Boggie-woogie Christmas



来た…… やはり今年も来た。
ディアッカは、優雅な箔押しで縁取りされた純白のクリスマスカードを手にぐぅっと喉の奥で低い唸り声を上げた。

ジュール家の慇懃な使用人の手で届けられたカードは、毎年恒例のジュール家主宰クリスマス・パーティの招待状だ。
ジュール邸があるマティウス市は北ヨーロッパからの移民が多いせいか、毎年クリスマスの時期には雪が降るように気候が設定されている。
もちろん、雪害を嫌う住民からは反対の声が上がっているのだが、それ以上にホワイトクリスマスに郷愁を感じる住民の方が多いらしい。降雪の是非を問う住民投票では、毎年圧倒的な差で「降雪希望派」が勝利を収めている。

白い雪景色を背景に、豪奢なジュール邸で毎年開催されるクリスマス・パーティは、厳選された招待客、贅を尽くした料理に酒、どれをとっても一流かつ豪華としか言いようが無いのだが、ディアッカにとって、いや幼馴染と言う名の腐れ縁でイザークと親交を結ばざるを得なかったディアッカやアスラン、ラスティにとって、毎年恒例のトラウマを増やす日と成り果てている。

思い返せば、始まりは7年前。イザークが民俗学に興味を持ち始めたあの年のクリスマスだった。

あの日、室内音楽と談笑が柔らかに耳をくすぐる暖かなホールから、ディアッカ、アスラン、ラスティの三人はイザークに手を引かれ、粉雪の舞う中庭に連れ出された。

「ここ、さむいよ。早くお部屋に戻ろうよ。風邪引いちゃうよ」
「はやく戻らないと、ケーキなくなっちゃうしぃ」
「おなかすいたよー……」

ガタガタと震える身体を両腕で抱きしめ、寒さと空腹を訴える三人をぎろりと睨みつけ、イザークは中庭の奥の奥に三人を先導した。
着いた先には、大人の身長よりも高い木が、白い布をかぶせられていた。
イザークは木の下に立ち、右手を頭上に掲げ、高らかに宣言した。

「おまえたちに、ほんもののクリスマス・ツリーを見せてやろう。ありがたく拝みやがれっ!」

イザークが引き落とした白布の下から現れたのは、確かにクリスマス・ツリーだ。尖った深緑の葉といい、枝にオーナメントが飾られているところといい、間違いなくそれは樅ノ木のクリスマス・ツリーなのだが。

「うわぁぁぁぁぁっ!」
「ひ、っぐ……びぇぇぇぇぇぇん!!」
「んぎゃぁぁぁ〜っ!!!」

確かに、確かにそこにあるのはクリスマス・ツリーだ。だが、オーナメントは、星だとか、天使の像だとか、ギフトボックスとか、いかにもクリスマス・ムードに満ち溢れたものではなく、代わりに中途半端に生々しい血塗れの人形が、首に紐を巻かれて無数に吊るされていた。

「北欧では他国からの侵略を避けるために敵国の捕虜を殺し、見せしめに 岬の高い木に吊るしたという古えの伝説が残っている。それがクリスマス・ツリーの起源、という説すらあるそうだ。
 そういう訳で、今年のツリーは伝説に則って俺様自らが忠実に再現した。
 感謝しろ。めったに見られない貴重な代物だ」
「めったに見られないかもしれないけど、めったに見たいもんでもないよぉっ」

……後の事は思い出したくも無い。
血塗れのツリーを背景に滔々と民俗学の知識を披露するイザーク、混乱して泣き叫ぶアスラン、泣きすぎてひきつけを起こしたラスティ、騒ぎを聞きつけて駆け付けてきた大人たちの姿が、かすかに記憶に残るのみだ。

