「・・・・・・・・・・・・・・・。」


訳の分からん言葉が混じりまくっているが、とてつもなく桃色な歌なことだけは分かる。
女子供に聴かせるような歌のフリして、とんでもねえ!
つか俺にはムリだ!
ズレてて結構。
こんな歌、こんな言葉、死んでも口に出来るかッ!!

けどその一方で、妄想の中の一護は勝手に、桃色の歌詞に乗って暴走して行く。
想定外の言葉の連続なくせに、やたら”いちご”を連発してくるから刷り込まれてしまったんだ、きっと。
まさに青天の霹靂。
だからこそ堰を切った連想はトドメを知らない。

なんてったって”甘い一護頬張るように愛して”だぞ?!
んなこと男が言うのか?! それが現世か?!
しかも真白なミルクだしな!
溢れ出ちまうしな!
つか前も後ろも上も下もって・・・!!

「ああクソッ!!!」

慌てて妄想の中の仮想一護を振り払ってはみたが、もわもわと後から後から湧き出てくる。
こんなの一護じゃねえと分かってても、一護の顔した妄想が一護の声でとんでもねえことを語りかけてくる。

めくるめく桃色世界。
恐るべし現世音楽。
早く消さないと。

だがようやく指を”あいぽっど”に延ばせた途端、
”いちごっ!”
と叫んで音楽は途切れた。
音楽が終わった後の空白を埋めるように頭の中、いちご!の叫び声がエコーしてる。

・・・く、くそ。
完敗だ。

とてつもない敗北感に苛まれながら、改めて”あいぽっど”を停止させた。

俺にはムリだ!
こんなチャラチャラした歌、俺には。

迷走しだした怒りは捌け口を求め、記憶の中の一護の真っ赤に染まった顔が甦り、腹立たしさは更に倍増。

つか一護にもこんなもん聴かせたら耳の毒だろ!

俺は耳から白い管を毟り取って立ち上がった。
こんなことをしてる場合じゃねえ。
一護のところに行かねえと!

だが、

ドスッ!

「うッげぇッ・・・・!」
唐突な痛みに振り向くと、汗だくの一護がスゲえツラして突っ立てた。

じゃあ今の痛みは一護の蹴りか。
いつの間にこんなとこまで。
つか背後を取られるってどれだけ油断してたんだ、俺!
完全に隙を突かれた、チクショウ。

「テメエ、何しやがる・・・!」
「恋次ィッ、テメエ!!!」

ぜーはーと肩で息をしたまま、一護は第二撃を入れてきた。
その拳を目にした途端、自動的に戦闘態勢に入った。
頭の中がすっと空白になる。

蹴りを真っ当に喰らった背を庇いながらも難なくかわし、右腕で牽制しながら足を入れる。
人間の体のままの一護は動きが鈍い。
俺の蹴りを避けた一護は回し蹴りを入れてくる。
そんな派手な技が通用するもんか。
紙一重で体を引いてかわして余裕を見せ付つ、同じように体を回転させ、見せ掛けの蹴りを流しつつ拳を入れる。
かろうじてかわした一護は、横へ素早く避けつつ俺の背を取ろうとしたが、寸止めで一護の動きを封じ、そのまま逆に背後を取る。
だがそれがいけなかった。
つい緊張を解いて、そのまま腕を後ろ手に取って締め上げようとした途端、
「ぐふッ・・・」
逆に肘を喰らった。

「このヤロウ・・・」
「油断してっからだクソ恋次ッ!」

けけけっと笑う汗まみれの一護のツラがこの上なく憎たらしい。
「テメエ・・・」
さっきまであんなツラしてたくせにと思うとキレそうになったが、だが生身の一護相手に霊体の俺が本気を出してはマズい。
抑えろ、俺。
・・・つか「さっきまであんなツラ」って、そりゃ俺のアタマん中だけだろ!

思い至った途端、こんなところで喧嘩してる原因となったあの歌と、それにまつわるイロイロが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
妄想の中、勝手な格好で勝手なことをさせた一護が、目の前の現実の一護と重なる。
ぼッと顔に血が上がった。
マズい。

「恋次・・・?」

思わず後ずさった俺に向ける訝しげな一護の目付きまで、さっきまでの妄想と相まってアヤしい色に見えてくる。
誘われてるように感じる。

半端ねえな、現世の歌の威力は。
これも言霊の威力か!

