地球には今までも何度か降りたことはあった。
地球とプラントの関係が未だ今よりは良好な時に、家族旅行や父親の公務で、ほんの数回だったけれど。
だが、それはいつも大都市や歴史ある古都、もしくは美しい自然が溢れる観光地ばかりで、こんなにも砂が海のように広がる場所が本当に地球上に存在していることが、実際に目にしているのに何故だかディアッカには信じられないような気がした。
「すごいよな。ほんとに砂しかないなんて……なんでこんな場所をそのままにしておくのかなぁ。いくらバカなナチュラルでも、砂地を緑地に開発する程度の技術力は持っていると思うんだけどなぁ。あ、それとも、わざとこういう風にしてあるのかな。森林や海ばっかりじゃつまんない、とかで」
地平線まで広がる一面の砂漠を窓から眺め、ディアッカはほぉっと溜息をついた。
ぎらつく太陽も照り返す日差しも、どれを取っても決して「過ごしやすい」とは言い難い環境の砂漠地帯は、人工的に人間が最も過ごしやすいよう調整された気候のもとに育ったディアッカの目に、逆にとても不自然に映っていた。
まるで「人間はどこまで苦境に耐えられるか」を試す巨大な実験場のようだ、とディアッカは思った。
「知るか、そんなことっ!大体なんでお前はそんなに呑気なんだっ。わかっているのか?俺たちはクルーゼ隊長から見捨てられたも同然なんだぞっ!!」
イザークは吐き捨てるように言うと、ディアッカから顔を背けた。
表情は見えないけれど、口元に手が行っているところを見ると、きっと爪を噛んでいるのだろう。子供の頃から変わらない、イザークが苛々している時の癖だ。
「なんだよ。ちょっと言ってみただけなのに……相変わらず機嫌悪いなぁ、イザーク」
ここ数日、イザークはずっと機嫌が悪い。
何かというと周囲に当り散らしている。できるだけイザークを怒らせないようにディアッカが静かにしていると、それが気に入らない、と怒り出す。
ならば適当に当たり障りの無いことを話しかけると、言葉尻を捉えてまた怒り出す。
怒る理由を探しているかのように、怒ってばかりだ。
ディアッカとイザークは、イザークがストライクを深追いしすぎたために、引力に捕われ地球へ降下する破目になった。ディアッカ一人だけであれば脱出できた。
だが、デュエルが地球へ引きづられ、段々姿が小さくなっていくのを見たとき、無意識にディアッカは機体を地球に向けていた。
はっきりした理由があった訳ではない。
一人で地球に落ちて行くよりも、二人で落ちる方がイザークも寂しくないんじゃないか、と思っただけだ。
デュエルもバスターも、大気圏突入が可能なようには作られている。だから「死ぬ」とは思わなかった。
とはいえ、MS単独での地球降下は、想像以上の過酷さで。インジケーターが振り切れてしまうのではないかと思うほど、ぐんぐんと上がっていく機内温度。内臓が押しつぶされそうな重力加速度。コクピットのコントロールパネルは狂ったように点滅していた。
生きながら焼かれる苦しさにいっそ意識を失いたい、と思った時、象牙色の砂の海を見た。
砂は、ふわり、とはいかなかったけれど、デュエルとバスターを多少の衝撃と共にしっかり受け止めてくれた。
ディアッカは現在位置がザフトの勢力範囲であることを確認し、救難信号を発した後、意識を手放した。
次に意識を取り戻したときには、ザフト地上部隊の基地にいた。
救出されてから丸2日、意識が無かったらしい。
医者から「無茶をしすぎだ」とか「自分の身体を過信するな」とか、散々文句を言われたが、生きているからまぁいいか、と聞き流した。
殆ど同時に意識を取り戻したイザークと、宇宙にいるクルーゼへ連絡を入れたら、まるで「宇宙に戻ってくるな」といわんばかりの態度で。それはクルーゼに心酔しているイザークを追い詰め、焦らせたようだ。
それからずっとイザークは機嫌が悪い。
不機嫌なイザークの扱いには慣れているけれど、こうも毎日当り散らされると、さすがにうんざりしてくる。
ディアッカは席を立つと、ドアに向かって歩き出した。
「ディアッカ、どこへ行くんだ?」
