頭上から降り注ぐ温かいシャワーの飛沫を、ディアッカは目を閉じて全身に受け止めた。
退屈な捕虜の生活には楽しみなんて限られたもので、就寝前のシャワーとかその程度。
それでも捕虜という立場を考えれば、シャワー付きの個室は恵まれているとは思うけれど、自分がここに閉じ込められている理由を考えると、果たして本当に幸運と言えるのかは微妙な所で。
鏡に映る自分の身体には、赤い痕が転々と散らばっている。あの男が残す所有の印。
拘禁室からこの部屋に移されて以来、その印がディアッカの身体から消えることはなかったから……
自分に選択権の無い状況に思いを巡らせても意味がない。
思考を振り払うように軽く頭を振ると、コックを捻りシャワーを止め、バスローブを羽織りディアッカは室内へ戻った。
「来てたの…」
室内には、シャワーブースに行く前にはいなかった怜悧な青い瞳の男が、缶ビールを片手にベッドに腰掛けていた。
この部屋を訪れる者たちの中で、室内にまで入り込んでくるのはこの男だけ。
ディアッカは気付かれないよう小さくため息をつくと、サイドテーブルに置かれたミネラルウォーターのボトルを手に取った。
「何の用?」
聞かなくても目的なんてわかっていたけれど、今日こそは違う目的なのかもしれない、と微かな期待を込めてディアッカは男に---フラガに問いかけた。
フラガはディアッカの問いに片眉を上げると、サイドテーブルに飲み干したビールの缶を置いた。
「来いよ」
ディアッカが逆らう筈も無い、と確信しているような命令口調に、またディアッカの口からため息が洩れる。
ボトルをテーブルに置きフラガに近付くと、フラガの腕が腰に回される。そのまま抱き寄せられると、膝の上に跨らされ、バスローブが肩から落された。
「ふ……ぅ、ん……」
フラガの唇が胸に触れ、音をたてて吸い上げていく。口腔に乳首を含まれ、舌で突付かれる。じわりと広がるむず痒いような感覚に、ディアッカの吐息が段々と熱を帯びていった。
背中を撫でていたフラガの片手はディアッカの半分脱がされたバスローブの裾を割り、勃ち上がりかけたディアッカ自身を握りこんでいる。
「あ……ん…」
「段々感じやすくなってんじゃないの、おまえ……。いーけどね、俺としてはそっちのほうが楽しいから」
バスローブを床に落され、フラガの身体に巻き込まれた。きつく抱きしめられ、唇が重なってくる。歯列を割ってフラガの舌が口腔に侵入しディアッカの下を絡め取っていく。口内の粘膜を犯されるように舐め上げられる。
奪われるような激しいキスにディアッカが陶然となっていると、ふいに自分を抱きしめていた腕が離れ身体が軽くなった。
うっすらと目を開けると、視界の端にフラガが軍服を脱いでいるのが見えた。
逞しい大人の男の身体。全身に無駄なく付いた筋肉は、戦場で鍛え上げられた力強さの象徴。ディアッカが「いつかそうなりたい」と望んでいた理想形。
「何?見惚れてんの?」
フラガがニヤニヤとディアッカに問いかける。
「自惚れてんじゃねーよ」
確かに見惚れてはいたけれど、それはフラガが揶揄するような理由では勿論なくて。しかしそれを説明して、この男をいい気分にさせてやる必要も無い。
「そんな可愛くないことばっかり言ってると、お仕置きしたくなっちゃうんだけどなぁ。まぁ、素直じゃないところも可愛いんだけどね」
フラガの身体が圧し掛かり、二人分の重さにベッドが沈み込んだ。
首筋に落ちてきたフラガの唇が、首筋から鎖骨へと徐々に下がり、胸元へと辿っていくのは、行為の開始を告げるいつもの手順。
身体を這い回るフラガの舌と指の動きを意識の外に追い遣って、ディアッカは両腕をシーツに投げ出し、ぼんやりと天井を見つめた。
(やっぱり、またか……)
わかってはいたけれど、偽りの睦言すら無い欲望を満たすだけのフラガの訪問は、今の自分が男の性欲を満たすだけの存在だと思い知らされる。
捕虜であることの惨めさは投降を決めた時に覚悟していたつもりだったけれど、この行為の惨めさは想像以上にいつもディアッカを打ちのめしていた。
同性愛者でもない自分が、「捕虜」というだけで男に抱かれなければいけない屈辱。
フラガに気付かれないよう、ディアッカは今日三度目のため息をついた。
「まだまだ余裕って訳?それとも気分が乗らない?」
ベッドへ組み敷いた途端に反応を見せなくなったディアッカに、フラガは身体を起こし、焦れたように舌打ちをする。
「別にいいだろ。大人しくしてるんだから、勝手にヤればいい……」
ディアッカは顔を背けて呟いた。
ディアッカが抵えば、フラガは力でその抵抗を嬉々として封じてくる。そして「お仕置き」と称して、ディアッカを延々と喘がせ、自分から縋ってくるまで弄られる。
それは行為が終わった後も、忌まわしい記憶となってディアッカを後々まで苦しめていた。
ディアッカには、せめてその恥辱の度合いが小さくて済むよう、「行為を受け入れる」という選択肢しか残されていなかった。
「全く可愛くないね………いいけどね、どうせすぐに我慢できなくなるんだから」
フラガは、その怜悧な瞳を眇めると、ゆっくりと身体を重ねていった。