Sugar Bloom 2



「あ・・・・っ!!」
「うおぉっ?!」
いつになく素直に抱かれていた一護がいきなり身体を起こしたもんだから、恋次は慌てて飛びのいた。
「そうだったっ!!」
一護は恋次を放って窓際に駆け寄って、外を見てみた。
けれどそこにはチョコは無かった。
「ないッ!!」
クソッ、あれは正夢か?
こんな遅くカラスが来るわけが無いからやっぱり・・・。

「テメーが探してんのはコレか?」
恋次の声に振り向くと、その手にはあのチョコがあった。
「あった! つか勝手に取るな!」
「っつったってコレ、俺にじゃねえの?」
「違うっ、俺んだ! 返せ!」
夢の中の台詞と重なった。
一護の胸がどくんと鳴る。
やっぱりあれは正夢かもしれない。

けれど恋次はあっさりとチョコを放って返した。
「・・・んだ、違うのかよ。いや、窓んとこあったしよー。
 あんなとこから出入りするの、俺だけだと思ってたからてっきり・・・。
 つか確かにお供えモンみてえだなとは思ったんだ。んだよ、違ったのかよクソ」
そういってボリボリと頭を掻く恋次はいかにもバツが悪くて困った様子。
「恋次・・・?」
「つか、ばれんたいんってのじゃねえのかよ」
「は・・・?」
ふいっと明後日の方向を見た恋次の横顔は、確かに唇が尖ってて、 見慣れぬ表情のオンパレードに一護は目を丸くした。

「しゃーねえな。ほら、コレは俺からだ、食え!」
ぽんと投げて渡されたのは何やら軽い小さい箱。
「・・・んだよコレ」
「何だよってテメー、ちょこれーとってのに決まってんだろオイ!」
「決まってるって・・・」
「何でもよ。今年から逆チョコっつって、男は必ず渡すことに決まったんだろ?」
「・・・・は?」
「しかも渡さないでのはもう縁を切るっつう風習なんだろ?」
「・・・・?」
「一年ごとにきっちり更新しなきゃいけねえなんて、案外世知辛いとこだよな、現世は」
「いや、つか・・・」
「こんな夜中に来ちまって悪いとは思ったんだけどよ。ばれんたいんの真の意味を教えてもらったのがつい先刻のことでよ。ギッチリ仕事も詰まってるし、今しか時間取れねえし。こんなもんしか準備できなかったが、けど一応、コレ、評判のいいもんらしいし。つか一護!」
「・・・ハイ?」
一護は、滔々と訳のわからないことを呟き続ける恋次にあっけに取られていた。
「テメエ、俺にはねえのか?!」
「いや、あるっつーか無いっつーか・・・」
月明かりの下でも、恋次の眉間の縦皺が一層深くなったのがはっきりと見て取れた。
「テメエは・・・・」
「・・・恋次?」
「テメエは俺と・・・、縁を切りてえのか?」
「はぁぁぁっ?!」
一体どこの誰にそんなガセネタ吹き込まれたんだ。
一護は開いた口が塞がらなかった。そしてついに、
「ぶっ・・・・」
大きな図体を丸めて一護の顔をうかがってくるその姿に、思わず噴出してしまった。
こんな恋次の姿、見たことがない。
やけに子供じみていて、普段の大人ぶった態度の欠片も残ってない。
しかも、誰かに吹き込まれたウソのせいとはいえ、 ここまで恋次が焦っているのは多分、自分のことを想ってくれてるからなのだ。
普段はそんな素振り、滅多に見せないのに。
一護はなんだか笑いが止まらなかった。


「あ、クソ、何笑ってやがる!」
「つか笑うとこだろ、それ!」
「テメー、何だ、ひとが下手に出たら付け上がりやがって!」
「いや、そーじゃねーだろ! テメー、騙されてんだよ!」
「騙されてる? 誰に? テメエにか!」
「そうじゃねえよ、バカ!」
「バカだと、この野郎・・・!」

「あーもう面倒くせえな、ほら、これやるよ」
ポイっとさっきのチョコを恋次に投げて寄越すと、
「いらねえよ、こんなもんっ!」
「ウワッ、危ねえっ、・・・テメエ、何しやがる!」
あろうことか、恋次は思いっきり投げて返した。
「いらねえよ! んな間に合わせ!」
「恋次・・・」

