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プレゼントの選び方


最初に準備したのはバラの花束だった。
微かに紫が混じった濃いピンクの小ぶりなバラは、贈り物にするには多少華やかさに欠ける点はあったが、なにしろ品種名が「パープルプリンス」だったから。
素直に喜んでくれるだろうか。それとも、キザだな、と照れ隠しに一言吐き捨てて、真っ赤な顔をしながら小さな声で感謝を伝えてくれるだろうか。
花束を渡した時の反応を色々想像しながらフラガはディアッカの部屋を訪ねた。
片手で抱える程に大きな花束を背中に隠し、インターフォンに指を伸ばした時、見計らったようなタイミングでドアが開いた。

「スマン。前方不注意だった」
「いや、こっちもボーっとしてて……って、何でこんなとこにいんの?」

中から出て来たのはアンドリュー・バルトフェルドだった。

「今の時期にディアッカを訪ねる理由なんて一つしかあるまい。プレゼントを届けに来た」

にやりと思わせぶりな笑みを唇に浮かべ、バルトフェルドがドアの奥を顎で示した。その先にあったのは、幾本ものササユリの花。それが青磁の花瓶に活けられていた。

「美しいだろう。ディアッカに似合うだろうと思ってね」

確かにバルトフェルドの言うとおり、それは美しかった。
青磁は沈んだ緑灰色の釉薬がしっとりとした光沢を放ち、花瓶の柔らかな曲線を包んでいる。活けられたササユリも、華やかさこそ無いものの野に咲く花の力強さと気高さに咲き誇っている。
凛とした美しさがあった。
好んで軽薄な態度を取っているせいで誤解されがちだが、信念を貫く芯の強さを持つディアッカに相応しい美しさだと思った。

「俺、帰るわ……」

薄桃のササユリの花弁の前で、バラの花が妙にくすんで見えた。





次に選んだのはケーキだった。
有名パティスリーの限定品で、ミリアリアが持っていた雑誌に特大写真で紹介されていたものだ。季節のフルーツで飾られたケーキは見るからに美味しそうだ。甘いものが大好きなディアッカも、きっとこれなら気に入ってくれるだろう、と思った。
いそいそと出かけたディアッカの部屋の前で、ノイマンに会った。片手に桜柄の風呂敷包みを抱えている。

「不思議なところで会いますね」
「そういうオマエこそ、何でこんなトコにいんの?」

きっと同じ理由だろうな、とは思ったものの、とりあえず聞いてみた。

「プレゼントを持ってきたんですよ。見てみますか?」

風呂敷の中には小さな桐の箱が収まっていた。箱を結わく朱房の紐を解いて蓋を開けた中には、色彩々の干菓子が並んでいた。桜やスミレ、蓮華といった春の花々や小川のせせらぎが、菓子に形を変えて息づいている。
季節の移ろいを重視し、味覚だけでなく、視覚、臭覚をも計算しつくして作られる菓子文化の集大成がそこにあった。
秀逸だった。

「フラガさんもプレゼントを持って来たんでしょう?」

柔らかく微笑むノイマンから視線を外し、フラガはゆるく首を振った。

「んー、今日はやめとくわ」
「どうしたんですか?」
「いや、なんとなく」

雑誌に載っていたから、というだけの理由で選んだ自分が、とても安っぽい人間に思えた。





最後にフラガが足を向けたのは、品揃えが豊富なことで有名な書店だった。
はっきりとした目的があったわけではない。何かヒントでも得られれば、と思った程度である。
ぶらぶらと書棚の間を歩いていたら、突然背後から肩を叩かれた。

「珍しいな、こんな場所に」

ハードカバーの薄い本を片手に、クルーゼが立っていた。

「ま、たまにはね。そういうオマエこそ。読書が趣味だなんて初耳だけど」
「私のものではない。ディアッカへの贈り物だ」

差し出された本を受け取り、ぱらぱらとページを捲って見る。

「写真集?」

『Vento(風)』とタイトルの書かれたその写真集は、全てのページに風が映し出されていた。
気持ち良さ気に目を閉じヒゲを揺らすネコや、舞い散る藤の花が、優しい空気の流れを伝えてくる。

