後朝 −歪みの向こう / 一護− 



それぞれに出かけたオヤジや妹達を素知らぬ振りして見送って、即、部屋へ駆け戻った。
 
「待たせたな・・・っと」
 
2段跳びで駆け上った勢いのままドアをバタンと開けたというのに、恋次は気づきもせずに熟睡中。
暑くないのか、布団を半端に被って大の字で、髪はぐちゃぐちゃ、口は半開き。
やっぱ疲れてんだろなあ、俺だって結構きついしなあなんて思いながらベッドの横にしゃがみこむと、
布団から突き出た足には片っぽだけ白足袋。
全然気がつかなかった。

全く俺たちときたら。

ため息が恋次の顔にかかって、睫毛がかすかに揺れる。
けれど熟睡中の副隊長は、警戒心も何もかもどっかに捨ててきたみたいに無反応。
汗で張り付いた髪を、頬や額から取ってやる。
生え際から刺青と眉毛、瞼と睫毛、眉間の皺から鼻先へ、そして唇。
あちこちをつついてみるけど、やっぱり無反応のまま。

半開きの唇は、昨夜のせいだろう。
赤く傷ができて、カサカサに乾燥している。
あんだけやった後だし、こんなときはちょっと湿らすぐらいのキスだけで。
 
髪の中に指を通すとじっとりと湿ってる。
何だか昼寝中の子供みたいでかなり可愛いかも。
こんなバカみたいな大男、しかも死神で年寄りで副隊長とかに子供ってのもヘンな話だけど。
カワイイとか言ってやったら、目を白黒させて怒鳴りだすに決まってるんだろうけど。
 
真っ赤になって怒り狂う恋次を思い浮かべて吹きだしそうになった瞬間、首筋や肩口に残る痕に気がついた。
爪の痕、吸った痕、そして歯型。
全部、ひとつのこらず俺がつけた痕。

 
途端に戻ってくる昨夜の闇の中の恋次の狂態。
見据えてくる半眼、荒い息、纏わりついてくる舌、滴り落ちる雫。
貪欲に腰を振ってくるくせに、決して理性を失わないその指先。
泣きそうになってるくせに、絶対爪なんか立てやしない。
感じてないわけねえだろ、もっと夢中になってみろよとものすごくイラついた。
 
だから恋次の誘いに乗ったフリして、恋次のこと、散々攻めた。
無我夢中のフリして、捻って摘んで吸って噛んで引っかいて、目一杯、痕もつけた。
痛みとか快感とか、そんなのを際限なく抉り出してやった。  
でも恋次はなかなか落ちなくて、
もうムリかとあきらめかけた瞬間、やっとしがみついてきやがった。

チリ、と背中を走った微かな痛みとその瞬間のため息に、俺はなぜかすごく満たされたんだ。



恋次の肩口に残る痕に指を這わせる。
首筋までそっと指を進めて、そのまま耳元まで遡る。
汗で湿った髪の束をどけて顔を埋めると、人間の体のままでも恋次の匂いがする気がする。
 
気のせいだって分かっているけど。

所詮俺たちは人間と死神で、生き物と死人で、全然異なる存在で、
熱とか匂いとか時間とか、そんなものは共有できないんだけれども。
だから余計こだわってしまうんだけれども。
 
じゃあまた、人間の体を抜け出して死神になろうか。
そうしたらこの部屋を満たしている昨夜の名残、
俺達の汗とか空気の重さとか、そんなものが感じられるだろうか。
日の光に消え去ってしまった夜が戻ってくるだろうか。
 
耳朶を辿って頬に辿りつき、軽くキスすると恋次が寝返りを打った。
うーんと布団を巻き込みながら、俺に背を見せる。
布団に隠れ切れなかった背や腰が顕わになる。
朝日の下、刺青も汗で濡れた肌も俺の残した傷も何もかも顕わになる。
そして昨夜の残像と重なる。
だから指が恋次に伸びる。
夜の闇に絞りつくしたと思った欲望は、更に大きく膨らんで俺を満たして今にも弾けそうだ。
死神だろうが人間だろうが構やしねえ。
ここで、このまま。
今さえあれば。
 
 
 
「う・・。ふ・・・うああ」
 
・・・・全く何てタイミング。
死人みたいに寝てたくせに、目を覚ましやがった。
 
「・・・・おはよう」
触れる直前だった手を戻しつつ、渋々アイサツする俺って本当にバカ。
 
「・・・・ういっす」  
寝ぼけ眼の死神は、目を擦り擦り半身を起こしながらも、几帳面に返事をする。
こいつもバカ。

あんな夜の後に、朝日をぴかぴか浴びながら挨拶しあう俺らって真剣、バカ。
あまりのバカバカしさに笑いが込み上げる。
 
「・・・・何、笑ってんだよ、何かついてんのか?」
 
恋次は不機嫌そうに眉根を寄せ、口の辺りを擦った。
いつもの涎の跡だと思ってんのか?
バカだよ、テメーは本当に。
 
「おう。一杯ついてるぜ?」
「まじか?・・・んぁ?!」
 
両手を慌てて頬に伸ばした恋次の両手首を掴んでそのまま押し倒す。
 
「・・・っ、何しやがるテメー!」
 
布団を足で取っ払って、剥き出しの腹に押し乗って顔を近づける。
 
「涎じゃねえよ、違うもんが一杯ついてるって言ってんだ」

途端、恋次の顔が赤くなる。

「テメー、あれだけつけるなって言っただろ! 全身痕だらけじゃねえか、このバカが!」
「何だ、気づいてたのかよ。しょうがねえだろ。止まれっつったって止まるもんじゃねーんだ」
「んだと、こんのクソッタ・・・・ふ、んんっ」
 
そのまま唇を落とすと、全然嫌そうじゃない唇が応える。
目はお互い開けたままで、恋次が苦笑してるのも見える。
だから俺は安心してキスを深めた。
 
「・・・テメーが誘ったんだろ」
唇が浅く触れたままそう俺が言うと、
「痕つけるなって言ってるだろいつも」
と、何だか穏やかな反応。だから、
「・・・なあ。今日、誰もいないから一日中一緒に、な?」
と下唇を食みながら訊いてみたけど、
「カンベンしてくれよ。昼には帰るぜ俺は」
と余裕たっぷりの苦笑を返された。

「・・・でもまあもう一眠りできるか」

そう恋次は言って、いつの間にか俺のTシャツの下に忍び込ませていた指で背中を探る。
昨夜の傷に指が触れたとき、チリ、と微かな痛みが背を走った。
指が確かめるように傷を辿る。
目があったけど、ふいと視線を逸らされた。
つまり気づいていたわけだ。
でもこの意地っ張りは隠したいらしい。

「・・・朝から昼寝かよ、やなこった」
だから俺は騙されたフリをして反抗してみせた。

「そういうのもいいんじゃねえか、たまには」
恋次は安心したように笑って俺の手を掴み、思いっきり引いた。

「ほら、こっちこい」
「うぉっ?!」

反抗はしてみたものの、ぼふっと抱きとめられて、
おまけに恋次の太い腕を枕にして横抱きにされた上、背を擦られたらたまらない。
直射日光を浴びながらの転寝は気持ちよすぎて、重労働後の体は言うことをきかない。
まるで陽だまりの猫みたいだなあとか、
起きたときもこんなだといいなあとか、
背中の傷はちゃんと残ってるかなあとか、
結局あんまり死神とか人間とか関係ないんだよなあとか。
そんなことをつらつらと考えながら、俺は至上の眠りに落ちた。




(終)

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