なところで躾に厳しい父親から「布団と畳の縁だけは踏むな」と教えられてきたけれど、こんな上等そうでふかふかな布団の上に座り込んでいる姿を見られたら、やっぱり怒られるんだろうか?
つか、大体なんでこんなとこで、こんな時間に、こんな男と膝付き合わせて布団の上に正座してんだ? どう考えてもおかしくないか?

「何をぶつぶつ言っている? 無礼であろう。……これも下賎な生まれ育ちのせいか。色々と教育が必要なようだな」

大事な現実逃避を遮って、溜息交じりの低い声が響いてきた。こんな時まで高飛車だなんて、どういう育てられ方をしたのか親の顔が見てみたい。
一護は唇を噛み締め、ぎっと眼の前の白皙の美貌を睨み付けた。

「下賎で悪かったなぁ! あいにく現世で生まれ育ったもんで、尸魂界のルールには疎いんでね!っつーか、誘拐犯のクセして偉そうにしてんじゃねぇっ!!」
「誘拐ではない。仕方なかろう」
「仕方なかろう、じゃねぇぇぇっ!」

仕方ない、で済まされてたまるか!
そもそもこの男が、白哉さえいなければ、自分は今日も普段どおりの一日を過ごすことができた筈なのだ。
学校行って、授業受けて、昼休みには屋上で啓吾のバカ話を聞きながら弁当食べて。家に帰ったら宿題やって、柚子の作ったメシ食って、風呂入って、今頃は狭いベッドの上でお気に入りの羽根布団に包まって寝てる筈なのに。
それが今日に限って授業を終えて校門を出たところで、何だか複雑な表情をした恋次がいて。あれ、と思った時には眼の前が暗くなって、気がついたら何故だか尸魂界。わけもわからず風呂に叩き込まれ、やたらめったら豪華な着物に着替えさせられ、あれよあれよと言う間にいつの間にか護廷十三隊の隊長格が勢ぞろいした宴席の、しかも雛壇に白哉と並んで座らされていた。
飲めや歌えやの宴会に面食らっていたら、いきなり白哉に腕を取られ、真っ白な布団が一組敷かれた部屋に連れ込まれたのだ。

「尸魂界じゃどうだか知らねぇけど、現世じゃこういうのを未成年者略取誘拐っつーんだよ! 刑法第224条で3ヶ月以上7年以下の懲役刑だ!」
「……誘拐ではない」

一護の反論に微かに眉を寄せ、白哉が呟いた。

「迎えをやっただけのこと。伴侶として当然の権利だ」
「澄ました顔して寝言いってんじゃねぇぇぇぇっ!」

一護は両手で頭を抱え悶絶した。
伴侶って誰だよ。当然の権利って何が? っていうか、白哉が喋ってる言語って、日本語? もしかして偶然日本語と発音や語彙が似てる別の言語で、実は意味が全然違う外国語とか?
一護はひくひくと痙攣する口元を無理矢理引き上げ、白哉に微笑みかけた。笑うのにこれだけ努力を必要としたのは、わずか16年足らずの一護の人生において初めての経験だ。

「尸魂界じゃどうだか知らねぇけど、現世じゃ『伴侶』って言葉は『配偶者』って意味で使うんだよ。ハ・イ・グ・ウ・シャ。どう考えても俺はオマエの配偶者じゃねぇだろ。わかったら、俺にもわかるように尸魂界での『伴侶』の意味を教えてくれ」
「説明する必要はない。尸魂界も現世も使用している言語は同じ。意味も同じだ。兄が理解したとおりの意味で間違いは無い」

やっぱり会話が成立してない。一護は今度こそ本当に頭を抱えて布団に突っ伏した。

「んな訳ねぇだろ! 違うだろ!」
「何が違う? 先ほど婚礼の儀も滞りなく済ませた。名実共に兄は私の伴侶だ」

何が違うって、全部違う。全部間違ってる。それがどうしてこの男には理解できないんだろうか。
天上天下唯我独尊を地で行くような男だとは思っていたが、まさか意思の疎通がこんなにも難しいくらいに独自の世界で生きている男だったのか、この朽木白哉という男は。
一護がしくしくと現状を嘆いていると、ふわりと両肩に温もりが落ちてきた。

「何を恐れている? 朽木家の掟か? だが、掟に固執することの無意味さを私に教えてくれたのは兄ではないか。気にすることはない」

滅多に見せることのない優しい笑みを浮かべて白哉が一護の両肩を両掌で包み込んでいた。
絵画のように美しい笑顔に一瞬状況を忘れぼぉっと見惚れていると、白哉の両手にぐっと力が込められ一護は布団の上に押し倒された。

