傷つけて(推理小説 STシリーズ:赤城×青山)
青山翔が忽然と姿を消したのは、2週間前のことだった。
青山は警視庁科学特捜班、通称STの文書鑑定担当で、優秀な心理学者でもありプロファイリングを得意としている。
これまでSTが解決してきた難事件において、青山が果たした役割は大きい。STの頭脳と言ってもいいだろう。
だが、彼を評する時、その卓越した頭脳と同時に、もうひとつ、いや二つ、特筆すべき項目がある。
類稀な美貌と秩序恐怖症だ。
青山は恐ろしいほど端正な美貌の持ち主で、その容貌は女であれ、男であれ、見惚れずにはいられない。青山を見ていると、美しさは時として力となりうるのだと実感する。
しかし、その美貌と裏腹に、青山の周囲は雑然としている。オフィスのデスクに積み上げられている書類は、ひとつとして同じ角度に置かれてはいない。乱雑かつ無造作に積み上げられている。整理整頓された、つまり秩序だって整えられた環境は、青山にはひどく落ち着かないのだそうだ。
本人に言わせると、それもこれも全て行き過ぎた潔癖症ゆえ、ということらしいが。
おそろしく美しく、気まぐれな猫のような男。それが青山という男だ。
その青山が、2週間前、誰に何も告げず、姿を消した。
気まぐれな性格ゆえの失踪だろう、と当初は思われた。
しかし、日頃の青山を知る誰もが、それはありえない、と断言した。自分勝手なようで、青山はとても規律正しい一面を持っている。その証拠に、これまで青山は無断欠勤や遅刻は一度も無い。決まり文句のように「もう帰っていい?」と言うものの、来いと言われればとりあえずやってくる。すっぽかしはしない。
その青山が何の連絡も無く出勤してこないのであれば、必ずそこには理由がある筈だ。それがSTのメンバー全員の見解だった。
だとすると、残る可能性は「誘拐」だ。
青山は優秀なプロファイラーだ。これまでSTが手がけた過去の事件において、青山のプロファイリングが事件を解明へと導いたケースは少なくない。
ならば、これまで逮捕された犯人の中に、青山を逆恨みしている人物がいるかもしれない。その人物が、復讐のために青山を誘拐したのかもしれない、と考えたのだ。
しかし、STは歴史の浅い組織だ。それ故に、STが解決した事件も、公判中であったり、犯人が刑務所に収監中であったりと、これといった容疑者は浮かんでこない。
まさに八方塞りだった。
散らかったデスクが主不在のまま、時間だけが過ぎていった。
静まり返ったオフィスに軽快な電子音が鳴り響いた。STの係長、百合根友久の携帯電話だ。
「警部殿か?」
電話の向こうから疲れた男の声が聞こえた。捜査一課の菊川吾郎警部補だ。菊川は、捜査権を持たないSTと捜査班との橋渡し役でもある。この2週間、菊川も青山の行方探しに奔走していた。
その菊川がわざわざ携帯に電話をしてきたとあれば、理由はひとつしかない。
「見付かったんですかっ?」
百合根は勢い込んで電話を握り締めた。
「見付かったといえば、見付かったんだが……」
菊川が言葉を濁している。歯切れの悪さに、百合根は身構えた。
「何か……悪い知らせですか?」
「そうじゃない…… いや、そうかもしれん…… ところで、STに医者が一人いたな?」
百合根は携帯電話を握り締めたまま、斜め前のデスクをこっそり盗み見た。
STの法医学担当である赤城左門だ。額に落ちた髪を物憂げに掻き揚げ、ぱらぱらとファイルを捲っている。うっすらと無精ひげが伸びているが、不思議なことに不潔な印象はない。返って男の色気を感じさせる。
赤城は医師免許を持つ立派な医師だが、対人恐怖症だったために臨床医を諦め法医学の道に進んだという変り種だ。対人恐怖症は何とか克服したものの、今でも女性恐怖症だけが残っているらしい。
「赤城ですね。専門は法医学ですが」
「今すぐ一緒に京和大学病院へ来てくれないか」
「病院、ですか? 一体どうして?」
