「結構イケてる、と思うんだけどなぁ」
アーサーはグラビアモデルのように表情を作り、鏡に映る自分を見て呟いた。ここ最近、何かの折に鏡を覗き込むのが日課のようになっている。
モデル体型とまではいかなくても、背もそう低くはないし、太っている訳でもない。
顔だって、ちょっとばかり目元が垂れているけれど、それが温厚そうな雰囲気を醸し出していると思う。
それに、何たって新型戦艦ミネルヴァの副艦長なのだ。将来性はばっちり。自分で言うのもおこがましいけれど、エリートさん、と言っても過言では無いだろう。
頭だって悪くは無い(と思う)。戦艦の艦砲指揮は馬鹿には勤まらないんだし。ちょっと抜けたトコロはあるにしても、それだって愛嬌と言えなくもない程度だ(多分)。
なのに。
それなのに。
「何で俺はモテないんだぁぁぁぁっ!!」
恋するプロット
アーサー・トラインの目下最大の悩みは「コイビトが出来ない」ことだ。
オーブの姫を護衛するアレックス。デュランダル議長と深い信頼で結ばれているグラディス艦長。
はっきり言って羨ましい。
どうあっても戦争が避けられないのであれば、せめて何らかの意味が欲しい。そしてその意味が「コイビトを守るため」であれば、なんだかもっと頑張れそうな気がする。殺伐とした戦時下だからこそ、心に潤いも欲しい。
だからアーサーは頑張った。
以前から「ちょっといいかな」と思っていた女性たちには積極的にデートのお誘いをしたし、あらゆるツテを使って合コンにだって行った。
しかし、いつも結果は「撃沈」。
年上のお姉さま方にはペット扱いされているような感じだし、同年代の女性たちにはなんだかオトコとして見てもらっていないような雰囲気で。年下の女の子たちに至っては、まるっきり「お兄さん」扱い。
もしかしたら自分には男性フェロモンを分泌する機能が欠けているんじゃないかと、自分の遺伝子情報を調べてしまったことは、両親には内緒だ。
結局さしたる出会いも無いまま今に至り、最近ではなんだか諦めの境地になってきたような感もある。
「運命の赤い糸、って……ほんとにあるのかなぁ」
もしかしたら自分の分は途中でぶった切れているんじゃないか、という嫌な予感を振り切って、アーサーは軍帽を冠り直した。
今日は合同作戦の打ち合わせのために、他の戦艦から指揮官達がミネルヴァに集まってきている。
ミネルヴァの副艦長として、色々と雑多な仕事が待っているのだ。
アーサーは鏡で軍服をチェックすると、ドアを開け通路へと足を踏み出した。
「ぅ、わぁっ!」
「だぁっ?!」
これを出会い頭、と言うのだろうか。通路に一歩出た途端、横から何か大きなモノがぶつかってきた。
艦内は低重力。跳ね飛ばされた勢いで、アーサーは壁に肩を強かに打ちつけた。
「…ってぇ……」
ぐらんぐらんと視界が揺れ、目の奥に火花が散る。アーサーはずるずると床に座り込んだ。
「あ、え?! 大丈夫?って、大丈夫じゃないよな」
甘さを含んだ低い声が聞こえてくる。無理やり視線を上げると、すぐ目の前に自分を覗き込むヒトの顔があった。
ふわふわとした金糸の下で、キレイな紫瞳が不安気に揺れている。
「ケガ、無い? 初めて来た艦だから、つい余所見しちゃって……」
「いえ。こちらこそ前方不注意で……たいしたことはありませんから」
「そう?」
「ちょっとぶつけただけですから」
「そっか。それなら良かった」
ふわっと。心配そうな表情に、一瞬ふわっとした笑顔が浮かんだ。
びっじーん!!美人! 美人だっ!!。
無骨な深緑の軍服が小麦色の肌に映えて、その人の周りだけ光が降っているかのようで。ついでに小さなエンジェル達がラッパを吹き鳴らし、花びらを撒いているトコロが見えたような、気がする。
「あの……ほんとに大丈夫?」
「え? あ……はいっ!」
「んと、俺、ブリーフィングに行かなきゃいけないから。もし眩暈とかするんだったら、医務室に行ってよね……んじゃ」
「………あっ、待って!」
ぼけっと見蕩れていたせいで、引き止めるのが遅れてしまった。アーサーが声をかけた時には、金髪美人の姿は既に通路の角を曲がって消えていた。
しかし。
あの美人は「ブリーフィングに行く」と言っていた。きっと他の艦から作戦の打ち合わせに来たスタッフなのだろう。
だとしたら、きっと後でもう一度会える。ならば、その時に名前や所属もわかるだろう。
出会い頭にぶつかって、しかもそれが美人、ときた。
まさにラブコメの王道とも言うべき出会いじゃないか。
アーサーは映画のワンシーンのような出来事が、現実に、しかも自分の身の上に起こったことへ、じぃーんと胸が熱くなるような感動を覚えていた。
どこからか祝福のファンファーレが聞こえてきたのは、絶対に幻聴では無いと思いたい。
「へへ……えへへへへ…」
きっと、これこそ運命の神様のお引き合わせ。長かったコイビトいない歴も、もうすぐ終わる。絶対に運命の赤い糸は、あの美人の薬指に繋がっているんだから。
アーサー・トライン。25歳。ザフトが誇る新型戦艦ミネルヴァ副艦長。
恋の予感に心躍らせる、ある日の出来事。
END