「疲れた……」
連続15時間に及ぶバスターのOS整備。その間、ディスプレイを見続けていたせいか、目を閉じても瞼の裏に文字列が流れていく。
ディアッカはよろよろしながらやっとの思いで部屋にたどりついた。
パスワードを何度も押し間違えながら、なんとか電子ロックを開錠した時、背後に人の気配を感じた。振り返る間も無く、後ろから突き飛ばされ、部屋へと押しやられた。
腰を抱き寄せられ、唇を塞がれる。
「んっ……フラガ、さん?…」
重ねられた唇の熱さに誰かを知り、ディアッカは男の首に腕を回した。キスが深くなった時、違和感に気づいたディアッカはフラガの身体を押し退け、後ずさった。
「おいおい、せっかく来たのに冷たいねぇ」
おどけたように手を広げて立つフラガへ見せつけるように、ディアッカは袖で唇を拭った。
「……あんたの唇、口紅付いてるよ。それに、香水?コロン?甘ったるい匂いも」
ディアッカの指摘に、フラガが親指で自分の唇を軽く拭った。指先に写った赤い色を苦笑交じりに見つめている。
「相手、艦長さん?」
「……ま、ね」
フラガの悪びれない態度にイライラする。
だが、ちらちらと横目で様子を覗ってくるあたりに、フラガにも少しは後ろめたい気持ちはあることが見え隠れして多少溜飲は下がるものの、やはりイライラする。
「せめて、そういう痕跡は消しといてよね。っていうか、艦長さんとそういうことしてたんだったら、今日は俺のとこに来なくてもよかったんじゃないの?」
「何故?それとこれとは別でしょ?」
「何故って真顔で言うあんたが、訳わかんないんだけど」
「わかんない?何故?俺がディアッカのこと好きだってこともわかんない?」
とろけそうな優しい笑みを浮かべてフラガがディアッカに両腕を伸ばしてくる。
いつもならその表情に誤魔化されてしまうけれど、ディアッカはその両腕を避けると更に一歩さがった。
「あんた、俺のこと丸め込もうとしてるだろ。ちゃんと説明してくんなきゃ、触らせてやんない」
顔を強張らせて頑なに自分を拒むディアッカに、フラガがこれ見よがしにため息を付く。
それでも態度を崩さないディアッカに、ようやく諦めたのか、ぽつぽつとフラガが説明を始めた。
「だからさ…うちの艦長は女な訳よ。性別上ってよりも、性格がとことん女って意味ね。誰かに頼りたい、誰かに支えてほしい、守ってほしい、自分だけじゃ何も決められない----そういう傾向が強いのは見てても分かるだろ?!」
確かに優しい人だけど決断力や指導力に欠けるところがある、とは日ごろディアッカも考えていただけに、とりあえずフラガの意見に素直に肯いた。
「でさ、バジルール少尉が居なくなったせいか、その性格がここに来て顕著になってきてさ…誰かが彼女のお守り役をしなきゃなんないの。そうしないと、この艦が右往左往しちゃうでしょ、優柔不断な艦長の指示のせいで。で、俺がちょっとご機嫌伺いをしてきた訳だ」
「…更に訳わかんないんだけど。それが何だって訳?大体そこで何であんたな訳?他にも適任者はいるだろ?ノイマンさんとか、トノムラさんとか。マードックさんだっていいじゃない」
「んー、ここんとこは女心の話になっちゃうんだけど…つまりはさー、『誰でもいいから頼りたい』とは思ってないんだよね、彼女は。頼りたい相手、っていうのがちゃんと決まってて、その相手に支えてほしい、守ってほしい訳よ。そこに俺がご指名されてたみたいなんで、いろいろ相手とかしてたらそういう雰囲気になっちゃって……気がつかないフリして逃げる訳にもいかないし、まぁ礼儀としてキスくらいしとこかな、と…」
「へぇ、礼儀としてキス?……って、ちょっと、何すんのさ?!」
避けつづけた両腕に腰を引き寄せられ、抱き上げられた。フラガの肩に担ぎ上げられ、ディアッカは手足をばたつかせて抵抗した。
「言葉で説明するより、行動で説明した方がよくわかるでしょ?!俺の身体に聞いたら?」