「理由は後で説明する。電話じゃ全部説明するのは難しい…… とにかく来てほしい。他のメンバーは連れて来るな」
それだけ言うと、菊川は一方的に電話を切ってしまった。
「何かあったのか?」
赤木が百合根に尋ねた。自分の名前が出たこともあって、気になるのだろう。
「よくわからないんですけど……」
百合根はおどおどと周囲を見回した。
赤城だけではない。STのメンバー全員が、食い入るように百合根を見詰めていた。青山が見付かったのかと、期待に顔が輝いている。
「菊川さんからなんですが…… 僕と赤城さんの二人で京和大学病院に来てくれ、と」
「何故、俺なんだ? 俺は死体専門だ。まさか、青山が死体で見付かったのかっ?」
ざわっとオフィスがざわめいた。いつも沈着冷静な赤城すら動揺している。
百合根は慌てて、ちがうちがうと手を振った。
「違いますよ! もしそうなら、菊川さんもはっきり言うでしょう」
「確かに……そうなんだが」
赤木が沈痛に顔を歪めている。男臭い仕草に、百合根は思わず顔を背けた。
「とりあえず行きましょう。菊川さんから説明を受けないことには、どうしようもないですし」
「……そうだな。ここで勝手に想像を巡らせていても意味が無い」
言うが早いか、赤城がさっさとオフィスを出て行った。決断すると行動も早い。
百合根は車のキーを取ると、慌てて赤城の後を追いかけた。
「早かったな」
病院では菊川が百合根と赤城を待ち構えていた。広い病院の中で、どうやって菊川を探せばいいか迷っていただけに、出迎えはありがたかったが、その気の回し方が逆に百合根の不安を誘う。
「どうしたんですか? 一体、何が?」
「ここで説明してもいいんだが、それよりも見た方が話が早い」
菊川はスーツのポケットに両手を突っ込み、歩き出した。百合根と赤城が付いてきているか、振り返って確かめることもない。すたすたと歩いている。
小走りで追いかけた先は、エレベータホールだった。菊川は上階へのボタンを押し、エレベータが来るのをじっと待っていた。
エレベータに乗り、菊川が「5」のボタンを押した。
「外科病棟か」
赤城がぽつりと呟いた。赤城は京和大学で医師免許を取得し、京和大学病院で研修医時代を過ごした。
看護士の中には、今でも赤城のファンは多い。多少の様変わりはしても、病院の中は赤城のテリトリーなのだろう。
エレベータを降り、菊川が進路を左に取った。赤城の眉間に深く皺が刻まれる。
「重傷なのか?」
菊川は答えない。赤城が一層深く眉間を寄せた。
「どういう意味? え、何故?」
「この先は外科の集中治療室がある。集中治療室に入れられていて、軽症とは考えられない」
それきり赤城は黙り込んだ。菊川も何も答えない。
沈黙が重い。
「ここだ」
唐突に菊川が足を止めた。顎でしゃくった先は、ガラスがはめ込まれた壁だった。
通路から中が見えるよう見舞客への配慮だろう。まるで産科の新生児室のようだ。だが新生児室との最大の違いは、中にいるのが生まれたばかりの乳児か、怪我を負った成人か、という点だ。
百合根の視線の先には、頬に大きなガーゼを張られ、包帯を巻かれた腕に点滴のチューブが繋がれた青山翔がいた。
「青山さん! 青山さん!」
百合根はガラス窓に取り縋った。
眠っているのか、青山は静かに眠っている。青山の胸の上で、白いシーツが規則正しく上下している。
青黒い痣が白い頬に浮き上がり、唇には血が滲んでいる。疑いようも無い。青山は暴力に晒されたのだ。
「なんで、どうしてこんな……」
百合根はガラス窓に指をたて、ぎゅっと唇を噛んだ。
「昨夜のことだ」
菊川がぼそぼそと話し出した。
「以前からヤクの売買をやってるって噂のあったクラブに、所轄の生活安全課がガサ入れした。
1年以上前から内偵を続けて、いざ踏み込んでみたらヤクの売買どころか、裏で売春斡旋までやってたってのがわかってよ」
菊川が両掌で乱暴に顔を擦った。
