「100title」 /「嗚呼-argh」

甘くて、甘くて、甘すぎる。
だから黙って眼を瞑る。



 まぶしさ




「悪りィ」
と訪問するなり一言残して寝転がれば、寝床の主は少し眉を顰めただけで、
「構やしねえよ」
と場所を少し広く譲ってくれた。
重くなる一方の瞼を今度こそ素直に閉じれば、差し込む陽を透かして世界が赤く染まる。

「あったけえなあ」

思わず呟くと、
「春だしな」
と味も素っ気もない答が返って来た。
眼をそっと開けると、ベッドの端に腰掛けたままの一護の背が、窓から差し込む太陽の光を弾いて白く光っている。

まだ学校から帰ってきたばかりだったのか。
制服、懐かしいなあ。
俺は知らず苦笑を漏らす。



それにしても今日は暖かい。
妙なもんだ。
冬の間だって、一護も、一護の部屋も暖かかった。
なのに春の暖かさは何かが違う。
なんだかとても懐かしい。
この懐かしさはどこか、一護に似てる気がする。
俺はもう一度、一護の背を盗み見た。



春分を過ぎたばかりだというのにやたらと冬を遠く感じるのは、自覚なく春を渇望していたせいだろうか。
あるいは季節が巡ればまた冬が来るという事実を厭うせいだろうか。

身体が強張っていたことに今更ながら気付き、少し伸びをする。
ううという呻き声に似た音が漏れる。
その声に一護が振り向いたのだろう。
ベッドが軽く軋み、布が擦れた音がした。
視線を感じながらも顔の緊張を解き、肩の力を抜き、わざとらしくないほどの寝息を立てる。
身体が布団に深く沈んでいく気がする。



そういやテメエもこの間、寝たふりしてたなあ。
あれはまだまだ冬だった雪の日の夜。
それがあまりにも稚拙で、だからいつまでもいつまでも眺めてた。
だって冷たい月明かりの下、緊張を隠しきれない様子があどけなさすぎて、見つめる他何もできなかったんだ。
そうしたらいつの間にか自分のほうが眠っていた。
オマエもバカだなあ、一護。
素直に目を開けてれば、あんな拷問みたいな長い時間、寝たフリしなくてすんだんだぜ?
そういうのを墓穴って言うんだぜ?
思わず笑いを漏らすと、
「何の夢、見てんだか」
柔らかい一護の声が耳にするりと忍び込んだ。

春の陽気に浮かれたのだろう。
テメエの夢だと素直に告げたくなった。
けれど口が重くて動かない。
眼も開けられない。
閉じた瞼も心も何もかもお構いなしに貫いてくるそのまぶしさにこれ以上耐え切れない。
だから騙したり騙されたりすることも自分に許して良いのだと己に言い聞かせて、今度こそ深い眠りに意識を明け渡した。


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