とにかく、「民俗学の新しい知識お披露目」を兼ねたイザーク・プレゼンツ・クリスマス・スペシャル・イベントは、次の年も、また次の年も行なわれた。

ある年は、「地球ではクリスマスの夜にサンタクロースという老人がソリで世界中を駆け巡るらしい」という中途半端な知識を元に、ディアッカたちはマティウス市街地をソリで暴走するハメになった。
ソリを引いていたのは、地球からそのためだけに連れてきたホンモノのトナカイだ。ホンモノのトナカイは想像以上に大きく、そしてパワフルだった。エアカーが整然と走る幹線道路を、傍若無人にソリは爆走した。街路樹をなぎ倒し、エアカーを跳ね、ソリは静かなマティウス市の夜を一瞬にして恐慌に陥れた。
もちろん首謀者はイザークで、アスランも、ラスティも、ディアッカも巻き添えを食っただけなのだが、翌朝の新聞トップに、目元に横線の入った息子たちの写真を見たそれぞれの母親たちは卒倒し、父親たちは息子たちに盛大な拳骨を落とした。
後日聞いた話では、ソリ暴走で迷惑をかけた関係各所への謝罪に三家の親たちは丸2日を費やしたらしい。

また、ある年は「クリスマスには靴下の中にプレゼントを入れて贈るらしい」と聞き込んできたイザークの発案で、靴下にアスラン特製の小型ロボットを入れて友人のニコル・アマルフィに贈った。
ただし、贈り方がやはりイザークだからと言うべきか、靴下ごとニコルの部屋の窓ガラスに向けて投げ入れたのだ。突然パリーンと軽やかな音を立てて窓ガラスを割って飛び込んできた不思議な物体は、アマルフィ家を一瞬にしてパニックに陥れた。ニコルの父親が評議会議員だったせいかもしれない。
すぐさま警察に通報され、一帯に非常線が張られた。
クリスマスのイルミネーションを掻き消す警察車両の回転灯と、サイレンの音。さながらアクション映画の1シーンのようだった。
どうやら爆弾テロと誤解されたらしい。
イザークの悪知恵で正体がバレることなく逃げ出すことができたが、もう少しで「PLANT史上最年少テロリスト」の称号を得てしまうところだった。

とにかく、毎年、毎年、毎年、毎年、毎年! イザークのせいで、あれ以来まともなクリスマスが過ごせた年はない。
静かにしていろとは言わない。せめて常識の範囲内で楽しむ程度にしてほしいのだが、イザークの常識が世間の非常識である現実の前では、それも儚い夢なのかもしれない。
ディアッカはクリスマス・カードをそっと封筒に戻し、引き出しの一番奥に片付けた。




「今年は何をやらかすつもりなんだろう……」

暖炉が赤々と燃える応接室のソファーに身体を沈め、アスランが苦悩に歪んだ表情で呟いた。物静かで穏やかな性格だったアスランに、段々と悲観的な要素が加わっていったことと、イザークの存在は決して無縁ではないだろう。

「どうせまた俺たちの予想もつかない、キテレツなことを考えてるだろうさ」

ラスティが舌打ちと同時に吐き捨てた。暖かいオレンジ色のクセ毛と愛くるしい容貌で、ハイスクールの女生徒たちに「天使ちゃん」と呼ばれているラスティが、こんなにも皮肉気な態度を取ることがあるなんて、誰も想像すら出来ないだろう。

「俺たち以外にケガ人さえ出なければ、もうどうでもいいよ」

ディアッカは溜め息まじりに呟いた。
自分たち三人は、幸か不幸かイザークに振り回されることに慣れてしまった。
被害が自分たち三人の中で収まるのならば、多少の怪我くらいならば「大したことない」と思えるようにもなった。
これもすべてイザーク・ジュールという、誰よりも美しく、誰よりも自己中心的な幼馴染を持ってしまったが故の宿命だろう。
人間、諦めも肝心だ。

「待たせたなぁっ」

バンっと両手でドアを開け放ち、イザークが現れた。表情が満面の笑みで綻んでいる。
かつて無い程の上機嫌ぶりに、三人の背筋にぞぞっと悪寒が走った。
三人は密かに視線を交わし、まずアスランが口を開いた。

