happen all at once Requested by Ms.kara
戦争はその渦中にあるよりも、後始末の方が大変なのだ、とディアッカはしみじみと思った。
物を壊すのは簡単だけど、物を作り出すのは難しい。
しかも、平常時であれば、物資の輸入や人的支援を頼ることも出来ただろうが、今は地球も宇宙も、皆が自国の復興が第一で、他人からの援助は喉から手が出るほどほしいが、他人を支援する余裕は全く無い。
物的資源と人的資源が豊富な国ほど速やかに復興を果たすが、そのどちらかが欠けている国、両方が無い国では遅々として復興は進まない。
復興が進まなければ、人も社会も安定しない。故にまた復興は遅れる。
堂々巡りのジレンマだ。
そしてPLANTは技術力こそ高いものの、物的資源は決して豊かではない。しかも国の中枢である評議会が、今は求心力も統率力も失っている。
もっともカリスマ的指導者であったデュランダル議長の信奉者だけで構成された評議会など、議長という象徴を失った後はタダの烏合の衆。指導力も何もあったものではない。
結局、PLANTは新しい体制で復興を目指すことになったのだが、2つの大戦を生き残ったZAFTのエリート仕官であるディアッカにも戦後処理の重責は容赦なく圧し掛かってきて息をつく暇もなく。
つまり結局何を言いたいかというと、休暇らしい休暇はディアッカにとって実に4ヶ月ぶりだ、ということだ。
「ふ〜ん、それでぇ?」
オーブ市街地。オープンカフェのテーブルで、フラガはストローを銜えその先を揺らしながら、真向かいに座るディアッカへ、じとっと視線を向けた。
「それで、って。だから言ったじゃん! ここ4ヶ月、ぜんっぜん休みなんか取れなかったんだから! 来たくても来れなかったんだって!」
うじうじと恨み言を続けるフラガに、ディアッカは今日何度目かの説明を繰り返す。若干「4ヶ月」というところを強調するのは、言い訳に信憑性を増すためでもあるのだが、眼の前の男はそれを聞いているのかいないのか、意に介した様子は無い。
全く苛々する。
「だって知ってるもん…… おまえ、ちゃんと月に一度は3日間の休暇取ってたじゃん。3日あれば、シャトルでぴーっとオーブにだって来れたのに……」
「取ってねぇっ! っつーか取れるか! どっから聞いてきた、そんなデマ!」
「デマじゃないもん! だってキラが直接ZAFTのホストコンピュータにハッキングして、おまえの休暇取得状況をっ……!」
言いかけてフラガはハッと口を押さえた。
おどおどとディアッカの顔色を伺い、次いでにへらと笑った。心なしか口元が引き攣っている。さすがに内容的によろしくないということはわかっているようだ。
しかし笑って誤魔化せるかどうか、物事にはなんにしろ限度というものがあるもので。ディアッカはぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「へぇ…… 面白いことやってんだねぇ、オーブは。誰が、どこに、ハッキングして、何を調べたって?」
「いや、まぁ、その、何だ…… 細かいところは気にするな」
あまりの軽率さと能天気さに眩暈がした。
この男は一体何を考えているのだろう。
他国軍部のホストコンピュータへのハッキング行為が「スパイ行為」に該当することくらいわかりそうなものではないか。しかも、それをオーブ軍准将の地位にあるキラにやらせるなんて。
一歩間違えれば、外交問題どころか、宣戦布告にもなりかねない。
「アンタ…… 何やったか、わかってんの?」
「わかってるけど、でもディアッカが心配だったんだもん」
「っつーか、イイ年した男がさっきから『だもん』とか言ってんじゃねぇ。気色悪い」
「ひどいっ! それが恋人に向かって言うセリフ?!」
「俺は『エンデミュニオンの鷹』ってあだ名のMSパイロットを恋人に持ったことはあるけど、過ぎたことをいつまでもうじうじ言い続ける女々しいオッサンを恋人にした覚えはないんだよね」
「ひ〜ど〜い〜っ!!」
ぎゃあぎゃあと喚きたてるフラガに、ディアッカはふんっと鼻を鳴らして顔を背けた。
もしかしたら、自分はアノ時、人生の選択を誤ってしまったんじゃないだろうか。ディアッカはちらりとフラガに視線を向け、こっそりと溜め息をついた。
AAに居た頃は、多少呑気なところはあったけれど、ここまでではなかったような気がする。
人為的な操作で記憶を消されていたというし、ストライク爆発後に暫くパイロットスーツで宇宙を漂っていたともいうし、記憶操作と酸素欠乏の後遺症で人格が変わってしまったのかもしれない。
「とにかく、俺はここ4ヶ月休み無しで働いてんの。もし、データ上で休暇を取ったことになってたとしたら、そりゃ記録だけのもんで、実際は休んで無いから。休日出社よ、休日出社。
大体、少し考えてみればわかるだろ。あのイザークが自分が忙しい時に、俺に休暇を許可する訳ないじゃん」
