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ほんとうにありそうな怖い話



昔、昔。ちょっとだけ昔のお話です。

星の瞬く空の下、PLANTという小さいけれど豊かな国に、アスラン、イザーク、ニコル、ディアッカという4人の男の子が住んでいました。
4人は幼い頃から本当の兄弟のように、毎日仲良く学校に通い、楽しく一緒に遊んでいました。
やがて、学校の卒業を間近に控えた冬のある日、4人の父親が子供たちに言いました。

「おまえたちも、もう大人だ。社会勉強に、4人だけで旅に出てみてはどうだろうか?」

これまで旅行といえば、誰か大人に連れていってもらうばかり。4人だけでどこかに出かけるなんて初めてのことです。
ちょっぴり不安もありましたが、4人が一緒なら怖いことなどありません。
4人は互いの顔を見合わせ、同時に大きく頷きました。

「わかりました。僕たち、旅に出ます」



どうせなら4人が暮らす首都から遠く離れた場所が良いだろう、と4人の父親が決めた行き先は、PLANTの辺境にある小さな街。冬には毎日冷たい雪が降る、寒い、寒い氷の国でした。

「常夏のビーチの方がまだマシでしたよね、ほんとに」

エアポートから一歩足を踏み出した途端、白い毛皮の襟巻きが付いたコートの前を掛け合わせ、ニコルが唇を尖らせました。
寒い、暑い、が大嫌いなニコルにとって、氷の国は一番行きたくない場所のひとつです。
父親から行き先を告げられた時、にっこりと頷いて見せたものの、内心がっくり肩を落とし、口にするのも恐ろしい悪態をついていたことは、4人以外の誰も知らない秘密です。

「うるさいっ! 南国に行けば行ったで、蒸し暑いだの何だの文句言うクセに、勝手なことをほざくな!」

シルバーグレイの毛皮の帽子を被ったイザークが、重そうなバッグを振り回しています。
雪国育ちのイザークは暑い場所が苦手なので、氷の国が行き先と聞いて一番喜んでいたのですが、予想以上の寒さに少しばかり不機嫌なようです。
確かに、ほんの数秒で体温の全てを奪いつくすような氷点下の外気は、行き先を決めた4人の親たちもきっと想像すらしていなかったことでしょう。

「ニコルもイザークも、こんなところでケンカしなくてもいいだろう。落ち着けよ」

二人のケンカを止めるのはアスランの役目です。今にも掴み合いを始めそうな二人を、ムートンの手袋をした両手で引き離しました。
アスランも、この寒さには相当参っているようです。色を失った唇が「いい加減にしてくれ」という心の叫びを伝えてきます。

「そうそう。もうすぐ日も暮れるし、さっさとホテルにチェックインしちゃった方がいいんじゃない? 少なくとも、ホテルの中はココより暖かいと思うし」

カシミアのマフラーで顔を半分以上覆い、寒さに奥歯をガチガチと鳴らしながらディアッカが言いました。お調子者のディアッカにしては、珍しく現実的な意見です。

「そうですね。いつまでもこんなところにいたって、寒さが解消される訳じゃないですし」
「建設的な意見だ」

睨み合いを止めたニコルとイザークが、うんうんと何度も頷いています。

「予約してあるホテルは街の中心部にある。タクシーで行こう」

タクシー乗り場をアスランが指差します。
4人はバッグを抱え、急ぎ足でタクシー乗り場へと向かいました。



言い忘れましたが4人はPLANTでも屈指の名家の生まれです。いわゆる「お金持ちのお坊ちゃま」と呼ばれる人たちです。
4人にとっては普通のことも、庶民にとっては普通ではありません。それくらいお金持ちです。
そんな「お坊ちゃま」が「お坊ちゃま」たちだけで出かける訳ですから、やはり何もかも庶民とは桁が違います。
「かわいい子には旅をさせろ」の精神で子供たちに旅に出るよう勧めた父親たちですが、かわいい子供たちが自分たちの目の届かないところで危ない目に合っては大変です。
予めシャトルはファーストクラスが、泊まる場所は町一番のホテルのスイートルームが父親たちの手で手配されていました。

