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霧の中


連合軍のオーブ攻撃を契機に、ディアッカはAAの一員となった。
ザフトのパイロットスーツで出撃するディアッカに不快感を露にするクルーもいるかと思ったが、予想外に誰もそれを咎めもせず、卓抜したパイロット能力とMSの知識で、日々クルーの信頼を得ているようだった。そのせいか、最近ディアッカが笑っている光景を見かけることが多くなってきた。
それがフラガにはとても気に入らなかった。

シフト交代の時間も過ぎ、居住区に人の出入りが無くなった頃、いつものようにフラガはディアッカの部屋へ足を向けた。
インターホンで呼び出し、ドアを開けさせると、中は予想外の明るい喧騒に満ちていた。
「あーっ!フラガ少佐!!少佐もディアッカのところに遊びに来たんですか?」
「いいですよね、個室って。俺たちなんて4人部屋ですよー。ドアもないし、プライバシーもなんにもない」
矢継ぎ早に話しかけてきたのは、ヘリオポリスからキラと一緒に乗り込んできた志願兵の少年少女たち。
「お前たち、なんでここにいるんだ?お前達の居住区はここじゃないだろう?!」
「ディアッカが個室をもらってるって聞いたんで、見学がてら遊びにきたんですぅ」
少女がフラガの問いにニコニコと笑って答えた。
「いいでしょ、これくらい。別に見られてマズイものがある訳じゃないんだし」
ディアッカが苦笑交じりにとりなしてくる。優しげな口調に、ディアッカが彼らの訪問を嫌がっていないことがわかる。
気に入らない。
フラガは内心の不快感を抑えて少年たちへ向き直り、いつもの「飄々とした笑顔」の仮面をつけて少年たちを諌めた。
「ハイハイ、別に怒るつもりはないよ。でもここは士官用の居住区なんだ。君たちが自由に出入りしていい場所じゃない。だから、他の誰かに見つからないうちに、早く戻った方がいい」
「えーっ!でもディアッカが、いいって言ったのにー。それにディアッカだって連合軍の士官じゃ無いのに、ここにいるじゃないですかー」
少女が頬を膨らませて反論してくる。
その甘えた口調に苛つかされる。
「ディアッカはMSのパイロットだ。パイロットが士官待遇なのは知っているだろう!?お前たちとは違う!!」
豹変した、と言ってもいいような、唐突なフラガの厳しい口調に、少年たちが水を打ったように静かになる。
「わかったら、とっとと戻れ!二度と勝手にこのエリアに入ってくるんじゃない!」
いつも優しくて、未熟な自分達の兄貴分的存在だったフラガの怒声に、少年たちは「信じられない」といった様子で顔を見合わせている。
「少佐……俺たち、ただディアッカのところに遊びに来ただけで…」
「言い訳をするな!聞こえなかったのか?!さっさと出て行け!」
フラガの怒りが本物だとやっと気付いたのか、少年たちがためらいがちに謝罪の言葉を口にしながら部屋を出て行く。
涙ぐんでいる少女の姿にはフラガも多少の罪悪感を覚えたが、彼らの若さからくる図々しさ、馴れ馴れしさが今は許せなかった。

「………いくらなんでもアレはないんじゃないの?!別にアンタや他の士官の部屋にまで入れろとか言ったんじゃないのに」
腕を組んで壁にもたれかかり成り行きを見守っていたディアッカが、ぽつりと呟いた。
「おまえがあいつらをここまで連れてきたのか?」
「いや……いきなり来た」
「なら、今後俺以外の誰もこの部屋に入れるな」
「何だよ、それ……」
フラガの勝手な言い草に、ディアッカが眉をしかめる。
ディアッカは彼らが部屋まで来てくれたことが嬉しかったのだ。
元捕虜で、異邦人だった自分を、仲間として受け入れてくれたように思えたから。たわいの無い彼らとの会話は、イザークたちザフトに残っている友人たちを思い出させてもくれた。
「いいじゃない、部屋に入れるくらい」
言い終えたとたん、フラガの平手がディアッカの左頬に飛んだ。
ディアッカは呆然とフラガを見つめ、叩かれた頬に手を伸ばした。じんじんとした痛みと共に頬の熱さが伝わってくる。
「……まだわかっていないようだな」
フラガはディアッカの襟を取り、壁に身体を押し付けた。ディアッカの視線を捕らえ、自分の目の奥に光る怒りを見せ付けた。
ディアッカに近づく全ての者が、そして彼等が近づいてくることを認めるディアッカが許せなかった。
「お前は俺のモノだ。お前に関わることでお前に決定権があるものなんて何も無い。すべては俺が決める」
怒りにギラついたフラガの目が、ディアッカの反論を封じる。
言いたいことは山ほどあった。ただ、言っても聞き入れてもらえない、と思うと、言葉が消えていく。
押し退けようとフラガの手首を掴んでいた手を離し、ディアッカはするずると壁伝いに床へ座り込んだ。
自分のモノだ、と言いながら、何ひとつ自分の気持ちを理解してくれないことが辛かった。
わかってもらえるように言葉を伝えられない自分が悲しかった。
「……なんでだよ。なんでこんなことまで……」
ディアッカは、泣きたい気持ちを堪えるように膝を抱えて顔を伏せた。
「ディアッカ……」
ディアッカが顔を伏せたまま、聞きたくないとばかりに頭を振る。
「……ディアッカ」
すぐ近くにいる筈なのに、すべてが遠かった。




END