「100title」 /「嗚呼-argh」
さかさま
いつもどおり窓から無遠慮に入り込んだ男は、いつもよりもうんと乱雑な音を立てて、ベッドの上でくつろいでた俺に向かって倒れこんできた。
慌てて避けると、下敷きになった掛け布団がぼふっとへこみ、ベッドもギシリと大きな音を立てて唸った。
テメエ昼間っから何考えてやがる、何しやがる!
夜中はいつも、音どころか気配も殺しきって忍び込むくせに!
斜め下、いつにない角度で見下ろして睨みつければ、恋次は布団に沈んだまま。
打ち所でも悪かったかと思ったら、悪りィちょっと休ませてくれと、らしくないぐらい丁寧な挨拶もどきを吐いて仰向けになった。
そしてあろうことか眼を瞑り、目の辺りを太い両腕で覆って隠してしまった。
・・・
んだよ、ただ寝たかっただけかよ。
俺んちは休憩場所かよ、
大体何だよその酷でェクマ、何やってんだ、
つかつっこむ暇もねえじゃねえかよ。
けどそれ以上言葉なんて何もでないぐらい疲労困憊な様子。
だから、構やしねえよと避けたばかりで半分寝そべっていた体を起こして場所をつくり、自分は椅子に移動しようと床に足を下ろした。
その足を思わず引っ込めてしまったのは、床が予想外にひんやりとしていたせい。
帰宅してからほんの少しの間だったけど、日向のベッドに寝っ転がってたから、多分すっげえ身体、あったまってたんだな、きっと。
部屋の内側に向けてた身体を捻じって窓の外を見ると、もの凄い青空。
エネルギーの塊みたいなもんなんだろ。
窓越しでも日差しがすごく強い。
ほんっと春が来たんだなあと思いつつ、そっと足を床に戻すと、足の裏が冷やっこい。
きっとベッドの下はまだ冬なんだ。
足の指先を重ねて擦り合わせると、まるで暖を取ってるみたいで、あまりにも季節はずれで、なんで俺、春なのにせっかくの太陽に背中向けてんだろ、
前はこんなことなかったのに、自分が自分からずれていくみたいで、そういえば最近はいつもこんな感じで調子が狂っちまってると少しイラつく。
もしかして
恋次ごときのせいなんだろうか?
大体、
以前だったらこんなヤツ、蹴飛ばしてたんじゃねえか?
そもそも恋次だって寝になんか来なかったんじゃねえか?
睨みつけてみたけど、答えがあるわけじゃなし。
ぼふっとため息を吐き出して、とりあえずその場を凌ぐ。
なんとなくそこを離れらずに雑誌を斜め読みしていると、場所が空いたことに気がついた恋次が、寝返りを打ったんだろう。
ベッドがギシリとまた揺れた。
俺の身体も揺れ、手にしていた雑誌の文字もブレる。
ついでに視界にはみ出てきてた分の、括られたままの赤い髪の毛先まで震えたり、ベッドからはみ出てた手足が引っ込んだのも見えた。
ったく。
ひとのベッドなのに馴染みやがって。
せっかくの穏やかな時間がすっかりおしゃかになっちまったのが気に喰わなくて、ギッと恋次を睨みつけた途端、
「あったけえなあ」
と恋次が呟いたからちょっと虚をつかれた。
んだよ、起きてたのかよ。速攻、眠るのかと思ってたのに。
まあでも声がいやにぼんやりと間延びしてたから、きっともう眠くてたまんねえんだろ。
知らず笑みが漏れる。
なんだか無性に優しい言葉をかけたくなってしまったけど、柄でもねえし。
散々迷った末に、春だしなとだけぶっきらぼうに返すと、案の定、返事はなかった。
やっぱ寝てんじゃねえか。寝言かよ。
特別にやることがあるわけじゃないしとベッドの端っこに座りなおし、また読みかけの雑誌を手にとってみた。
だけど視線は泳ぐばかり。
恋次の突然の来訪前と同じぐらいにすっかり静まり返ってしまった部屋の中には、僅かだけどきっちり二人分の音が満ちていく。
吸って吐く息の音、服や布団が立てる布ずれの音、ベッドが軋む音。
けど鳥の声もする。
遊ぶ子供たちの声もする。
ドア越し、階下から遊子や夏梨たちの立てる物音も途切れ途切れに聞こえる。
そんなふうに外から聞こえる音を意識してみると、余計に二人っきりなんだなあと思って、くすぐったい気分になる。
何か俺、今日はヘンだよなあ。
春の陽気のせいで、アタマが鈍くなってんだろうか。
なんだか腑に落ちない気分でいると、恋次の口から、うう、と呻き声のような吐息が漏れた。
振り向いてみると、恋次は横向きになって、無駄にでかい身体をくの字に丸めて眠っていた。
狭いからなあ、この図体には。
床で寝ろ、床で。
つか最近調子に乗ってきてるコイツのことだから、てっきり膝枕でも強請られるのかと思ったけど、そうか。
そういえば、こいつは一人で居ることに慣れてるんだよな。
