ある意味、理不尽




あのなあ、と大声で怒鳴りだした一護を前に、恋次は途方に暮れていた。

─── つか仕様がねえじゃねえか。 ダメだったもんはダメだし、怒って取り返しがつくもんでもねえ。 ならさっさと見切りをつけて、次に進んだ方が得ってもんじゃねえか?

口にこそ出さないものの、突きつけられた理不尽さに身動きさえ取れない。

そもそも恋次には、今、一護が口にしてる単語の半分が意味不明だった。
現世事情にも通じてる今時の死神とはいえ、所詮、過去の人物なのだ。
死神業や尸魂界の話だと何とかなったが、 こんな風に現代のいろいろが主題になった話だと、 とにかく語彙が違いすぎて、恋次の手には負えない。
普段なら一護もそれなりに気を使って話してるようなのだが、 ぶち切れてしまっている今は、そんな細かいところに気を配れるわけもない。

つまるところ、恋次には何がどうなってこんなに一護が怒ってるのか、 ちんぷんかんぷんもいいところだった。

─── ちんぷんかんぷんってのも死語だって笑われたな、そういや。

ぶっと反射的に噴出したあと顔を逸らした先日の一護を思い出して、恋次は頭を掻いた。
だが恋次の内心など知らぬ一護は、淡々と怒鳴り続けている。
否。
さらに怒りの度合いを上げてきている。

─── 湯気、出そうだなあ。 その風呂上りでぺったりとなった髪ももうちょっとで乾いて逆立つんじゃないだろうか。

ふうと恋次は一息ついた。そして、

「一護」
「う…おっ?」

いろいろと面倒くさくなって、端的にぎゅぎゅっと抱き締めてみた。
すると風呂上りのせいか、それとも怒りすぎて体温を上げたせいなのか、ほかほかと気持いい。
夜を渡って来たせいで冷え切った体に、じんと染み渡る。
けど髪に擦り付けた鼻先は冷たい。

─── なんだやっぱ怒ったぐらいじゃ乾かねえもんか。

と同時に、一護の肩が震え出したのに気がついた。
さては自分のせいで一護が湯冷めをしたかと慌てて体を離したら、 ある意味、予想通りというかなんというか、震える肩は再燃した怒りのせいだったらしく、 一護は、声もでないという風情で、顔を真っ赤にして見上げてきていた。

「テ、テメエ…ッ!」
「一護、寒くはねえのか?」
「ねえよッ!! つか、あのなあっ!! 俺は今、猛烈に怒ってるんだぞッ」
「知ってる。んなの見りゃ分かる。つか寒くはねえんだな?」
「しつけえッ! その手ェ、離しやがれッ」
「何で」
「何でもクソもねえッ。怒ってるっつってんだろッ、このクソバカ恋次ッ!!」
「だからだろ?」

思いっきり突っ張ってきてた腕の関節の内側を突くと、 反動も相まって一護の顔が、ぼふっと恋次の胸に思いっきりぶつかった。
あー、こりゃあ痛かったなとは思ったけど、これ以上、突いても仕方がない。

「まー、落ち着け、一護」

緩めた腕の中でやっと顔を上げられた一護は、 息苦しかったのか、さっき以上に顔を赤くしてる。

「テ…、テメエが言うかッ!」
「いや、今は何を言ってもヤバいみたいだから何も言わない」
「言わなくっても、何だよ、この手はッ!」
「手は口ほどもモノを言う」

売り言葉に買い言葉で唇を滑り出た言葉だったが、
予想外に一護の反応を引き出した。

「え…? え?! なんか違わねえか、ソレ?!」
「違わねえ」
「いや、違う!」
「違わねえって」
「じゃあどこがどう違うか言ってみろ」
「う…。いや、絶対違うはずなんだ」

悩みだした一護はすっかり先ほどまでの怒りを納めてしまった。
単純だなあと自分のことはさておいて、 恋次は、ここぞとばかりに一護の頭を撫でてみる。
湿ったまま、地肌に張り付いてる柔らかい髪に指を通し、素の一護を愉しんでみる。

「ああクソッ! なんで思い出せねえんだ?!」
「テメー、現役学生なんじゃねえのかよ」
「思いっきり現役だよッ! けどテメエみてえなバカに付き合ってるからこうなったんじゃねえかッ!」
「オマエなあ…。俺、コレでも一応、特進出身…」
「つかテメエの学校はノウミソ筋肉で合格じゃねえかよッ」
「言ってくれるじゃねえか」
「ああ、今日こそは言わせてもらう! テメエ、俺の言ってること、半分も分かってねえだろ、覚えてねえだろ!」

それは多分、一護の意味するところとは違うとは思うが、 ある意味、図星なだけに、恋次は言葉を失った。
そして逆上した。

「煩せェッ! つか違わねえだろ! ホラ、俺の手ェ、見てみろ」
「う…、変な動き、すんじゃねえ!」
「手は口ほどモノ、言うんだぜ。今日こそは分からせてやるッ」
「テ…、テメエはAVのオヤジかッ!」
「あ、クソ、テメエ…」

─── えーぶい、…って何だ?!  確か檜佐木さん辺りから聞いた気がするが…。

また知らない言葉を使われて、恋次はガクリと肩を落とした。
出来る限りの最善を尽くしたあげく、振り出しに戻った気がしたのだ。
例えようもない無力感に苛まれる。

「…ああクソ、やってらんねえ」

─── どういう扱いなんだよ。 もうちょっと分かる言葉で話してくれよ。 つかテメエ、俺が別世界に属してるんだとか分かってるのか?

一護からも手を離し、ベッドに腰をかけて、 なんとか見栄だけは押し通してはみたものの、脱力感から抜け出せそうにない。
いっそこのまま帰ってしまおうと腹を決め、 目前に突っ立ったままの一護に一瞥をくれてやると、 わざとらしくあさっての方向に逸らされた視線と尖がった唇が目についた。

─── ああ、そうだった。
この子供は謝るのが本当にヘタクソだったんだ。

睨みつけてくる薄茶の眼の奥を覗き込むと、 意地と後悔がせめぎあっているようにも見えた。

だから恋次は、悪りィ、と言った。
何が悪かったのかは分からないが、とにかく、悪かったと思ったからだ。
すると一護も何か言おうとした。
多分、謝ろうというのだろう。

だから恋次は、
「とにかく、手は口ほどにモノを言うんだぜ」
と混ぜっ返し、あっけにとられた一護の手を取った。
引き寄せると素直によろけてきたから、抱き締めた。
その身体はやっぱりまだ温かく、 当に乾いた髪が柔らかく恋次の頬を撫でたし、 それ以上、一護もことを荒立てる様子は無かったから、 つまるところシメさえギッチリすりゃあ構わねえもんなんだなどと、
一護が耳にしたら激高しそうなことを思いつつ、抱き締める腕を強くした。





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