「100title」 /「嗚呼-argh」
違う生き物
「・・・・・っ」
今、自分の口から零れたこの音。
初めて耳にしたわけじゃない。
けど今日に限って酷く苛立つ。
「う・・・ん・・・」
まただ。
なんだよ、これ。
こんな声、
まるでエサをねだる子猫みたいな情けない声、絶対、コイツにだけは、 特にこんな時には絶対、聞かれたくないのに。
「・・・ん・・・ッ」
イヤなんだ、本当に。
なのに堪えれば堪えるほど、
イヤだと思えばイヤだと思うほど溢れ出してくる。
自分の身体なのに。
自分の声なのに。
闘ってボロボロになった後みたいに、何一つ身体が言うことをきかない。
「ん・・・、・・・っ、あ・・ッ」
いいようにされて情けなくねえのかよ、俺。
恋次の動きに合わせて、手が届かないどこか深いところから込み上げては、恋次が望むままに漏れ落ちるこの声。
これじゃまるで恋次の操り人形じゃねえか。
ちくしょう。
「一護」
だけど
恋次の不安そうなツラ。
好き勝手やってんのはそっちで、俺なんて足とかうんと開かれて、どうしようもなく晒されて、テメエの好き勝手にやられてるだけで、主導権なんてカケラもねえぐらい惨めな体勢だってのに、なのに俺が少し弱みを見せただけで、どうしてそんなに動揺する?
らしくねえんじゃねえか?
挙句の果てに、
「一護・・・」
と情けないぐらい弱い声に呼ばれたから、
思わずそっと手を伸ばして、恋次のこめかみから頬へと伝い降りてきた汗を拭った。
コイツ、汗まで熱いや。
そう思ったらなんだかおかしくなった。
だってきっと俺も熱い。
ずっとずっとくっついたままなんだ。
おんなじ温度になってるに決まってる。
だからそのまま、掌を頬に当てる。
けど今度は俺の手のほうが熱かったんだろう。
恋次のほっぺた、ひんやりと冷たく感じる。
そういや恋次もさっき、こんな風に俺の顔に手を当ててたなあ。
でっかい手だった。
コイツはあの時、何、考えてたんだろ。
なあ、テメエのその赤い頭ん中、一体どうなってんだ?
俺が心の中で問いかけた途端、恋次の目が大きく見開かれた。
そして細められる。
急に、何かを堪えたような、切羽詰ったような、焦りまくったツラになる。
さっきまでの大人然としたヤツとは別人みたいだ。
バカみてえ。
多分俺は、少し笑ってしまったんだろう。
恋次は何か、小さな声で毒づいて、いきなり俺の両手首をシーツに押し付けた。
さっきまでの静けさがウソみたいな荒々しさ。
ついていけなかった身体が、
衝撃で跳ねる。
それを簡単に押さえ込んだ恋次が、俺の身体を支配しにかかる。
やっと本性を剥き出しにする。
それを受け入れた俺の声も際限なく零れだす。
けれど大きな掌で口ごと塞がれる。
射抜くような視線を真っ向から受けて、指先まで痺れる。
深く身体の奥で滞ってた熱が、注ぎ込まれる恋次のそれと混じり、激流となって手足まで押し出される。
なのに吐き出す先がない。
ぐるぐると身体の中で不完全燃焼。
しかも止めを刺すように恋次の汗が眼に落ちてくる。
汗は歪んだレンズになり、胸に押し付けられた恋次の髪が俺の視界を深紅に染める。
そんな強すぎる色、沁みるに決まってんだろ、痛てえよ、もう眼なんか開けていらんねえ。
ぎゅっと抱きしめられて、押し込められて、息もできねえ。
熱くて熱くてたまらない。
苦しくて何もかも放り出したくなる。
俺だけそんな目に遭うなんて割りに合わねえだろ。
だから俺も恋次を抱きしめ返す。
のしかかってくる身体、脇の下から腕を通して肩を抱きこむ。
なのに恋次の背中は広過ぎるし、胸板だって厚過ぎる。
うまくしがみ付けない。
しかも絶え間なく揺さぶられてるから、汗で滑った指も落ち着かない。
それでもようやくみつけたとっかかりは、たぶん肩甲骨。
掌の下、柔らかい肉の奥、硬いものが違う生き物みたいに蠢いてるのがわかる。
いつもこんなんだったのかなあと、
恋次の秘密を覗き見てしまったみたいで、なんだかとても愉しい。
つか俺、今日、すげえ余裕じゃねえ?
