「行過ぎる夏の情景 五題」配布元 / LoveBerrys/2008夏 W一護&恋次誕生日企画
振り返ることなく
オイと呼び止めたのに、
一護は振り向きもせず、
さー終わった帰ろうぜーと、ひらひらと後ろ手に手を振ってみせてる。
何だその横着さとムカついて
回り込んでみると、
一護の顔に浮かんでるのは、口の端だけの曖昧な笑み。
「なんで笑ってんだ、テメエ」
「笑っちゃ悪ィかよ、無事、一仕事終えたんだぜ?」
・・・何、無理にはしゃいでいやがる?
虚と闘った直後の一護の表情は、いつになく暗かった。
こんな狭い町内のことだ。
もしかしたら一護は、虚に変ずる前の魂魄を見知っていたのかもしれない。
あるいは仮面が割れ、消え往く瞬間にあの虚が一護に囁いた言葉のせいかもしれない。
全ては一瞬の出来事で、何が原因と俺に知れるわけもない。
だが俺は訊かない。
一護も話さない。
それが俺たちのやり方。
けれど、それとこれとは別だ。
テメエが俺の前でそんな顔をしてるのを見逃せるわけもない。
「それを笑うっていうのか? 不気味なツラァしやがって」
「っせえな!テメーの万年怒り顔よりはマシだぜ」
確かにそれはそうかもしれない。
俺だってこの両肩に負える以上のものを負ってはいるんだ。
こんな顔になっちまうのも仕方ねえ。
だが俺は死神だ。
しかも死人で、充分な時を過ごしてきた。
オマエはまだ生きている。
そして子供なんだ。
わかってんのか?
俺は一護の口の両端に、それぞれ人差し指を突っ込んだ。
そして指を思いっきり引き下げると、とんでもねー間抜け面。
ふごおっと訳の分からない音を発して一護が反抗する。
「オラ! 泣いてみろ!」
一護の動きが止まり、目が大きく見開かれる。
「無理してんじゃねえ」
眉間の皺がいっそう深くなる。
なんとか逃れようとしていた唇が抵抗をやめる。
視線が明後日の方向へと逃げる。
なんだそのツラ、マジで泣きそうじゃねえか。
自分で企てたくせに、こんな顔をさせたかった訳じゃねえと後悔が押し寄せる。
だから俺は、その顔を見なくて済むように、指を抜き取って一護の頭を抱きこむ。
抵抗はなく、すっぽりと懐に収まる。
「なぁ、一護。きついんだったら泣いておけ。その方が楽になる」
「・・・イヤだね」
「先に進む気だったら、今、それをここに置いていった方がいい」
「まっぴらゴメンだね!」
「・・・あのなあ」
「つかテメエは泣くのかよ?!」
確かに泣かねえな。
言葉をなくした俺の心を見透かしたように、
一護は腕を突っ張って、俺の体から勢いつけて離れた。
「泣くのも置いてくのも全部いやだ、俺は俺のやり方で行く」
そして雨に濡れた獣のように頭をブルンと振って俺を一睨みし、口の端だけ吊上げて笑ってみせる。
いつの間にそんな笑い方を覚えたもんだか。
だが先へと歩き出したその背は相も変わらず真っ直ぐで、まるで真夏の日差しのように眩しい。
ならば俺は、オマエが創る影に潜み続けよう。
そして、その背が真っ直ぐであり続けられるよう、強く在る。
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