「・・・・・オイ、ちょっと待て。これは何だ?!」
「あれえ? 見覚え、ありませんかぁ?
というわけで黒崎サンの義骸ですから是非、阿散井サンに育ててもらってくださいねー」
「ちょっと待てっ!! 俺は人間だぞっ! 何で義骸がいるんだよっ!!」
浦原さんがぽかんとする。
テメー、忘れていやがったな?
「・・・・ま、スペアってことで何かあったときに使ってください。
じゃ、がんばってくださいねー!」
そう言って窓枠に足をかけた浦原さんは、慌てて駆け寄った俺の耳をつかんで囁いた。
「ここ2,3日は気をつけてくださいね。
たぶん阿散井さんとチビさんで人格が混乱すると思うんで」
「・・・・え?」
「しばらくの辛抱ッス。チビさんの人格っていっても3歳当時の魂魄だし、
一日分だけなんで、オトナの阿散井さんのほうが絶対優勢っす」
「それってどういうことだよ?」
「2,3日の混乱が過ぎたら完全に融合して問題なくなるってことっスよ」
人格交替? つか完全融合って一体どうなるんだよ?!
「可愛がったんでしょう、チビさんのこと?
じゃ、悪いほうにはいかないッスよ」
虚をつかれた隙に、浦原さんはそんじゃまたー!と軽く言い残して消えた。
・・・・・逃げたな?
俺も逃げたい気分なんっすけど。
恐る恐る振り返ると、恋次は布団の上、静かに座ってた。
大丈夫かと訊くと、どことなく子供っぽい仕草で、うん、と頷く。
妙に若くて細い、刺青ナシの恋次の腕の中には、
浦原さんが置いてった三歳当時の俺のカラダと魂。
ぐうぐうよく寝てる。我ながら、ちっさいなぁ。
「オマエ、こんな顔してたんだなぁ」
「よく覚えてねえ」
「なんか、派手なガキだよなあ」
「テメーにゃ言われたかねーよ」
それに、そんなに見るなよ、ほっぺたとかつつくなよ。
なんか、こっ恥ずかしいじゃねえか。
「なぁ恋次。さっき浦原さん、なんて言ってたんだ?」
「・・・・・この体、空にしておくとテメーにもてあそばれるから
入ってた方がいいですよって」
「ってなんだよソレ! 俺、意識のないヤツになんか手をださねーよ!
ヘンタイ扱いすんじゃねーっ」
白い目で恋次が俺をみて、イチゴのパンツ、と呟いた。
「い、いやそれは誤解だからっ!」
「俺、全部覚えてんだけど」
し、しまった・・・。
「いやなんだ、ほら。やっぱ子育ては経験だから。
俺がイロイロと教えてやるよ、な? それでチャラということで・・・」
「何がチャラなんだよ?」
「ほっとけ!」
恋次が笑った。
「いや、別に悪い意味じゃなくてさ。
俺、チビが自分の一部だって感じはしねーけど、
チビの記憶はあるし、俺のじゃねーってわかる。
視点が違うからな。テメーのこと見上げてるし、それに・・・」
と言って恋次が俺を見ながらまた笑った。
「・・・・なんだよ」
「いや、ずいぶん表情が違うもんだなって」
「・・・・・!」
顔が爆発的に赤くなったのを感じた。
ああ、まずい。全部全部覚えられてるのか?
なんか俺、とんでもなくマズいこととかしてなかったか?!
恋次があたふたする俺をみてまた笑ったとき、
チビな俺が恋次の膝でううん、と身じろぎした。
「で、どうするんだよこのチビ一護・・・・」
体よく押し付けられたような気もするこのチビな俺。
けど、こいつを二人で世話するっての、そんなに悪くないかもしれない。
ていうか、なんか楽しみな気さえする。
「ま、予行演習だよな!」
「何の?」
「そりゃオマエ、将来の」
「阿呆!! 何考えてんだテメーはっ!!」
そんな完全否定しなくても・・・。
いいじゃねーか、夢ぐらい。タダなんだしさ。
「・・・今度は絶対俺が主導権をとる」
おお、やる気満々じゃねーか。
「絶対、お母さんとか呼ばせないぞ!」
そう言って恋次が拳を握り締める。
「じゃ、ママって呼ばれるほうがいいのか?
そうだだよな。若返ったもんな。ハゲもないし。
じゃ、パパとママで行こうぜー!」
「そうじゃねーーー!!」
拳をふるふると震わせた恋次がベッド上に座ったまま、上目使いに俺を見上げてくる。
にらみ合ってたらなんかつい噴出してしまった。
だってこのとんでもない状況。
一体何やってんだ、俺たち。
そしたら恋次だって笑いを堪えられなくなったみたいで笑い出した。
その表情に、チビのあのバカみたいに明るい笑顔のカケラが残ってて、
ああ、やっぱりチビは消えてなかったと思った。
あのチビは恋次そのものだったなんて。
ひねくれたクソガキで、食うもん食ったらすぐ逃げ出して、
ぜんっぜんココロは開いてこないくせに、距離を取って追いかけてくる。
不安で一杯でも絶対それを見せないプライド。
居場所のない孤児。
子供として育ってこなかった子供。
そんな恋次に、ほんの少しの時間だったけど、昨日のあの一日は意味があったかな。
最後には一杯笑って、一杯泣いて、そんな普通の子供になってた。
ちょっとだけかもしんないけど、恋次、子供時代を取り戻せたかな。
少しは素直に泣ける大人になったのかな。
いつもより細い17歳の恋次の肩が余計頼りなげに見えた。
そんな俺の胸中なんか知らないで馬鹿笑いしてた恋次は、
目尻の涙を拭いながら、
「タイヤク、うまかったぞ」
と言って悪戯っぽく笑った。だから、
「また買ってやるよ」
と言ってそっと抱きしめた。
その膝にはチビの俺がすやすやと眠っている。
また、大混乱の一日が始まるけど、今度は三人、いや四人で家族ごっこだ。
恋次。
オマエの帰るところは見つかったか?
チビは遠くを指差して、帰りたいって言ってた。
あれがオマエだったていうんなら、どこに帰りたがってたんだ?
遠い昔の現世か?
それともルキアたちと一緒に暮らした戌吊か?
そのどちらでもないどこかか?
見つかったのか?
それとも今も探し続けているのか?
俺がオマエの帰る場所になってやる。
それじゃダメか?
「おかえり」
体を離してそう言うと、恋次はちょっと驚いた顔したけど、
恋次でもないチビでもない、でもとてもキレイな笑顔で、ただいま、と応えた。
抱きしめなおした体からは、いつもの恋次の匂いに混じって、
チビ恋次の、あの子供特有の甘い匂いがした気がした。
(終)
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