「あれは売春なんて生ぬるいもんじゃない。人身売買だ。奴隷市場だよ。
アイツら、素人じゃなきゃイヤだっていうサド趣味の客用に、見栄えのいい男や女をかっ攫ってきて、無理矢理客を取らせてやがった」
嫌な予感に百合根の声が震えた。
「まさか…… 青山さん、も?」
菊川が拳を握り締めた。
「保護されたとき、拷問された後みたいに全身傷だらけで、壁から垂れ下がった鎖に犬みたいに繋がれてたそうだ」
青山の失踪に最悪の結果を考えなかったわけではない。だが、こんな事態は予想だにしなかった。
「青山さんが、STのメンバーだから…… 優秀なプロファイラーだから誘拐されたんじゃないんですか?」
「警視庁の職員だってことはわかっていたようだが、それでもあのご面相だ。警察職員ってのも逆に売りになると考えたらしい」
青山は誰よりも誇り高い男だった。その誇りは、外見の美しさではなく、人並みはずれた頭脳に根ざしている。容貌の美醜など、青山にはどうでも良いことなのだ。
だが、誘拐犯は青山の卓越した頭脳など歯牙にもかけず、ただ美貌だけを求めた。
青山にとって、これ以上の屈辱は無い。
「こんなことって……」
怒りが込み上げ、言葉が声にならない。百合根は厚いガラス窓を何度も拳で叩いた。
「……俺は何故呼ばれたんだ?」
百合根と菊川の遣り取りを黙って聞いていた赤城が、おもむろに口を開いた。
「俺は死体専門だ。ここに俺の仕事は無い」
「わかってる。だが、アンタは医者だろう。こんなこと、俺が頼む筋合いじゃないが、青山の面倒を見てくれないか?」
苦しげに言葉を搾り出す菊川に、赤城はぴくりと眉を上げた。
「怪我は酷いが、青山は生きている。俺の出番は無い。このままここで治療を受けさせればいい」
「そうなんだが…… そうなんだけどよ……」
ぼそぼそと何事か呟いた後、菊川は静かに溜め息を吐いた。
「どうしようもないんだよ……」
菊川が言い終えた途端、ガラス窓の向こうから切り裂くような悲鳴が響いた。
振り返った先には、医師と看護士に囲まれた青山がいた。
医師と看護士を押し退け、両手を振り回し、足を蹴り上げている。両瞳からぼろぼろと涙を零し、子供のように悲鳴を上げていた。
「トラウマなんだと思う。医者や看護士の姿を見ただけで、錯乱して泣き叫ぶんだ…… あれじゃ怪我の治療もできない。看護士が数人がかりで押さえつけて、鎮静剤を射つのがやっとらしい。
けどよ…… STの仲間であるアンタなら、青山も治療を受け入れるんじゃないかと思ってよ……」
赤城が痛ましげに表情を曇らせた。
菊川は何かにつけ「俺はSTの世話役を押し付けられただけ」と、STのメンバーと一線を引こうとする。だが、眼の前で顔を歪めている姿は、まるきり仲間を心配する同僚のものだ。今も、ちらちらと青山の様子を伺っている。
実際、医者や看護士の手を泣きながら払いのける青山の仕草は、虐げられた子供のようで、見ているだけでも胸が痛む。
「俺は臨床を離れて久しい。満足な治療ができるとは保証できない」
「それでもいい! 少なくとも、何の治療もできない今より絶対いい。多少の無理は俺が何とかする。あの生意気な野郎があんな風になっちまうなんて、ありえねぇ。頼む、あいつを助けてやってくれ」
「赤城さん、僕からもお願いします。青山さんを助けてあげてください」
菊川と百合根は深々と赤城に頭を下げた。
だが、菊川と百合根は知らない。赤城は同情だけで青山の世話を引き受けたわけではないのだ。
ゆらゆらと視界が白く揺れる。水の中から雲を見ているようだ。
青山はぎゅっと強く目を閉じ、両腕で身体を抱き締めた。身体の奥から、冷気が溢れてくる。血が凍ってしまったかのようだ。堪えきれない寒さだ。がたがたと身体を震わせ、青山は身体を丸め、膝を抱え込んだ。
「目が覚めたか?」
聞き覚えのある声だ。よく透る低い声。
青山は静かに目を開いた。
「まだ眠いか?」