いつもなら何も考えらんねえぐらい切羽詰ってるのに、
今日は、恋次の方が余裕がない気がする。
恋次のあの広い背中、全部、汗まみれなんだろうか。
だったらあの墨だって、濡れてる。
きっと違う色をしてる。
俺は、恋次の背をそっと撫でてみた。
すると走らせた指の下、色はわからないけど、強張った背の筋肉が縄のように捩れてる。
この背中が俺をこんな目に合わせてんのかと思うと、
繋がってるとこ、もうずいぶんと感覚が麻痺してたはずの熱源に意識が向く。
もうどこからどこまでが俺なんだかわかんねえや。
テメエはわかんのか?
つか今、どんなツラ、してんだ?
全然、見えやしねえ。
なあ恋次、
オマエ、イイ大人なんだろ?
何、一生懸命になってんだよ。
カッコつけのテメエがそんな無様、丸出しにしてよ?
つか俺も何やってんだろ。
滑稽、ってやつじゃねえか、俺たち?
気がついてねえのか?
じゃあ思いっきり爪を立てたら目が覚めるだろうか。
そして血でも流させてやろうか。
あの時みたいに。
深紅の髪の隙間から覗く、血塗れの恋次のあの表情、赤黒い虹彩。
あれはいつのことだったか。
うんと遠い昔。
刀を構え、命を交わした。
「恋次・・・」
俺は恋次の髪に指を通した。
酷く湿っていた。
血に塗れてたあの時もこんなだったんだろうか。
あんなふうに血を流させたのは俺なんだけど、けど血を流してもと恋次に思わせたのは俺じゃない。
普段は気安い調子の恋次の中に潜む真剣さを思うと、俺は少し哀しくなった。
「恋次」
名を呼ぶと、恋次は少しだけ戸惑う。
わかるぜ?
俺だってそうだ。
テメエみたいなヤツに名前を呼ばれると、どうしていいのかわからなくなる。
こんな時だから特に。
なのにテメエは何度も何度も呼びやがる。
俺がどんな気持でいたのか、わかろうともせずに。
「恋次」
仕返し代わりに何度でも呼んでやるよ。
だからいい加減、気づけ、
気づきやがれ、このエセ大人。
「れ・・・ん・・・」
「・・・・ッ」
恋次の大きな背に急に大きな波が来て、戸惑う間もなく俺も一緒に流された。
残されたのは、砂浜の瓦礫のように独りになってしまった俺たち。
何も残ってねえ。
けど何かが本当に在ったのか、わかってる訳でもねえ。
全く本当に、何をやってんだよ。
なあ、恋次?
「一護・・・」
ハッハッと犬みたいな恋次の息遣いがどこか遠くに聞こえる。
俺のだって浅くて忙しくて、まるで身体中が心臓になったみたいだ。
ほんっとバカみてえ。
肩口に押し付けられたのを抱き込むと、恋次は頭を擦り付けてきた。
だから恋次のことが酷く小さく思えた。
さっきまで、あんなに何もかも支配してたくせに。
なんだよ、いきなりこんな風にするなんて。
気に喰わねえ。
やってらんねえ。
しかも気が遠くなるのに任せて、すっと眼を閉じた瞬間、
「あぁ」
と声が漏れた。
それが我ながらいやに満足げに聞こえてもう笑いたくなった。
けど、なんだろ。
時間、かけたせいかな。
なんかたくさん恋次が見えたし、少しは近づけた気がする。
ならここはアリガトって言うべきなのかな。
「・・・この遅漏」
いい感じで変換された礼の言葉は、恋次のバカにはやっぱり伝わらなかった。
仕返しとばかりに全体重をかけて俺に覆いかぶさってきたから、やっぱ年寄りはしょーがねえなあと眼を閉じると、恋次はそのまま俺の上に居座った。
重いんだよ、テメエ、本当に自分のことわかってねえだろ、マジでオトナかよとからかいたくなったけど、それは多分、朝になってからでも間に合う。
だから俺は大きく息をついて、重すぎる肉布団でぬくぬくと温まりながら、深い深い眠りについた。
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