「ただいま」
忙しくも退屈な一日を終え、ノイマンがやっと家に帰り着いた時、家の中は煌びやかな光に満ちていた。
溜め息を押し殺し、ぐるりと見回してみれば、リビングは服、服、服。
鮮やかな色柄の洋服が何枚も、ソファーやテーブルだけでなく、床いっぱいに一枚一枚丁寧に広げられていた。
「また、買ってもらったの?」
疑問形にはしてみたものの、ほぼ間違いないだろう。ディアッカがこれだけの買い物をするのに、自分の財布を使う訳がない。
ノイマンは床から服を拾い上げながら、リビング中央、色彩鮮やかな布波の真ん中で仰臥するディアッカのもとへと近付いた。ディアッカの傍らに腰を下ろし、その額にかかる金糸を指で梳く。
「今日は誰に?」
「アンディ」
上目遣いでディアッカが微笑む。たっぷりのミルクを飲んだ子猫のように満足げだ。
「すごいカッコイイでしょ? 春の新作ばっかりだよ。どれも俺に似合うと思わない?」
「似合うよ。だからバルトフェルドも買ってくれたんだろ?」
「そうだね」
けらけらと笑いながらディアッカが布波の間を転げまわる。鮮やかな色彩がディアッカに纏いつき、また離れていった。
「でも」
ノイマンはディアッカの手を取り、色彩の波から引き上げた。
「いくら洋服が良くても、アクセサリーが無いと貧相だよね。貧乏人が無理して洋服だけ高価なものを買った、って感じでさ」
ゆっくり口角を上げ、ノイマンは無感動な笑み作る。詰る訳でもなく、嫉む訳でもなく、ただ淡々と事実だけを指摘する教師のような感情の無い笑顔だ。
「それは今度フラガさんに買ってもらう予定」
ディアッカはノイマンの首に両腕を回し、耳元にそっと唇を寄せた。
「ねぇ、どういうのがいいかな。何を買ってもらおうかな」
くすくす笑い、ディアッカはノイマンを床に押し倒した。首にかじりつき、脚を絡め、身体全体でノイマンに抱きつく。
「楽しみだよね。ほんと楽しい」
北米有数の資産家であった実父の遺産を引き継いだフラガ。地球駐留中に巨万の富を蓄えたバルトフェルド。
ディアッカの欲しがる物など、彼らにとってはポケットの中の小銭で買える程度のものであろう。
「相変わらず、抜け目が無いな」
「あたりまえでしょ。買ってもらった分は身体で返さなきゃいけないんだもん。最小の見返りで最大の効果を引き出さなきゃね」
「ディアッカは賢いなぁ」
ノイマンは胸元に頬を寄せるディアッカの頭を撫でた。誰よりもずる賢くて、抜け目のない、悪魔のように狡猾な少年。唯一無二の希少種だ。
「じゃあ、賢いディアッカに僕からも御褒美を上げよう」
ジャケットのポケットから小さな木箱を取り出し、ノイマンはディアッカに手渡した。
「何、これ?」
木箱の中は紅色のビロードで覆われ、20センチほどの円筒が収められていた。側面の渋茶の皮革は唐草の型押が施されている。所々金色が光るのは、作られた当時は金箔が貼られていたのかもしれない。
いずれにしろ、製作者が丹念に作り上げた逸品であることは、外観からだけでも容易にわかる。
「中を覗いてごらん」
「……うわぁ」
「アンティークの万華鏡だよ。中には宝石の粒やクリスタルが入ってる。おもちゃと違ってキレイだろ?」
「うん!」
薄緑色のペリドット。水色のアクアマリン。紅色のルビー。
小さな宝石は円筒の中でくるくると動き、美しい幾何学模様を描いている。
「すごいキレイ。これどうしたの? 買ったの?」
「ナタル・バジルールにもらった」
「へぇ」
気の無い返事を返し、ディアッカは万華鏡をくるくると回し、夢中で覗いている。
「ナタルさんの真心が篭ったプレゼントってヤツ? きっとノイマンさんのこと、誠実で優しいヒト、とか思ってるんだよ。かわいそうだよね」
かわいそう、と言いながら、ディアッカは誇らしげに顎を突き出した。口元には嘲るような笑みが浮かび、ここにはいないナタルへの対抗心が垣間見えている。
「あっちが勝手に思い込んでるだけだから。今日だって、コレをくれるって言うからわざわざ出向かなきゃいけなかったんだし。めんどくさいったらないよね」
「ナタルさん、ホントかわいそー。アンタ、鬼だね」
ディアッカがけらけらと笑う。残酷で無慈悲で、それでいて楽しげな笑い声だ。
「関係ないね」
バルトフェルドもフラガもナタルも、ただの彩り。万華鏡の中の色片のようなもの。
「ねぇ、ディアッカ。明日は何をして遊ぼうか」
END