ふるふると頭を振り、青山は身体を起こした。
何故ここに赤城がいるのだろう。青山はゆっくり周囲を見回した。
「ここ、どこ?」
「俺の家だ。まだ寝ていろ」
赤城の答えに青山は小さく首を傾げた。赤城は大切な仕事仲間であり、同僚でもあるが、お互いの家を行き来するほど親しくはない。
「どうして、僕、赤城さんの家で寝てるの?」
「病院じゃ落ち着かないかと思ってな」
病院、の一言に、青山の脳裏にフラッシュバックのように記憶が甦った。
「あ、あ、あ…… うわぁぁぁ!」
見知らぬ男たち、悪意に満ちた嘲笑。そして、引き裂かれる苦痛。
青山は両手で髪を掻き毟り、悲鳴を上げ続けた。悲鳴を上げていなければ、記憶に押しつぶされそうになる。
「いやだぁっ」
「落ち着け! ここには誰もいない! ここは安全だ!」
赤城の両手が青山の頬を包む。暖かな体温が、じわりと伝わってきた。
「あ…… ぁ…」
「大丈夫だ」
低い声が心地よく脳髄に響く。青山は全身の緊張を解き、赤城に身体を預けた。
赤城の胸に顔を埋め、頬を摺り寄せる。くすん、と鼻をすすり、青山は深く赤城に抱きついた。
「知ってるんでしょう? 僕に何が起こったか」
「あぁ…… 菊川さんから聞いた」
「……あの日、僕、コンビニに寄って家に帰るところだったんだ」
ぽつりぽつりと青山が話し出した。
「危険な気配なんてなかった。なのに、突然後ろから車が近寄ってきて、ドアが開いて…… 車の中に引っ張り込まれたんだ。
クロロホルムかな…… 鼻と口に布切れを押し当てられて…… 気がついたら、見たことも無い部屋にいた。
コンクリートむき出して、壁には鎖が何本も垂れ下がって。小さな鉄格子の窓が付いた鉄の扉があって。
その扉から、知らない男が何人も入って来て、それで、俺…… 俺っ!」
「もう、それ以上、言わなくていい」
「僕、怖くて。抵抗したら殴られて。止めてくれ、って叫んだら、哂うんだ。哂って、もっと酷く殴ってきて。
いっぱい殴られて、このまま殺されるのかな、って思ったら、服脱がされて」
「やめろ、もう言うな」
「脚広げさせられてっ…… イヤだって言ったのに、やめてくれなくて。僕、痛くて、苦しくて。
イヤだって、言ったのに…… なのに、何度もっ、何人も…っ!」
「やめろと言っているだろう!」
赤城は青山の顎を掴んだ。顔を上げさせ、その顔を睨みつける。
怯えた青山は美しかった。蒼褪めた頬に絹糸のような髪が乱れ、震える唇は紅く濡れていた。
ごくり、と赤城の喉が鳴った。
「何故、俺にそんなことを言うんだ」
赤城の指が顎に食い込む。痛みに青山はわずかに顔を歪めた。
「俺がオマエに惚れていると知っていながら、何故そんなことを言うんだ?」
赤城の瞳に狂気の色が孕む。青山の背にぞくりと悪寒が走った。
「ごめん。誰かに言って、発散したかったのかもしれない。嫌な話だよね。気分悪いよね、ごめんなさい」
謝罪と同時に、青山は赤城の胸を両腕で押し返し、身体を離そうとした。
「そんなことを言ってるんじゃない」
赤城に両腕をとられ、ベッドの上に縫い付けられる。上から見下ろしてくる赤城は、獣のように凶暴な光を湛えていた。
「ごめんなさい…… もう、言わないから。だから… 離して」
ガタガタと身体を震わせ、青山は謝罪を繰り返した。赤城が、あの男たちの姿と重なってくる。
湧き上がる恐怖に、震えが止まらない。
「俺は怒っているんだよ」
優しげに赤城が微笑んだ。暗い影が潜む微笑だ。
「俺がオマエに惚れているのを知って、オマエは俺を利用しようとした。
俺に全てを話して、自分ひとりだけ楽になろうとした。
その話を聞いて、俺がどれだけ苦しむか考えようともしない」
「そんなつもりじゃ…!」
「見ず知らずの男に汚されて、おめおめと戻ってきたのは何故だ?
何故、汚された身体で戻って来た?」
「どう…して…… なんでそんなこと言うんだよ! 帰ってこない方が良かった、っていうの?