ジュール隊の隊長として、ヴォルテール旗下のMS隊を率いていたイザークは、屋台骨を失ったZAFTとPLANTの建て直しで多忙を極めている。そうなると当然ディアッカもイザークの副官として仕事は山積み、毎日が自宅とオフィスの往復のみ。
今回の休暇だって、半分泣き落としでイザークからもぎ取ってきたようなものだ。
「それにさぁ」
ディアッカはついっと顎を上げ、フラガを見下ろすように睨めつけた。
「そんなに言うならアンタの方からPLANTに来たっていいんじゃないの? 何で俺がオーブに来るってのが前提になってんの?」
「あ、それムリ。だって、俺、不可抗力でだけど、ブルーコスモス直属のファントムペインに居たんだよ。PLANTの入国許可が出ないもん」
「あ……そ…」
そんなもん、言ってくれればどうとでもするのに。とは言え、まだ情勢不安定なPLANTで、フラガの身元がバレたらタダでは済まないだろうし、しょうがないのかもしれない。
「それに俺も紆余曲折あったけど、一応オーブ軍の佐官になっちゃったし、それなりに忙しいんだよね」
ふふんとフラガが胸をはる。
勝ち誇った態度がちょっとムカツいた。戦争のどさくさまぎれで任官したクセに。
反論しようとディアッカが口を開きかけた時、テーブルの上から軽やかなポップスが流れて来た。
ラクス・クラインことミーア・キャンベルのヒット曲「Quiet Night C.E.73」だ。
「あー、電話だぁ。誰からだろ?」
テーブルの上に置かれた携帯電話を取り、フラガが眉を潜める。
「ごめん、キラからだ。公用かもしれないし、ちょっと待ってて」
そのまま携帯電話を手に、フラガはカフェの外へと出て行った。置いてきぼりかよ、と一瞬むっとしたが、公用かもしれない電話に、休暇中と理由をつけて居留守を使うような腑抜けた男ではなかったことが、ちょっとばかり誇らしい。
暫くフラガが出て行った方向を眺めていたが、戻ってくる気配はない。
手持ち無沙汰に何か暇つぶしできそうなものがないか見渡してみたら、フラガの座っていた椅子の上に革製らしき薄い小さなケースが落ちているのに気が付いた。
掌にすっぽり収まるような小さなケースは、使い込まれて飴色に変色している。名刺ケース、だろうか?
いくらフラガのものとはいえ、自分に勝手に開ける権利は無いのだけれど、何だか気になる。
もしも大事そうなものが入っていたら、そこで見るのを止めればいいんだから、と自己正当化の理由をみつけ、ディアッカはあっさりケースの蓋を開けた。
「なんだ、コレ。タバコ?」
薄いパールピンクの紙に巻かれた細身のタバコが2本とライターがケースの中に収められていた。
フラガが疲れた時限定の喫煙者であることは知っていたが、その時に手にしていたのは、もっと普通の白い紙に巻かれたタバコだったような気がする。
銘柄を変えたのだろうか?
何も無いよりマシか、とケースからタバコを一本取り出し、ライターで火をつけた。
すぅっと胸の奥まで吸い込み、そっと煙を吐き出す。ハーブの香りがするところからして、メンソールの一種だろうか。タバコ臭さが少ないと、健康への害悪も多少緩和されているような錯覚が起こるあたり、最近ブームの自然派ブームの影響なのかもしれない。
しかし、「健康に悪い」代表一番のような扱いを受けているタバコも、その材料は「タバコの葉」ナス科の多年草、自然の草木なのだが。
ゆらゆらと棚引く煙を追って、視線を漂わせていたら、やっと電話が終わったのか、フラガが戻ってきた。
「お待たせ〜。思ったより時間かかっちゃった。って…… オマエ、何吸ってんのっ!?」
「タバコー。暇つぶしがてらに一本貰った」
「うっそ、うわ、ホントに俺のだ」
ケースの中身を確認し、慌てたようにフラガはディアッカの手からタバコを取り上げ、灰皿に押し付けた。灰皿の底に押し付けるように、執念深く何度も捻っている。
「どうして突然そんなことすんの?! 喫煙者でもないのに」
「何だよ、ケチくせぇな。タバコの一本くらいいいだろ? ケチ!」
たかがタバコだ。どんな高級タバコでも、値段はタカがしれている。それをたった一本もらったくらいで、そこまで責められる筋合いは無い筈だ。
唇を突き出すディアッカに、フラガはぶるぶると頭を振った。
「ソレ、タバコじゃない」
どこから見てもタバコだけど。パールピンクのメンソール。
ディアッカは首を傾げた。
「じゃあ、何?」
「……怒らない? 怒らないって約束してくれるなら、言ってもいい……」
「これ以上もったい付けて時間を浪費させるつもりなら、キレるし怒る。あと、くだらねぇ答えだったら、その時もキレるし怒る」
フラガの反応からして、「言えば怒られるもの」らしい。ならば、わざわざ糠喜びさせる必要もあるまい。
ついでに足を組み変え、睥睨するようにフラガへ視線を据えた。無言のプレッシャー、というやつだ。