「散歩。ずっと部屋にいても運動不足になるし。ここに居たら、またイザークを怒らせちゃいそうだし」
「……勝手にしろ!」
イザークの言葉に肩を竦め、ディアッカは部屋を後にした。背後で閉まるドアの向こうに、何かがぶつかる音がする。
イザークがまた怒りに任せて、八つ当たりを始めたのだろう。戻ってからの後片付けが大変だな、と思いながら、ディアッカは歩を踏み出した。
外出を禁じられている訳ではなかったけれど、不案内な街をぶらつくのも面倒で、ディアッカは基地内をぶらぶらと散策した。
しかし、地上軍とは言え同じ軍基地である以上、特に目新しいものは無い。あっという間に散歩にも飽きてしまった。
しかし部屋に戻るのも億劫で、ディアッカは先程見つけた中庭の東屋に向かった。
石造りの東屋は、強烈な日差しを遮り、濃い影を落している。冷たい岩肌に触れていると、熱い空気すら心地よい。ディアッカは石造りの床に身体を投げ出すと、目を閉じて空気の流れを感じ取ろうとした。
熱風が頬を撫でる。
ディアッカは五感すべてで風の動きを追って長い時間を遊んだ。
「エルスマン……ディアッカ・エルスマン!」
遠くから聞こえる自分を呼ぶ声に、ディアッカははっと目を開けた。
いつの間にか眠っていたらしい。周りを見渡せば、陽もとっぷりと暮れ、空には星が光っていた。
身体を起こすと、筋肉が強張りぎしぎしと音を立てる。
立ち上がり、声のした方向に視線を向けると、中庭を囲む建物の2Fの窓から手を振る人の影が見えた。背後から照らす灯りが陰を作り、その人の表情までは見えないが、動きと口調には親しみが溢れている。
「エルスマン。ここだよ、ここ」
「誰だよ……」
「おやおや、昨日挨拶しただろ」
「っ?!……まさか、バルトフェルド隊長?!」
「正解。とりあえずここまで上がって来い。砂漠の夜は冷える。そんなところでずっと寝ていたんじゃ、身体に悪いだろう」
言われて見れば指先が冷たい。ディアッカは窓を仰ぎ、目を眇めた。
「ここまで、って。隊長が今いらっしゃる部屋へ、ですか?」
「あぁ。俺も仕事が終わったトコでね。話し相手が欲しいんだ。急ぎの用が無いなら、お相手してくれるとありがたいんだけどね」
どうせ部屋に戻っても、イザークが散らかした後片付けをするだけだ。
ディアッカは暫し考え、バルトフェルドの申し出に頷いた。
建物に入り、階段を上がった先。そのフロアが全てバルトフェルドのプライベートスペースだ。
普段はバルトフェルト本人と彼の愛人であるアイシャ、他には副官のダコスタくらいしか入ることが出来ないらしい。昨日邸内を案内された際に、案内役の文官からくどいほど「立ち入り禁止」を念押しされた。
目的の部屋を探して廊下をゆっくり歩いていると、ひとつだけ開いたドアから光の洩れる部屋をみつけた。
中を覗き込むと、まさしくバルトフェルドがそこにいた。デスク上に何個もコーヒーカップを並べ、ひとつずつワインのテイスティングをするように、飲み比べている。
「えと、バルトフェルド隊長…参りましたが」
「あぁ、呼び立てて悪かったな。適当に座ってくれ-------う〜ん、やっぱりこれだな。今までで最高のブレンドだ」
バルトフェルドはデスク上に並んだカップのうち一つを選ぶと、香りを楽しむように鼻先へと持ち上げた。
噎せるほどに匂いが立ち込めたこの部屋で、カップから立ち上る香りだけを本当に嗅ぎ分けられるのだろうか。
「…バルトフェルド隊長?!」
「エルスマン。君も飲むかね。いや、ここにいるからには飲むべきだな」
バルトフェルドはディアッカの返事を待たずに、サーバーからコーヒーをカップに注ぐと、ソファに座ったディアッカの前へ差し出した。カップを満たす液体は、琥珀色というよりは漆黒に近く、表面にわずかな油分が浮いている。
「あの、これ本当にコーヒーですか?」
「あぁ。アラビア風コーヒーだ。コーヒー豆の油分まで出ているから味も濃い」
自慢気に語る様子から、少なくとも危険なものではないのだ、と判断し、ディアッカはカップを受け取った。恐る恐る口を付けると、口腔に苦味と芳醇な香りが広がった。
