Snow Red 13 / 最終回
「恋次っ!! オイ、恋次ッ!!」
一護は動かない体を無理やり引きずって、恋次の義骸の傍に寄った。
触ってみるとまだ温かい。
けれど袈裟懸けに切られた傷からは赤い血が流れ出し、力の抜け切った体にはなんの魂魄の気配もない。
あの虚の気配さえ消えてしまった。
「クソッ・・・!」
一護は恋次の体を抱きかかえた。
あの虚が、正体不明のあの死神に昇華されたというのならば、
それに食われた恋次の魂は、虚の魂ごとソウルソサエティに送られたのではないか?
「・・・そうだ、向こうに行けば何かわかるかも」
「ってどこ行くんだ? テメーは大丈夫なのか?」
「ああ、俺は大丈夫・・・・・って、恋次?! 恋次なのかっ?!」
一護が振り向くと、窓枠に張り付いた黒い影。
「おうよ。他の誰だっつーんだボケ」
「って何でオマエ、何で生きてるんだ? もしかしてユウレイか? ていうか何で黒いんだ?!」
一護の言葉どおり、その特徴的な髪も眼も闇のように漆黒に色を変えていた。
顔立ちも体つきも霊圧も恋次とはいえ、一護は戸惑いが隠せない。
「てかテメー、さっき外にぶら下がってたのもテメーか? 自分で自分を切ったのか?」
「あの義骸に入ってたのはほとんど俺じゃねえよ、虚だ」
「ほとんどって何だよ。つかオマエ、本当に恋次なのか?! 真っ黒のままなのか?!」
「知らねえけど、あの虚にいろいろと持ってかれちまったしなあ」
「持ってかれた? 何を?」
「落ち着け阿呆。いいから手ェ出せ! 結界があって入れねえ」
「お、おう」
一護は動かない体を無理やり動かして、窓際へにじり寄った。
差し出された手を恋次が掴み、結界をするりと抜けて一護の部屋に降り立つ。
触れた手から伝わったのは確かに恋次の霊圧で、
ついさっき永遠に失ったと思ったものが、戻ってきたと確信できる。
「恋次・・・」
一護の体の緊張が一気に解けた。
「危ねえっ」
恋次は、力が抜けてずるっと倒れかけた一護を抱きかかえた。
「テメーこそ酷くやられたな。大丈夫か?」
「いや、俺は大丈夫。霊力を吸い取られただけみたいだし、ねっころがってりゃすぐ治る」
「そうか? テメー、子供の頃とか、家族のこととかガッコのこととか全部覚えてるか?」
「・・・たぶん」
「そっか。ならいい」
そういって横を向いた恋次の顔が酷く寂しげで、一護は不安になった。
「・・・恋次?」
「俺は多分、記憶とか魂とか、あの虚に取られちまった」
「どういうことだ?」
ここ、と恋次が自分の頭を指差す。
「ガキん頃の記憶が無え。ぽっかりと消えちまった。色も」
恋次が顎で自分の義骸を差した。
「あのガキの虚に取られちまった。気に入ってたみたいだから」
「ってそうだよ、何でそもそもテメーは生きてるんだよ! 虚に食われちまったと思っただろ!!」
くつり、と恋次が皮肉気に笑った。
「ああ、確かに俺もそう思ったんだけどな。でも吐き出されちまったよ。あのガキはキレイなものが好きなんだと」
だから、キレイな部分だけ残して、濁り切った魂も記憶も拒否されてしまった。
それが恋次の魂のほとんどだったというわけだ。
人間だったら持たなかっただろう。
だが幸いなことに恋次は死神で、魂魄の形を保つことが出来た。
「選り好みの激しい虚で助かったぜ。記憶が無えぐらい、どうってことねえしな。
テメーは紅い色が気に入ってたから、残念だったな。まあでも・・・」
「んなわけ無えだろうっ!!」
「・・・一護?」
突然の叫びに恋次は驚いて一護を見た。
「そりゃ、テメーが生きてるってえのが一番大事だよ?!
でも、あれだって恋次だろ?! 諦めきったような、そんな言い方、するんじゃねえっ!
つか色とかぜんぜん関係ねえだろっ?!」
「・・・一護、まあ聞けよ」
「だぁぁっ! 分ってるよ! 俺は甘いよっ。でもあれだって恋次だろ?!
テメーのガキん頃が酷いってのも聞いてたけど、ぜんぜんわかっちゃいなかった。
あのガキの恋次に教えてもらったんだ。だから子供でも、記憶でも、恋次は恋次だ!
俺は!! 」
一護の真直ぐすぎる視線に、恋次は眼を逸らそうとした。
けれど一護は恋次の襟元を掴み上げ、それを許さない。
「・・・・俺はあの恋次も、やっぱり恋次で、だからそんな風には思えねえ!
いいじゃねえかよ、甘くったってよっ!
あんな消え方も俺はイヤだし、テメーがそうやってオトナぶってんのも気に食わねえっ!
