「よーっ、ディアッカ、おつかれさん。無事に帰ってきたな」
バスターのコックピットから降りると、メカニックがバシバシと背中を叩いて出迎えてくれた。
なんか、ヘンな感じ。ついこの間まで敵だったってのに。
「俺はいいけど…フリーダムがさぁ……」
連合軍のMSに頭を吹っ飛ばされ、ジャスティスに抱えられるようにエターナルに戻っていった。
あれを修理するのは相当難しいんじゃないのかな。まぁエターナルのメカニックはバルトフェルド隊長がプラントから連れてきた精鋭だって話だし、タブン大丈夫だろうとは思うけど。
「フリーダムだけじゃねぇよ」
メカニックが顎で示した方を見ると、スクラップ寸前、修理するより新しく作った方が早いんじゃないかってくらいにぶっ壊れたストライクがあった。
「なんだよ、これ!」
「なんだって…ストライク」
「だからなんでストライクがこんなことになってんだよ!」
「知らねーよ。ついでに言うなら、フラガ少佐もズタボロだ。医者の手当てを受けてる」
「それを早く言えよ!」
メカニックが後ろでなんか叫んでるけど、そんなことに構ってるヒマなんてない。ヘルメットをロッカーに叩き込んで、俺は医療室へ向かった。
あの男がズタボロ?ウソだろ?なんでだよ?だって、さっきの戦闘空域にもストライクは居なかったじゃないか。そんなケガするようなことが、一体どこで起こったっていうんだよ?!
医療室に続く角を曲がろうとしたら、誰かの話し声が聞こえてきて、咄嗟に陰に隠れた。
できれば誰にも見られたくなかったし。あの男と俺の関係は、きっと誰も知らない事だから。
----艦長はフラガ少佐の傍に付いていてください。ブリッジの方は私が。
----ありがとうノイマン少尉、そうさせて頂くわ。
----いえ、これくらいは…
あぁ、やっぱりそうだよな……あの男がケガをしてるんだったら、誰かが付き添ってない訳ないよな。
焦ってこんなとこまで来た俺ってバカみたい。なんであんなに取り乱して、こんなとこまで来たんだろう。
「俺って、かっこわる…」
「何がかっこ悪いんだ?」
うわっ!突然出て来んなよ!誰かと思ったら、なんだ、ノイマンさんか。っていうか独り言に返事すんなよ。
「別にぃー。それより、あのオッサン、ケガしたんだって?ズタボロだって聞いたけど、どうなの?」
「…オッサンって、フラガ少佐のことだよな。まぁ、君から見ればオッサンかもしれないけど、俺も少佐と殆ど同じ年齢なんだけど」
「ノイマンさんをオッサンなんて言わないよ。俺、ノイマンさんのこと、好きだもん」
まぁおだてておいて損は無いだろ。ノイマンさんって艦長よりも皆から信頼されてそうだし。
っていうか、お世辞なんだから、真に受けて赤面されても困るんだけど。
「ねぇ、それよりも、あのオッサンのケガって酷いの?」
「えっ、あ、いや、そ、そうだった、フラガ少佐だったよな。軽いケガではないけど、命に別状は無いよ。クルーゼ、だっけ?ザフトのパイロットに銃で撃たれたらしい」
パイロットって……一応ザフトの英雄なんだけど、あの人。
でも、クルーゼ隊長の方はぴんぴんしてたよなぁ。さっきの戦闘にもシグゥで出てきてたし。
「フラガ少佐が心配か?」
「そりゃ、ま、一応ね。今のAAでMSに乗れるのは、俺とあのオッサンだけだし」
心配、ってことなのかな。よくわかんないけど。こういうキモチも「心配してる」ってことになるのかな?