「いい香りですね。ちょっと苦いけど」
「一言『旨い』と言ってもらえると嬉しいんだけどねぇ」
「いえ、あの……おいしい、です」
「そうだろう。君はわかってくれると思ったよ」
バルトフェルドは満足気な笑みを浮かべた。暫し黙ってコーヒーを味わっていると、唐突にバルトフェルドが口を開いた。
「エルスマン。君はこの街が似合うな。砂漠の砂から生まれでたようだ」
「……は?」
「東屋で寝ている君を見たとき、一瞬アラブの貴公子が午睡にまどろんでいるのかと思ったよ。あまりにその肌の色が美しくてね」
「はぁ……」
ディアッカは自分の手に視線を落とし、その色をじっと見詰めた。
コーディネーターの中にあって、決して多いとは言えない褐色の肌。
「第一世代の父が望んだんです。宇宙にあっても地球を忘れないように、と。この肌の色は、大地を表しているらしいです。コーディネーターは宇宙にあっても、その起源は地球に在る、というのが父の持論ですから」
髪は陽光。瞳は大地に咲く花。
それぞれに父の思いが反映されている。
「エルスマン評議員は、なかなか変わった人物のようだな」
「そうかもしれません。ナチュラルだった祖父母との地球暮らしが長かったせいか、地球への思いも深いようです。……不適当な考えだと思われますか?」
「いや」
短い答えの後、また沈黙が戻ってくる。息苦しさにその場を辞去しようとしたとき、バルトフェルドがディアッカの姿を舐めるように視線を往復させていることに気が付いた。
ディアッカが不愉快そうに眉を寄せると、バルトフェルドがおどけた風に片眉を上げた。
「エルスマン。私と寝てみないかね?」
「え?……と……はぁあっ?!」
脈絡のない突然の発言。ぐるぐると思考が回る。
「あの、寝て、というと…」
「ただの添い寝を要求している訳ではないことぐらいは、わかっていると思うがね」
あんぐりと口を開け、茫然自失といった態のディアッカに、愉しげな笑みを浮かべてバルトフェルドが言葉を続けた。
「はっきり言えばいいのかな。私はきみとセックスしたい。どうだ?抱かれてみる気はないか?」
「ありません」
間髪入れずに返した答えに、バルトフェルドが堪えきれないように肩を震わせて笑っている。
自分がおかしなことを言い出したクセに。
ディアッカは不愉快さを隠さず、口元を歪ませた。
「隊長にはアイシャさんという愛人がいらっしゃると聞きました。同性に興味があるとは思えません。私を揄うために呼びつけられたのなら、帰らせていただきます」
ソファから腰を浮かせると、腕を掴まれ引き戻された。
「まぁ待て。案外と気が短いようだな。イザーク・ジュールのような短気な王子様の世話をしているんだから、もうちょっと思慮深いと思ったんだが」
「それとこれとは別です」
「今までそういう申し出を受けたことは無いのかな?クルーゼのところに居たのなら、既に奴の手が付いていると思っていたが」
侮蔑としか思えない言葉に顔が歪む。
このまま帰ろう、と思ったが、言い返さずに出て行くのも業腹で、ディアッカはバルトフェルドに反論を試みた。
「男ばかりの軍隊ですから、そういう間違った方向で性欲処理を行おうとする輩が少なくないことくらいは知っています。しかし、私の容姿は決して女性の代わりを務められるようなものではないと思いますが」
実際イザークやニコルには、その手の誘いがひっきりなしにやってきている。しかし、それは彼らが女性的な容貌を持っているところに起因している、と思う。
イザークがその貴族めいた容姿を裏切るように、乱暴な言葉遣いやガサツな行動を取るのも、外見だけでイザークを女性扱いしようとする輩を排除しようとしているうちに、自然とそうなったものだ。
まぁ生来の性格も大きく影響しているのだけれど。
「女性の代わりを探しているのではない。代わりを探す必要が無いからね。さっきも言っただろう。東屋で午睡を楽しむきみは、アラブの貴公子のようだった、と。美しいものを愛でたい、と思うのは、人間として当たり前のことだと思うが?
