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君に捧げる言葉




夜中の電話は嫌いだ。特に今夜みたいに心地よい疲労に包まれて、ぐっすり眠っている時は。
それでも、携帯電話から着信を知らせるメロディが流れると、つい取ってしまうのは無意識の為せる技というべきか。
ベッドサイドのテーブルで携帯電話がLa Traviataを奏でた時、寝惚け声で通話ボタンを押してしまったことに他意はなかったんだと思う。たぶん。

「はぁい…… どなたぁ?」
「……おまえ、誰だ?」

一瞬の間を置いて、不機嫌な男の声が聞こえてきた。
そっちから電話してきておいて「誰だ」も無いもんだ。ジョニーは携帯電話を手にしたまま、ベッドの上で寝返りを打った。

「電話してきたのはそっちでしょ。相手もわかんないのに電話してきたっての? あんた、ばかぁ?」

いたずら電話の相手をしてやる義理はない。切ってしまえと電話を耳から離したその時、困惑気味に電話の向こうから男がジョニーに尋ねた。

「俺はステフの……ステファンの携帯に電話をしたんだ。お前は誰だ? ステフはどこにいる?」

聞き覚えのある名前に、一気にジョニーの目が覚めた。慌てて手の中の携帯電話を見て、ジョニーは深くため息を吐いた。
コバルトブルーの本体にオレンジのシールがごてごてと貼られた携帯電話は、男の言うとおりステフの携帯電話だった。
しかも、ディスプレイに表示されているのは、ステフの大事な男の名前。
よりによってあの男からの電話に出てしまうとは。ジョニーは頭を抱えた。
やっちゃったなぁとは思うものの、出てしまったものはしょうがない。ジョニーは携帯電話を反対の手に持ち替え、ベッドに上半身を起こした。

「ステフなら寝てるわよ。こんな時間だもん」
「起こせ」

相変わらず傲慢なことだ。ジョニーはこれ見よがしにため息を吐き、呆れた声を作った。

「何か急用? そうじゃないならアタシが代わりに聞くわよ。後で伝言しといてあげる」
「いいから起こせ。ステフを呼んで来い」

男の傲慢な命令を他所に、ベッドの隣で眠る姿に、ジョニーは柔らかく微笑んだ。

「やぁよ。せっかく気持ちよさそうに寝てるのに、かわいそうじゃない」

両手を顔の前で握り合わせ、シーツの間で身体を丸めている様は子猫が眠っているようで、可愛らしさについ口元が緩んでしまう。
無邪気な寝顔は、つい数時間前、同じベッドの上で「大人な時間」を過ごしていたとは思えない程あどけない。
ジョニーはステフのふわふわとした髪を指で梳き、目を細めた。

「おまえ…… ジョニーか?」
「やっと気づいたの? 他人に興味の無いアンタにしては気付いただけマシかしら?」
「何故オマエがステフと一緒にいる?」
「友達だもの。別にいいでしょ」
「……とにかく、ステフを起こせ。直接聞く」

知ってはいたけど、やはり強情だ。一歩も引く気はないらしい。
ジョニーは細く息を吐き、携帯電話を持ったままステフの上に屈み込んだ。

「ステフ…… ステフ、電話。出られる?」

頬にキスを繰り返しながら、耳元で囁く。吐息がくすぐったいのか、ステフはブランケットをもぞもぞと顔まで引き上げた。
ブランケットの下から眠そうな目をのぞかせ、瞬きを数度繰り返した。

「ねむいから……いや」
「明日、かけなおしてもらう?」

ジョニーの提案にこくりと頷き、ステフはもぞもぞと身体を摺り寄せた。触れ合った肌の温もりに満足そうに微笑むと、やがて静かに寝息を立て始めた。
ステフの前髪をかき上げ、額にキスを落とすと、ジョニーは携帯電話を持ち替え、ふてぶてしい笑みを唇に浮かべた。

「聞こえたでしょ。ステフがやだって。明日かけなおしてくれる?」
「聞こえた。聞こえたが…… おまえ、ステフと声が近くないか?」

鈍感なクセに妙なところで勘が鋭い。ちょっと意外。だけど、おもしろい。
ジョニーは携帯電話を持ったままシーツに潜り込むと、ステフを胸に抱き寄せた。抱き寄せた拍子に、ステフの唇から満足そうな吐息が零れた。

「……まさか、ステフと一緒に寝てるとか言わないだろうな?」
「そうだけど、それが何?」

携帯電話を通して、息を呑む気配が伝わってくる。相当焦っているらしい。
いつも傲慢で、高慢で、あの男の外見に釣られた下僕どもに傅かれ、王様のように振舞っている男が、電話の向こうで何もできず、ただ歯噛みを繰り返しているなんて。むずむずと悪戯心がわいてくる。

「アタシの家じゃ大事な友人が遊びに来るのにゲストルームなんて使わないの。アタシの部屋で、アタシのベッドで、アタシと一緒に寝る。それがルール」

特定の単語を幾つか故意に強調したような気はするが、別に嘘を言ってはいない。
ただ、寝室まで一緒にしたいと思える程の大事な友人が、今のところステフひとりだけだってことを、敢えて口にしなかっただけだ。

「……ステフに手を出していないだろうな」

苦虫を噛み潰したような声に、ジョニーは薄く笑った。

「アタシがステフの嫌がることをすると思うの? アンタじゃあるまいし、人をケダモノみたいに言わないでほしいもんだわ」
「それなら、いいが……」

単純すぎて、笑いがこみ上げてくる。手を出していないとは一言も言っていないのに、あっさり信じてる。
それとも、ステフが自分以外の人間と望んで抱き合うことなんてないと信じているのか。だとしたら、ぼやっとした顔をして、ステフも意外とやるもんだ。
そのあたりはちょっと聞いてみたい気もするが、そろそろめんどくさい遣り取りにも飽きてきた。

「あのさ」
「なんだ?」
「ステフ、かわいいよね。ほんと、すごくかわいい」
「……どういう意味だ」
「さぁ。アンタが今思ったとおりじゃない?」

電話の向こうで沈黙が続く。予想通りの反応がつまらない。せめて怒り出して、問い詰めるくらいの気合を見せてくれたら面白くなるのに。

「ステフには明日起きたら電話するよう言っておくから。じゃあね、おやすみ」

通話を終わらせ、携帯電話の電源を切る。ベッドサイドテーブルに携帯電話を放り投げ、ジョニーはベッドの中でステフを抱き直した。ステフがすりすりと胸に頬を摺り寄せてきて、愛おしさに頬が緩む。同時に意地の悪い期待に、喉を振るわせた。
明日の朝、あの男がどう出るか。ちょっとばかり楽しみだ。





END