「お、おま、おまえ…っ!な、なんでっ……!!」
「エルスマン…久しぶりの再会に、それはないだろう」
戦闘中に突然現れた戦艦は、目に痛いほどのショッキングピンク。いくら何でも趣味悪すぎ、と思ったら、どうやらPLANTから来た艦らしい。
天に唾を吐いたようでバツが悪かったけれど、その反面ちょっとだけ嬉しいような気もした。
だって、それは自分とアスラン以外にも、ZAFTという枠を超えて、この戦争を終わらせようとしている人間がコーディネーターの中にいるということだから。
どういう奴らがいるのかと気になって、その戦艦に来てみたら。
「何で、あんたがこんなとこにいるんだよっ!!」
死んだ筈の「砂漠の虎」が、アンドリュー・バルトフェルドが、ヒトをくったような笑みを浮かべてディアッカを待っていた。
「あんた、死んだじゃねーかっ!それなのに、何でっ?!」
まさか、死者蘇生? クローン?
しかし、それらは人間の尊厳を損なう技術だから、と研究することすら禁忌とされている。
「どうしてっ!?」
「まぁ、とりあえずこれでも飲んで落ち着け」
差し出されたカップには、琥珀色の液体が満ち、芳醇な湯気を立ち上らせている。砂漠のあの基地で、バルトフェルドの部屋を訪れる度に振舞われたソレは、ディアッカの驚愕とか混乱とか、そういったものがどれも些細なことのように一瞬だけ錯覚させてくれた。
ディアッカは一気に飲み干すと、ぐいとカップをバルトフェルドに付き返した。
「だからっ、何であんたがここにいるんだよ」
「拘るねぇ。生きてここにいる、ってことを喜んではくれないのかな?」
苦笑交じりのセリフに、ディアッカはギリと唇を噛んだ。
嬉しくない筈はない。死んでしまったと思っていたのに、生きていたのだから。
だからこそ、悔しくもあって。
生きていたのなら、何故それを教えてくれなかったのか。砂漠での数日間、バルトフェルドはディアッカの一番近い場所にいた。きっとバルトフェルドにとっての自分もそうだと思っていた。
それなのに、何も知らされなかったということは、自分はバルトフェルドにとって、所詮その程度の存在。近くにいた、と思っていたこと自体が、誤解の上の自惚れだった、ということではないか。
「もう、いいよっ!」
俯いて唇を噛み締める。舌先に触れた鉄の味に、惨めさが募っていく。
これ以上この場にいることに耐えられず踵を返すと、腕をつかまれ引き寄せられた。
「相変わらずその短絡的な性格は変わっていないな」
これ見よがしな溜息にむっとして、反射的にその手を振り払うと、バルトフェルドの身体がぐらりと傾いた。
「エルスマンッ」
「わっ!」
倒れこむバルトフェルドを支えた時、上着に留めてあった片袖がはらりと外れた。
片腕が無いことに気が付いてはいたけれど、中身の無い袖が揺れる様の痛ましさにディアッカは目を背けた。
「ごめん。俺…ごめん」
「そんなに気にするな。しょうがない」
見ないフリをしていたけれど、バルトフェルドから片目と片腕が失われていた。気が付いていなかったけれど、片足も。
だからきっとクローンでは無いのだと思う。今、自分の目の前にいる男は、間違いなくあのバルトフェルド本人なのだ。
「生きて、たんだよね」
「あぁ。運良くな」
「教えてくれてもよかったのに」
「随分長い間眠っていたのでね。気が付いた時には、きみはMIA認定になっていた。僕にしてみれば、君のほうこそ生きていたことを隠して行方不明になっていた、と恨み言の一つも言いたいくらいなんだが」
「あ…」
自分のことばかり考えていたせいで気が付かなかったけれど、ZAFTから離れることがなければバルトフェルドの生存もいずれ耳にしただろうし、また会うこともあっただろう。
でも自分は救援信号も、機体の残骸すら残さず戦場から姿を消してしまった。自分の方こそ、もっと多くの誰かを悲しませているのだろう。
「ごめん……」
「気にするな」
「うん…」
もう一度あらためてバルトフェルドに視線を戻した。視線を合わせたくても、向けた半分が傷跡に跳ね返される。
「どうして身体、治さないんだ?」
コーディネーターの医療技術があれば、本物以上に精巧な義眼や義肢を付けることも可能なのだ。
ましてや人並み以上の容姿と能力を誇るコーディネーターにとって、それらはどれも敢えてそのままにしておくようなものではない筈なのに。
「一緒に逝ってやれなかったのでね」
「え?」
「アイシャのおかげで僕は生き延びた。ならばせめて身体の半分でも彼女と共に、と思ってね。彼女が独りで寂しくないように……この姿は嫌なのかね?」
バルトフェルドの言葉に、ディアッカは否定の意味で首を振り、暫くして小さく肯いた。
腕や目が無いことが嫌なのではない。けれど、やはり嫌なのだ。
バルトフェルドを見るたびに、その半身はここには無いのだと。アイシャと共にあるのだと、ディアッカに思い知らせるのだから。
「独占欲、かな。何か寂しい」
「アイシャと共にいた僕は彼女と逝ってしまったから、ここにいる僕は全てきみのものなんだがね」
「……キザったらしいセリフ言ってんじゃねぇよ」
「また会えたことを、きみにも喜んでほしいだけだ」
バルトフェルドの片腕がディアッカに伸ばされ、その腕の中に招かれた。
一瞬躊躇った後、ディアッカはそっとバルトフェルドの肩に額を乗せた。バルトフェルドの背中に両腕を回し、その存在を噛み締める。
「喜んでるよ…また会えて、嬉しい」
END