「行過ぎる夏の情景 五題」配布元 / LoveBerrys/2008夏 W一護&恋次誕生日企画
癒えない渇き
今日みたいに思いがけず主導権がこっちに移ったままで終わったとき、
どうやって体を離していいのかわからない。
前はどうしてたっけ?
素っ気ないフリするのも意識しすぎてるようでみっともねえし、
体を離すためにキスするなんてのもわざとらしすぎるし、
大体、気色悪いって恋次に笑われそうだ。
それに
そもそも終わった直後なんて身体がろくにいうこときくはずねえし、
調子に乗りすぎたせいで喉も枯れてんだから、どうアクションに移すにしてもきっと無様だ。
このままバテたふりしてたら恋次が何とかしてくれねえかなとまで思ったけど、
それでも恋次の上に被さったままだった上半身を起こせばそんな甘えも消えると思った。
けど、混じり合っていた肌が剥がれるのを惜しむように、ちりりと微かな音を立てる。
顔も上げられない。
恋次の胸元にくっつけたままの額を離せない。
眼があったらどんな顔をすればいい?
始めたばっかりのころは、こんなことなかった。
覚えたばかりのやり方と恋次についていくので精一杯。
夢中すぎて、気がついたら何もかもが終わってるのが普通だった。
それなのに今はどうだ。
やっと慣れて、余裕が出てきて、
今日みたいに恋次をやり込めることもできるようになったっていうのに、
今更、何、意識してんだろ、俺。
「もう大丈夫か?」
顔を上げる決心がつく前に、恋次が俺の後頭部をそっとさすった。
その低い声音に、最中に耳に吹き込まれた恋次の言葉を思い出し、収まっていた熱が一気に噴出する。
耳まで真っ赤になる。
身体が強張って、ますます顔を上げることなんてできなくなる。
だから恋次の胸に押し付けてる額に全体重をかけてたまま、
じゃあテメエはどうなんだよと言い返してはみたけど、声がかすれてて迫力が無いことこの上ない。
しかも恋次は何も応えない。
なんなんだよ。
つか無駄に緊張してんじゃねえ、俺。
ふぅと一息ついて肩と背中の力を抜くと、ぺたりとまた肌がくっつく音がした。
また恋次の体の上に寝っ転がった形になった俺は、
痛いぐらい押し付けてた額を離して顔を横向きにし、今度は頬と耳をくっつけてみた。
酷くゆっくりな心臓の音がした。
さっきまでは溶け合うぐらいに同じ温度だった恋次の肌は冷たくなってる。
あんだけ汗かいてたもんな。冷えたんだろ。
視界いっぱいに広がるのは、恋次の肌に刻まれた墨の一群。
恋次の呼吸に合わせてゆっくりと上下している。
あちこちの窪みに乾ききれず溜まったままの汗は、きっと二人分、混ざったものの残骸。
乾いてうんと塩っ辛くなってることだろう。
まるで死海の一滴のように。
恋次のでかい手が俺の背をゆったりと滑る。
とろりと瞼が落ちてくる。
なんだか気持ちいいなあ、眠ってしまいたいなあと思う。
けど、遠くなる意識の中で光る汗粒を眺めていたら、喉がゴクリとなった。
今更ながら、うんと喉が渇いてたことに気がつく。
一旦意識したら、喉が焼け付くようだ。
でもこれを飲んじゃいけない。
だってこれは死の海の水。
飲めば飲むほど体は内側から乾いていく。
だからどんなに喉が渇いていても、口をつけてはいけない。
それでも抗えない。眼も逸らせない。
「このまま寝ろよ」
汗粒に指を伸ばそうとしたとき、俺を咎めるような恋次の声がした。
思わず顔を上げると、
何故か少し哀しそうな恋次がこっちをみていた。
そして汗の残骸と
同じぐらいきらきらと光るものが、恋次の眼の淵にも溜まっている。
こいつ、こんな顔も見せるんだなあと少し切なくなる。
だから俺は、顔を恋次の胸に戻し、その肌に残る汗を舐め取ってみる。
汗は案の定、塩っ辛く、乾ききった身体に染み渡っていく気がする。
これじゃ足りない、もっと欲しい。
ふうと微かな吐息が聞こえたのを合図に、
恋次の体の上をずり上がり、目の淵に唇を寄せてみる。
瞑られた眼の端に浮いた小さな一粒は、そんなに塩辛くない。
むしろ甘い。
反対側の眼の淵も舐めようとしたら、恋次の眼が開いて深紅の瞳が姿を現した。
その色に誘われて唇を寄せると、恋次はゆっくりと眼を閉じる。
ふるりと震えた恋次の睫毛がくすぐったくて、
何も言わない恋次が愛しすぎて、
この先もきっと俺はもっともっと乾いていくんだろうと先が知れて、
俺は何もいえなかった。
<<back