「一護…」
恋次は言葉を失って、しばらく布団の塊を眺めていたが、
やがて意を決して、頭と思しきところに口を寄せた。
「一護?」
「…」
「一護。オイ、起きてるか」
「…」
「まさかオマエ、吐いたりしてんじゃねーだろうな」
「…してねえし」
「ならいい。よく聞けよ?」
「…」
だんまりを決め込む一護に、恋次は大きく肩を竦めた。
「あのな、一護。多分、あの場の奴ら、ただの卍解話だと思ってるぜ?」
「…」
「分かるか? 俺たちの関係っつーか、寝るっていう意味の卍解じゃなくて、本物の卍解。
斬魄刀戦術の最終奥義・卍解」
「…」
「だから、大丈夫だと思うぜ?」
「ウソだッ!!!」
「痛てッ」
突然、布団から飛び出した一護で打った顎を擦りつつ、恋次はふうと大きく息を付いた。
「ウソじゃねーぞ。つか俺も聞いてたけど、普通に卍解の話だと思ってた」
「う…、ウソだ!」
「ウソな訳ねーだろ」
「けど恋次、尸魂界じゃ”卍解”ってそういう意味だって…!」
恋次は一護から眼を逸らし、カリカリと頭を掻いた。
「いや、あれはウソだ」
「テメエ…!!」
「ウソっつうか、かなり廃れちまった言い回しっつうか。とりあえず今時の奴らであんな言い方するやついねえし」
「でも恋次、あの時…!」
「いやー、あの時はつい、な」
「つい、じゃねえだろこのバカッ!!!」
一護は恋次に殴りかかろうとしたが、かわされてそのまま抱き込まれた。
「悪りィ。オマエも俺も卍解してるし、これならうっかり話しちまったときでもばれねーかなーって思って」
「マジかよ…。つかセンスねえよ…」
「それを言うんじゃねえ! けどテメーも気に入って使ってたじゃねえか」
「う…、ま、それはそうかもしんねーけど…」
二人して黙ってしまうと、沈黙がやけに重く感じられた。
「…あのさ、恋次」
「ん…?」
「本当か? 本当に皆、本当の卍解の話って思ってるか?」
「ああ、多分な。つかそんな話始めた段階で、殴ってでも止めてる」
「やっぱり!!」
一護は、恋次の胸を押し返して、睨み上げた。
「そうだよな、テメーはそういうヤツだよ!」
「んだよ、一護。何、ブチ切れてんだよ?!」
「テメエ、俺の腹、殴って止めただろ! まだ腹が気持ち悪りィぜ、チクショウ!」
「はァ? 何言ってんだ。そりゃあ単に飲みすぎだろ!」
「え…?」
「きっもちよくゲロしやがって。しかも俺の背中で」
「…え?」
「んだよ、覚えてねえのかよ!
居酒屋で突然、むにゃむにゃ、何か叫んで立ち上がったと思ったら倒れて、そのまま熟睡してたじゃねえか!」
「…マジで?」
「マジで! だからお開きにして帰ってきたんじゃねえか」
「マ…、マジで?」
「しかも起きたと思ったらベラベラ喋り続けて、で、突然…」
「…ゲロ?」
こくりと至極、マジメに頷く恋次を前に、一護は真っ青になった。
「だから俺は今、俺らの死覇装を洗って、冷えきった風呂で身体を洗ってきたところ」
「…うあ…ああ」
「だから非常に眠い。布団に入って眠りたい」
「う…、すまねえええ」
そういえば恋次の目の下には、くっきりとしたクマがある。
目も据わっている。
内緒で誕生日パーティーを開くために、恋次を疲労困憊させようと言ったのはルキアだが、
もちろん一護にも責任はある。
「ごめんッ! 本当にゴメンッ! もう寝てくれ!」
「オマエもな?」
「…うん」
「もう大丈夫だな? まだ気持ち悪いのか。吐きそうか?」
ぶるんぶるんと大きく頭を振って否定はしたが、少し頭がクラリとした。
恋次がくつりと小さく笑った。
「いいからまず、この水飲め。枕元置いとくから、喉渇いたら飲め、いいな?