恋次は本気で怒っているようだった。
そして仁王立ちになって手を突き出してきた。
「もういい。返せ」
「は・・・?」
「さっきのちょこれーと、返せ! テメエにはやらねえ!」
「ちょ・・・、何怒ってんだよ!」
「俺がバカだった。わかった。もういい。返せ。俺は帰る」
「ガキかテメエは・・・」

一護は呆れながらも、先ほどの夢を思い出し、猛烈な既視感に襲われていた。
ただし立場が全くの逆。
じゃああれはやっぱり正夢か? 正夢なんだな!
ならばできることはただ一つ。

「違げぇよ。コレは最初っからテメーのだぜ? ほら、手ェ出せ」
「いらねえ」
「あのなあ、恋次。テメエが勝手に取るんじゃなくて、俺がちゃんと渡さねえと意味ねえっつうの」
一護の言葉に、腕を組んで明後日の方向を向いてた恋次が視線だけをちらりと寄越す。
その子供染みた所作に、またこみ上げそうになる笑いを必死で一護は堪えた。
ここで笑ったら全てがパァだ。

「・・・んなとこまで決まってんのかよ」
「いや、だから決まってるとか風習じゃなくて・・・・」
本当はただの気持の問題なんだけど。
けれどそんなもの、口に出すのはもう今更過ぎてできない。
だからその代わりに、一護はチョコの箱を開けた。
この意地っ張りは絶対自分からは手を伸ばしてこないだろうから、
さっきまでの詫びも含めて、口の中に放り込んでやろうと思ったのだ。

だがチョコを包む銀色の紙を剥いた途端、一護は息をのんだ。
黒いはずのチョコの表面に、白く粉が吹いていたのだ。
しかも一回溶けたものだから、形だっておかしい。
「あ・・・、ダメだ恋次。悪りィ、このチョコはだめだ」
「あァ?」
「悪りィ、けど、今すぐ新しいの買ってくるから」
「何言ってんだテメエ・・・」
様子の一変した一護に、さすがの恋次も組んでいた腕を解いた。

「ダメになってる。きっと外に置いといたせいだ、ちくしょ。・・・ちょっと待ってろ、すぐ戻るから」
「ってどこ行くんだよ!」
「コンビニなら開いてんだろ、だから・・・」
「何言ってんだ、行くな」
「うわっ」
ベッドから抜け出そうとしたところを両肩を押さえられ、押し戻された。
「テメ・・・、何しやがる!」
「これ」
いつの間に取ったものか。
恋次は、一護のチョコをひらひらと振って見せた。
「あ、だからそのチョコはもうダメだって!」
「けどコレはテメーが俺にって準備したもんなんだろ?」
「だけど!」
「俺になんだろ?」
「・・・一応は」
「じゃあ俺が貰う」
「あ・・・っ」

部屋に、パキっとチョコを割る音が響いた。
そして、
「ちゃんとうまいぞ」
と恋次は一言だけ告げて、またチョコにかじりついた。
そして静けさが満ちる。
低く柔らかい恋次の声の余韻が後を引く。
時々、パキっとチョコが割れる音が響く。
言いようの無いむず痒さを感じた一護は、助けを求めるように窓の外を見た。

きっともうすぐ朝だ。
だって外はあんなに暗い。
ということは、丁度バレンタイン当日か。

「テメエは食わねえのかよ」
と恋次の声に振り向いてみると、目の前に小さなチョコの粒が突きつけられていた。
「これは?」
「俺が買ってきたやつ。食え」
とチョコを差し出し様、眼を逸らした恋次の顔はいつもの大人ぶった仏頂面に戻っていた。

それがおかしくって、いつになく甘えた気分になって、 一護はくつくつと笑いながら、恋次の手から直接、チョコレートの一欠片を食べた。
食べながら、落ちてくる口付けを受けた。
それは甘いくせに苦くて、まるで俺たちみたいだなあなどとらしくないことを思ったりしたけど、バレンタインに関する誤解は、面白いから絶対バラさないでおこうとも思った。





2009/バレンタインだから甘くね! 一護も可愛く小悪魔にね!(当社比)  ていうかなんで恋一の恋次はダメ男度がアップするんだろう。けどそこが愛しい。
ちなみにsugar bloomは、粉噴き砂糖(?)とかいう意味で、冷却時等にチョコレートの表面に水分が付着した際チョコレートの砂糖が水分に溶解し、その水分が蒸発した時に砂糖が析出したものだそうです。砂糖の花だわあら可愛いとかと思ってたんですけどね、最初(笑)
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