暫しの睨み合いの後、フラガがしぶしぶと口を開いた。
「タバコに化学薬品を混合して、普通のタバコと若干違う作用があるっていうか、普通のニコチンよりも末梢神経や中枢神経への刺激性が高かったりするかもしれないし、もしかしたら血圧の上昇なんかもあるかもしれないかなーとか……」
「余計な説明はいらないから。結論から言え」
フラガがふぅっと溜め息を付いて、俯いた。
「合法ドラッグ……」
「……バカじゃねぇの」
全く、何かと思えばそんなものか。
「アンタが持ち歩いてるってことは、ナチュラル用だろ? んなら、俺には全く関係ないね。ナチュラル用のドラッグに、コーディネイターへの効果があるとは思えないし」
傷薬や鎮痛剤ですらナチュラル用とコーディネイター用では組成が違うのだ。合法ドラッグも、当然ナチュラル用とコーディネイター用。それぞれ異なるカテゴリーで存在している。
「……それ、バルトフェルドがくれたヤツだから…… タブン、コーディネイター用…」
悄然と肩を落とし、上目遣いでフラガが呟いた。
「……アホくさ」
ディアッカは足元に置きっぱなしだったボストンバッグを手に、椅子を蹴って席を立った。
アホらしくて言葉にするのも勿体無い。っていうか、エアポートから直接いそいそとやってきた自分の間抜けさ加減に涙が出てくる。
「ちょっと待ってってば! どこ行くの?」
「あぁん? オッサンには関係ないだろ。俺はPLANTに帰るんだよ」
「なんでっ?! さっき来たばっかりなのにっ」
「なんで、だぁ……?」
怒りにふるふると手を震わせ、ディアッカは追いすがるフラガの顔面めがけて、振り向きざまにバッグを叩きつけた。
「テメェ、どういう目的でその合法ドラッグを手に入れた?」
「目的……って……特に無いけど、くれるって言うから」
「あぁん? テメェはくれるって言われたら何でもホイホイ貰うのかよ!? 違うだろーがっ」
何が合法ドラッグだ。その上コーディネイター用、と来た。
バカじゃねぇの。
バカじゃねぇの。
バッカじゃねぇの!
目的が解かりやすすぎるんだよ!
「最初っから俺に使おうと思って持ってたんだよな?」
「ち、違うってば。偶然、そう偶然持ってただけだって! こんなもの、いつもは持ち歩いてないしっ」
「へぇぇぇぇ…… それはそれで楽しくない言い訳だな」
いつもは持ち歩いてない、ということは、いつもは自宅に保管してある、という意味になるじゃないか。
自宅にコーディネイター用合法ドラッグを置いて一体誰と何のために使っていたのか、説明できるものなら説明してみろ!
「とにかく、俺は帰る」
ほんとに、バカじゃねぇの。
何のために、忙しい中イザークに泣きついて休暇を貰ってオーブくんだりまで出かけて来たのか。
確かに久し振りの再会だし、それなりのお付き合いをしている以上、そういうことが当然あるだろうとちょっぴり期待もしてたけれど、何でドラッグ? そんなもん使って何しようとしてたんだ。っていうか、そんなもんをわざわざ準備してるなんて、もしかしてソレだけが目的か?
違うだろ!
間違ってるだろ!
根本的におかしいだろ!
長く離れ離れになっていたんだから、やっぱりそれなりにお互いどうしてたのか近況報告なんかもしつつ、話したくても話せなかったことを話したい。寂しかったけれど愛してる、ってやっぱり言葉で伝えたいと思ってもしょうがないじゃないか!
それなのに、あの男はソレか!
ソレなのか!
ソレだけなのか!
「爛れたSEXがご希望なら、ソレ用の相手を探せ。俺はイヤだ」
最後に吐き捨て、ディアッカは足音も荒くエアポート行きエアカーの出るターミナルへと足を向けた。
「違うって。ディアッカ、お願いだから、話聞いて」
「ヤダ。聞きたくない。聞かない」
誰が聞くか!
怒りのままに、石畳の歩道を踵で踏み砕くように歩いていたら、突然ガクンと膝が崩れた。
段差でもあったのか、それとも歩道の真ん中が陥没でもしていたのか。
いずれにしろ勇んで歩いていただけにカッコワルイ。
そそくさと体勢を立て直し、ディアッカは改めて足を踏み出し、またガクリと膝から崩れ落ちた。
「なんだ……?」
足に力が入らない。しかも、何だか視界がぐらぐらと揺れてきたような気がする。
「ディアッカ。お願いだから待って」
もたついている間にフラガに追いつかれてしまった。
全く忌々しい。
「うるせぇ。こっち来んな」
「気分、悪いの?」
「テメェには関係ねぇ」
「関係なくないでしょ? 俺のせいだよね? ごめん、ほんっとにごめん」
おずおずと手が差し出され、脇から身体を抱き起こされた。
触るな、と手を叩き落したいけれど、今はそれどころじゃない。ぐらぐらと揺れていた視界は、今ではぐんにゃりと歪んで、ぐるぐると渦巻き始めている。
「怒ってると思うけど……せめて介抱だけはさせて。そしたら空港まで送って行くから……」
to be continued……