「オマエ、結構趣味いいな。もっとごてごてした成金くさいモンを選ぶと思ってたのに」
「私を何だと…… まぁいい。贈る相手が彼だからな。何を贈るにしても気を遣う」

溜息交じりに零した言葉に、クルーゼが如何に悩んでこの写真集を選んだかが窺い知れる。

「いいんじゃないの? アイツ、こういうの好きそうだし」
「ならばいいのだが…… そういうオマエは何を贈るんだ?」

それが決まらないから、未だにこんなところをふらふらしているのだ。






はぁっと深く溜息を付き、意を決してフラガがインターホンを押すと、待ち構えたようにドアは開かれた。

「そろそろ来る頃だと思ってたよ」

ディアッカに出迎えられ、案内された室内には、バルトフェルドが贈ったササユリの花が飾られ、テーブルにはノイマンの送った和菓子が漆塗りの小鉢に盛られ、ソファーの上には読んでいる途中とばかりにクルーゼの贈った写真集がページを開いて置かれていた。
どうやらどれもこれもディアッカのお気に召したらしい。羨ましさと妬ましさと、己の情けなさに、ついがっくりと肩が落ちてしまう。

「あのね、ディアッカ……」
「なぁに? っと、ねぇ、夕食まだでしょ? ピザでいい? さっきデリで買って来たの」

干菓子の小鉢を脇に避け、ディアッカはピザの入った箱をテーブルの上に広げた。ついでに缶ビールとコーラのボトルを冷蔵庫から出し、ピザの横に並べた。

「アンタ、ビールでいいんでしょ? それと、俺、今日は見たい映画があるんだけど、見てもいいよね?」

疑問系で聞いているのにフラガの返事を待たず、てきぱきとディアッカはDVDをセットし、さっさと再生のボタンを押した。ソファに戻り写真集をマガジンラックに立てると、ここに座れとディアッカがぽんぽんと自分の隣を叩き、にっこりとフラガに微笑みかけた。

「この映画、中々DVD化されなくってさぁ、半分諦めてたんだよね」

ピザのピースをもごもごと頬張り、伸びたチーズの糸をディアッカが指で切った。コーラのボトルを空け、ぐびぐびとピザを流し込んで行く。
いつも以上にいつもどおりのディアッカだ。
しかし、ディアッカにとって特別な日だというのに、あまりにも日常的すぎるディアッカの姿にフラガは鼻の奥が熱くなった。

「ごめんね、ディアッカ」

気の利いたプレゼントが選べないのならば、せめてどこかに食事に行くとかできた筈なのに、そんなことすら思いつかなかった自分の愚かさが悲しかった。

「アンタ、何で謝ってんの?」

コーラのボトルを手にしたまま、ディアッカが眉を寄せ首を傾げている。

「だって折角の日なのに、俺、オマエにいつものデリのピザなんか食べさせてる。折角の日なのに、俺、何も持って来てない」

ほんとにどうしてこんなに気が利かないんだろう。自己嫌悪が次から次へと押し寄せてくる。
項垂れていると、ぴんっとディアッカに鼻の頭を指で弾かれた。

「アンタがバカなのは知ってたけど…… 救いようがないな、全く」

やっぱり呆れられたか、とフラガがぎゅっと唇を噛み締めていたら、ふわりと頬に金糸が触れた。ディアッカがクッションを抱えたまま、フラガの肩に頭を乗せている。

「俺、アンタに何か買って来い、なんて行ってないでしょ。欲しいものがあれば、ちゃんと言ってるし、言わなかったってことは、今は欲しいものが無いんだってことくらいわかってよね」
「でも、今日は特別でしょ? 誕生日なんだから」
「だーかーら、今日は一緒に映画見ようよ。ウマいピザと冷えたビールとコーラがあって、見たかった映画をアンタと見られて、これ以上、俺は何を望めばいいの? 誕生日としては出来すぎなくらいだと思うんだけど」

すっとディアッカの両腕が腰に回り、ぎゅっと抱きついてくる。

「アンタが俺のために色々と考えてくれたのは知ってる。そのことは嬉しいと思ってる。でもモノをもらうために今日が誕生日だって教えたんじゃないから」

有能な上官の下には無能な部下が付き、無能な上官の下には有能な部下が付く、とよく言われるが、どうやらそれは上官と部下には限らないらしい。
鈍感でバカな男には、優しくて出来た恋人が付くようだ。
当たり前のように微笑んでくるディアッカが、自分の恋人として隣にいる幸運をフラガは深く胸に刻んだ。

「誕生日おめでとう。ディアッカ」
「どーも」

はにかんだように呟くディアッカを、フラガはぎゅっと抱き締め返した。
この優しい存在を世界に、そして自分のすぐ傍に送り出してくれた神の存在に、今日くらいは感謝してもいいかもしれない。


END