「少佐のことは艦長に任せておけばいい。今の少佐には艦長が傍に居ることが一番なんだから」
何よ、それ。どういうこと?なんかちょっと思わせぶりじゃない、その言い方。
「少佐は……ケガよりも精神的なダメージの方が大きい。それを癒してあげられるのは艦長だけだろ?!」
あー、そういうことね……何となくわかってはいたけどさ。
「あの二人、やっぱりそういう関係なの?」
「ま、そういうことだ。お子様には刺激が強すぎるかな」
お子様にしては、かなりハードな体験をさせてもらってるけどね、その少佐から。でも、全然そんなこと聞いてなかったよ、俺…
「そっか、まぁお似合いの二人じゃない?!美男美女で。艦長さん、優しいし」
「ディアッカ……今、自分が泣きそうな顔をして言ってるのをわかってるのか?」
俺が?何で?泣くような理由が無いじゃない。あの男にとって、俺は只の……只の「何」だっけ?ずっとあたりまえみたいに、あの男を受け入れてたけど、俺って何なんだろう?大体あの男も艦長さんってカノジョがいるのに、何で俺ンとこに来てるんだ?-----訳わかんね。
「泣く訳ないじゃん。疲れてるからそう見えるだけじゃない?」
とりあえず笑って誤魔化しとけ。自分でもよくわかんないことを説明なんてできないし。
「あの、さ……俺の部屋がきみの隣だってことは知ってるよね?!だから…少佐がきみの部屋に入っていく所を何度か見てるんだ。親しいんだろ?!朝方まで居ることもあるみたいだし……」
マジ?!ウソだろ?!っていうか、どこまで知ってんの?バレないように、かなり気を遣ってたんだけど、俺。
やば、なんか俺、顔が引き攣ってきた……
「少佐は、きみの部屋に行ってることを隠してないけど、きみは隠してる。だから、部屋で何をしてるかは聞かない。知られたくないことなんだろう?俺も、少佐が部屋に出入りしていることは知ってるけど、それ以上は知らないしね。これはホント」
ありがと、ノイマンさん。どっちかっていうと無表情な方だからわかりにくいけど、優しいよね、ホント。
でもきっと、俺たちが部屋でやってることは、ノイマンさんの想像を超えてると思うよ。だって、男が男の部屋に入り浸ってあんな事してるなんで、現場を見ない限り考えもしないもんね。
「ノイマンさん、俺はフラガさんと親しいんじゃないよ。確かに部屋にはよく来るけど、だからって親しいってことじゃない……」
あー、なんか俺、ほんとに泣きそう。
俺って、あの男の何なんだろう?
あの男は、俺にとって何なんだろう?
何で俺、あの男とあんなことしてるんだろう?
「ディアッカ……きみは確かに同年代の子供たちと比べて聡いけど、それでも未だ俺たちにしてみれば子供なんだよ。そういう顔をしているのを何とかしてあげたい、と思うくらいにはね。それに、あんなに酷い捕虜の扱いを受けていたのに、今俺たちと一緒に戦ってくれてることをすごく感謝している。だから、辛いことがあるんだったら頼ってほしいんだよ。役に立てるかどうかはわかんないけどね」
----こんなこと、ザフトでも誰も言ってくれなかったよ。
そりゃそうだ、俺は最初から「紅」だったし、「紅」の人間に「誰かを頼れ」なんて言うバカはいない。
「紅」は、完全無欠のエリート、トップガンの証なんだから。常に自分に自信を持て、弱みを見せてはいけない、そう言われていたし、自分でもそう思っていたし。
「ありがとう、ノイマンさん。でも、大丈夫だよ、俺」
嬉しいけど、でも、あの男との事を相談する訳にはいかないから。だって、あんな事を相談されたら、ノイマンさんが困るでしょ?!
「ディアッカ……」
「俺、大丈夫だから………」
笑えよ、俺!笑って言わないと、説得力ないじゃん!
何で涙が出てくるの?やだよ、こんなの俺のキャラじゃないでしょ。
「ごめ…。俺、もう行かなきゃ」
「ディアッカ。きみに頼ってほしい誰かが目の前にいるのに、一人で泣きに行くことはないんじゃないか?」
ノイマンさんの手が俺の頭に回されて、ノイマンさんの肩に抱き寄せられた。あったかいな、ノイマンさんの手も、肩も。
今だけ、ほんとに今だけ、少しだけ挫けてもいいかな。
END