Top >> Gallery(to menu)

Girls Bravo!


戦艦アークエンジェルのブリーフィング・ルームが「艦長命令」の一言で有無を言わさず封鎖されたのは、「嵐の前の静けさ」を感じさせるような、じめっと生ぬるい空気が漂う或る日のことだった。

「KEEP OUT」と書かれた黄色のテープが何本も交差し、立ち入りを禁じられた通路奥のドアには「重要会議中!」と書かれたA4の紙がぺたりと貼られていたが、そんなモノが無くても誰も近寄ることなどないだろう。「何人たりとも邪魔するモノは許さん!」とピリピリした迫力が完璧に人を遠ざけている。その迫力のすさまじさは、常人に精神的致命傷を与えかねない妖気と言ってもいい程だ。
「一体どんな重要な会議が開かれているのか?」と誰もが興味津々でありながら、生まれながらのシックス・センスで無闇に首を突っ込む危険を回避していた。
で、実際にどういう会議が開かれているかと言えば。




「今日お集まり頂いたのは他でも無いわ。私たちにとって、由々しき事態が起こっているの」

アークエンジェルの「癒し系美人(自称)」艦長、マリュー・ラミアスが柳眉を寄せ、重々しい口調で切り出した。

「貴女たちもわかっていると思うけど、私たちの幸福を妨げる最大の敵が現れたわ」

ここで一旦言葉を切り、マリューは眼の前に並ぶ4人の顔を見渡した。全員が沈痛な面持ちで頷いているのを確認し、マリューは壁面に埋め込まれた大型スクリーンに一人の少年の顔写真を映し出した。

ディアッカ・エルスマン。

ザフトのエースパイロットだったが、故あってアークエンジェルと行動を共にするようになったMSパイロットだ。
秀でた額、アメジストのような瞳、陽光を集めたような金髪。すらりと伸びた手足には逞しさよりも、瑞々しい若さが溢れ、古代イギリス文学に登場する若き騎士とでも言った風情だが、艶やかな琥珀色の肌が絶妙の不調和を醸し出している。
こういう事態を引き起こした張本人でさえなければ、「2〜3年後が楽しみだわ」とお姉様な気持ちで見守れたものを。マリューは憎々しげに写真を睨み付けた。

「こんな……小僧っ子一人に、私たちの幸せを邪魔されるなんて……許していいのッ?」
「いいえ、許せませんッ!」

バーンっとデスクを両手で叩き絶叫するマリューに呼応して、列席者から雄叫びが上がる。

「一人一人では出来ることも限られているわ。でもね、ここは共通の目的もあることだし、一致団結、協力して敵を排除するべきだと思うの。賛成して頂けるわね?!」

当然ここでも賛同の意を得られるもの、と笑顔で列席者を見回す。が、皆一様に眉を顰め、顔を見合わせている。

「どうしたの? 賛成して頂けないのかしら?」

頬を引き攣らせ、作り笑顔を浮かべるマリューに、「知性派美女(同じく自称)」な副艦長ナタル・バジルールが発言の許可を求め、ぴっと手を挙げた。

「なぁに? ナタル」
「艦長の説はもっともだと思います。しかし、協力して何をしようと言うのです? 闇討ちでもするのですか?」
「バカね! そんなことしてムゥにバレたら、元も子もないじゃない! あなたもノイマンに知られたくはないでしょ?」
「当たり前ですッ!」
「だから、よ。バレないように。いいえ、バレても問題が無いような、そういう方法を皆で考えるのよ」

ディアッカがアークエンジェルに来るまで、ムゥ・ラ・フラガはマリュー・ラミアスの恋人で、アーノルド・ノイマンはナタル・バジルールの崇拝者だった。
それが、だ。ディアッカが来て以来、フラガはマリューのことなど忘れたようにディアッカの元へ日参し、甘い言葉を囁き続けており、ノイマンは「ナタル? 誰それ?」と言わんばかりに、あれやこれやとディアッカの世話を焼き、優しい保護者と化している。
昨日までの甘い恋人が、誠実な崇拝者が、揃いも揃ってたった一人の少年に心奪われ、自分たちを放り出してしまったのだ。
女のプライドはズタズタのボロボロ。最早立ち直り不可能か、と誰もが思った。
だが、そう簡単に引く訳には行かない。これはタダの色恋沙汰ではないのだ。