あのまま、あの場所で、ずっと知らない男に犯されてたら良かったのっ?!」
「あぁ、そうだな。そっちの方が良かったかもしれないな。
オマエの口からあんな話を聞かされて、汚い体を見せ付けられるくらいならな」
「なんでだよ! どうしてそんなこと言うんだよ!」
赤城の一言、一言が、青山の胸を抉る。助けられた喜びも、安堵も、霧のように消えていった。
喉の奥に熱い固まりが込み上げてくる。飲み下しても、飲み下しても消えない固まりは、やがて涙となってぽろりと青山の両瞳から零れ落ちた。
「離してよ…… もう、帰る。病院に帰して」
青山は嗚咽交じりに赤城に訴えた。これ以上、酷い言葉は聞きたくない。
「帰してよ…… もう、帰して」
「帰ってどうするつもりだ? 次は誰に泣きついて慰めてもらうんだ?」
「離してよっ! アンタに関係ない!」
濡れた瞳で青山は赤城を睨みつけた。確かに自分は汚された。男に身体を引き裂かれ、この身に男の欲望を受け止めた。
だが、どれもこれも青山が自ら望んだことではない。
自分は犠牲者なのだ。
「関係なくはない。言っただろう? 俺はオマエに惚れてる。惚れた相手が他の男の匂いを付けているのは我慢ならない」
赤城が青山の首筋に顔を埋めた。喉元に触れる硬い歯の感触に、青山はびくりと身を縮めた。
「全部だ。オマエの全部を俺に寄越せ」
薄い皮膚に、歯が食い込んでくる。肌を切り裂く鈍い痛みに、青山は仰け反った。
顔を背け、身体を捩る。少しでも赤城から離れようと、青山は必死で抗った。
「やだっ! いやだっ!」
乾いた唇が首筋をなぞり、ところどころで紅い印を落としていく。押し付けられた下肢は、布越しにも赤城の熱い昂ぶりが感じ取れる。
青山の全身が恐怖に竦んだ。
「やぁっ、やめっ!」
「何故、嫌がる? 初めてでもあるまいし」
赤城の嘲笑に、青山は何度も首を振った。哀しくて涙が止まらない。
男が男に抱かれ、その欲望を受け入れさせられる惨めさ。人としての尊厳とか、男としてのプライドとか、全てが一瞬にして崩れ去る。残るのは、抜け殻となった身体だけだ。
その屈辱を赤城は知らない。
「やだっ、やだぁ」
赤城の手が、胸の尖りに触れる。びくりと身体を震わせると、指先で尖りを摘み上げられた。
「ひ、あぁっ!」
「今更だろう」
赤城が低く哂った。
硬い指先が、乳首を揉むように何度も押す。爪の先で弾き、幾度も指の腹で擦り上げられた。
じくじくとした痛みに、乳首が熱を孕んできた。
指先で弄られ、腫れあがった乳首を、赤城が舌先で軽く突付く。
唇に挟まれ、乳首が吸い上げられる。舌先で転がすように舐められ、青山は身体を仰け反らせた。
「あ、……やぁ」
徐々に吐息が乱れ、合間に甘い喘ぎが混じり始めた。堪えても、身体の奥からじわじわと熱が込み上げてくる。
「やぁ、やだぁ」
「何が嫌なんだ?」
乳首を強く吸われ、青山は一際高く甘い声を上げた。喉を仰け反らせ、白い喉元を晒す。
「あ、あ、あぁ…乳首、吸われるの……やぁっ」
堰を切ったように、後から後から言葉が溢れてくる。止まらない。噛み締めた唇を抉じ開けるように、青山は赤城が求めるまま、言葉を紡いでいた。
「乳首、舌で苛めるの、だめぇ…… やぁっ…… 噛むの、やぁ、ん、いやぁっ」
両胸を嬲られ、青山の全身が赤く色づいている。吐息が熱い。赤城は青山の下肢に手を伸ばし、掌に欲望を握り込んだ。
「あ、ひぃっ!」
青山が甲高い悲鳴を上げた。浅い呼吸を繰り返し、青山は赤城の胸に縋りついた。
「おねが、い…… も、やめてっ」
「やめていいのか?」
「触らないで、も、離して」
潤んだ瞳で青山が赤城に許しを請う。言葉と裏腹に、眼差しは蕩け、媚びるように赤城を見詰めていた。
赤城は指の腹で青山の欲望の先端を割り開いた。ぐちゅりと粘着質な音が聞こえる。
青山は掠れた悲鳴を上げ、大きく身体を捩った。
「あ、あ、あ、……あぁっ!」
欲望を直に擦られ、青山が甲高い艶声を上げた。髪を掻き毟り、何度も頭を振っている。