「スイートという割には狭いな。うちのアウグスティヌスの寝室でも、この部屋より広い」

アウグスティヌスとはイザークの飼い猫です。ブルーグレイの毛並みが美しい、飼い主そっくりな気位の高い猫には、イザークの屋敷で専用の寝室と、専用の書斎、そして専用のメイドが付いています。
猫が専用の書斎で何をするのかというところは、あまり追求してはいけません。それだけイザークがアウグスティヌスを可愛がっている証拠なのです。

「でも、ベッドルームは2つあるし、バスにはジャグジーが付いてるし、まあまあじゃないですか? 田舎ホテルにしては頑張ってる方だと思いますよ」

取り成しているようでニコルも大概言いたい放題です。田舎ホテルと言っても、町一番のホテルです。しかもスイートルームです。庶民には一生かかっても見ることすらできないような一流の調度品が揃っています。世間一般の一流品が二流にしか見えない生活を当たり前におくっている4人が常識外なのです。

「少しくらい不便なのはしょうがないだろう。これも社会勉強だ」

常識的に見えてやはり非常識なアスランが、バッグの奥から取り出した分厚いセーターを頭から被りました。着膨れしていますが、気にする様子はありません。

「それよりもさっさと食事をしに行こう。さっきフロントの人が言っていただろう」
「そうでしたね」
「ほんと、なんで今日なんだよ」

ついさっきフロントで言われたことを思い出し、ニコルが忌々しげに眉を顰め、ディアッカがガックリと肩を落としました。
今夜このホテルでは電源設備の点検が行われ、夜10時を過ぎると全館停電になるのです。
ボイラーから客室に供給される暖房が止まることはありませんが、電気を動力源とするものは停電と同時に全て止まってしまいます。テレビも、ライトも、そしてエレベーターも。
そして4人が泊まるスイートルームはホテルの最上階。しかもホテルは150階建てです。

「僕は150階まで階段で上がるなんてイヤですからね」
「俺だってそうだよ」

イヤなのはニコルだけではありません。誰だって150階分の階段を歩いて登るのはイヤです。

「イヤなら10時までに食事を済ませて帰ってくればいい」

やはり着膨れたコートの上にマフラーを巻き、イザークが言いました。出かける準備万端のようです。
ニコルとディアッカは黙ってバッグからセーターを取り出し、のろのろと出かける準備を始めました。



「だからイヤだって言ったじゃないですかぁっ!」

真っ暗なホテルのロビーにニコルの怒声が響きます。

「あぁっ? 悪いのは俺か? 俺だけか? オマエだって同罪だろうがぁっ!」

負けずにイザークが怒鳴り返します。

「落ち着けよ、二人とも」

アスランが不機嫌も露に二人を取り成します。

「怒ったってしょうがないだろ。今更どうしようもないんだから」

ディアッカがやれやれとばかりに肩を竦めました。
田舎だ何だと馬鹿にしていたものの、初めて訪れた氷の国は思いのほか楽しく、4人は珍しい郷土料理に舌鼓を打ち、楽しいひと時を過ごしました。
まだ時間もあるから、と言い出したのは誰だったのか。食事を終えてレストランを出た4人は、初めて目にする夜の街の喧騒を楽しんでいました。
気が付いたのは教会が夜の鐘を鳴らした時。時計の針は既に10時を大きく過ぎていました。
急いでホテルに戻ってきたものの、ホテルの中は真っ暗。フロントにも誰もいません。運良く鍵はフロントに預けずに持って出たのでよいのですが、やはり予告されたとおり電気は全て止まっています。エレベータも動いていません。
途端に襲ってきた疲労と睡魔にニコルが怒りを爆発させ、最初の遣り取りになったのです。

「とにかく明日の朝までエレベータは動かない。だったらココで朝まで待てばいいだろう」

ロビーのソファに身体を沈め、疲れたようにアスランが呟きます。
確かにどれだけ怒ってもエレベータが動くことはありません。しぶしぶ他の3人も、思い思いの場所に腰を下ろしました。

