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SEED的アラビアンナイト 5  illustrated by みゃおさん


さらさらと髪を梳く優しい指。
髪を触られるのは好きだ。優しくされている、と実感できるから。
ディアッカは、自分の髪を梳く手に頬をすり付けた。
大きな掌。ごつごつとして、節が大きくて。そのくせ指が長くて。大人の男の手。

男の、手?

半睡から一瞬で覚醒する。ぱち、と目を開けると、目の前には笑みを浮かべた男の顔。
「あ、あ、あんた…!」
「あんた、とはご挨拶だな。昨夜はあんなに可愛かったのに」
「てめぇ、喋んな!!」

寝てしまった。
この男と。

しかも、思い出したくはないけれど、かなり気持ちよくなってしまった、ような気が、する。
男と。男とヤッてしまったのに!!
ぐるぐると回る頭を抱えて、ディアッカはベッドの上に上半身を起こした。身体の奥に残る疼痛が、間違いなく自分が昨夜この男に抱かれたことを教えてくれる。
「ウソだろぉ……」
じわ、っと涙が浮かんできた。
何だか自分が無性に可哀想に思えた。バルトフェルドの一夜の慰みにされたことが悔しくて。
「どうした?何故、泣いている?」
「あんたには、わかんねーよ!何でだよ……何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ…」
ぽろぽろと涙が溢れてくる。ディアッカは膝を立てると、両膝の間に顔を埋めた。
「おまえ…俺がお前を暇つぶしに弄んだ、と思っているのか?」
「思ってるよ!他に何があるんだよっ!!」
ぐしぐしと泣き続けるディアッカをあきれたように見つめ、バルトフェルドは大きく溜息を付いた。
「ディアッカ・エルスマン。冷静に思い出せ。俺はお前に突っ込んで、独り善がりに気持ちよくなってただけか?おまえを気持ちよくさせるために、結構がんばったんだがねぇ」
「言うなっ!変態エロじじぃっ!!」
ディアッカは背後に手を伸ばし、枕を引っつかむとバルトフェルドの顔面めがけてそれを叩き付けた。ばふっとくぐもった音がして、ふわふわと羽毛が舞った。
「……エルスマン。君に枕をダメにされたのは、これで2個目なんだが」
「自業自得だっ!!」
バルトフェルドは困ったような笑みを浮かべ、下唇を噛み締め潤んだ瞳で睨みつけるディアッカを腕の中に抱き寄せた。
「いいか、よーく考えろ。俺は昨夜おまえが気持ちよくなるために、結構がんばったよな?!更に言うなら、俺が気持ちよくなれたのは、おまえのおかげだ。おまえが俺を受け入れてくれたから、俺は気持ちのいいセックスができた訳だ。つまり、おまえの方が俺よりも立場が上だった、とは思わないか?」
「俺が…?」
「そうだ。昨夜の俺はきみに傅く正に下僕だった」
「恥ずかしいことをしれっと言うな!」
腹立ち紛れに、ディアッカは自分に抱きつくバルトフェルドの左腕に噛み付いた。妬ましいくらいに鍛えられた固い筋肉に力一杯歯を立てる。
「ッ!エルスマン!!」
バルトフェルドはディアッカの髪を鷲掴むと、力任せに引き離した。噛み付かれた腕には、ディアッカの歯型が赤く浮かんでいる。
「全く……予測不可能な行動を取ることにかけては、一級品だな」
ディアッカを抱き寄せたまま、バルトフェルドは歯形の残る左腕を右手でさすり、嘆息を漏らした。
「まぁ、いい。少しずつ僕を理解してくれたまえ。砂の皇子様」
ディアッカの頬にちゅと音を立ててバルトフェルドがキスを落してきた。それを手の甲で汚らしそうに拭うと、ディアッカはありったけの殺意と怒りを籠めて、またバルトフェルドの腕に力いっぱい噛み付いた。



