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D's Tea Party


「ディアッカ! 貴様……こんな奴等にぃ!!」
イザークが極寒ブリザードを吹き上げて、ディアッカを見おろした。周囲の空気がキラキラ光っているのは、もしかしたらダイヤモンドダスト、というヤツだろうか。

「戦うしかなかろう。互いに敵である限り、相手が滅びるまでな」
獲物を狙う虎の如き獰猛さで、バルトフェルドが周囲の男たちをねめつけた。日頃の鷹揚さがウソのように、既に戦闘態勢に入っている。

「やっぱりオマエは不可能を可能に……」
あきれ返った、と言わんばかりにフラガは額に手を当てて、天を仰いだ。しかし、視線は抜け目無く周囲の出方を窺っていた。

「……これが人の業というのものか」
ふぅっと溜め息をつき、クルーゼはやれやれと頭を振った。心なしか白手袋がわなわなと震えているようだ。

まずい。
これはひっじょーにマズイ。
一体どこからバレたんだろう。確かに狭い範囲で派手にやっちゃったかなー、という気はしていたけれど、それぞれ顔見知りではあっても、特に親しくもないから大丈夫だろうと思っていたのに。

しかも、全員に取り囲まれて問い詰められるなんて、全くの予想外、想定外だ。
本音を言えば、バレても言い包める自信はあった。けれど、どう考えてもこの状況では無理だろう。あちらを立てればこちらが立たずで、更に状況をややこしくしてしまう可能性の方が高い。
まさに修羅場。
ディアッカの背筋に冷やりとイヤーな汗が流れた。

今更ながら、もうちょっと控えておけばよかったかな、という後悔がちらりと脳裏を掠める。
しかし。ここで怯んでいる場合ではない。

これまでの関係を壊さずに、この場を何とか収めなければならないのだ。
伊達に赤を着ていた訳ではない。これくらいの危機を乗り越えられなくてどうする!
確かに戦闘能力は人一倍高い面子だけれど、それを言うなら自分だって相当できる方に分類されるのだ。勝てなくても、やられっぱなしにはならないだろう。恐がることなんて無い、筈なんだけど……やっぱり怖い。皆、めちゃくちゃ怒ってる。
やはりここは逃げるが勝ち。とりあえず逃げて、後は……一対一に持ち込めば、何とでも丸め込めるだろう。
運良くイザークもバルトフェルドもフラガもクルーゼも、お互いを牽制するのに余念が無い。今がチャンス。
一瞬のうちに判断を下し、ディアッカはさり気なくそろそろっと後退さった。あと一歩で脱出成功、というところで、背中がどんと何かにぶつかった。
邪魔すんなっ、と振り返ってみたら、にっこり笑顔のノイマンが立っていた。

「ノイマン、さん」

とりあえず、えへへと笑って見せる。が、通じない。表情はいつもの柔らかな笑顔なのに、目が笑っていない。というか、全身から立ち上る怒気は、この場の誰よりもおどろおどろしい。

「まぁ、みんなそう怒らないで。ディアッカが怯えているよ」

がっちりディアッカの腕を掴み、今さっき逃げ出してきたばかりの修羅場ど真ん中にノイマンはディアッカを放り出した。

「まずディアッカの気持ちを聞こうじゃない。二股、じゃないよね。5人いるんだし。とにかく、君はこの中の誰を選ぶの?」

まさに直球ストレート。もうちょっと曖昧且つ遠まわしに言ってくれてもいいんじゃないかと思う。
ディアッカはおどおどと自分を取り囲む男たちを見上げた。とにかく何とか切り抜けねば。

「選ぶって……そんなこと」

首を傾げ、ちょっとだけ微笑んで見せる。さりげなく滲ませた媚は『妖艶』と男たちに評され、これで落とした相手もこの中にはいる。だからちょっとは効くだろうと思ったのだが。

「……貴様ぁっ、笑って誤魔化せると思っているのかぁ!!」

『もののあはれ』を一切解さないイザークに襟元へ掴みかかられ、背中が壁に押し付けられた。
民俗学が趣味のクセに、文化的な理解が全然無い。源氏物語の一帖でも読めば、多少は融通が効くようになる筈なのに。きっと統計学としての民俗学にしか興味が無いせいだ。無骨者め。