フラガが子供の頃に亡くなった、フラガの実父アリダ・フラガは北米有数の資産家だった。その一人息子であるフラガは、当然その資産を全て相続している。噂によると、わざわざ働か無くても親子三代一生遊んで暮らせるだけの財産があるらしい。
つまり、フラガとの結婚は、完璧な玉の輿で、シンデレラ・ストーリーなのだ。
強欲では無いけれど、贅沢な生活ができるのであれば、贅沢をしたいと思うのが人情で。当然マリューもそうだった。
フラガと結婚し、軍を辞め、日ごとパーティーだ、エステだ、ショッピングだ、チャリティーだ、とセレブな生活を送るのが、マリュー・ラミアスの目下最大の望みである。
そのためには、ディアッカには是非とも退場していただかなければならない。

そしてナタル。性格がちょっとキツイばかりに、知性溢れる美人に生まれながら、今までの人生、あまり男運は良くなかった。皆が男友達にエスコートされて出席するパーティにも、ナタルは一人で出席するのが常だった。
誰も誘ってくれなかった訳ではない。男性からの誘いが無かっただけで、女性からのお誘いは誰よりも多かった。ちなみにバレンタイン・デーに渡されたチョコレートの数は、ここ数年ぶっちぎりの一位だ。もちろん贈り主は女性である。
そんなナタルにとって、ノイマンの崇拝に近い思慕の念は、生まれて初めてのくすぐったい経験で、これから先、ノイマンのような奇特な男性と出会う機会は二度と無いかもしれないと思うと、限りなく大切に思えた。
ナタルとて普通の女性。愛しい男性との幸せな結婚生活を夢見ることだってある。
つまり、ディアッカにこれ以上うろちょろされるのは、ナタルにとって非常に困ることなのだ。

「わかりました。全面的に協力させて頂きます!」
「ナタルなら、きっとわかってくれると思ったわ」

マリューとナタルはがっちりと手を握り合った。女たちは今初めてわかりあったのである。

「でね、ナタル。何か良い方法は無いかしら?」

戦術面では決して相容れない、気が合うどころか真っ向反対の二人であるが、マリューはナタルの判断力を信頼していた。どんな状況においても常に目的への最短距離を探り当てる本能には感嘆すら覚えている。調子に乗られると困るので、今までも、そしてこれからも決して口にすることは無いが。

「貴女ならきっと良いアイディアを思いつくと思うんだけど」
「む……」

ナタルは暫し顎に手を当て考え込んだ。やがてはたと手を打ち、ナタルは尊大に胸元で腕を組んだ。

「わかりました。簡単なことです」
「何? どうすればいいのっ?!」
「エルスマンをZAFTに返せばよいのです」

どうだ、っとばかりにナタルは胸を張った。
確かに経緯はどうあれ、身分的にはディアッカは捕虜だ。しかも見かけによらずZAFTのトップガン、ザフトレッドであり、更に父親はプラント評議会議員ときている。返す、と言えば、ZAFTは諸手を上げてディアッカを受け入れることだろう。
あらゆるところに筋を通し、且つ自分たちの目的も達成できる。これ以上無いくらいに良策である。
しかし。

「ソレ、ダメね。ワタシ、許サナイ」

舌足らずなキャンディボイスがおっとりと反論してきた。

「アノ子がイナクナッテ、ヤットあんでぃ元ニ戻ッタノニ、今更カエサレテモ困ルわ」

アイシャだ。「砂漠の虎」の異名を持つZAFTの英雄アンドリュー・バルトフェルドの愛人にして、射撃の天才。女性的な因子を徹底的に追求するとこういう女性が出来るのか、と思えるような如何にも女性的な女性である。
バルトフェルドの愛情を一身に受け、砂漠の街バナディーヤの女王として君臨していたのに、ディアッカが地球に落ちて来て以来、バルトフェルドの愛情は8割減。若い愛人にダンナを取られた結婚10年目の主婦の気分を味合わされていた。
ディアッカがAAに投降した、と聞いた時には、周囲の目も憚らず祝杯を上げてしまった程だ。
その日から「もう二度と戻って来るな」と神への祈りも欠かしたことが無い。
一旦手に入れた女王の玉座は、そうそう簡単に他人に渡せるようなものではないのだ。

「ソレに一度保護シタノに返スノは無責任」
「無責任って……元々そっちの子じゃないの! その責任はどうするつもり?」
「そうです! こっちは巻き添えを食らってるようなものなんですから、ZAFTで引き取るのが筋でしょう!」
「アイシャ、ソンナコト知ラナイ」

マリューとナタルの非難をアイシャはしれっと受け流す。筋だとか責任だとか、難しいことはどうでもいい。アイシャにとって、ディアッカがZAFTに戻って来ないこと、ただそれだけが重要なのだから。

「ヘンピンキカンハ、オワッテル」
「そうですよねぇ。返す気があったんだったら、もっと早くに返してくれればよかったのに、今更言われても遅いですよ」

唐突に上がったアイシャへの援護発言に、マリューとナタルはむっとしながら声のする方角を振り返った。
そこには赤服を纏った見慣れない少女がいた。後ろでゆるく一つに結んだ長い髪とまっすぐに切りそろえられた前髪に、その少女の几帳面な性格が見えて取れる。