フラガはディアッカを担ぎ上げたまま大股に部屋を横切り、ベッドの上にディアッカを降ろした。にやけた笑みを浮かべて、ディアッカに圧し掛かってくる。
慣れた手つきで服を脱がしていくフラガを、ディアッカは上目遣いでねめつけた。
「あんたって、サイテー」
「健気な俺は、かわいいディアッカに嫌われたくなくて、一生懸命なんだけどねぇ」
健気、という言葉にはほど遠い、傲慢にさえ見える笑みを湛えた唇が近寄ってくる。
「バカ言ってろ」
ディアッカは口の端を上げるだけの笑みを返すと、フラガの軍服に手を掛けボタンを外していった。
「もう、あんたサイテー。もし今から戦闘が始まったらどうすんの?俺、出撃なんかできないよ」
ディアッカはうつぶせに枕を抱え、乱れた息を押し殺しながらフラガを詰った。詰る口調には甘い響きが残っている。
快感の余韻にディアッカの両脚は痙攣を起こしたように細かに震えていた。
「最高の誉め言葉だねぇ」
ディアッカの非難をにやけた笑みで受け流し、フラガはディアッカの身体の線を指でなぞっている。ディアッカの肌はうっすらと汗ばみ、褐色の肌合いに妖しい光沢を放っていた。
その色艶に誘われるかのように、フラガはディアッカのうなじに唇を寄せ、背骨に沿って舌先を伝わせた。
「俺の身体を張った説明にはご満足いただけた、ってことだよね」
「んっ……少なくとも、今日は艦長さんとヤってないってことは、ね……」
フラガの舌先が触れる微妙な感触に、ディアッカの息が上がってくる。
触れられた箇所が、熱い。
喘ぎが洩れないよう、ディアッカは枕の端を掴んで堪えた。
「ねぇ……艦長さんが、あんたとこういうことしたい、って言ったら…どうすんの…?」
「さぁねぇ。適当に誤魔化してくるんじゃないの?」
フラガを意識して日に日に濃くなるマリューの口紅と香水の香りは、まさにディアッカの言うとおりであったけれど。そう遠くないうちに、それなりの態度を示さなければいけなくなるのだろう。愛してはいなくても、そうしなければこの艦の行く末が望めないのであれば、止むを得ないことだと考えていた。ただ、それをあえてディアッカに告げる必要はない。自分の考えなど、この賢い少年には全部お見通しだろうが。
「……ウソつき」
「妬ける?」
「まさか」
ただ、本来なら自分と過ごす筈の時間が、あの女に奪われるのが腹立たしいだけ。
フラガが囁く偽りの愛の言葉を真に受けて、有頂天になる女がいることが苛つくだけ。
「ねぇ、俺があんたの代わりに艦長さんとヤってもいい?あのひと、柔らかそうで抱き心地よさそうだもん」
「お子様には大人の女を満足させるのは無理でしょ」
「そう思う?」
抱え込んだ枕から少しだけ顔を覗かせ、ディアッカはフラガを見上げた。
媚びを含んだ上目遣いに、紫の瞳がアメジストに輝きを湛えている。 思わせぶりな視線に、フラガはこれ見よがしにため息をついた。
「……そう思えないのが辛いとこでね」
フラガはディアッカの身体を反転させると、その両腕を開かせ手首をシーツに縫いとめた。
「なに?まだ、するの?」
自分に圧し掛かるフラガを、ディアッカは気だるげに見上げた。自分がフラガの目にどう映っているかわかった上で、ディアッカはフラガを誘う。
「まったく大したお子様だよ、おまえは」
フラガはディアッカの誘いのままに、その首筋を吸いあげた。マリューを意識したあからさまな誘いだとわかってはいても、その蠱惑的な姿態にフラガは逆らうことはできなくて。
「悪魔みたいな奴だな、ほんと」
「あんたみたいな悪党に言われたくないね」
共犯者の笑みを浮かべると、どちらからともなく手を差し伸べ、唇を重ねた。
「愛してるよ」
「ん…俺も……」
本当は例えフラガが他の誰を抱こうが気にならない。もし、フラガが他の女を抱くのであれば、その女たち以上に煽ってやる。その女たちとの睦言も笑い話にしてやる。 ディアッカはひっそりと笑う。
「愛してる…」
ディアッカはフラガの背に腕を回すと、艶やかな声でフラガに囁いた。
END