「熱帯夜に漂う躯 五題」配布元 / LoveBerrys/2008夏 W一護&恋次誕生日企画

白とはなんと闇に映える色であることか。
思わぬ邂逅に、一瞬で眼も呼吸も奪われて立ち竦んだ。

百鬼夜行。
こんな夏の夜には気をつけろ。
異形どもが人知れず、闇の向こうに息衝いている。




息づく爪先



次はどうするんだと訊いてくる声が耳の奥で弾けた。
その期待に満ちた響きに答えあぐね、今度は裸の膝に口付けてみる。
脚の側面に流れる紋様に誘われるまま、足先に辿り着く。
掌にすっぽりと収まった足の甲には細い骨が浮いている。
指先を彩るのは漆黒の爪、
きつい弧を描く土踏まず、
遠慮がちに主張するあどけないくるぶし。
どの線も均等で柔らかく、傷もなければ硬い所もない。
膝でさえ驚くほど柔らかかった。
まるで生まれたての赤ん坊のような瑞々しさ。
一護の躯をかたどって姿を得た存在。
時の流れを感じさせない。

足の指を口に含んでも感じられるのは質感だけ。
何の香りも味もしない。
だが舌を絡めて吸い上げると、弾けるような反応を返す。
そんな自分の躯を理解できないんだろうか。
闇に沈む白金の虹彩が揺れて、不思議そうに俺をじっと見つめている。
一護というヒトの中に久遠という時を眠っていたイキモノ。




くつくつと愉しげな含み笑いが部屋の隅々にまで広がる。

「なあ。オマエ、いいなあ。いろんなこと知ってる」

顔を上げると、一段高いところに腰掛けたままの両足が無造作に開かれ、床に座った俺の頸に、蛇のように巻きついて引き寄せる。
内腿の透明な白さに惹かれて口付けると、まるで氷のようにひんやりとしている。
息苦しい夏の夜にひどく心地いい。

「・・・それも、すげえイイ」

性行為の経験はないらしい。
なら、まだ歯止めの利くこの辺りで止めておこうか。
だが当の本人に頓着する様子はない。

「他にはねえのか?」

先に何があるかも知らぬくせに、もっともっとと次を求めてくる。
形は違うとはいえ、俺と同じく影に潜む存在のくせに、
まるできらきらと夏の陽の光を弾き返す人間の子のよう。
なんという屈託のなさだ。
でもそれは、自分が今している行為の意味を知らないからだろ?
この先、泥沼のような快楽が存在することも知らないだろ?

「続けろよ、さっさとしろ!」

床に座ったままの俺の膝に、白い肌を晒したまま落ちてくる。
短気なことこの上ない。
抜け出せなくなるぞ。
この辺で止めとけ。

「何、テメエだけこんなもん着てんだよ。さっさと脱げ」

俺の襟元にその白い指をかけ、押し開く。
やってみせたとおりに、喉元に唇を押しつけ返してくる。
覚えのいいことだ。
だがそんなに焦って喰らいついてくることもねえだろ。
貪欲なのにも程があるぜ?

「・・・オイ、俺は歯は立ててねえぞ」

鋭い痛みに悲鳴をあげそうになるのを堪え、白い髪を鷲掴みにして引き剥がすと、
「けど、このほうがイイだろ?」
と、その白いイキモノは、愉しげな視線で挑んでくる。
唇についた俺の血を舐め取る。
暗闇の中で色を失って汚泥と化したそれを飲み込むと、仰け反った白い喉がごくりと鳴って蠢く。

もう遅い。
頭の中で警鐘が鳴った。
穢れてしまった。
汚してしまった。
この俺が。
もう引き返すことはできない。

役立たずの後悔と共になけなしの良識は息を潜め、狂喜を帯びた血が得たとばかりに躯中を駆け巡る。
もう引き返しようがないんだ。
なら、試してみようか。



「後悔すんじゃねえぞ?」
「はッ・・・! 誰が!」

欲のまま真っ直ぐに睨みつけてくる眼を無言で流し、本気で攻めだす。
舐めては誘い、
甘噛みしては拒み、
爪で引っかいては矛先を逸らす。
集中できないイラつきに、快楽の渦は行き場をなくして腹の奥で淀む。
淀んだ流れは溜まる一方で、この幼い存在がその扱い方を知るわけもない。
駆け引きの奥に潜む蜜の甘さなど。

いくら虚勢を張ってみても所詮こんなもんだろ。
ガキが。


「・・・ッ」
「なんだ、もう根を上げたか」
「っせェッ、っ・・・!」

わざと怒鳴らせた隙に、散々焦らしていたのを大きく咥え込んで吸い上げると、小さく悲鳴をあげながら精を吐き出す。
たわんだまま小刻みに震える躯が素直すぎて、思わず見蕩れる。
知らず開いた俺の口は、白い液体をその端から零れさせて賛辞に代える。


「・・・んだよ・・、こ・・れっ・・」

口が利けるほどには落ち着いても、何が起こったのかわからないという顔をしている。
ハッハッと忙しなく肩を上下させ、俺の口を凝視している。
口元を拭うと、手の甲には白い残滓がこびり付いた。
それを舐め取ると、慌てて眼を逸らす。
自分の躯から出たものなのに、なんなんだ。
さっきまでの生意気はどこへ行った?