「待てぇぇぇぇっ! いきなり何するっ?!」

圧し掛かってくる白哉の顔を両腕で押し退け一護は叫んだ。

「婚儀の夜にすることなど決まっている。知らない、とでも言うつもりか。それほどまでに兄は子供か?」
「子供だとか関係ねぇ! 何で男の俺が同じ男に押し倒されなきゃなんねぇんだよ! 大体、婚礼の儀って何だよ。そんなもんに俺は出た覚えはねぇ!」
「何を今更…… 性別など愚にも付かぬことを。尸魂界の掟に逆らった兄らしくもない。それに婚礼の儀ならば先ほど護廷十三隊の隊長格出席の元、無事に執り行ったところではないか」

もしかしてアレか。さっきの宴会のことか。

「俺は納得してねぇ! 本人の承諾のない婚礼なんて無効だ!」
「一護!」

白哉の一喝が飛んだ。普段「兄」としか呼ばない白哉から名前を呼ばれ、一護はびくりと身体を強張らせ白哉の顔を見上げた。

「兄は何が不満なのだ。私にはわからぬ」

表情を曇らせる白哉に、ちくりと一護の胸が痛んだ。抗っていた両手で白哉の袖を掴み、一護はぼそりと呟いた。

「……だって、順番が違うだろ……」
「何の順番だ? 私は尸魂界の慣例に習って今日の婚礼を執り行ったのだが、現世は違うのか?」
「そうじゃなくって!」

一護は掴んでいた白哉の袖を握り締めた。さらさらとした生地にぎゅっと皺が寄ったのが見えた。

「俺、アンタから何も聞かされてない……」

いきなり尸魂界に連れて来られて、当たり前のことのように婚儀だ、伴侶だって言われて。
当事者なのに何も知らされず、淡々と物事だけは手順どおり進められている。置いてきぼりにされたような寂しさが一護の中に募っていた。
それなのに、この男は自分のそういう心境を慮ろうともせず、強引に手順だけを進めようとしている。それが寂しい。それが悔しい。

「婚礼ってことは結婚だろ? 男同士で、しかも死神と人間との間で結婚だなんて笑っちゃうけどさ。そういう形式にこだわるのも掟に厳しい朽木白哉らしいっていえばらしいからいいんだけど…… でも、形式にこだわるんだったら、結婚に行きつく前に踏んどかなきゃいけない手順があんじゃね?」
「何が言いたい?」

訝しげに眉間に皺を刻む白哉に一護は深く溜め息を付いた。

「尸魂界じゃどうだか知らねぇけど、現世じゃ結婚ってのは好き合ってる者同士がするんだ」
「それは尸魂界でも同じだ」
「だったら、俺に何か言うことあるんじゃね?」
「……何をだ?」

ここまで言ってもまだわからんのか! 
想像以上に鈍い白哉に、もともと強度に乏しい一護の堪忍袋の織が切れた。

「てめぇ、一回でも俺に『好きだ』とか『結婚しよう』とか言ったことあんのか、って言ってんだよ!」

頬に血を上らせ怒鳴る一護に、白哉があぁと小さく頷いた。

「言わずともわかっていると思っていた」
「そういうもんじゃねぇだろ! 形式にこだわるんだったら、とことんこだわれよ!」

白哉が自分に対して特別な感情を抱いていることは一護にもわかっていた。
はっきりと告げられたわけではなかったけれど、尸魂界に来る度に清冽な霊圧が一護を包み込んでいた。慈しむような優しい霊圧だった。
その霊圧の持ち主を探してみれば、無表情と冷徹さで定評のある朽木白哉で。どうして、と白哉を見ているうちに、さり気ない優しさと自己を律する厳しさにまず尊敬の念を抱き、それはやがてもっと特別な暖かい感情へと変わっていた。

「俺はアンタみたいに長く生きてねぇから、言ってくんなきゃわかんないこととか、言葉にしてもらわないと不安になることがあんだよ。だから…… めんどくさいかもしんねぇけど…… 俺にもわかるように言ってくれ」

これでわかんなきゃ、アンタ最低だ。一護は祈るような気持ちで白哉を見上げた。

「すまぬ」

低く耳元で囁かれ、髪に手を差し入れられた。梳くように髪を撫でられ、こめかみに柔らかな口付けが落とされる。

「私は兄が愛しい。生涯を伴に過ごしたいと思っている。私の傍にいてくれるか?」

想像以上に甘い現実の言葉に、頭が沸騰しそうになる。
一護はぎゅっと白哉の胸に顔を埋め、小さく答えた。

「上等じゃねぇか。とことんまで付き合ってやるよ」





END