「オイ、どうしたよ、恋次」
「い、いや・・・」

つか感心してる場合じゃねえ!
これはマジでヤバい。

「な、何でもねえ! つか悪かった! これ、返すぜッ」

声がひっくり返ってんじゃねえか、俺。
我ながら情けねえ。
だがとにかく早くあの歌から解放されたい。
じゃないと大変なことになる。

握り締めたままだった”あいぽっど”を突き出すと、
「あ・・・!」
一護は構えを取ったまま凍りつき、大きく目を見開いた。
そして”あいぽっど”と俺とを何度か見比べた。

今度は一護の番だった。
目元が赤くなったと思ったら、みるみると顔全体に朱が射していった。
そして首筋まで真っ赤になったと思ったら、
「テ、テメエッ、聴いたのかッ?! 聴いたんだなッ!!!」
と怒鳴りつけてきた。
やっぱり声が裏返ってる。
あまりの剣幕にコクコクと思わず頷くと、襟首を掴み上げて、
「言っとくけど!」
と叫んだ。
「コレ! このiPod、俺んじゃねえからな! コレは水色が持ってきたんだッ! そしたら啓吾のヤロウ、夏はイチゴの季節とかなんとかいって水色とニヤニヤして聴いてて、そしたらクラスの奴らにも聴いた事ある奴らがいて、たつきや井上なんかは俺の歌だとか言い出すし、ヘンな目で見るし、だから俺は一体どんな歌なんだって思ってッ・・・!!!」

おそらく本人は必死なんだろう。
だけど、俺の襟を鷲掴みにしてガクガクと揺すりながら必死に弁解してくる一護は真っ赤で、まさにあの歌の赤いイチゴで、目の際なんかも気のせいかうっすらと濡れてて、つまるところあの歌なんかよりもよっぽどよっぽどアレな感じで。

・・・とにかく今は理性を繋ぎ止めないとマズい。

「そりゃ大変だったな・・・」
と棒読みでマヌケな相槌を打つと、硬直したままの一護は、
「と、とにかく、そういうことなんだ!」
と叫んだ。
首筋まで赤く染めたまま。
その目の必死さに、全くコイツは、と俺はため息をついた。

一護は、自分を分かってるんだろうか?
どうしようもなく無防備で、必死で、だからこそ抗いきれない色香を漂わせていることに自覚はあるんだろうか?

いや、と俺は首を振った。
その色を認め、惑わされるのは、俺みたいに時を行過ぎてしまった者だけだ。
一護自身も、同年代の子供たちも、そんな色があることに勘付きもしまい。

俺は一護をじっと見た。

明日、学校で、
同年代の、しかしおそらくは一護の数歩も先をいく子供たちの中で揶揄されて、真っ赤になっている一護を想像すると頬が緩む。

あの時。
自分の部屋で一人、あの歌を聴きながら真っ赤になってた一護は、一体何を考えてたんだろうか。
死神代行とかやって、尸魂界と深いかかわりを持ちながらも、やっぱり一護はコッチの子供だ。
なら、あの歌のようなことを平気で口にするようになるんだろうか。
うんと年寄りで死神な俺にはそんな素振りは欠片も見せなくても、いつか大人になる途中で、他の誰かに。



一護、と名を呼ぶと、一護はこくりと頷いてそのまま俯いてしまった。
その髪を、木漏れ日が金色に染め上げていく。
ほんのりと赤いうなじも、汗で張り付いたシャツも全部まとめて、金色に染め上げていく。

蝉の声が森を満たした。
俺の死覇装も、一護の制服も、森を吹き抜ける風に揺れた。
時が止まったような気がして、少しだけ俺の時間と一護の時間が交錯したような気がして、そっと一護の髪を撫でた。
すると、”やっと君を見つけたから”とあの歌の一節が聴こえた気がして、
案外、悪いもんじゃないかもしんねえなと思えた。




<<back / [WEB CLAP]