・・・・まさか。
雄が何であるかも知らなかったというのか。
一護と同じく少年の躯をしていても、まだ雛のままだというのか。

先ほど触れた、均等に柔らかすぎる体表を思い出す。
確かにこいつは、一護という殻を破って出てきた凶暴なイキモノ。
だが、まだ雛だ。
羽も生え揃っちゃいねえ。
なら、こいつは俺を選び取ったわけじゃねえ。
こんな行為をしたかったわけでもねえ。
ただ俺が目の前にあった。
だからその俺の振る舞いのまま、模倣しただけ。
そんなものに俺は手を出してしまったのか。
何も知らない、
何も持たない、
本能だけで殻さえ失くした剥き出しの魂。
その純度と、それを濁した己の咎を思うと眩暈がする。
けれど下唇を噛締めながら眼を上げたとき、
俺を見つめるその雛の口が、物欲しげにゆっくりと開かれた。

「・・・・次」
「・・・?」
「何ボケてんだ。次はテメエだっつてんだよ!」

白い手が俺の髪の中に差し入れられ、髪を鷲掴みにされる。
頭の皮膚がひきつり、痛みで顔が歪む。

「借りは返さねェとな?」

至近距離で不敵に挑むその眼は、紛れもなく誇り高い野生の獣のそれ。
本能の指し示すまま、ただ生き抜くことを己に課した獣の眼。
闇の底、獲物を前にしてこそ一際強く輝く。

ああ、そうか。
俺は不意に納得した。
闘うだけじゃない。
これもまた雄の本能の向かうところ。
ならばその萌芽に俺は立ち会っただけということか。
確かに俺でなくてもよかった。
口元が知らず歪む。
天を向いて思いっきり哄笑したくなる。

では訊こう。
子孫を残す必要もないお前が求めるているのは何だ。
ただの快楽か、それとも違う何かか。
それとも俺とお前の間に何かがあるとでも言うのか。

いいだろう。
それが何でも、今は俺だというのなら引き受けてやる。




「借り、ねえ」

半眼で静かに問うと、白金の虹彩が訝しげに揺れる。
だから少し哀れみを混ぜた表情で諭すように語り掛ける。

「まさかアレで終いだと思ってんのか?」
「・・・どういう意味だよ」
「続き、やってみるか?」
「まだ、あるのか」
「・・・・ああ」

面白えと呟く純白が月明かりの下、薄く赤く色付いてきた。
初めて得た熱のせいで上気しているのか。
それとも慣れぬ快楽に溺れたか。
しかし或いは。

早くしようぜと圧し掛かってくるその躯は、先ほどまでにはなかった艶を纏っている。
ならばその色も、俺のものかもしれない。
この髪と眼の深紅のあまりの毒々しさに、お前のその透明も抗えなかったのかもしれない。
疼く矜持を抑え切れない俺は、ほのかに色付いてきた指先を束ねて咥える。
唇を添わせ、舌を絡め、黒曜石のように滑らかな爪を味わう。
繰り返し、繰り返し。



「・・・・恋次」

不意に発せられた言葉に、躯が強張る。
まさか名を呼ばれるとはな。
隠し切れない動揺を口付けに紛らわせ、何気ないフリをして訊く。

「テメエの名はなんだ」
「俺か?」
「ああ」

この覚えのいい生徒は半分だけ口をずらし、唇は触れたままで自分の名を舌に乗せて絡ませる。

「   」
「・・・そうか」

吐息に溶けたその名を唾液に混ぜ込んで、持ち主へと注ぎ返す。
すると俺の名が掠れた声で呼び返される。
その皮膚は相変わらずひんやりとしている。
俺の熱がお前を息づく存在へと変えることができたらいいのに。
そしてこの腹の奥底で燻り続ける熾火を鎮めてくれればいいのに。

叶うことのない願いを込める口付けは喩えようもなく甘く、この夜が終わらぬようにとさらに虚しい願いを重ねることしかできない。
ならばこの灼熱に灰と燃え尽きて消えてしまえ。
それでこそ真夏の夜の夢。






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