「…仕様がねえよ。相手はお貴族サマだ。あれで精一杯なんだからカンベンしてやれ」
「じゃあやっぱり白哉がおかしいってことだよな? おかしいって思う俺がフツーだろ!!」
「そりゃそうだ。隊長もなー。要は扱い方なんだよ」
「…もしかしてテメエ、すっげえ苦労してるんじゃ」
「オウそりゃもう苦労の塊ってもんよ」
「大変なんだなぁ、白哉の副隊長ってのも」
「やっと分かったか」
「うん。だからそんなにハゲが進行したのか」
「んだとテメエ、今、どさくさに紛れて何言った!」
「つか俺は今度から絶対、白哉には近づかねえ!」
「は…? なんだ、突然」
「今度からもっと別の隊長に持ってく!」
「…そりゃー名案かもな」

つか今後も荷物運び、やる気かよ。

「剣八は絶対ゴメンだし、爺とかもイヤだけど、ほら、浮竹さんとか!」
「寝込んでるかもな」
「じゃあ京楽さんとか!」
「酒、飲まされるぞ」
「う…、じゃあ誰だっけ、あの三編みのおばさん!」
「…オマエ、それは卯ノ花隊長のことか。…殺されるぞ。確実に殺される」
「…!! そんな怖えーのか!! なんか分かる気が…。じゃあえっと…、あ! 冬獅郎!」
「年齢的に気があうかもな。つか揃って乱菊さんの餌食だ」
「テメ…。クソ、あと誰がいたっけ! あ! 犬の頭をした…」
「狗村隊長か? 犬じゃなくて狼だ、ちなみに」
「ならいいじゃねえか! 俺、犬の類は得意だぜ!」
「だから犬じゃなくて狼だっつってんだろ。つか…」
「んだよ。他にも隊長って誰かいたっけ?」
「砕蜂隊長とか涅隊長とかか?」
「う…、なんかそいつらははちょっと遠慮してえ」

一護は、腕まで組んで頭をひねってる。
本気で悩んでる様子だった。

「仕様がねえなあ。とりあえずお前、朽木隊長にもうちょっと慣れろ」
「んでだよ! 俺、アイツは絶対合わねえ!」
「合わせろって言ってんじゃねえよ、慣れろって言ってるんだ」

そうしたら六番隊にももっと気軽に来れるようになるだろ。
…いや、気軽というよりは、被害を出さないで来れるようになるという、そういうレベルか。

「んでだよ! 白哉が合わせりゃいいじゃねえか!」
「それができりゃ苦労はしねえっつうの」
「じゃあ何で俺がッ!! つか他の隊長んとこ行けばいい話じゃねーかよ!!」
「あのなあ。…分かんねえか? 本当に?」
「あ…?」

じっと眼を覗き込んでみたが、はかばかしい反応はない。
何故、他のどこでもなく朽木隊長のところに来いと言ってるのか、その意味も掴めていないのだろう。
…仕様がない。はっきりと教えてやるか。

「あのな、一護…」

覚悟を決めた直後、一護が眼を輝かせた。

「つか恋次! 今日、休みなんだな!」
「あ? …ああ」

つか今、俺は大事なことを言おうとしてて。

「じゃあさ! あっちこっち連れて行けよ、せっかくだし」
「それはいいんだが、あのな、一護…」
「ヨシ、決定な! あ、そうだ! 全部、白哉のツケにしようぜ」
「あ、いや、だから! つか悪知恵だけはよく回るな」
「悪知恵じゃねえッ! よし。こうなったら白哉が泣くぐらい使い込んでやるぜ」
「お前なあ。あの人の浮世離れっぷりは半端じゃねえぞ?」
「知るか! 絶対、今日こそはあの澄ましたツラを凹ましてやる!!」
「マジかよ」
「おうッ!!」

鼻息、荒すぎだぜ。
俺には隊長を 後悔させるぐらいってのは、想像もつかねえ。
ましてや現世暮らしにゃ分からねえと思うがな?

