「なんかさぁ、つまんないよね」
ディアッカは読みかけていた雑誌を床に放り投げ、ソファーにごろりと転がった。両腕を頭の後ろで組み、じっと天井を睨み付けた。
「なんていうの? 中途半端なんだよね、戦闘が」
忌々しげに吐き捨てるディアッカの傍らに腰を下ろし、アスランはディアッカの額にかかる金の巻き毛を指に絡め、僅かに口端を上げた。
「物足りないって意味? イザークが聞いたら怒ると思うよ」
「そうじゃなくって」
ディアッカは緩く頭を振りアスランの手を払った。
「だってさ、出撃する度にそれなりの戦果は上げてるけど、でも圧勝ってとこまで行ってないでしょ? 俺たちが勝って当たり前なのに」
数で劣るとはいえ、戦闘力だけを比較すればザフトが連合軍を圧倒している。故に、どの戦闘でも戦艦やMS、戦力が同数であれば質で勝るザフトが勝利する筈なのだ。
それなのに実際の戦闘では、どれだけ連合を叩きのめしても勝者としての満足感が得られない。
「追っ払ったと思っても、すぐに戻ってくるし。懲りないっていうか、しつこいっていうか。とにかく、もう飽きた」
ディアッカにとって戦闘の醍醐味は、危険と隣り合わせの緊張感と、その中で相手を完膚なきまでに叩きのめす快感にある。故に強い相手は歓迎するが、弱いクセに叩いても叩いても起き上がってくるようなシツコイ相手は嫌いだ。
例えば、アークエンジェルのような。
「こっちもそれなりのダメージは受けてるけど、被害状況だけを比較したらどう見たってアッチの方がズタボロになってんのに。強いって言われてるストライクだって、オマエが本気出したら簡単に墜せるだろ」
「そう簡単でもないけど…… 確かにパイロットがキラだから手加減はしてたかな。やりにくいしね」
「撃墜までしなくてもいいからさ、ストライクを再生不能にするくらいの攻撃はしてもいいんじゃない?
アレさえいなきゃ、アークエンジェルを沈めるのは簡単じゃん」
「ヤダよ。キラが死んだら困る」
ストライクは膠着した戦況を作り上げた元凶で、忌々しい限りのモノだが、それを操縦するキラはアスランにとって幼馴染であり、親友でもあり、かけがえのない存在だ。
いくら今は敵であっても、やはり殺してしまうのは忍びない。
「何言ってんの。殺す直前で攻撃を止めればいいだけでしょ。それくらいの加減は出来るだろ」
「出来ないことはないけど…… ストライクの動きは予測が難しい」
相手が正規の訓練を受けたパイロットであれば、攻撃や回避パターンをある程度の予測もできる。
だが、キラは全くの素人。本能だけで攻撃を繰り返している。モビルスーツの動きも非効率的で無駄が多い。
はっきり言うと戦い方が無茶苦茶なのだ。
故に、アスランが微妙に狙いを外して一撃を加えたとしても、キラの無駄な回避行動のせいで狙いが逸れ、致命的な一撃になってしまわないとも限らない。
全く、二重の意味で頭が痛い。
「それに、ストライクがいなくなっても、めんどくさいモビルアーマーが残ってるだろ」
「あー、アレね。ナチュラルのクセして、ねちっこい攻撃してくんだよねぇ」
こちらの出方を予測したような動きで、いつもディアッカを翻弄する。その動きの繊細さ、機敏さは、とてもナチュラルが操縦しているとは思えないほどだ。
ディアッカは、ふぅと力の抜けた溜息をつき、ソファの上で上半身を起こした。拗ねたように唇を尖らせ、アスランの顔を覗き込む。
「じゃあ、俺たち、ずっとこんな退屈な戦争してなきゃいけないの? そんなのヤダよ、つまんない」
「確かに、つまらないよなぁ……」
刺激の少ないプラントでの生活に飽き、ザフトへ入隊しよう、と言い出したのはアスランが先だだったのか、ディアッカが先だったのか。今では覚えていないほど、二人はプラントでの生活に退屈しきっていた。
親の手によって敷かれたレールを何の苦労もなく走っていくだけの未来は、他人から見れば恵まれた環境かもしれないが、そのレールが当人たちにとってさして苦労もせず走れる平坦なものであったことが、二人にとって不幸の始まりで。
毎日が退屈で退屈で退屈で。息が詰まりそうだった。
戦場に出れば、危険と刺激とが退屈を払拭してくれるかと思ってザフトに入隊してみたが、膠着した戦況は二人に更に耐え難い退屈を与えただけだった。
「ねぇ、どうしたら退屈じゃなくなる? 俺、もう限界だよ……」
ディアッカはそっとアスランの肩口に顔を埋め呟いた。アスランはディアッカの髪を撫でながら、思慮深げに眉を寄せた。
「ディアッカ。退屈しないで済むなら何でもする?」
アスランの言葉に、ディアッカがおもむろに顔を上げた。紫瞳が期待に満ちている。
「する!」
「じゃあ、次のミッションでバスターごとアークエンジェルに投降しろ」
「投降? どうしてっ?」
投降するということは、ナチュラルの支配下に落ちるという意味だ。コーディネイターとしての矜持が、アスランの提案へ素直に頷くことを許さない。
不満気なディアッカの頬に手を添え、アスランは微笑んだ。
「諜報部の調査によると、モビルアーマーのパイロットはフラガという男だそうだ。
年下や弱い者に甘い性格らしい。そういう人物が、敵に囚われた可哀相な少年兵を見たらどうすると思う?」
ディアッカはアスランの言葉を口の中で何度も繰り返し、やがてぱぁっと破顔した。
「きっと、気になって、仲良くしようとする!」
「アタリ。かなり高い確率で友好的に接近してくるだろうね。だったら…… 言わなくてもわかるよね。後はディアッカ次第だよ」
アスランの肯定を受けて、ディアッカの顔に無邪気で、だがどこか邪な笑みが浮かんだ。出来の良い頭の中では、不自然には見えない投降の方法から投降後の行動まで、何パターンもシミュレートされているのだろう。
「俺もすぐに行くから。それまでに頑張ってフラガとかいう男を手懐けておいて」
「アスランも来るの? どうして? 俺だけじゃ役不足ってこと?」
「そうじゃない」
険悪に瞳を眇めるディアッカの髪を撫で、アスランはにぃっと口端を上げた。
「キラがいる。モビルアーマーの戦力を低下させても、ストライクが健在では意味が無い。だから、そっちは俺がやる」
「へぇ…… じゃあ完璧じゃん」
くすくすと笑い転げるディアッカを両腕で抱きとめ、アスランはディアッカの耳元で小さく囁いた。
「せっかくの戦争だ。俺たちで最高の一幕にしてやろう」
END