私は大抵の女性と美しい男性は、無条件で愛せる自信がある」
「隊長はそうでも私は違います!男に抱かれるなんて、考えたくもありません---男に抱かれるくらいなら、聖職者になって一生女性と無縁な生活を送る方がマシです!!」
「怖いのかね?」
「違います!生理的に受け入れられないんです!!」
「食わず嫌いは良くない、と子供の頃に教わらなかったかな?」
「関係ないでしょ!」
こんなに自分が憤慨しているのに、バルトフェルドは一向に参った様子もなく、笑みを浮かべて誘いの言葉を繰り返す。
暖簾に腕押し、糠に釘。
昔イザークから教えてもらった東洋の古い諺が脳裏に浮かんできた。理解不能な状況に頭がくらくらしてくる。
全部バルトフェルドのせいだ。
「そこまで言うなら、俺をその気にさせてみてくださいよ。その気にさせてくれたら、抱かれてあげてもいいですよ。まぁ無理だと思いますけどね」
「やっと抱かれる気になってくれたか」
「なってません!」
「そういう発言が出てくるってことは、殆どその気になってるってことさ」
「違います!!」
「まあまあ」
バルトフェルドが席を立ち、ディアッカの隣に移ってくる。不機嫌さを露に距離を取ろうとするディアッカの腕を掴み、引き寄せた。
「なにすんですか!」
「そんなに怒るな」
唇に笑みを浮かべて、バルトフェルドが顔を寄せてくる。ディアッカが顔を背けると、顎を掴まれ引き戻された。ゆっくりと唇が重ねられた。
「んっ……!」
頬に当たる髭の感触が、女性とのキスではないことを伝えてくる。
咄嗟に押し退けようとバルトフェルドの胸に腕を突くと、更に深く抱き込まれる。噛み付いてやろうと口を開けたら、唇の合間から舌が入り込んできた。
口蓋を舐められ、舌が吸い上げられる。ねっとり、という言葉が当てはまるようなキスに、ディアッカは篭絡されていった。重ねられる唇の熱さも、絡められる舌の感触も、痺れとなってディアッカを飲み込んでいく。
「ぅ、ん……ふ」
絡められた舌から芳醇なコーヒーの香りが口中に広がる。
押し退けようと上げられた手は、おずおずとバルトフェルドの背に回り、その身体を抱き返していた。
ディアッカの反応に満足げな表情を浮かべると、バルトフェルドはディアッカを抱く手を徐々に下ろし、ディアッカの下肢に伸ばしていった。
「どうやら、その気になってくれたようだね」
熱を孕むディアッカの下肢をやわやわと揉みしだきながら、ディアッカの耳元を吸い上げる。鼓膜に直接響く低音に、ディアッカの背筋がぞくりと震えた。
「信じらんね……」
「その気にさせないと抱かせてもらえないからね」
言いながらバルトフェルドがディアッカの服を肌蹴ていく。
ひんやりとした夜気に肌を撫でられ、少しだけ思考が戻る。部屋を照らす灯りに天井でゆっくりと回るシーリングファンが浮かんで、不思議なほどに現実離れして見えた。
「ここで?」
「慌しいのは嫌いでね」
バルトフェルドはディアッカを引き起こすと、ドア続きの寝室へ招いた。
ベッドの天蓋から幾重にも垂れ下がる薄い布がさやさやと揺れて、ディアッカを手招きしているように見えた。
当然の権利、とでも言うように、バルトフェルドがディアッカをベッドに組み敷いてくる。圧し掛かる重さに少しだけ未知への恐怖が呼び起こされる。でも今更後戻りもできず、ディアッカは悔し紛れの言葉を吐き出した。
「抱かれてあげるんですから、楽しませていただきたいですね」
「まぁ期待してなさい」
嬉々としてバルトフェルドがディアッカの服を剥いでいく。
余裕綽々の表情がむかつく。むかつくけど、今更「いやだ」とも言い出せず、ディアッカは殊更固い表情を作って、顔を背けた。
ベッドを囲う布が外と内を隔てる壁のように、ベッドの上を外界から切り離しているようだ。