一体どんな悪巧みヅラしてんだろと覗き込んでみれば、 目があった途端、 何故かふいっと視線を逸らされた。

「…? どうした一護」
「あのさ。恋次さ」
「んだよ」
「時々、白哉のこと、あの人とか呼ぶだろ」
「は…?」
「俺にはちゃんと隊長って言えって、いつも言ってるじゃねえか!」
「テメーの場合は名前呼び捨てじゃねえか」
「じゃあテメエも呼び捨てすりゃーいいじゃねえか!」
「んなこと、できるかよ?! 即、血の海だぜ?!」
「じゃあ勝ちゃあいいじゃねえかよ!」
「何だその単純論法?! つかテメエの場合はな!」
「大体、あの人、とかそういう意味深な言い方が気持ち悪りィんだよッ」
「へ…?」

今、何て言った?
もしかしてお前は…。

目があった途端、一護は首筋まで真っ赤にした。
やっぱり。

「一護、お前…」
「煩せェッ! そこ、どけッ! テメエの図体と態度は無駄にデケえんだよッ!!」

いやいやいや。
柄でもねえセリフ吐いて、そんな真っ赤なツラして、怒鳴っても、
ぜんっぜん効果なんか無えぜ?

「どけ! どきやがれってんだ、バカ恋次ッ!!」
「通行料」
「は…?!」
「通りたいんだったら通行料」
「テメ…ッ」

膝を曲げると、ちょうど一護と目の高さが同じになった。
そのまま一護の肩に手を回し、引き寄せた。
酷く反抗的な目付きではあるが、 抵抗は無い。
よし。
じゃあ俺のほうが通行料、払ってやるぜ。

だが、抵抗が無いどころか、ものっすごい勢いで一護のツラが近づいてきた。
ヤバい、コレはいつものアレかと気付いたときにはもう遅い。

ゴンッ!!!

「痛ッてェッ!!!」
「見たか、クソ恋次ッ!!」
「テメエ…、どうしていつもこれからって時に頭突きなんだテメエはッ!!」
「だからだろッ!! 自衛本能だ!」
「過剰防衛だろテメエのはッ」
「んだと!」
「つかいい加減、学習しろ!」
「それをテメエが言うのかッ!!」

ギリギリと睨みあってみれば、沈黙が落ちる。
まだ一護の首筋には、少し色が残ってる。
少しは甘くなったかと思ったが、結局いつもと同じだった。
結局、俺たちはこんなもんなんだよな。
なら負けるが勝ち。
じゃねえと先に進まねえ。

「…オラ、とりあえず行くぞ」
「どこへだよッ!!」
「どこへってそりゃ…」

資料室の小さな窓の外は、赤く色付き始めていた。
もう直ぐ陽が落ちる。
一護を現世に送り届けるまであまり時間も残っていない。

「隊長に仕返しすんだろ? ならいいとこ、教えてやる」
「…まさか甘味処とかメガネ屋とかじゃねえだろうな?」
「うっ…。なぜ分かった」
「やっぱり…」
「んだよ、その目はよっ!!」

一護の視線に思わず一歩後ずさった。
すると、カサリと小さな音がした。
足元には、変色した紙が散乱していた。

「うわ…っ!! まずい! 朽木家秘蔵の本がッ!!」
「マジかよッ?!」
「あああ、破れてるッ! こっちもだッ!!」
「…しよーがねーなー。じゃあ白哉のツケで出前でも取ろうぜ?」
「は?」
「これ、修繕しなきゃなんねーんだろ。って、あ、そうか! 修繕屋に持ち込んで白哉につけるってのはどうだ?」
「止めろ。俺が殺される」
「…だよな。じゃあやっぱ出前だな、出前」
「つかお前、どっか遊びに行けよ。せっかく尸魂界、来てんだし。これは俺の仕事だ」
「んだよそれ、水臭せえなあ。お互い様だろ」
「つかテメエは今日は隊長の、つか公式に客だろ。少しは、」
「っせえなあ! 一人でどこ行けっつーんだよ! 大体、俺は!」
「んだよ」
「…わざわざ白哉に届けたんだ。その辺、ちゃんと考えろ、無駄に年ばっか取りやがって」

