初めて自分から望んで抱かれた。
感慨に溜息をつき、ディアッカはクッションを抱え自室のソファの上で膝を抱えた。
昨夜の出来事は、思い出すだけで、自然と頬が熱くなる。
みっともなく喘いで、乱れたことは泣きたくなるほど恥ずかしいのに、それでも記憶に残っているのはガラス細工を扱うように大切にされたことだけで。
行為の中で惑乱し、無意識に拒否の言葉が口をつく度に、暖かなキスで唇を塞がれ、「愛してる」と囁かれた。
朝まで同じベッドの中、ノイマンの腕の中で眠った。
目がさめた時には、優しく微笑んでくれる人の顔があった。
部屋を出るギリギリまで、二人で戯れるように何度もキスをして、くすぐったさに笑い合って。
甘ったるいロマンス小説のようだとも思うけれど、とても嬉しくて、幸せで。
ずっとこの時間が続けばいいのに、と願わずにはいられなかった。
誰かに大切にされることが如何に幸せなことか、それを思い出させてくれた。ノイマンに出会えた幸運をディアッカは噛み締めていた。
「独りでニヤニヤしちゃって、思い出し笑いかな?」
突然投げつけられた嘲笑を含んだ言葉にディアッカが振り返ると、フラガがドアに凭れ掛かり立っていた。
両腕を組み、口の端を上げるだけの笑みを浮べ、嘲るような眼差しでディアッカを見下ろしている。
「あんた…どうしてここに」
「何度もインターフォンを鳴らしたんだけど返事ないし、中で待たせてもらおうと思ったら、ちゃんといるんだもんなー。まさか居留守を使われてるとは思わなかったよ」
フラガは組んでいた両腕を解くと、ディアッカの方へ歩み寄った。つい、と指先でディアッカの顎をあげ、視線を捉える。フラガの薄青の瞳には剣呑な光が宿っていた。
「しかも、俺が部屋に入ってきたことにも気がつかないで、ニヤニヤ思い出し笑いしてるし。昨夜なんかいいことでもあった?一晩中いなかったでしょ、昨夜」
「あんたには関係ないだろ」
手の甲でフラガの手を払い落とし、ディアッカは顔を背けた。
易々とフラガに部屋へ侵入されたことに舌打ちをする。
「へぇ、そんな可愛くない態度とるんだ」
ぐい、とディアッカの髪を鷲掴み、フラガは酷薄な笑みを浮べたままディアッカに迫った。
「相変わらずわかってないみたいだけど、おまえには自由なんかないんだよ。わかる?おまえが勝手にできることなんて何一つねぇんだよ」
「ふざんけんなっ!あんたに何の権利があるって言うんだよっ!!」
髪を掴む手を振り解くようにディアッカが頭を振る。髪を引き抜かれる痛みに顔をしかめつつも、真っ向からフラガを睨みつけた。
「権利?あるさ。おまえは俺のモンだ。自分のモノをどうしようが、俺の勝手だろう」
「俺はあんたのモノなんかじゃねぇっ」
怒りにテーブルの上にあった雑誌を掴み、フラガに投げつけた。
それはフラガにかわされ、壁に当たって跳ね返り、床の上にばらばらと散っていった。
「出てけよっ!これ以上あんたの顔なんて見たくない!出てけっ、二度と顔を見せんな!!」
「いい加減にしろっ!!」
フラガは大きく手を振りかぶると、ディアッカの頬を殴りつけた。
鈍い音が響き、殴られた反動でディアッカがソファの肘掛に倒れこむ。殴られた悔しさに、ディアッカはぎりと肘掛に爪を立てた。
フラガにとって、自分など所詮暴力でどうとでもなるちっぽけな存在なのだと、改めて思い知らされたような気がした。
みじめで、哀しくて、目の奥が熱くなる。
「あんたは最初っからそうだ…俺の気持ちなんて関係無しで、思い通りにならなかったら暴力で……あんたにとって、俺は単なる性欲解消用のモノかもしれないけど、俺はモノじゃない。
コーディネーターだからって何もかもが丈夫に出来てる訳じゃない…あんたに抱かれる度に、辛くて、みじめで、死んでしまいたかったよ、俺………
捕虜なんだからしょうがない、って何度も自分に言い聞かせて、我慢してた。でも、俺はもう捕虜じゃない。イヤなんだ。もう、こんなのイヤなんだ……」
言葉にすると、箍が外れたように次から次へと言葉が溢れてくる。感情に流され涙が溢れてくるのを、ディアッカは必死に堪えた。
「もう俺じゃなくてもいいでしょ?!知ってるよ、あんたと艦長さんの関係…だったら俺なんか相手にしなくてもいいじゃん……」
「ディアッカ、おまえ何言って…」
「俺はあんたのおもちゃじゃねぇっ!」
叫ぶように言葉を投げつけ、ディアッカはフラガを睨みつけた。瞳は一歩も引かない意思の力に満ちて。
フラガはその視線に射竦められるようにディアッカを見つめ、口元を歪めた。
「言いたいことは、それだけか?」
フラガの口の両端が上がり、笑みの形を作る。全身から剣呑な影が立ち昇る。
圧倒されるように、ディアッカが後退った。無意識に怯えを見せるディアッカを、喉の奥で低く笑い、フラガはディアッカの肩に手を伸ばすと、ソファの上に押し倒した。
「勝手なことばっかり言いやがって…俺がおまえをおもちゃにしてるって?!面白いこと言うじゃない………セックスのためだけだったら、誰がおまえみたいな手間のかかるガキを選ぶかよっ!」
フラガがディアッカの顎を掴む。ぎりぎりと頬に指が食い込む痛みに堪え、ディアッカはフラガを睨みつけた。
暫し睨み合い、先にフラガが視線を落した。
つい、とフラガの目が眇められ、ディアッカの首元を射る。ディアッカの襟元に手を掛けると、服の前面を広げ肌を露にさせた。
褐色の肌に点々と散る鮮明な紅い印。
フラガの瞳に怒りの炎が点る。
「なんだか今日は強気だと思ったら、こういうこと…新しい男ができたから、俺とは縁を切りたいって訳?随分と舐めたマネしてくれるねぇ。相手は誰?誰とやったの?-----言えよっ!誰だ!」
「あんたには関係ない」
「ふざけるなっ!!」
フラガが手を振り上げる。その手をディアッカが醒めた表情で見つめた。
「また、殴るの?殴られても、俺、もうあんたの言いなりになんかならないよ。それでも殴りたければ殴れば」
ディアッカはフラガから顔を背け、見せつけるように溜息をついた。
あんなに怖かったフラガも、フラガにもたらされる暴力も、今は何も怖くなかったから。
ディアッカの態度に意表を突かれ、フラガは振り上げた手を止め、拳を握りこんだ。
初めて見る表情。自分を写そうとしない瞳。
怒りと戸惑いに思考が止まる。
「…そうだな、それよりも愉しい方法はいくらでもあるからな」
低く笑うと、フラガはディアッカの肩から服を引き下ろした。
肩だけを抜かれ、両腕に留まる服は、そのまま拘束具となりディアッカの動きを封じた。
「何するっ?!いやだっ!離せ、俺に触るなぁっ!!」
圧し掛かる男の身体を肩で押し退けようと、ディアッカが必死に抗う。足をばたつかせ、全身でフラガを拒んだ。
その抵抗を易々と封じ、フラガはディアッカを組み敷いた。
「後悔するがいいさ。時間はたっぷりある……自分が誰のものなのか思い知るんだな」