「ディアッカ−−−−−ッ!!」
パイロットルームで、ソファに横たわり今日届いたばかりの雑誌を読んで寛いでいたディアッカの耳に、オートドアが開く空気音と怒声が同時に飛び込んできた。
視線をドアに向けると、オードドアの半開きになった隙間に身体をぶつけながら、イザークが足音も荒く乗り込んできた。握り締めた両拳はわなわなと震え、肩を怒らせている。
また何か怒る理由を見つけたのか、とディアッカは溜息を押し殺し、イザークに向き直った。
「なーに。どうかした?」
「これは、一体なんなんだーっ!!」
イザークがディアッカの手から雑誌を引っ手繰ると、床に叩き付けた。
「何って…雑誌」
しかも未だ読み終わっていない。
「そんなことくらい見ればわかるっ!!俺が言っているのは、こっちのことだっ!」
ディアッカの襟元を掴み、イザークが指を差した先にはレンガ色の奇妙な塊。先程バルトフェルドの副官から雑誌と共に届けられたばかりのものだ。
「あー、これ?!ROSE de SAHARA。砂漠の下で砂が固まって、それがバラの花みたいだからそういう名前になってるんだって言ってた。自然の妙、ってやつ」
「そういうことを言ってるんじゃないっ!それくらい知ってる!!俺が言いたいのは、それが何でこんなにたくさんここにあるんだってことだ!」
届けられたそれは1個や2個ではなく、今ディアッカ達がいるこの部屋のあちらこちらに飾られている。
「飾りきれなかったとか言って、俺たちの寝室にまで届けられてるんだぞっ!それだけじゃないっ!ここのところ毎日毎日毎日毎日あの砂漠の虎からなんだかんだと贈り付けられて、寝室は訳のわからんものでいっぱいだっ。なんだっていうんだ−−っ!!」
バルトフェルドの部屋で一晩過ごした次の日から、イザークの言う「訳のわからんもの」が手を変え品を変え届けられている。
今日は大小織り交ぜたROSE de SAHARA。昨日は篭一杯のナツメヤシ。その前の日は古そうな金細工の瓶に入った香油。
礼を言うこともなく、ただ受け取っているだけなのに懲りずに毎日届けられる。こんな砂漠のど真ん中にいるというのに、一度として同じ物を贈ってこないあたりは、さすがというか、ディアッカとしても悪い気はしない。
「さぁ?プレゼントをするのが好きなんじゃないの?!」
「プレゼントにしても趣味が悪すぎる!なんだ、この砂の塊はっ?!部屋が埃っぽくなってたまらんっ!こんなモノ、捨ててしまえ−−−−っ!!」
イザークはテーブルの上に飾られていた小さな砂のバラを掴むと、床に叩きつけようと振りかぶった。その手を掴み、ディアッカは懸命の面持ちでイザークを押しとどめた。
「イ、イザーク?!落ち着いて!!ダメだよ。コレ、壊れやすいんだから」
「壊れやすいぃ?!上等だぁっ。壊れやすいものなんて、存在する意味もない。いっそ俺がこの場で全て壊してやる!」
「イザーク−−−ッ!!」
なおも床に叩きつけようとするイザークを羽交い絞め、ディアッカはイザークを必死で宥めた。
「わかった、イザーク。俺がこれをバルトフェルドのところに返してくるからっ!だから壊すのはやめろ。壊したら返せるものも返せなくなるだろ?!」
『返す』の一言にぴくりと反応すると、イザークは手にした砂のバラをテーブルに戻し、さっきまでディアッカが座っていたソファに腰を下ろした。床に落ちた雑誌を拾い上げ、ぱらぱらとページをめくりながら、ディアッカが飲みかけていたティーカップを口元に運んだ。
すとん、と憑き物が落ちたような豹変ぶりは、頭に血が上るのも早いけれど落ち着くのも早いイザークならではだと思う。
「いつ返しに行くんだ?」
言外に「今すぐ返しに行ってこい」という意味を滲ませるイザークに、ディアッカは肩を竦めた。
「この時間はまだバルトフェルドも戻ってないだろ?!夜になったら戻っているだろうし、もうちょっと後でね」
ディアッカは部屋の中をくるくると見回し、片隅に砂のバラを運ぶのに使われただろう空き箱を見つけると、部屋中に飾られた砂のバラをそっとその中に入れていった。
最後の一個を入れると、ディアッカはさも今気がついたという風情でイザークにさりげなく告げた。
「もしかしたら遅くなるかもしれないし、先に寝てていいから」
「遅く?何故だ?とっとと返してさっさと帰って来い」
帰ってこられればいいんだけどねぇ。タブン朝まで帰れないし。
ディアッカは小さく口の中で呟いて、箱の蓋を閉じた。ふと窓を見ると、ガラスに映った自分の口元が微かに微笑んでいる。
悔しいけれど、何日かぶりにバルトフェルドの元に行くことを少しだけ楽しみにしている。

今日の夜は長くなりそうだ。
ディアッカは紅い舌先をひらめかせ、唇を微かに嘗めた。







END