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無敵の王子様


ふらふらとフラガが散歩がてらに艦内を漂っていると、どこからか人が争っているかのような喧騒が聞こえてきた。
狭い艦の中に長い間閉じ込められていると、いくら軍事訓練でストレス耐性を身に着けているとはいっても、苛々が募ってくるのもやむを得ないことで。些細なキッカケで殴り合いのケンカに発展することも少なくない。
それも一種のストレス解消になっている以上、むやみやたらに止めることもない、とは思うのだが、やはり知らぬフリをして通り過ぎることもできず、フラガは喧騒の源を探して通路を進んでいった。



「だからっ、図々しいンだよ!コーディネーターのクセによぉ!」
「てめぇ俺たちの仲間を何人殺したと思ってんだ!どの面さげて「仲間」だなんて言えんだよ!ふざけんじゃねぇ!」

下士官らしき数名が一人を取り囲んで罵声を浴びせている。そこへ更に下士官たちを煽る者、止めようと必死で宥める者が取り囲んでいた。
中心に誰がいるのか覗き込んで見ると、バスターのパイロットである少年、ディアッカがいた。
唇には冷笑を湛え、眼差しは侮蔑に満ち、傲慢とも言える態度で腕組みをして立っている。その不遜な態度が更に相手の怒りを掻き立てているのをわかっているのか、いないのか、孤立無援な状況で全くたいしたものだと思う。

「おまえ、俺たちをバカにしてんのかよっ!どうにか言ったらどうなんだっ!!」
「……あんた達が勝手に喋り捲って、俺に喋らせなかったんだろうが」
「んだとー?!」
「殺した、殺したって何度もうるせぇよ。てめぇらだって、どれだけコーディネーターを殺したと思ってんだよ。自分達だけ被害者ぶってんじゃねぇよ」
「ッ…こ、のぉっ!!」

怒りに任せて殴りかかってきた相手を、ひょいとやり過ごし、更に勢い余ってよろけたところに足を引っ掛けた。下士官が無様に床に転がる様を、ディアッカは鼻で笑い、その背を足で踏みつけた。

「個人的な恨みつらみで行動して、てめぇらそれでも軍人? あんたらが自分達の仲間を殺されて悲しんでるのと同じように、俺らも俺らの仲間を殺されて悲しいんだよ。でもさ、俺たちゃ戦争やってんだよ!!」
「戦争だからって、簡単に割り切れるかよ。コーディネーターってのは遺伝子操作している間に、そういう人間らしい感情を無くしたのかねっ!」

踏み付けられた屈辱に顔を真っ赤にして、下士官が更にディアッカを罵る。その根性は見上げたものだと思うが、ディアッカの表情と態度が傲慢なだけに、どこかみすぼらしい印象が拭えない。
これが「格の違い」というものだろうか。

「ったく、どこまでバカなんだか。感情に流されてやってたら、そりゃ戦争にすらならねぇだろうが!それともなぁに? あんたたち、戦争じゃなくて『虐殺』とか『殺戮』とか、そういうことをしたかった訳?」

戦争にあっては、大儀のために個人の感情を封印すべき。
それは「戦争」の渦中にある者として絶対に守らなければならないことではあったけれど、逆に一番難しいことでもある。もしそれがいつも遵守されているようならば、第二次、第三次の戦争など起こる筈もないのだから。

「この、ガキッ!ちょっとフラガ少佐に気に入られてるからって、いい気になってんじゃねぇぞ!」

いきなり自分の名前が出てきたことに驚きつつ、しかしこれを機に止めに入るべきか、とも思ったが、ディアッカがこの場をどう決着付けるか見届けたい誘惑には勝てず、フラガはもう暫くだけこの場を見守ることにした。

「どうやって少佐に取り入ったんだか……そのキレイな顔と身体でも使ったのか? コーディネーターはいろんなところを人工的に操作してるんだもんな。男をタラシ込むくらいなんでもないってかぁ?」

下士官の悔し紛れの下卑たセリフに、情けなくて溜息が出る。この男はコーディネーターであるディアッカを貶めようとして、フラガのことを中傷していることになってしまったことを理解しているのだろうか。
流石にこれはもう止めなければ、とフラガが一歩踏み出した時、ディアッカがだんと足音も荒く、床を踏み鳴らした。

「それが、どうした? 男をタラシ込む顔も身体も持ってない奴らに言われても、単なる悔し紛れとしか思えないんだけどねぇ。それともなぁに? 俺、誉められてんの? まぁねぇ、使える顔も身体も無いてめぇらには不可能なことだし」
「コイ、ツ…バカにしやがってっ!! 捕虜だったクセに、何様のつもりだ!」

オリジナリティの無い捨て台詞を鼻先で切り捨て、ディアッカが傲慢な笑みを浮かべて下士官たちを一瞥した。紫瞳は怒りで煌き、ディアッカを凶悪な美しさで彩っている。

「ディアッカ・エルスマン様だよっ! わかったら臭い口でそれ以上喋んじゃねぇ!」

キレのいい啖呵に圧倒されたように静まり返った一堂を、ディアッカは鼻先であしらい悠然とその場を後にした。その優雅な後姿には陽炎のように不機嫌のオーラが立ち昇っており、貴公子然とした堂々とした態度とは裏腹に、ディアッカがこの一連の茶番劇に相当怒っていることが見て取れる。
大人ぶってはいても、未だ子供ということか。少年らしい直情さが微笑ましい、と思った。
何だか楽しくなれそうな予感がする。フラガはいそいそとディアッカの後を追った。

「ディーアッカー」
「何だよ?何か用?」
背後から覆いかぶさるように抱きついてきたフラガの手を、鬱陶しそうにディアッカは払い退けた。フラガが来たからといって足を止めることも、歩調を緩めることもない。
「冷たいなぁ。もうちょっと愛想良くしてくれたっていいじゃない」
「あぁん?! あんた、脳みそ腐ってんの? 愛想が欲しいんだったら、他をあたれ」
「だって俺はディアッカにタラシ込まれてるんだろ? だからディアッカがいい」
同意を求めるようににっこり笑顔を浮かべるフラガに、ディアッカは呆れたような視線を向けた。これみよがしに溜息をつき、顔を伏せる。そのままフラガに向き直り、ついと顔を上げた。
小さく首を傾げ、満面の笑顔を浮かべている。無垢なその微笑にフラガが見惚れていると、ディアッカの薄い唇が細く開いた。

「ボケた顔してんじゃねーよ。ばぁーか」

ふふんと勝ち誇って立ち去るディアッカを呆然と見送り、フラガは掌を額に当て空を仰いだ。

「ほんとに、かわいいんだか、かわいくないんだか。まぁ興味を引かれるタイプではあるんだよねぇ」




                                           


みゃおさんからイメージイラストを頂きました。画像サイズが大き目なのでコチラからどうぞ。別ウィンドが開きます。