大体テメーはいつもいつもっ・・・」
なおも言い募る一護に、恋次は軽く苦笑してその髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
「何すんだっ、離しやがれクソ恋次っ!!」
「・・・もういいから黙れ」
そして両頬を両手で包み込んで、喚き続ける一護の口をその唇で塞いだ。
「・・・・んっ、ふ・・っ」
最初は反抗してた一護だったが、背中をゆっくりとあやすように擦る恋次の大きな手と、
それとは対照的に激しく貪ってくる唇に翻弄されて、なされるがまま。
ようやく唇を離されて一息ついても、そのまま恋次に抱きしめられて何も見えない、身動きもできない。
「・・・興奮してんじゃねえ、バカ一護。んなこと、誰も言ってねえだろ。 ・・・ていうか・・・」
「んだよ」
「・・・あれ? もしかして・・・」
「なんだよ、ちゃんと最後まで言えよっ、・・・って恋次! その髪!!」
煮え切らない恋次にイラついた一護が、勢いよく恋次を突き飛ばした。
その眼に映るのは、恋次の本来の色。
「戻ってる! 紅くなってる! 眼も!!」
「・・・やっぱり」
「なんだよそのやっぱりって?!」
「いや、さっき・・・」
そう言って恋次が窓の外を見た。
「さっき切ったあの虚。アレが消えるときにな。何かが俺に流れ込んできたんだよ」
「ってもしかして・・・」
「消える間際にさ、めりーくりすますって言ってた」
振り向いた恋次が、取り戻した紅い眼で一護をじっと見つめる。
「俺は、そのときはその言葉の意味がわからなかった。異国の言葉だろ?
何か戻ってきたのは感じたけど、別に変化はなかったし。多分、あれだけじゃ足りなかったんだな。
けどさっきテメーのその、・・・口を吸ってたときに、何か、いろいろとわかっちまった」
「何かってもしかして・・・」
「テメーの中に残ってた、俺のガキん頃の記憶とか、それからあの虚に食われたときの記憶とかが戻ってきた。
テメーといたときのこととかもな」
恋次を見つめる一護の目が大きく見開かれた。
そんな一護を見て、恋次がいたずらっぽく笑う。
「だからもう、テメーがこだわってたくりすますってやつのこともわかるぜ?
何で今日会うことにあんなにこだわってたかとか」
「・・・・恋次っ!!!」
「いてっ、バカ! しがみつくなっ!!」
恋次は、抱きついてきた一護の背中を、宥めるようにぽんぽんと叩いた。
けれど一護は離れそうに無い。
恋次は苦笑を浮かべたまましばらく待っていたが、突然、面白いことを思いついたといった感じで、
「あ、それよりさ。なんかオマエ、面白いこと言ってたよな」
と一護の両肩を掴んでそっと引き剥がした。
「ほら、怖くないとか大丈夫とか」
意味がわからずしばらく呆然としていた一護だったが、
それが義骸に入った子供の恋次に向かって吐いた自分の言葉だと思い至って真っ赤になった。
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた恋次はさらに言い募る。
「なーに格好つけてんだか。大体、子供の頃の俺に手ェ出すってえのはアレか?
男の夢だかなんだか知らねえが、処女願望ってやつか? つかろりこんだっけ、現世で言うと?」
「う・・・ああああああっ! 何でそんな言葉知ってるんだっ!? つか何で覚えてるんだそんなことっ!!」
「そんなに悔しかったのか? 経験者ぶりやがって。違いを十分思い知らせてやろうか? あァ?」
「うううるさいっ、黙れっ! ってテメーこそ感じまくってたじゃねえかっ!
いつも必死で隠してるんだろ、そうだろっ!!」
耳まで真っ赤になりながら必死に反撃してくる一護を抱き寄せて、恋次はその耳元に囁いた。
「ま、そういうことだ。最近テメーもようやく成長してきたからな」
「・・・・・!!!」
「しかし見事に赤いな。なんだっけ。真っ赤なお鼻のサンタさんってやつか?」
「トナカイさんだ、バカ恋次ッ!! ちゃんと覚えとけっ!」
そういってしがみ付いてくる一護の肩越しに、恋次は窓の外を見た。
灰色に曇る空に白い雪が舞い始めている。
耳に残るのは、メリークリスマスと告げた、消え去る間際のあの虚の声。
切りつけた恋次に感謝するように、全てを戻して最後を告げた。
幼い子供の姿のまま、再び輪廻の輪に飲み込まれてしまった。
そこに自分の姿を見るのは、虚ろになってしまったあの子の心を覗き見てしまったからだろうか。
赤に囚われて、血の涙を流していたあの子の。
いっそこの色も持っていってくれてたらよかったのに、と在らぬことを恋次は一瞬考え、その愚かさに自嘲した。
魂の救済なんて無い。どう輪廻の輪を巡ったって、所詮は等しく苦しみの場。
雪はどんどん勢いを増している。
綺麗なものも汚いものも温かいものも冷たいものも、
意思をもって全てを覆いつくそうとしてるかのように雪が降りしきる。
ではこの雪は、福音というやつか。
信じる者を救おうと、降っているのか。
ならば俺も祈ろう。
あの哀れな魂が、雪という福音を得て、幸福を見出すことを。
全ての悲しみも赤の呪いも雪に捨てて、次の生でこそ幸せになれ、と。
外を見つめてメリークリスマス、と声にならない声で恋次は囁いた。
そんな恋次をしばらく見つめていた一護は、その視線の先に同じくメリークリスマスと呟き、紅い頭をそっと掻き抱いた。
(終)
2007 クリスマス企画
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