フンドシ一丁で寒くねえのか? おい、手も足もこんなに冷えてるじゃねーか。
ほら、布団に入れ。枕、もう一個いるか?」
次々と世話を焼く恋次に、今日ばかりは一護は逆らわず、
一々律儀にこくりこくりと頷いては、水を飲み、布団に入った。
「…恋次、ごめんなー…」
「もういいって言ってんだろ。酔っ払いなんてあんなもんだ」
「けど恋次の誕生日だったのに、俺、キレイサッパリ忘れて自分ばっか楽しんでた」
「忘れてた…?」
「…うん。ごめん」
「つか覚えてねえのか?」
布団にもぐりこんできた恋次は、
伏せてしまった一護の頭を柔らかく撫でた。
「何を?」
「俺の背中で歌ってた歌とか言ってたこと、とか?」
「…んだよそれ」
一護が顔を上げると、恋次が悪戯っぽい表情を満面に湛えて覗き込んできた。
「おめでとーおめでとーおたんじょーびーとか何とか歌ってたじゃねえか。あれは現世の歌か?」
「し、知らねえ…」
「んだよ。テメエの作詞作曲か」
「う…、ウソだ」
「それに、今日は恋次の特別な日だから、すっげー特別な卍解にするんだって言ってたぜ?」
「う…、うそだッ」
「ウソじゃねーぞ。よーく思い出してみろ」
「う…」
そういえばそういうことを口にした気もしないでもない。
「な? 俺が忘れられないような卍解で、一生どーのこーのって」
「う…、うわあああああッ」
「落ち着け、煩せえ」
「け、けど俺ッ! そ、それは俺じゃねえ! 俺じゃねえぞッ!」
「へえへえ」
「歌ったり踊ったりしたのも俺じゃねえッ」
「卍解違いでノロけてくれたのも?」
「…!!」
「いやー、あれはノロケだったのか」
「テメエ…」
「テメーにとっての卍解ってそういうものかって真剣に聞いてたから、全部すげーよく覚えてるし」
「くそッ! 恋次、テメエッ」
ついに耐え切れず、顔を真っ赤にした一護は布団を跳ね飛ばして起き上がったが、
恋次はゆったりと横たわったまま、両手を伸ばしてきた。
「一護」
「んだよッ!」
「一護。こっちに来い」
「クソッ、テメーなんて大っ嫌いだ! もう会わねえ! 終わりだ! 全部終わりにする!」
「一護。いいから」
「んだよ、悪かったな! どうせ俺はバカだよ! 放っとけ!!」
「んなこと言ってねえよ。嬉しかったんだぜ?」
「え…」
恋次は半身を起こして、激高する一護の頭にそっと手をやった。
「宴会開いてくれて、ありがとな」
「…やっぱ知ってたのか」
「ったりめーだろ。それにオマエもすっげえ楽しんでるみたいだから、俺も嬉しかった」
「…何言ってんだ。テメーの誕生日だろ」
「だから、嬉しいんだろ?」
真正面から見つめられて、一護はまた顔に熱が集まりだすのを感じつつ、
普段なら絶対、口にしそうもない恋人らしい言葉の羅列に、
恋次も本当はかなり酔ってるのかもしれないと思った。
なら、少しぐらい素直になってやってもいいかと思えた。
「…うん。俺も楽しかったし、嬉しかった」
「そっか。ならよかった」
髪をくしゃくしゃとかき回され、そのまま抱き寄せられた。
肌蹴た袷のあたりに耳を寄せると、心臓の音がする。
少し速い鼓動は、きっと酔いのせいだろう。
「で。特別の卍解はねえの?」
「…! もう、忘れろよ! つか卍解言うな!」
「なんでだよ。俺の誕生日じゃねえか。…ダメか?」
「…疲れてんじゃねーのか」
「まさか」
「…眠いんじゃねーのか」
「徹夜は得意だ」
「…」
「他には?」
「…ねえ」
「じゃあ卍解しとくか?」
「っせえ、」
そしてその朝、呑気に朝寝を愉しんだ二人は、
よもや尸魂界中で新しい流行語「卍解しようゼ!!」が既に使い始められてることなど知る由もなかった。
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