「ヤダ、イザーク……いたいよ」

無骨者対策にうっすら涙を浮かべて眉を顰めてみる。
単純バカには即物的な態度しか通じないのが辛いところだ。ディアッカは何度も瞬きを繰り返し、睫に涙を絡ませた。

「ディアッカ。ウソ泣きならバレてるぞ」

伊達に年は取ってない、ということか。それとも、華麗なる恋愛遍歴の中で散々ウソ泣きを見てきたせいか。フラガがひょいと肩を竦めた。全く余計なことをしてくれるオッサンだ。

「ウソ泣きだなんて……信じてくれないの?」
「信じてやりたいのは山々なんだがねぇ」
「ヘタな芝居は時間の無駄だと思うが」
「往生際が悪いよ」

バルトフェルド、クルーゼ、ノイマン、大人三人に言下に否定された。
大人なら少しくらい「かわいいウソには騙されてあげよう」というキモチは無いのか。10歳近く年下の子供を追い詰めて何が楽しいのか。大人気ないったら。
ディアッカは俯いて表情を隠し、ちっと舌打ちをした。

……しょうがない。
ディアッカは左手で前髪をかき上げ、つんと顎を上げた。

「もうそんなに怒んないでよ。大したことじゃないでしょ」

最終兵器「開き直り」だ。

「ディアッカ! 貴様ぁ、その言い草は何だっ!」

予想通りイザークがいきり立って、足を踏み鳴らしている。さすがプリンス・オブ・単細胞。
ディアッカは怒り心頭のイザークを、ちらりと横目で一瞥し、自分を取り囲む男たちを睥睨した。

「どうして? 怒られる筋合い無いと思うけど。少なくとも、ソコにいるオッサン二人にはさ」

フラガとバルトフェルドに人差し指を突きつけた。このオッサン二人は、それぞれちゃんとした女性の恋人がいながら、自分に手を出してきたのだ。自分たちが堂々と二股をかけておいて、こちらにだけ誠実さを求めてくるのは理不尽だろう。

「それを言われると辛いんだけどさぁ。女ではマリューが一番なんだけど、男じゃおまえが一番なんだよねぇ」
「少なくとも僕は君をアイシャと比べて無碍な扱いをした覚えは無いが。不満だったか?」
「別に。不満は無いよ。ただ、それならそれで俺を非難しないでよ、ってだけ。俺もアンタたちのことはちゃんと好きなんだもん」

二股を悪い、とは思わない。しょうがないことだと思うし、それを堂々と態度に出せるのは正直で男らしい、とすら思う。何たってディアッカは「好きなものは全部手に入れたい派」だ。フラガとバルトフェルドの気持ちはよくわかる。
だからこそ自分のこの気持ちもフラガとバルトフェルドにはわかるだろう、と思う。
さらりと言い放つディアッカに、フラガとバルトフェルドがやれやれとばかりに顔を見合わせた。

「しょうがないなぁ」
「やむを得まい」

さすが「好きなものは全部手に入れたい派」。理解が早くて助かるね。
にまり、とディアッカは口端を上げ、くるりとクルーゼとノイマンに向き直った。次はこの二人。
二人並んで苛立たしげに腕を組み、ディアッカに冷たい視線を注ぐクルーゼとノイマンに、ディアッカは両手を伸ばした。

「ねぇ、想像してみて。もしもだよ、もし、俺がマジメで一途で思い込んだらまっしぐらってタイプだったら、アンタたちの興味を引いたかな?」

間違いなく歯牙にも引っ掛けないね。自他共に認める「複雑な性格」の人種は、単純明快な人間を「つまらない」と思うものだもの。それに。

「モテナイ子はキライでしょ?」

両目を眇め、ディアッカは指先でクルーゼとノイマンの頬に触れた。

「確かに。だが、上手に遊べない子も好きではない」
「隠し通すことが出来ないなら遊ぶな、とは思うよ。バレたのは君の未熟さが原因だしね」

ごもっとも。反論の余地もない。
しかし……言わせてもらうなら、たった17歳でそこまで出来たら怖いんじゃないだろうか。
だが、今ここでそんなことを言えば、火に油を注ぐようなもの。
ディアッカは神妙さを装い、こくりと頷いた。