「えっと、貴女は?」
「……シホ・ハネンフースです」

本編での登場は少ないが、MSVでは稀少な女性パイロットとして大活躍のシホには、アカデミー在席時からイザーク・ジュールに憧れ、涙ぐましい努力の末、戦争末期にやっとジュール隊に配属されたという経緯がある。

「今になってそんなこと言うくらいだったら、最初っからディアッカさんを捕虜にしなければ良かったのに。遅すぎです!」
「しかし、ああ見えてもエルスマンもZAFTレッドの一員だ。帰還するとなれば、そちらも助かるのではないのか?」
「だったらもっと早くに返してくれればよかったんです!」

ナタルの指摘にシホが噛み付く。鬼気迫る迫力に、鉄の女ナタルも一瞬たじろいだ。

「イザーク隊長は、ディアッカさんがいなくなってから目に見えて元気がなくなって……私たちの前では毅然とした態度を崩されることはありませんが、一人になるとひっそり溜め息を付いたり、悲しげに表情を曇らせたり。もう見てるだけで辛くって……」

胸元で両手を組み合わせ、自分の世界に酔ったかのようにシホは延々とイザークについて語り始めた。きらきらと輝く瞳は、既に別世界の住人のものだ。
止めなければいつまでたっても止まらないような気がする。マリューはシホが息継ぎのために言葉を切った瞬間、勢い込んで言葉を差し挟んだ。

「そ、それなら、ディアッカが戻れば、そのイザークとかいう人物も元気を取り戻すのではなくて?」
「だからっ、今は未だ早すぎるんですぅっ!」

まったくわかんないオバサンねっ、とシホがマリューに牙を向いた。
いきなりのオバサン呼ばわりに、何ですってぇ、と拳を振り上げたマリューをナタルが羽交い絞めで押しとどめる。日頃温厚で通っているマリューも、さすがに妙齢の女性だけあって「オバサン」の呼称には敏感だ。

「申し訳ないのだが、もう少し詳しく説明してくれないか?」

しょうがないわね、とシホは両手を腰に当て、ふんっと鼻息も荒く説明を始めた。

「イザーク隊長はとってもステキなんです! その隊長が毎日ディアッカさんを想って表情を曇らせて溜め息を付いてるんですよ?」
「いや、だからエルスマンがZAFTに戻れば……」
「だからディアッカさんがZAFTに戻ってきたら、その哀愁漂うイザーク隊長の姿がもう見られなくなっちゃうじゃないですかぁっ!!」

悩めるイザークは、まるで一枚の絵のようなのだ。表情を曇らせ、溜め息をつき、時にはうっすらと涙まで浮かべている姿は、フランドル派絵画の美女よりも美しい。
イザークには元気になってほしいとは思うけれど、元気になってしまうと、悲壮なまでに美しいイザークの姿は見られなくなってしまう。つまり究極の選択なのだ。

「いずれ返してはほしいですけど、今はダメです! 写真だってあんまり撮ってないんですもの。隊長は意外と警戒心が強くって、隠し撮りも大変なんですから。悲しげなイザーク隊長って、ほんとにステキなんですよぉ!」

萌えなんですぅ、叫ぶシホを横目に、ナタルはこっそり溜め息をついた。どう考えても、マリューは召還する人物を間違ってしまったような気がする。

「もう、じゃあどうすればいいのよっ! 結論が出ないじゃないのっ!」

マリューが髪を掻き毟り絶叫する。実は結構切羽詰っているようだ。

「ジャ、ドコカテキトウなトコロでステレバ?」
「ダメよ! だってウチにはキラがいるもの。あの子、何でも拾ってくるんだから!」
「捨てても拾ってこられては、何故捨てたのか原因を追究されます!」
「っていうか、そうそう上手い方法なんて無いですよ。オバサン達もそろそろ諦めて……」
「誰がオバサンよっ!」
「大体貴様もZAFTのトップガンだというのなら、バスターの一機くらいさっさと撃墜してしまえばいいものを、いつまでもグズグズグズグズとっ!」
「そんなことしたらイザーク隊長に嫌われるじゃないですかぁ! 大体カレシを男に取られるってこと自体、不甲斐ないっていうか自業自得よ!」
「なぁんですってぇ! それを言うなら、そこのカタコトお色気女だって同じでしょ!」
「アイシャ、アンタタチとはイッショにサレタクナイ」
「うるさぁい!」

既に収拾不可能。一触即発。掴み合いのケンカまであと5秒。

会議は踊る、されど進まず。





END