「今年もお招きありがとう…… それで、今年は……?」

犯罪に片足突っ込むようなことだけにはなりませんように。アスラン、ラスティ、ディアッカの三人は、ゴクリと息を殺してイザークの出方を見守った。
切羽詰った視線にイザークは一瞬キョトンと首を傾げ、次にニヤリと唇を上げた。

「何をくだらない期待をしている。俺たちも今年でハイスクールを卒業する。いつまでも子供じみた遊びに興じていられる立場ではあるまい」

オマエにだけは言われたくない。誰に言われても、オマエにだけは言われたくないっ。
アスランは俯いてわなわなと唇を震わせ、ラスティは胸元に抱えていたクッションをぼすぼすと殴りつけ、ディアッカはそっと肩をすくめた。

「かと言って、折角のクリスマスに何も無い、というのも寂しいだろう。故に俺様から特別にプレゼントをやろう」

イザークはすたすたと三人の前に近付くと、ディナージャケットのウチポケットから3通の封筒を取り出した。

「ありがたーく受け取れ。俺様の思いやりと知性の賜物だ」

薄い封筒はジュール家仕様の豪奢な家紋入りのものだ。
恐る恐る封筒を受け取り、顔を見合わせながら三人同時に封筒を開けた。

「なっ、なんだこれはっ!」
「俺、関係ないしぃっ!!」
「訳わかんねぇよっ! 何でこんなモンをオマエが持ってんだよっ!」

出て来たのは、士官学校(アカデミー)の入学許可証。しかもちゃんと三人それぞれの名前が記載された、正式な許可証だった。

「だから最初に言っただろう。未来を見通す俺様の知性と優しさの賜物だ」
「だからって、だからって、何故それが士官学校の入学許可証になるんだっ。大体、俺は工科カレッジへ入学申請書を出しているんだぞ!」

アスランの反論に、イザークはフンッと鼻を鳴らし、どっかりとソファーに腰を降ろした。

「そんなものは既に回収済みだ。とっくの昔に我が家の焼却炉で灰になっている」

あっさり言い放つイザークに、アスランはふぅっと眩暈を起こしたかのようにソファーへ倒れこんだ。

「ラスティがパティシエ・スクールに送った入学申請書も、医科カレッジに送ったディアッカの入学申請書も、ぜーんぶ我が家の焼却炉の中だ」
「ふざけんなーっ! 勝手に俺の進路を決めんなーっ!」

ラスティが士官学校の入学許可証を足元に叩きつけた。オレンジ色の頭髪が炎のように逆立っている。

「返せ、戻せ、俺の入学申請書! 俺はパティシエ・スクールに行って、一流のケーキ職人になって、毎日可愛い女の子がいっぱい来るオシャレなケーキショップを開いて、そんでモテモテ人生を貫くんだよっ! 俺のバラ色の人生設計をジャマすんなぁっ!」
「……何をふざけたことを言っている」
「ふざけてんのはオマエだぁっ!」

ラスティがイザークの襟を掴み、ガクガクと身体を揺すっている。心情はわからないでもないが、とりあえず落ち着け。
ディアッカはラスティをイザークからぺりっと引き剥がし、アスランへと預けた。
アスランに抱きついて、おいおいと泣き出したラスティをちらりと一瞥し、ディアッカはイザークへ向き直った。

「何でまたこんなことしたのさ?」
「俺様の先見の明と知性がお前たちを士官学校へ連れて行け、と告げている」
「連れて? ってことはイザークも士官学校へ行くの?」
「あたりまえだろう」

イザークは内ポケットからもう一通封筒を取り出し、中身をディアッカに突きつけた。
イザーク・ジュールの名前が記された士官学校の入学許可証だ。

「評議会議員である母上の面目を潰すことはできないからな。地球連合との関係が不安定な今、議員の息子である俺たちが士官学校へ行くのは義務のようなものだろう」

そう、かもしれない。実際アスランからは士官学校への進学を望む父親と相当激しく衝突した、と聞いている。
自分にしても、はっきり口に出して言われた訳ではないが、やはり何度か士官学校への進学を父から仄めかされたこともある。

