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赤く染まる



赤。
赤い制服。
赤いパイロットスーツ。
TOP GUNの証。
エリート中のエリートしか纏うことの許されない色。
憧れて、焦がれて。やっと手に入れたステータス、だったのに。

ディアッカはその真紅のパイロットスーツをハンガーにかけると、目を背けるように扉を閉めた。
バスターと共にAAへ投降して、間違いなく「自分だけのもの」と言えるのはこのパイロットスーツだけなのに、何故だか今はその色が胸にチクリと突き刺さる。
ディアッカは小さく溜息をつくと、ロッカーに背を預けた。
「ディアッカ。どうした?」
隣で着替えていたフラガが、問いたげな眼差しを向けてくる。
優しい瞳。
優しすぎて、縋りつきたくて。
でも縋りつけない苛立ちに、ディアッカは視線を足元に落した。
「別に……ただ…」
「ただ?」
「血の色だな、って思って……」

軍人になる道を選んで、アカデミーに入学した時から、「赤」を着ることが目標だった。
緑服の一般兵の中に一際映える「赤」は、子供の頃からの憧れで、そうありたい、と思うすべてがそこにあった。
出自を問わず、実力だけが選ばれる基準であることもディアッカを魅きつけた。
幼い頃から何をどれだけ上手にやりとげても、
「評議員の息子だから」
「エルスマン家の子供だから」
と、誰一人としてディアッカの努力を認めなかった。
「赤」になって、自分の血統しか見ようとしなかった周囲に「ディアッカ」を認めさせたかったのだ。
だから最初は「赤」になれて嬉しかった。
汎用MSではなく唯一無二のバスターに搭乗できたことも、ディアッカのプライドをいたく満足させてくれた。

それなのに、AAへ来て、ナチュラルと一緒に戦うようになって、少しずつ生まれた違和感が、小さな棘となってディアッカを刺激する。
血の色が赤い、と気が付いたその時から。
「これってザフトのエリートだけが着る色なんだけどさ……優秀な兵士っていうのは、戦場でどれだけ敵の血を流させられるか、ってことだろ?!
だったら、これは流した血の量が多い、ってことなのかなって思ってさ」
血は色となってディアッカに纏いつき、ディアッカが殺した人間の数だけ深さを増しているようで。
恩讐。悲哀。
負の感情がディアッカを縛る。
「俺はどれだけの人間の恨みを買ってるんだろうね」
つい、と顔を上げ、ディアッカはフラガに視線を合わせた。視界に映るフラガの輪郭が段々滲んでくる。
頬が濡れた感触に、自分が泣いていることに気が付いた。
らしくない、とディアッカは拳で頬を拭いながら、なぐさめてほしい、と望む心に唇を噛み締める。
沈黙が続き、いたたまれなさに、その場を後にしようと足を踏み出すと、腕を掴まれ引き寄せられた。大きな胸に、どん、とぶつかり、そのまま抱きしめられた。
「俺たちは人殺しじゃないだろう?!これは戦争なんだ」
鼓膜に直接響く声に、熱いものが胸にこみ上げてくる。
泣き出してしまいそうで。
このまま泣いてしまいたくて。
「……それは、生き残った軍人の理屈だろ?!戦争が終わっても生きていかなきゃなんないから、そうやって自分に言い訳するんだ…
でもさ、人を殺したことには変わりないじゃん」
ディアッカはフラガの胸に顔を埋め、ぎゅっと白い連合軍の軍服を握った。
「ねぇ、俺たちは何のためにここに居るんだろうね。俺たちが戦うことに意味はあるのかな?」
なぐさめてほしい。受け止めてほしい。
この辛さも悲しさも、全部。
「意味は、無いかもしれないな……おまえの言うとおり、俺たちはただの人殺しなのかもしれない」
「…だよね」
「人殺しには、人殺しなりの終焉しかないんだろうな……でもな、二人だったらそれでもいいんじゃないか」
背中に回された腕に、強く抱きしめられる。
身体ごと拘束される息苦しさが、確かな安心感となってディアッカを包み込んでいく。
「落ちる先が地獄だとしても、おまえと一緒だったら楽しいと思うんだよね」
いつも。いつだって自分の心をを読んだかのように、欲しかった言葉をくれるひと。
大好きで。大好きで。本当に好きで。
「……一緒でも、いいけど…あんまり待つのも待たせるのも、やだ、な」
「そうだな。どうせ死ぬんだったら、一緒に逝く方がいいかな」
暖かな吐息が耳朶にかかる。
きっとフラガには自分の気持ちなんてお見通しで。甘えさせてくれる優しさに、もっと甘えたくなる。
ガキっぽい、とは思うけれど、もう少しだけ。
「あのさ、不謹慎かもしんないけど、俺、あんたと出会えたから、戦いもそんなにイヤじゃないよ」
戦争が無ければ会えなかった。
もし出会っていたとしても、戦争がなければ、こんなに深く繋がることはできなかった。
「戦争はイヤだけどさ……あんたに会えてよかった」
「あぁ、そうだな」
「ねぇ…キス、してよ」
乾いた唇が、頬に触れる。吐息が唇にかかる。フラガの首に両腕を伸ばし、唇を押し付けた。
戦場の幻でもいい。
このまま時が止まってしまえばいい。
こみ上げた涙が頬を伝い、重なった唇を濡らす。
「愛してるよ、ディアッカ」
ずっと。ずっと。
一緒に。


END