「100title」 /「嗚呼-argh」


よし。
今日こそは目にもの見せてやる。
覚悟しやがれ。


子供


指に馴染んだはずの一護の部屋の窓枠。
今日に限って半端に開いてる。
都合がいいと思うより先に、引くのを躊躇ってしまった。

そういえば今はまだ、宵の口もいいところ。
昼の欠片もたっぷり空気に残っている。
以前だったら別にどうってことはない、ごく普通の時間。
けど、始めることを始めてしまった俺たちには馴染みの無くなってしまった時間。

「あー・・・、ちくしょ」

こんなところで躊躇うなんて、全く俺らしくねえ。
知らずため息が漏れる。
なんだこの女々しさは。
やってらんねえ。いっそ帰るか?

それでも意を決して窓を開けると、カララッと勢いのつき過ぎた甲高い音。

やべぇ。
これじゃ近所中、響くじゃねえか!

現世仕様のせいか、一護の部屋の窓はやたら軽く開く。
尸魂界の木枠の窓とは重さも手応えも違うんだった。

何やってんだ、もう何十回も開けた窓だろ!

だが気がついたときは既に遅く、
「う・・・、うおぉっ?!」
音を殺そうとしがみついたせいで勢いあまってバランスを崩し、危うく部屋の中に転がり落ちそうになった。

ああもう、カッコつかねえじゃねえかッ!

遅漏疑惑だの過労(つまり低能)疑惑だの、ここしばらく続いた失態の数々の雪辱を果たそうと気合入れてきたのに、最初っからこれじゃ先が思いやられるぜ。

何とか気を取り直し、窓枠にしがみついたまま、呆れたツラの一護と目が合うのを覚悟して、苦笑いを浮かべつつ、机の方を見遣ってみる。
だが誰も居ない。

「・・・?」

おかしい。
この時間なら一護は机にしがみついてるはずだろ。
虚も出てねえはずだ。霊圧だって確かに家の中にあった。
あ、もしかして風呂とかなのか?
それとも家族団らんってやつか?
けど机の明りはついたまま。
もしかして何か緊急事態か?!


「うぅ・・・」

だが、奇妙な声に視線を落とせば、煌々と光る蛍光灯の明りの下、窓際の備え付けの寝床、つまるところ俺の足元で一護は眠っていた。
それがあまりにも予想外で、
「い、・・・一護?」
つい大声を上げてしまった。
だが一護はぐうぐう寝てて起きる気配もない。

こんな時間に一護がこんな無防備に眠り呆けるなんて、しかも俺が来たのに気がつかないなんて、今まであった試しがない。
睨みつけてもビクともしねえ。
つか今なんて、窓枠にしがみ付いてテメエの上に落ちかけたんだぞ?!
もしかしてコレはあの擬魂野郎か?

「・・・いや。やっぱ、一護だよな」

窓枠で巧くバランスを取りながら探ってみても、霊圧も、眉間に深く寄せられたままの皺も、やっぱり一護のものに違いない。
コンの霊圧は近くにさえない。
大方、夜遊びにでも行ってんだろ。
こりゃ都合がイイ。



・・・つか問題はそこじゃなくて。

「オーイ」

一応、 声をかけてみたが、そりゃーもう安らかに寝息を立てて寝入ってる。
転寝しちまったんだろな。
掛け布団もかけず、寝巻きにも着替えず。
大方、「ほんの少しだけ」とかなんとか言って横になってそのまま熟睡しちまったんだろ。

「しかしなあ・・・」

俺としては非常に困る。
万難を排して今日は気合入れてきたんだ。
睡眠もたっぷり取ったし、体力だってたっぷり蓄えてきたし。
ガッツかないですむようにまあイロイロと調整もしてきた。
なのに当の一護がここまで熟睡してるとなると、俺はどうしていいのか。

「一護」

寝床の横に下りてひとしきり、ゴホゴホと咳払いの後、耳元で思いっきり低音で話しかけてみたが、返ってくるのはむにゃむにゃと寝言だけ。
しかもTシャツの裾がめくれてるわ、口は半開きだわ、窓は開いてるわ、無防備にも程がある。
テメエのことだから自覚はねえと思うがな。

俺の視線に居心地悪く感じたかどうかは知らねえが、一護は軽く寝返りを打った。
ふぅっと鼻から漏れる息が甘く響く。

「あのなあ・・・!」

これで寝込みを襲うなというのか!
テメエ、俺を舐めてんのか!