風の動きのままにさやさやと揺れる様を目で追っているうちに、自分が未だ夢の中にいるのでは、とすら思えたきた。
それほど今のこの状況が、現実に起こっているとは思えなくて。
「え、と……ほんとにするんですか?」
「怖気づいたか?」
「しょうがないでしょ。初めてなんですから、男相手にこんなことするの」
「嘘だろ。おまえみたいなのがクルーゼのところに居て、無事だったとは思えないんだがね」
むかつく-----むかつく、むかつく。
さっきから何かと言えばクルーゼの名前を出して。
確かにザフトの中には、クルーゼ隊を「お稚児隊」とか呼んでバカにしている奴らはいる。だが、それはクルーゼ隊がザフトの中のトップガンだけで構成されたエリート集団であり、所属するメンバー全員が、十人並み以上の容姿を持っているコーディネーターの中にあっても、尚特筆すべき容貌を持っているからだ。
それを誇りに思うことはあっても、引け目として感じたことなどない。外野の妬みも、陰口も、すべてある種の「有名税」だと思っている。
こんな状況でバカにされる謂れは無い。
「やっぱり、やめます。その気になれませんから」
乱された軍服の襟元を掻き合わせ、ディアッカはするりとバルトフェルドの下から脱け出した。
我慢の限界。雑魚たちが面白半分に囁く噂を鵜呑みにして、自分を夜伽の相手にしようと思っているのなら大間違いだ。
怒っていることを見せ付けるように、ディアッカは荒々しい手つきで服の乱れを直していった。
「そんなに怒るな」
バルトフェルドに腕を掴まれ、またベッドの上に引き戻される。両手を押さえつけられ、身体を開かされた。ディアッカは険しい表情でバルトフェルドを下から睨み付けた。
「やめます、って言ったんですけど」
「悪かった。そう怒るな。怒った顔もかわいいけどな」
「ふざけんなよ。離せよ。もうその気なんかなくなったし」
ディアッカの口調が段々荒くなってくる。
こんな男がクルーゼと比肩するザフトの英雄だなんて、ザフトの栄光も地に落ちたものだ。ディアッカは怒りと侮蔑を隠さず、自分を押さえ込む男を膝で蹴り上げた。
確かに当たった筈なのに、バルトフェルドは痛がる様子も見せず、逆に足の間に割り込んできた。足を開かされ、がっちりと押さえこまれる。
むかつく。やっぱりこの男はむかつく。
ディアッカはぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
「やりたいだけなら、他を探せよ。あんたに心酔している若い兵士なんて、掃いて捨てるほどいるだろ。中には喜んであんたのために自分から服を脱ぐ物好きだっているんじゃねーの」
「悪かったよ。謝る。機嫌を直してくれないか」
「やだ」
「困ったなぁ。俺はもうその気になってるんだけどなぁ」
「知るかよ、そんなの。離せったら、どけよ。しつこいっ……!」
罵声を繰り返すディアッカの口を封じるように、唇がふさがれた。言葉も吐息も、全てが奪いつくされる、キスというよりは口付けといった方がしっくりするような、そんな貪られるようなキス。
触れ合う唇が段々熱くなって、じんじんと痺れが広がってくる。舌が絡め取られ、バルトフェルドの口内に招かれる。唇と歯で甘噛みされ、全身に震えが走る。
いつの間にか両手を押さえつけていたバルトフェルドの両腕は、ディアッカの背と腰に回され、ディアッカをきつく抱き寄せていた。全身が密着し、服越しに体温が伝わってくる。
「あんた、ずるいよ」
ようやく唇を開放され、乱れた吐息を抑えながら、ディアッカはバルトフェルドを睨み付けた。潤んだ瞳が、ディアッカが欲情していることをバルトフェルドに伝える。
その表情に満足気な笑みを返し、バルトフェルドがディアッカの整えられた軍服をあらためて剥いでいく。
「今度は『やめた』も『離せ』も無しだ」