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君を抱きしめたら(BLEACH:一護vs恋次)


「なんでだよ」

僅かに眉を寄せ、恋次はさり気なく視線を外した。
乱菊が持っていた雑誌に出ていた「セクシーに見える男性の仕草」を参考に、今日このためだけに何度も鏡の前で繰り返し、研究した表情だ。
若干語尾を震わせるのも計算。微かに唇を噛み締めるのも計算。全部計算ずく。
それをズルイと言うなら嘲笑え。今はそんな事に構っている場合ではないのだ。
なんたってココが正念場。一歩たりとも引く訳にはいかない。

「俺が、嫌いか……?」

ゆっくりと顔を上げ、ぴたりと視線を正面に据えた。視線の先には面倒くさそうに下唇を突き出し、オレンジに近い薄茶の瞳を眇めた少年の顔。

「一護、何とか言えよ」

声に甘えを含ませ、両腕で一護を抱き寄せる。鼻先を首筋に埋めるべく顔を近づけた。ついでにクンと小さく鼻を鳴らし、仄かな柑橘の香りを吸い込んだ。

「なぁ、オマエも俺が好きだって言ってたじゃねぇか」

我ながら惚れ惚れする程絶妙に甘えと焦れったさが組み合わされた声音に、恋次は己の勝利を確信した。
だが、

「バカか、テメェは」

抑揚のない冷たいセリフに、一瞬恋次の動きが止まる。
我に返った時には、腕の中からするりと抜け出た一護が、忌々しげに眉を寄せ、恋次を睨みつけていた。

「わざとらしいんだよ。どうせ誰かからくだらないことを吹き込まれたか、幼稚な雑誌でも読んでその気になったか、そのあたりなんだろうけどよ。らしくねぇっつーか、おまえ、そんなキャラじゃねぇだろ」

はぁっと大げさに溜息を付き、一護が恋次に背中を向けた。わざとらしく竦められた肩に、明確な「拒否」が浮かんでいる。
いくらなんでも、こんな反応はありえない。ある筈が、あっていい筈がない。一護が照れ隠しに冷たい態度を取ることが多いってくらいは、短い付き合いの中でもわかっているけれど、これはちょっとありえない。
プツとこめかみで血管の切れる音が聞こえた。

「んだぁ、テメェ。そりゃどういう意味だよ!」

恋次は一護の腕を引き、胸倉を掴み上げた。

「それが仮にも恋人に対して言うセリフかよ!」
「どういう意味もクソもあるか!」

怒鳴り返し、一護は恋次の胸倉を掴み返した。

「バカはバカなりに身の程をわきまえろって言ってんだよ!」
「バカとはなんだっ、バカとはっ」
「バカで悪かったら、駄犬だ、駄犬。大体テメェの頭は難しいことを考えることには向いてねぇんだ。スペック以上のことをやろうとしてんじゃねぇよ」

バカ。バカって言った。それどころか、駄犬とも。
絶対に言ってはならんことを一護は言った。

「あぁっ? 一体何のために俺がこんなことやってると思ってんだよ! そんなこともわからねぇで、バカはテメェじゃねぇか!」
「だからテメェはバカだって言ってんだよ! 考えてることがあからさますぎて丸解かりだっつーの! 見え見えで萎えるわ、ボケ!」
「んだとぉ? わかってんなら、それなりの態度を見せりゃいいじゃねぇかっ。そしたら俺も、こんな回りくどいことしてねぇんだよ!」

そうなのだ。恥ずかしさを堪えて乱菊に雑誌を借りたのも、仕草の練習を繰り返したのも、全て一護のため。一護をこの腕に抱くためなのだ。

死神と旅禍という因縁の狭間で、恋次は一護に恋をした。
目的へと真っ直ぐに突き進む潔さ、優しくあるためにより強くあろうとする迷いの無さ。一護の持つ何もかもが恋次を魅きつけて止まなかった。
死神が人間に恋だなんて愚かだとはわかっていたけれど、恋次のこれまでの人生は、自分の心を偽って我慢して後悔を繰り返してばかりだった。
だから今度は我慢しなかった。

『好きだ』

振り絞るように告げた一言に小さく頷き応えてくれたのは、今眼の前でふてぶてしく腕を組み、こちらを睨みつけている人物である筈なのだが。

「なんで触らしてくんねぇんだよ!」

手は握った。キスもした。だが、そこで打ち止め。
いい雰囲気に持ち込もうとしても、するりと躱され、逃げられる。
好きだからこそ触れたいし、触りたい。それは男だとか女だとか関係なく、誰でも思うことじゃないんだろうか。

「なんでだよッ! どうして避けんだよッ!」

足を踏み鳴らして絶叫する恋次を、ちらりと一瞥し一護は微かに溜息を吐いた。

「理由を言ったら納得すんのかよ?」

忌々しげに吐き捨てる一護に、恋次は勢い込んで頷いた。

「……だから」
「………え?」
「だから、オマエはヘタそうだから」

ヘタそう、って何が? いや、ナニか。

「なんじゃそりゃあっ!!」

恋次は頭を抱えて絶叫した。
こともあろうに最愛の恋人から「ヘタそう」という理由で、キスから先を拒まれるって、男の沽券もプライドもあったもんじゃない。

「やったこともないのに、ヘタかどうかわかんのかよ!」
「やってねぇけどわかるっつーの。激しけりゃイイって思ってる男だ、オマエは」

キッパリ言い切る一護に、恋次はくたくたんと膝から崩れ落ちた。情けなさ過ぎて涙も出やしない。

「だからな」

ぽんと恋次の肩に一護の手が乗せられた。暖かい掌の感触に、恋次は眼の前に立つ一護の顔を見上げる。
滅多に見られない優しげな微笑に、恋次の背筋に恐怖が走った。

「オマエが俺に押し倒されれば、万事解決じゃね?」



「イヤじゃ、ボケェーッ!」

前途多難。成就の日まで、続くのは茨道。





END