新しい季節(GIANT KILLING:赤崎×ジーノ)※序章
眩しい。
赤崎は顔を顰め、両腕で目を覆った。
寝る前にカーテンを閉め忘れたらしい。太陽の光がまっすぐ差し込んでくる。
昨夜はシーズン中断前の最後の試合で、しかも完全勝利。
勝利の美酒とばかりに夜の街に繰り出して……
いつ、どうやって帰宅したのか全く記憶が無い。酒が美味くて、楽しくて、覚えているのはそれだけ。
これまで酒で記憶を無くしたことなど一度もないのに。ちょっとばかり羽目を外しすぎたかもしれない。
赤崎はまだ酒の臭いが残る息を吐いて、ごろりと寝返りを打って、薄く目を開け、そして息を呑んだ。
(……マジかよ)
ベッドの隣では人型にシーツが盛り上がっていた。
シーツの山はゆっくりと上下に動いて、微かに穏やかな呼吸も聞こえる。シーツの下から覗く髪は黒く艶やかで、でもあまり長くはないようだ。
やっぱり、コレはいわゆる「お持ち帰り」ってヤツだろうか。
確かに昨夜はキレイな女の子がいる店にも行ったし、王子のおかげでナンパにも成功したけれど、でもお持ち帰りはないだろう。
だって、今までどれだけ酔ってもそんなことしたことない。自分で言うのもアレだけど、自制心には自信がある。
そうだ。
同じベッドの隣で寝てるからって、何かあったとは限らない。
そうだ。きっとそうだ。
なんか裸だけど、なんとなくスッキリしたような、でも気怠いような、覚えのある不思議な気分だけど、それでも何かあったとは限らない。
飲みすぎて暑くて脱いだだけかもしれないし、気怠いのも二日酔いなだけかもしれない。
そう、きっとそう。
うんうんと一人頷いていたところで、シーツの山が大きく動いた。赤崎はギクリと息を止め、隣を凝視した。
まだ対面するだけの心の準備は整っていない。
何て言えばいいんだ。とりあえず「おはよう」か? いや、それはあまりにも気が利かない。
頭を抱えているうちに、隣がまた規則的な呼吸を繰り返し始めたのを見て、赤崎はほっと胸を撫で下ろした。
うんと小さな声が聞こえ、身じろいだ弾みで頭まで覆っていたシーツがぱさりと落ちた。
白い首筋と肩が覗く。
むき出しの素肌に、赤崎は慌てて目を逸らした。
「あれ? もう起きたの?」
緊張感に欠ける寝惚け声が聞こえた。
「休みなのに早起きだね、ザッキーは」
最後の一言に、赤崎は思わず振り返った。
自分を『ザッキー』と呼ぶのはたった一人。超が付く高級車マセラッティに乗り、たかが椅子一脚に200万円を散財するあの男。
「王子〜〜っ?!」
「……うるさいよ、ザッキー」
自称:王子、またはジーノ。本名:吉田ルイジ。(決して任●堂のあのゲームに出てくる髭オトコの弟と同じ名前ですね、と言ってはいけない)
イタリア人とのハーフだという彼は、端正な容貌と貴公子然とした物腰で、ETUで唯一女性ファンが付いている稀有な選手だ。
プレイは天才的なのに、極度のめんどくさがりで飽き性で、だから熱狂的なサッカーファンの受けはあまり良くない。
その彼が、何故ベッドで自分の隣に。しかも裸で。
混乱する赤崎に、ジーノは不思議そうに首を傾げた。
「ザッキーがボクを連れて来たんじゃないか」
「俺がっすかっ?!」
「そうだよ」
ジーノがゆっくりと上半身を起こした。腰のあたりまでシーツが落ちて、上半身が露になる。白い肌に散る赤い痣が、ものすごく艶かしい。
赤崎は慌てて目をそらし、ジーノに枕を押し付けた。
「そんなもん隠してくださいよ! 見せびらかすようなもんじゃないでしょ〜っ」
「隠せって…… 自分が付けたクセに」
ジーノが不満気に口を尖らせた。
「自分がって…… それって、まさか、俺?」
「……他に誰がいるのさ?」
「でも、ちょっと待って、だってそんなのって」
確かにジーノはキレイだ。黙って立っている姿なんてまさに「王子」で、本の中から抜け出たようだとすら思う。
だが「男」だ。
王子だもの。女だったら王女だもの。
これまで自分は男相手にキスしたいと思ったことはあるか? いや、無い。
男の肌に赤く跡を付けたいと思ったことはあるか? いや、全く無い。
「いやいやいやいや、ないないない。それはない、ありえない」
ぶるぶると首を振る赤崎に、ジーノが悲しげに顔を曇らせた。
「なんでそんなこと言うの?」
ジーノがぎゅっとシーツを握り締めた。白いシーツが指の数だけ長く皺を伸ばす。
「ザッキーがボクを好きって言うから。愛してるって何度も言うから、だからボク、痛かったのも我慢したのに」
唇を噛み締め俯いたジーノに、赤崎は慌てて手を伸ばした。
スポーツ選手とは思えない華奢な肩に掌が触れた瞬間、脳裏に白い裸体がフラッシュのように浮かび上がった。
白い胸の薄紅の肉芽に幾度も唇を寄せた。唇で挟み、舌先で突くと、甘い声が上がり、白い胸が桃色に色づいた。
掠れ声で名前を呼ばれる度に、きつく抱き締めた。唇も、どこもかしこも甘くて、夢中になった。
ぼんやりとした記憶は徐々にクリアになり、白い裸体はやがてジーノになった。
「えっ? えっとー、えぇっ?!」
「思い出した?」
両手をシーツにつき上半身を寄せてくるジーノに、赤崎はこくこくと何度も頷いた。頬が熱い、きっと顔が赤い。
「良かった、覚えてないって言われたらどうしようかと思った」
ふっとジーノが表情を緩める。見たことの無い優しげな笑顔に、赤崎は思わず見惚れた。
華やかな笑顔だった。
「じゃあ昨日の約束どおり、ザッキーはずっとボク専属の番犬でいてくれるんだよね」
思わず「うん」と頷き、だが一瞬で我に返った。
目の前で乙女の様に儚げに微笑んでいたジーノの唇がにぃっと上がり、優しげな微笑は高慢な女王様の如き嘲笑に変わっていた。
「そうだよねぇ。ザッキーがボクとの約束を忘れる訳ないよね」
ジーノがツンと顎を上げた。
「じゃあボクはもう一度寝るから。ボクが起きるまでにザッキーはコーヒーを煎れておいて。そうだな……今日はグアテマラの気分」
ベッドに潜り込み、静かに寝息を立て始めたジーノを赤崎は呆然と見つめた。
一体、昨夜俺は何したんだ。なんとなくだけど、ものすごい大事な夜だったんじゃないかって気がする。
序章END