なんかそういうのが似合うよな。
けどずっと一人で、家族もなくて、ルキアも居なくなって、寂しくなかったのかな。
「あ・・・」
そんな俺の心配に気付いたかのように恋次が笑った。
だから俺は、そうだよなと思いなおす。
あの朽木白哉と一緒の今はともかく、十一番隊とかで剣八や一角なんかとワイワイやってたんだろうな。
ガッコとかも行ったみたいだしさ。
杞憂ってやつなんだろな、恋次が一人過ぎると思うなんて。
あ、また笑った。
起きてる時より笑うんじゃねえか、コイツ。
特に最近、しかめっ面ばっかりだからな。
ったく人んちのベッド乗っ取って、一体何の夢を見てるんだか。
お日様、身体一杯に浴びて、まるで虫干しだよな。
今日は義骸だし。
自分の思考の行き着いた先に突然、今横たわる恋次の身体は、モノなのだということに気がついた。
恋次が抜けても何の支障もない、生きてなけりゃ死ぬこともない、ただの物体。
そんなことは百も承知の現実なのに。
・・・んだかなあ。
けど、俺のモヤモヤを察したように、ううう、と恋次がまたタイミングよく呻いた。
だから俺は、それに乗っかって、意識して思考の向かう方向を変えてみる。
なんだろ。
うなされてるのとは違うみたいだけど。
あ、もしかして首がきついのかな。
だからいつもみたいに仰向けになって、大の字で寝れねえのかな。
髪紐を解いてやってはみたけど、うううとまた呻いただけで反応がない。
煩せぇなあ。
静かに寝れないもんなのか?
しかしとんでもねえ赤だな。
シーツの白の上に散らばって、赤みを帯びた金色にも見え、いつもよりうんと眩しく感じる。
それはきっと春の陽光の下だから。
いつもは月の光の下だから。
この頃、夜の闇の中でばかり会ってたからすっかり忘れてたんだ。
眼なんか瞑らなくても、月明かりを受けた恋次の横顔が思い浮かぶ。
覆いかぶさってくる俺よりうんと大きな身体も、体表を這う黒い墨も、闇の中では真っ黒に見えるくせに時々紅く光る虹彩も、ほとんど無言で呼吸だけ満ちるあの時間も、叩きつけてくるようなあの快感も、
それに逆らえないでいる自分の身体も。
何かがぞくりと身体の芯を走った気がした。
何かが今、ものすごく物足りない気もした。
けど認めたくない、そんなもの。
逃げ場を求めて逸らした視線の先には恋次の手。
力なく軽く握られた手はやっぱり大きくてゴツい。
無神経そのものに見える。
なのに俺にはあんなふうに触ってくるんだから始末が悪い。
だからまた俺は、思考の無限ループに嵌る。
どうしようもなく身体の芯が疼くのを感じる。
なのにコイツは俺には関係なくグーグー寝てる。
・・・チクショウ。
こんなはずじゃなかったのに。
テメエのせいで俺は調子が狂って困るんだよ。
俺は顔が熱を持つのをいやでも自覚した。
だから矛先を、当然のごとく恋次に向ける。
おいテメエ、わかってんのかよ、そこんとこ。
ぐうぐう呑気に寝てる場合じゃねえだろ。
「わかってんのかよオイ」
頬を突いてみても、緩みきった表情はそのまま。
そのうち涎でも垂れてくるんじゃねえか?
呑気なツラしやがって。
張ってた気がスコンと抜けるのを感じる。
ったく、どっちがガキなんだかわかりゃしねえじゃねえか。
つか何で俺がテメエにこんなに構わなきゃなんねえんだろ。
逆じゃねえか。
つかテメエとああいうことになってしまってから、こういう風に普通のダチみたいにただ一緒にいるだけっての、初めてじゃねえか?
なんか、俺もオマエもここしばらく、会う度にバカみたいにピリピリしてなかったか?
「ったくアベコベにも程があるぜ」
さかさまに覗き込む恋次の顔はなんだか無性に可愛らしくって、思わず、恋次がいつもしてくるように、唇で触れてしまった。
そういや俺からしたのはもしかして初めてかもしれないと思い至ったのは、焼けるように顔が熱くなったから。
なのに恋次は我関せずとばかりにグースカと呑気に寝ている。
いつもあんなクソ真面目なツラで顔を近づけてくるくせに。
よくあんなことできるよな。
相手、俺だぞ?
恥ずかしくねえのかよ、あんなツラ晒してよ?
テメエ、ほんと、バカだろ。
思い出すと余計に顔が火照ってきてどうしようもない。
背筋が疼くのも止められない。
こんな異常事態、きっと強すぎる春の日差しのせいに違いない。
絶対、絶対、そうに決まってる。
だから俺はベッドの下の床の上、まだ少しだけ残る冬に避難して事なきを得た。
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