ふつふつと湧いてきた理不尽な怒りに逆らえなくなってきた頃、プーンという甲高い音に気がついた。

「蚊・・・?」
イラつく音があちこちからしてる。

こりゃ一匹や二匹じゃねえな。
バカ一護が。窓開けて寝てっからだ。

「ハッ、とりゃッ」
鍛えぬいた動体視力で数匹同時にビシパシと潰してみれば、
「こりゃ一護のヤツ、派手に吸われたな」
指先は一護の血で真っ赤。
ここまで刺されて気がつかないなんて、もう今日は起きそうにねえな。
またしばらく来れなくなるというのに。


さすがに落胆を隠せず見下ろすと、蛍光灯に明々と照らされてウウウと唸りながら、蚊に刺されたところを掻きまくる高校生一匹。
眉間の皺がますます深くなってる。

ったく、ガキにゃあ敵わねえ。
蚊とは言え、んなにあちこち、跡付けられやがって。
俺がいることにも気付かねえなんて、油断しすぎだろ、このバカ。

「・・・とはいえ、だ」

このままではさすがにヤバい。
一護は腹の辺りとか二の腕の辺りとか、熟睡しながらもボリボリ掻きまくってる。
だから服がめくれて、赤い線が白い肌に縦横無尽に走ってるのも見えて、無駄になった覚悟と準備も相まって、俺としてはもう本当にいろいろとヤバい。
せめて掻くのは止めさせないと。

俺は棚の隅っこに備え付けてあるはずの小瓶を探した。

「・・・あったあった」

そうそう、これこれ。
なんて名前だっけ?
痒み止めのスースーするやつ。
超得意げな一護のツラがムカついたけど、現世勤務のときにはすげえ世話になった。

見知った小瓶を勝手に拝借して、一護の腹に塗ってやる。
さすがにひやりしたんだろ。
ひくっと体が痙攣する。
身体を捻じって無意識にでも逃げ出そうとする。
それが極めて扇情的で。

こりゃ、ヤベぇなと思ったが後の祭。
気がついたときには小瓶を投げ捨てて、手をTシャツの下にするりと忍ばせていた。
するりと指が舐め取る滑らかな感触に首筋の皮膚が粟立つ。
一護、と名前を呼ぶと、首を捻じって逃れようとする。
掌の下の肌が柔らかく波打つ。
止められそうにない。
押さえる気ももうない。


「・・・一護」

力の全く入ってない身体を仰向きにさせて、
邪魔な両手首を顔の脇に置き、寝床に押さえつける。
あどけないと言っていいほどの寝顔。
罪悪感がズキリと胸を刺すが、どうせ起きないんだからこのままと、
軽く耳朶を噛んで名前を吹き込むと、あんなに頑なに閉じられた瞼がすっと開いた。

嘘だろ?

そして、真上から覗き込んでる俺にも驚かず、
「恋次」
と静かに俺の名を呼んだ。
それがあまりにも予想外で、俺の口から漏れたのは、

「お・・・、目が覚めたか」

と阿呆みたいなコメント。

いやいやいや。
今、俺、寝込みを襲おうとしてただろ。
バレたらヤバいだろ。
この体勢じゃ即、蹴り殺される。

俺は覚悟して腹筋に力を込めた。


「恋次」

だが一護は気付いているようでもなく、淡々と俺の名をまた呼んだ。
・・・よし。このまま何も無かったフリを装ってしまえ。

「・・・一護」

まるでたった今来たかのように無表情に一護の名を呼んでみせる。
もちろん声音は思いっきり低く。
すると空中を漂ってた一護の視線がはっきりと俺に合った。
だが寝ぼけているんだろう。

「恋次、オマエ・・・、」

まだ声がすごく平坦だ。
ならやっぱりこのまま持ち込んでしまうか。

「なんだ?」

耳元へと口を寄せて囁きかけると、一護は一言、

「臭せェ・・・」

と不機嫌そうに呟いた。

「え・・・?」
「俺、せっかくいい匂いだったのに」

え?
いい匂い?

慌てて嗅いでみるが、さっきの痒み止め独特の、薄荷臭いきつい匂いしかしねえ。
つか臭いのは俺じゃねえ、テメエの痒み止めだ!
つか「いい匂い」って何だ、いい匂いって!
何か付けたのか?
そんで俺に何か仕掛けようとしてたのか?
つまりそういうお年頃ってことか?
ついにテメエも目覚めたか?!

「い、一護・・・!」
「オマエ、臭いからダメだ。意味ねぇだろ」
「え? ダ、ダメ・・・って俺がか? 意味ねえ? つかちょっと待て一護、そりゃ誤解・・・!」

だが慌てふためく俺に構わず、一護はまた目を閉じた。
そしてふうと大きく息が吐き出される。

「一護・・・?」

あらぬ予感に恐る恐る呼んでみたが、案の定、返ってきたのは健やか過ぎる寝息。

「・・・マジかよ」

そしてしっかりと掴まれたままの俺の死覇装。

これじゃ身動きが取れねえ。
このまま添い寝しろっていうのか。
ガキじゃあるめえし。
・・・つかガキか。

安心しきったツラの一護の寝顔に、これじゃ飼い殺しだチクショウと、肩の力がガクリと抜ける。
だがそんな俺の内心を見抜ききったかのように再び小さく呼ばれた俺の名と、死覇装を掴む一護の手の強さに俺はあっけなく陥落し、狭く残された寝床の隙間に横になった。
するときつい痒み止め薬の匂いに混じって、一護の髪から少しだけ、夏の香りがしたような気がした。


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