「うん。ごめんなさい」

何とか上手く乗り切った。ディアッカは内心ほくそえみ、これからはもっと上手に立ち回ろう、と決意を新たにしていたまさにその時。

「……何をやっている」

地の底を這うような低音が、如何にも不機嫌だ、とばかりに響いた。

「あ、と……イザーク?」

居たのか。てっきり怒り狂って飛び出して行った、と思ったのに。というか、是非とも飛び出していてほしかった。

正論が服を着て歩いているようなイザークには、フラガたちに使った手は使えない。あれは相手がこっちを子供だと思って一歩引いた精神的な余裕があり、尚且つ相手にこっちを理解できるだけの下地があったからこそ有効だったのだ。
「心の余裕」という言葉はイザークから最も遠い位置にある。平常時でもそうなのに、怒り心頭の今のイザークに余裕なんて有る筈がない。
「浮気」とか「二股」なんて、イザークにとって「不誠実」でしかないだろう。
どうしよう……

「あのね。イザーク、落ち着いて。ね?」
「さっきから黙って見ていれば、どういう茶番だ! 一体何を考えているんだっ」
「だから、あの、そんなに怒んないでよ。イザークと俺との関係は、ソレだけじゃないでしょ?」
「どういうことだっ?」

俺にとってのイザークは、親友で戦友で、とにかく大切な唯一の存在だ。モノの弾みでイザークともそういう関係になってしまったけれど。

「イザークは、俺にとって特別だもの。誰とも比べられないよ」

ぱしぱしと睫をはためかせ、瞳を潤ませる。わざとらしい、と嘲笑うなら嘲笑え。イザークには言葉よりも態度でちゃんと示さないと伝わらないのだ。

「ディアッカ……!」

がっちり抱き締められ、耳元でイザークが名前を呼ぶ。吐息と声の甘さに、イザークの怒りが霧散したことがわかる。
……グゥレイトォ。この修羅場を見事に舌先三寸で乗り切った自分を自分で褒めてやりたい。
自画自賛な感動と、イザークの腕の熱さに、ほけほけ感動に浸りきり、抱き締められるままに抱き締め返していたら。

「へぇ……特別、ねぇ……俺に言った『ずっと一緒にいたい』ってのは何だったのかなぁ」
「僕には『アンタに甘えてる時が一番寛げる』って言ってたな」
「ほぉ。私には『壊れるまで抱いてほしい』とカワイイことを言っていたのだがな」
「そうなんだ。俺には『ノイマンさんに優しくされると、泣きたいくらいに幸せ』とか言ってたよね」

ちょっと待て。なんちゅーことを言いやがるっ! いや、そう言ったのは事実だし、ウソではないけれど、今ここで言わなくてもいいじゃないか。大人なら空気を読んでくれ!

「ディアッカ……貴様……」

折角ご機嫌が治ったイザークから、また最凶ブリザードが吹き上げてきた。

「あの、あのね、イザーク。えと、まずは落ち着いて。ね?」

あたふたと取り繕うディアッカを横目に、フラガたち4人がニヤリと口元を歪めた。

「おにーさんたちにも、まだまだ子供なトコロがあるんだよ。わかった?」
「これくらいの修羅場は見事切り抜けてこそディアッカだろ?」

完全に面白がっている。というか、もしかして、やっぱり怒ってたんだろうか?

「ではディアッカ。また後でな」
「犯り殺されることはないと思うけど、まぁガンバレ」

って、どういうこと? 言うだけ言って退場していく4人の背中を見送り首を捻っていると、イザークにがしっと手首を捕まれた。

「貴様には、身に染みるほど言い聞かせなければならんようだな」

つかまれた手首を引っ張られ、床に引き倒された。さすがアカデミーで万年二位。体術の応用もバッチリだ。って、そういうことじゃなくって!

「あの、イザーク。何を?」
「俺のことを特別、と言うならば、その俺の『特別』なところを実地で再体験してもらおう」

って、何ーっ?!

「いや、そんな体験しなくても充分わかってるからっ! ほんとに心から嫌って言うほど理解してるしっ」
「そうか? では更なる理解のために、復習してもらおうか」

そんな最凶ブリザードが吹き荒れてる中でそんなこと言っても怖いだけだからっ。

「で、でも、俺、勤務中だしっ」

ずりずりとイザークの下から這い出し、ディアッカは再度の説得を試みた。

「関係無い。大体、煽ったのは貴様だ」

煽ってないしっ。煽ったヤツがいるとしたら、それは自分ではなく、あのオッサンたちだ。

「観念しろ」
「イヤだーッ!」

ディアッカの絶叫が暗い宇宙に轟いた。





END