「100title」 /「嗚呼-argh」
閉じ込める
「あー・・、クソ」
ひらひらと呑気に飛ぶ地獄蝶の後をついて戻りながらも、毒づくのを止められない。
ガキくせえったらありゃしねえ。
なんだありゃ。ありゃあ本当に俺か?
イラついた挙句、口もきかずにヤツを置き去りにしてくるなんて。
大人気なさすぎるにも程があるだろ。
つかアレか?
ガキってェのは病気かなんかの一種か?
俺、感染されてんじゃねえか?
一護のクソ野郎、今度会ったらタダじゃおかねえ。
勢いに任せ、何も考えずにガシガシと頭を掻くと、括り上げていた髪がボサボサになった。
「・・・イテッ、あ、クソ、チクショウ!」
全く、何やってんだ。
括り直そうと手拭いも髪紐も乱暴に取ったところで、丁度、尸魂界に到着し、
「うぉっ?!」
いきなり吹き付けてきた風に、体を持っていかれそうになった。
その挙句、地獄蝶も黒い軌跡を残して、あっというまに吹き飛ばされた。
「あッ・・・・、クソ、何て風だよ! あっちはあんなに晴れてたってのに」
見渡すと一面の白。
雪嵐が吹き荒れていた。
視界を封じられ、聴覚を奪われ、体表も凍って感覚さえ消える。
白い闇に閉じ込められてしまった。
そんな気がする。
さて、地獄蝶の回収はどうするか。
理吉でも呼びつけて探させるか。
だがきゃんきゃん吼えたてる理吉を思い浮かべるとガクリと肩が落ちる。
ガキの相手は今日はもうゴメンだ。
俺は雪の中、風下に向かって歩き出した。
寒いのは嫌いだ。
暑いのは凌ぎゃあいい。
水が腐るのにさえ気をつけてりゃ、死ぬことはねえ。
春や秋なら、食い物も手に入りやすいし、いい季節だ。
短いのが難点だがな。
だが冬はダメだ。
人がすぐに死ぬ。
特に体を濡らすとダメだ。
風が少し吹いてもすぐに凍えて死んでしまう。
熊かなんかみてえに穴倉で眠っていられりゃいいが、
メシも食わなきゃなんねえ、仲間にも水が必要だ。
火を起こしたところで、命取りになるともしれねえ。
だから身を寄せ合う。
それが俺たちの得た知恵だった。
「さて、見つかるかな・・・」
風の向かう方向へ、消えた地獄蝶の黒を追うと、背を叩きつけてくるのは雪。
解けた髪が顔の両脇を、風に乗って流れていく。
ウゼェったらありゃしねえ。
だが、俺の髪の赤が一面の白を切り裂いていく。
いつになく好ましく見えるのは、まだ混乱しているせいか。
あの時、あの部屋で、一護が震えだしたとき。
寒いからだとは気づかなかった。
当たり前だ。俺は魂魄だ。
質量はあっても温度は関係ない。
現世で、
暑さ寒さなど感じるわけも無い。
そして一護も、そのことに気がついてなかった。
「寒くて悪りィな。ヒーター、壊れてるみてえだ」
と、風呂上りの自分の濡れ髪を放って、何とかして暖房をつけようと奮闘してた。
一護の息は、白く煙った。
肩がかすかに震えだした。
なのに俺はといえば、ただそこに居るだけ。
そして一護が、俺を温めるために凍え死のうとしているように感じた。
知ってるか、一護。
ガキってのは愚かなもんだ。
だから強いってのはあるが、とにかく何とかなると思っていやがる。
けどそうじゃねえ。
どうしようもねえ時ってのはあるもんだ。
狡くなきゃ生きていけない。
一番大事なものを護るために、たとえ仲間でも出し抜かなきゃなんねえ時もある。
俺は誰よりも狡猾だった。
そして強かった。
だからここにこうして存在してられんだ。
一護。
テメエは強い。
けど真っ直ぐすぎる。
まずは自分だ。そうだろ?
じゃなきゃ生き延びられない。
誰も護れない。
「やけに寒ィな」
ほろりと一護の口から零れた言葉に、俺は逆らうことができなかった。
誰よりも強いこの子供を護ってやんなきゃなんねえような気がした。
けどこうやって抱きしめてやっても温めることはできない。
芯まで冷えた濡れ髪を感じるさえできない。
ただ閉じ込めているだけ。
握り締めていた手を開くと、手ぬぐいも髪紐も風に乗って吹き飛んでいく。
そして白い闇に溶ける。
あの向こうに漆黒の蝶はいる。
俺は自分の深紅の髪が指し示す方へと、雪の中を歩いていった。
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