そしてそのまま足元の紙を拾い集めだした一護の首筋は、 またさっきと同じぐらい、薄赤く染まっていた。
決して夕焼けのせいではないだろう。

俺は一護の横にしゃがみ込んで、床に散乱した紙を手に取った。

「じゃあ寿司でも取るか」
「んなもんじゃ腹いっぱいにゃならねえだろ! もっとこうグワーっと来るような何かねえのか?」
「てんぷら? ウナギ?」
「ウナギか! いっちばん高いヤツな! 白哉のツケでな!!」
「お前なぁ…。出前のウナギぐらいじゃ隊長、絶対、泣かねえぞ?」
「…やっぱり? じゃあ一体何が…。あ、酒! 酒を頼もうぜ!」
「バカ。テメーは未成年だろ!」
「固てェなあテメエは」
「そういう問題じゃねえ。一度でもテメエの酔っ払いに付き合えば、誰だってイヤになる!」
「んだと?!」

身に覚えがあるのか、一護はまた顔を真っ赤にした。
俺は思わず噴出した。

「…つかコレ、今日中には終わるといいな」
「…言うな」



そうやって俺たちは、延々と紙の山と格闘しつづけた。
狭い通路での作業だったから、時々、通行料を払ったり払わされたりしたし、 メシを食ったりふざけあったりもしたが、結構、真面目に働いた。
時々、俺たちの年齢差など全く無に等しく感じるぐらい古い古い紙の束を前にして、少しだけ神妙になった。

深夜になって隊長が戻ってきた。
酷く疲れていて、俺たちの気配に気付かなかったらしい。
少し驚いていた。
何か調べものを始めた隊長に一護は、
ここぞとばかりに余計に取りすぎた出前の鰻弁当を、
「テメエのツケだ!」
と差し出したが、
「庶民の食事というものもたまには良いかもしれぬ」
などと言われる始末で、のれんにウデ押しもいいところ。
うーっと唸る一護を前に、疲労も限界に来てた俺は盛大に爆笑した。
すると一護も爆笑した。
何も分からない隊長は、ひとしきり俺と一護を見比べてたが、 それでも怒ることなく黙々と箸を進め、
「貴様らももう寝ろ」
と資料室をふらりと去っていった。



隊長もいい加減、疲れてんだろなーと後姿をぼんやりと見送ってたら、
「ふわぁ…」
「ん…?」
一護が大きく欠伸をしてた。

「…そうだな、そろそろ寝るか」
「つか何時だよ」
「知らねえ」
「俺も知らねえ!」

そして二人でごろんと狭い通路に寝っ転がると、天井まで続く本棚の間に細い天井があった。

古い世界なんだなあと一護が言った。
そうみてえだなあと俺は答えた。
だからもっと遊びに来いよと言うと、
なんだそれ、脈絡ねえしと一護は笑った。

脈絡、か。
あるような、ないような。
けどなあ。此処に積み重なった時の前では俺たち、等しく子供なんだ。
きっと朽木隊長も、ほかの隊長格も。
そうだろ?

だが、返事は無かった。

「寝たのか…」

明かりを落とした部屋は闇に満たされて何も見えない。
聞こえるのも、一護の規則正しい寝息だけ。
けれど夜が明けるころ、あの小さな窓から陽が差し込んでくるだろう。
それはきっと一護の髪の色に似ているのだろう。

「…おやすみ」

手探りで一護の顔の輪郭を辿ってみたが、起きる気配もない。
全く、気を許しすぎだぜ。
閉じた瞼に唇を落とすと、微かに甘い香りがした気がした。





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