「……何だか寒くなってきたような気がするんですけど」

暫くして、ニコルがぶるりと身体を震わせ小さく呟きました。

「やっぱりそう思う? 気のせいかと思ってたけど、やっぱり寒いよね」

ディアッカがゆっくりと頭を振って賛同の意を示しました。

「どうやらロビーの暖房は止まっているようだな」

寒そうに両腕で自分を抱き締め、アスランがきょろきょろとあたりを見回しました。

「こんな時間にロビーに人がいるなんて誰も思わなかったんだろうな」

言っている間にもどんどん寒さが増してきます。冷たい空気がじんわりと4人の上に圧し掛かってきました。

「これでは外にいるのと変わらん! 俺は部屋に戻る!」

一番寒さに慣れている筈のイザークが、椅子を蹴って立ち上がりました。
紫色の唇と、多少縺れた語尾に、イザークの限界が見え隠れしています。

「僕も行きます! こんなところで凍死するなんて、冗談じゃありません!」

ちょっと大げさですが、そう言いたくなる気持ちはわかります。
賛同の意を込めて、アスランとディアッカは黙ってソファから立ち上がり、唯一点いている非常灯を頼りに4人揃って階段へと向かいました。

登り始めた最初の頃は4人も元気でした。
暗いロビーで寒さに耐えていたことを思えば、埃っぽい階段も気になりません。なによりも歩き始めたことで身体が温まり、無口だった4人も徐々に口数が増え、時折笑い声を上げながら階段を一歩一歩上がっていました。
ですが、踊り場に貼られている階数表示のパネルに書かれた数字が大きくなるにつれ、4人の口数が減っていきます。
そして、数字が3桁に差し掛かった頃、4人はとうとう踊り場に座り込んでしまいました。

「誰だ階段を使おうなんて言い出したのは」
「……アナタですよ。他に誰がいるんですか」

ニコルの嫌味にも精彩がありません。相当疲れているようです。
膝を抱え、じっと座っていると、汗ばんだシャツが冷え、身体の芯から凍えてきました。
眠くて、疲れて、寒くて。歩き続けたせいか、足も棒のようです。4人は何だか悲しくなってきました。
あの時、誰かが寄り道せずに帰ろうと言っていたら。そうじゃなくても、途中で誰かが時計を見てさえいれば。今更言ってもどうにもならないことはわかっていますが、そう思わずにはいられない気持ちになってきます。
後悔にぐっと涙が浮かんだのを堪え、まずアスランが膝の間に埋めていた顔を上げました。

「きっと黙って登っていたのが悪いんだと思う。黙っているから、気分が段々と滅入ってくるんだ」

もっともな意見に、3人はうんうんと頷きました。

「だから、これからは誰かが必ず話しをするようにしたら気が紛れていいんじゃないかな」
「誰が何を話せばいいんだ?」
 
アスランの提案にイザークが項垂れています。
イザークは口数は多いのですが、お喋りは得意ではないのです。

「10階登る毎に一人ずつ怖い話をする、っていうのはどうでしょうか? イザークも民俗学が趣味ならいろんな地方の伝説や伝承に詳しいでしょうし、大丈夫じゃないでしょうか?」

ニコルの提案にイザークが安心したように表情を緩めました。さり気ない言葉の棘も 気にならないようです。
これで反対する者はいません。疲れた身体を鼓舞し、4人はよいしょと立ち上がりました。

「じゃ僕から行きますね」

まずニコルが東欧の小国で実在したという「串刺し公」という二つ名を持つ王の伝説を語り始めました。ニコルの迫真の演技は3人を引き付け、おかげであっと言う間に10階分を登りきることができました。
これなら残り30階分も何とか出来そうです。
ニコルの次にアスランが一度履くと死ぬまで踊り続けねばならない赤い靴の伝説を、次にイザークが雪山に迷いこんだ旅人から生命を吸い取る雪女という東洋の怪談を。
ニコルのような迫真に迫った語り口調ではありませんでしたが、淡々と語る分、不気味な恐怖感を煽ります。
そして最後にディアッカの番です。ディアッカが話し終われば150階。部屋に到着です。
暖かいベッドが、すぐそこで待っています。
アスラン、ニコル、イザークの3人が期待に満ちた顔でディアッカを見詰めました。

「俺の話は本当に怖いよ。背筋が凍るっていうよりも、全身の力が抜けるっていう感じかな」

にやりとディアッカが口端を上げました。
これまでの話も充分怖かったのに、それ以上だなんて、一体どんな話なんでしょう。

「覚悟はいい?」

3人はごくりと息を飲みました。


「俺、1階のロビーに部屋の鍵、忘れてきたみたい」





END

出典:ネットで見かけたコピペ