「本当はもっと違う時間に違う場所に来て、テメエの仕事とか飲みの邪魔とかしてやろうと思ったんだけど」

・・・は?

「睨んでんじゃねえよ」

一護が俺を見下ろして笑う。
テメエこそ笑ってんじゃねえよ。
なんなんだ、その余裕。
つか別れるんじゃねえのかよ。

「あのさ。こないだはゴメン。
 俺、テメエの誕生日の意味とか考えてみてはいたんだけど、でもやっぱり祝ってみたいと思った。
 だってテメエが死んだ日かもしれねえけど、でもこうやってこの世界にまた生まれでた日ってことだろ?
 誕生日って呼んでいいかどうかわからねえけど、でも祝ってもいいと思うんだ。
 だから俺たち、会えたんだろ? つか俺は祝いてえし。
 それにテメエは俺の誕生日、ちゃんと祝ってくれたじゃねえか。
 だったら借りは返さねえとヤベエだろ。
 つかさ、けどさ。俺は、恋次のことばっかり見てて、結局こっちのこととか死神のこととかわかっちゃいねえ。
 そのことはこないだ、よくわかった。だからちゃんともっと分かろうと思ってさ。
 テメエのことだけじゃなくて、死神とか、魂魄とか、そういうことつーか・・・、  だーっ、もう、何ていうかさ! そういうテメエだけじゃないテメエのことだよ!  わかんだろ!?」

オイオイオイ、何、唐突に捲くし立ててやがる。
つか何、謝ってんだ。
そこ、テメエが謝るところじゃねえだろ?
つかテメエ、あの場の空気が読めてなかったのかよ?!
明らかにあそこは終わるところだろ!
そうやってツッコミながらも、俺は自分の口元が歪むのを感じた。
だってそうだろ?
こんなこと唐突に、諦めてかけてた思い人に打ち明けられて、どうしたらいい?
笑っていいのか泣いていいのかさえわからない。
つまるところ、

「・・・俺が大人げなかったんだ。つか俺のほうこそ悪かった」
「全くだぜ」

間髪入れず答えた一護の口元は、苦笑に歪んでいる。
まるでいろんなことを諦めてきた大人の表情。
ってことは、コイツも終わりだったって感じてたんだ。
わかってて、わざとこんな風に茶化してみせる。
そしてまた始めようとしてる。
なんだってんだ。
よっぽど俺のほうがガキじゃねえか。

「・・・んだと?」

それでもかろうじて言葉を掻き集め、いつものような言い争いに仕立て上げようとした。
狡い大人の浅はかな矜持。
けど、そんな俺の葛藤などお構いなく、一護はくしゃんと無邪気にくしゃみで応える。
身体を離したから冷えてきたんだろうか。
いつものように抱きしめていいんだろうか。
何故か躊躇われて、代わりにその辺にくしゃくしゃに丸まって落ちていた着物ををかけてやる。
それは俺の浴衣だったようで、サンキュとその大き目の派手な布に包まって頭だけ出した一護は、まるでかくれんぼをする子供のようで微笑ましく、図らずも笑みが漏れる。
すると一護は、少し唇を尖らせながら笑って応えてみせる。

「・・・だからさ。俺、フツウの日に、フツウに来てみた」

テメエが来てる時点で普通じゃねえだろ、このバカ。

「そしたらテメーはさっさと帰ってくるし、こっちの準備とかどうすりゃいいんだよ!
 ほんっとにテメエってヤツは全く!
 ・・・っていうかさ、恋次。俺は・・・・」

今までの饒舌が嘘のように、一護はまた黙り込んだ。
そして視線だけで何かを問うてくる。

わからねえよ。
俺にはわからねえんだよ。
わかりたくねえんだよ。
わかったらそこは、袋小路だ。

視線を逸らした俺の頸に一護の両手が絡まり、その顔が寄せられる。
せっかく掛けてやった浴衣はするりと一護の肌を滑り落ちる。
うんと近づいた唇は、触れる寸前で宙に留まる。
不安定に揺らぐ瞳が焦点も合わないほどの距離から俺を射抜く。

「俺は・・・」

息がかかる。
瞬きで起こる微かな風さえ感じ取られるこの距離。
そういえば今日は、あんなに派手に抱いたのに、この唇に触れていなかった。
それだけはしちゃいけない気がしてた。
けど多分、それを求められてた。
なのに俺は、自分自身の迷いでどうしようもなく一杯で、一護のこととか見ちゃいなかった。
わかろうとさえ、理解しようとさえしていなかった。
だったら、遅くなったけど、今。



だが、もの言いたげなその唇を啄ばもうとした瞬間、目の前に火花が散った。

「・・・てェッ、何しやがるテメエっ!!」

テメエ、頭突き食らわしやがったな?
まさかのこのタイミングで!

「・・いい根性、してんじゃねえか、こんのクソガキが!」
「ガキ呼ばわりすんなっつってんだろ! つーか気ィつかなくて悪かったな!  テメエみたいな年寄りの誕生日祝ったって、嫌味にしかなんねえもんな?  そういうことだろ?」
「んだとコラァ!」

怒鳴ってはみたものの、一護の首筋は、暗闇でも見て取れるほど赤くなっている。
無理しやがって、このバカ。
仕様がない、ここはオトナの俺が一歩譲ってやるか。

すっかりずり落ちてしまった浴衣をその肩に掛けなおし、
「まあいい、来年こそはちゃんと祝ってくれよ」
とまだ痛む額をくっつけて告げると、やっと笑ったと生意気そうな笑みを浮かべた一護は、年相応の少年の顔に戻った。



それがこの年、最低で最高の祝い事。
もう秋の虫がその歌声を響かせ出した季節のことだった。





2008/恋次誕。遅くなりましたがおめでとう、恋次! なんと「DHK/2 M-mix」の月影さんに貰っていただきました。ありがとうございます! 夏企画LoveBerrysで出す予定だったときは、間違えて早く着すぎてツッコまれる一護と恋次の ほのぼのと楽しく短い話になるはずでした。ははは・・・。
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