「やあ、ぁ…ん、あぁっ、やだっ、やぁ!」
のたうつ身体を押さえつけ、赤城は掌で濡れた先端を包むように撫でる。青山の喉から、ひぃと細い声が幾度も上がった。
赤城は冷めた目で青山の狂態を見下ろした。忌々しげに唇を歪め、赤城は紅く熟れた青山の乳首を口に含んだ。舌先で揉むように押しつぶし、歯を立てる。
「や、やだぁっ……イキたく、ないっ……出すの、いやだぁっ!」
両目を見開き、青山が切羽詰った悲鳴をあげる。ぼろぼろと涙を流し、いやだと何度も繰り返す。
だが、差し出すように身体を仰け反らせ、下肢を赤城の手に摺り寄せている。青山の無意識の媚態に、赤城の表情が歪んだ。
「い、やぁっ!」
涙交じりの悲鳴をあげ、青山は赤城の手に欲望を迸らせた。
びくんびくんと全身を慄かせる度に、青山の性器から白い精液が溢れる。快楽の余韻に全身を桃色に染めながら、青山は無理矢理追い上げられた屈辱に咽び泣いた。
「気持ちよかったか?」
低く囁かれ、青山は顔を伏せ赤城の視線から涙を隠した。
悔しかった。嫌で嫌で堪らなかった行為を、赤城に強いられたことが。そして、赤城が相手だというのに、浅ましく快楽を貪った自分が。
実際、赤城との行為は、他の男たちとは比較にならない喜悦を青山に与えた。脳髄が溶けてしまいそうな、激しい愉悦だった。
「も、やだぁっ!」
青山は両腕で顔を隠し、咽び泣いた。赤城の前で浅ましい姿をさらした惨めさに、涙が止まらない。
「どうして、こんなことするんだよっ。なんで、赤城さんまでっ」
汚されたから? 他の男に抱かれたから? 男に犯されるような自分は、もう仲間ではないから、だから、赤城までこんなことをするのだろうか。
「最初に言っただろう?」
首筋に赤城の唇が寄せられる。項から耳元に幾度も唇が落とされた。熱い吐息に耳を擽られ、青山は思わず首を竦めた。
「全部寄越せ、って」
青山の脇腹を撫でていた赤城の掌が、するりと下肢へと伸びた。閉じていた脚を広げさせ、最奥へと指先が伸ばされる。
甦る恐怖の記憶に青山は慄然とした。
「ココにも入れさせたのか?」
赤城の指先が後腔に潜り込む。硬い指先の感触に、青山の身体ががたがたと震えた。
「なに…を」
「ナニを、だよ。客を取ってたんだろう? だったら、ココにも男を咥えこんで喜ばせてたんじゃないのか?」
ぐいと奥まで指を差し込まれる。衝撃に目を見張った青山に、優しいとさえ思える笑みを浮かべ、赤城はゆっくりと指を動かした。奥まで押し込み、ゆっくりと引き抜き、また押し込む。機械的な動きに、青山は息を詰めた。
「何人の男をココに咥えた?」
赤城の問いに青山は何度も首を振った。信じたくない予感に、青山の目から涙が零れ落ちた。
「やめて…… 赤城さん、指、抜いて」
赤城の指が激しさを増す。最奥を突き上げられ、抉られる。覚えのある痛みに、青山は我を忘れて叫んだ。
「やめろぉ!」
青山は両腕を振り回し、赤城に殴りかかった。だが、拙い抵抗は赤城の拳に封じられ、両腕が頭上に縫いとめられる。
赤城はにやりと男臭く笑うと、指を引き抜き、青山の脚の間に身体を割り込ませた。青山の最奥に、灼熱が押し当てられる。
「いやだぁっ!」
身体を引き裂くように熱塊が押し入ってくる。後腔が限界まで押し広げられ、熱に犯される。
焼け付くような痛みに、青山はがくがくと四肢を痙攣させた。
「いたい、よ。いたい……いたいよ」
呆然と瞳を見開き、細く何度も繰り返す。縺れた舌で痛みを訴える青山の頭を抱え、赤城は一旦腰を引き、また一気に突き入れた。
「……っ!」
声にならない悲鳴をあげ、青山の身体が跳ねる。赤城は満足げに微笑むと、深く青山を攻め立てた。
最奥を突き上げ、抉るように引く。赤城の律動のままに、青山は泣き叫んだ。
「やだっ、やだぁっ」
抗う身体を組み伏せ、赤城は思うまま青山を貪る。悲鳴に混じる嗚咽も、嗚咽に潜む哀切も、赤城の耳には甘い艶声にしか聞こえない。
「全部だ。オマエの全てを俺に寄越せ」
掠れた悲鳴が深い夜に沈んでいった。
END