しかし。

「でも、俺は違うもん! 俺んとこの親が離婚したことはイザークだって知ってるだろっ。
 父上とは一応関係ないことになってんだからぁ」

クィンティリス市選出の評議会議員ジェレミー・マクスウェルは、ラスティの実父である。
が、両親の離婚によってラスティが母方の姓「マッケンジー」を名乗っているために、彼らが親子であることを知る人は少ない。

「士官学校になんて行かないからね! ZAFTに入るのもヤダッ! 父上だって、俺がパティシエになるって言った時、賛成してくれたもん!」
「えぇいっ! うるさい! 大体おまえたちが悪いんだろうがっ! てんでバラバラ、勝手に進学先を決めやがって! 俺を独りにするつもりかっ!」

え? と振り返った時には、イザークは既にシマッタという顔を無表情の下に隠していた。

そうだった。
自己中心的で女王様なイザークは、実はとても寂しがり屋で一人ぼっちが大嫌いで、「いつも誰かに構ってほしい」ヤツだった。
自分たちがそれぞれ進路を決め、それぞれの進学希望先に入学申請書を出したと聞いて、きっとこの頓珍漢でぶっ飛んだ思考回路の女王様は、置いてきぼりをくらったような気持ちになってしまったのだろう。
かといって自分の口から「一緒の学校に行きたい」とは言えず、こんな常識では考えられない素っ頓狂な方法を取ってしまったのかもしれない。
ここで自分が希望する士官学校へ強引に三人を連れて行こうとするあたりは、やはりそれがイザークだからなのか、それともイザークが言うとおり「議員の息子」という立場を考えての選択なのか。
前者のような気もするし、後者のような気もするし。きっと両方だ。

ディアッカはアスランと顔を見合わせ、苦笑いに唇を歪め肩を竦めた。

「ラスティ、しょうがないよ。イザークは俺たちと離れるのが寂しいんだって」

アスランは、胸元にあるオレンジ色の頭を撫で、くすんくすんと泣き続けるラスティを宥めた。

「バ、バ、バカなコトを言うなぁ! 寂しいなどど、誰がそんなことを言った!」

顔を真っ赤にしてイザークが怒鳴る。
それでも何となく嬉しそうなのは、気のせいではない筈だ。

「士官学校を出てから、また工科カレッジに入りなおすのもいいかもしれないし」
「多少遠回りだけど、人生は長いし、どういう内容でもお勉強したことは無駄にならないだろ。良い医者になるための経験値にもなりそうだし」
「……PLANT初の『元ザフトレッドのパティシエ』になってやる! そしたらきっと、もっと女の子にモテるしぃ」

お人良しと哂うなら哂え。真っ赤になって拳を震わせるイザークを見ていたら、何だかこれくらいのことで怒っているのがバカらしくなって、しょうがないかなーと思ってしまったのだ。

「これから先、一生分のクリスマス・プレゼントの先払いってことでいいよ」
「クリスマス・プレゼントだけ? 誕生日プレゼント分もあわせといてもお釣りがくるくらいだと思うけど」
「そだね。でも、特別プレゼントで俺が最初に作るオリジナル・ケーキは試食させてあげる」
「ふざけたことを言うなぁ!」

怒鳴っているのに何となく嬉しそうなイザーク。
しょうがないと言いながら、大事そうに士官学校の入学許可証をポケットに仕舞うアスランとラスティ。

「とにかく、パーティ会場に戻ろうぜ。ぐずぐずしてたら、料理がなくなっちゃうからな」

この腐れ縁は、迷惑をかけたり、かけられたり、きっといろいろあるだろうけど、これから先、死ぬまでずっと切れることなく続いて行くだろう。

「クリスマスだもんな。楽しまないと」

クリスマスの贈り物は、やっぱり最高だ。





END
みゃおさんからイメージイラストを頂きました。ココからどうぞ。