「熱帯夜に漂う躯 五題」配布元 / LoveBerrys/2008夏 W一護&恋次誕生日企画


こんな夏の夜には、遠い遠い南の森の底深く、雨と光を求めて天を仰ぐ夢を見る。




絡みつく汗



いつまでも覆いかぶさったままの一護の躯は熱くて重い。
暑くてやってらんねえと腕をぐいと突っ張り、一護の躯を中空に押し戻すと、引き剥がされた互いの躯の間に風が起きて、汗で滑った肌を冷やす。
半ば眠りに落ちていた一護が、雨に濡れた猫のように頭をぶるりと振ると、通り雨のような汗の雫が、はらはらと俺の顔に落ちてくる。

「・・・んっ」

その中の一粒が眼にも落ち、俺は思わず声を上げた。
すると一護は微妙に表情を歪め、ゆっくりと俺の脚を抱え上げる。
またかよと半ば諦めて見上げると、堪え切れないと声もなく訴えてくる。
その眼の色に意識が眩む。

眼を閉じると、暑くないようにするからと囁く声と共に膝裏が掴まれ、高く支えられた。
そして今度は、殆ど躯が触れない交接が始まる。




薄く眼を開けると、ベッドに突っ張った腕の長さの分だけ向こうに一護の姿。

衝動とは程遠いゆっくりとした動きとともに、髪が揺れている。
陽の元では、天に向かって同色に輝く髪も、こんな夜には濡れた空気を吸い、俺に向かってその先を深く垂れている。
肌に浮いた水滴は、見る間に大きく膨らんで球体となり、ふるりと震えて体表を伝い流れ落ちてくる。
半開きの唇から零れる熱く湿った吐息は、空間を埋めていく。
まるで森の底に降り積もる霧雨のように。





話によると、遠い南の国の森の底では、雨に打たれることはないという。
遠く上空の雨粒は、背の高い木々の幾重にも重なった葉に阻まれて細かく砕け散ってしまう。
だから森の底深くには雨粒は届かず、霧雨が立ち込めるのだと。
冬も暖かく、凍えることなどないのだと。
そんな御伽噺のような遠い世界のことを知ったのは、確か真冬。
肌を刺す氷のような雨に打たれた犬吊の端の森の中でのことだった。
木の根元に身を寄せ合った仲間がぽつぽつと語るその話を聞いて、
凍死寸前だった俺は、心底羨ましく思った。

見上げると、黒い雲から落ちてくる氷雨は霙まじりになっていた。
葉を全て落とした裸の木の枝は、傘の役目なんか果たしちゃくれない。
もう体表にも指先にも、感覚も残っていない。
眠くてたまらない。

遠くなる意識の中で仰ぎ見たのは、見渡す限りの深い緑の世界。
入り組んだ枝、重なる葉。
遥か高みに見え隠れする太陽。
しっとりと濡れた空気が柔らかく躯を包み込む。
とても暖かい。
風で揺れる葉の隙間をぬって、光が細く降り注いでくる。
あれに触れたい。
そしたらきっと、もっと暖かくなる。

だが、伸ばした手の先に触れたのは、冷たく固まってしまった嘗ての仲間の骸。
夢なんか見てれば、俺の行き着く先も同じ。

ならばここで生き抜いてやると誓った。
そしていつかその楽園に住むのだと。
それまで決して眠らない。
眼も閉じない。
こんな雨なんかに負けるもんかと、暗く広がる空を仰いで睨みつけた。

そして俺は生き延びた。







それにしてもこの部屋は暑すぎる。
こんな夏の夜だというのに、音を逃さぬように窓は締め切られて風が通らない。
水分が絞りつくされて、汗の一滴さえ残されてない気がする。
このまま続けていれば俺は、乾いて干からびて灰になってしまうだろう。
まあ、灰になる前に霊子に戻って消えてしまうのだけど。
くつりと笑いが漏れた拍子に、天井が一護の肩越しに歪む。

「・・・なんだ、余裕じゃねえか」

動きを止めた一護が訝しげに見つめてくる。

「まさか」
「・・・だよな」

苦笑いして首を傾げた一護の鼻先から、ぽとりと汗粒が落ちてきた。
今度は唇に一滴。
ぺろりと舐め取ると、一護は苦しげに顔を歪める。

「・・・恋次、俺、」
「塩っ辛ぇ」

何か重い言葉を吐き出そうとする一護の口は、乱暴な言葉で防ぐに限る。
そんな俺の常套手段に気づき始めている子供は、むっと口を引き結んで反抗心を露にする。


「・・・ん・・・っ」

突然、激しくなった一護の動きで、終わりが近いことを知った。
だが今を惜しむ俺の躯は、持ち主の意思など無視して、少しでも長引かせようと一護の欲の矛先を逸らす。
焦れる子供はきかん気をむき出しに来て攻め立ててくるから、しっとりと濡れそぼつその躯から、汗がはらはらと零れ落ちて雨となる。
その向こうに、淡い光に包まれた一護の髪が揺れる。

だれが気づくというのだろう。
この子供が、こんな密やかな雨を降らせることを。
こんな柔らかな光を放つことを。

知っているのは俺だけだ。
この広い世界に、俺だけ。




互いに触れないという暗黙の了解を破って、一護の頬に手を伸ばすと、こめかみから流れた汗が俺の腕に滴り落ち、俺の汗と合流して、幾筋もの流れとなって肩へと伝い落ちてきた。
焼け付いた渇きを抑えきれず、舌先だけで舐め取る。
その甘さに恍惚となる。
一護も喉が渇いていたんだろう。
頬に添えられた俺の掌から手首を、遡って肘の内側を、そして二の腕から肩へと、汗の流れを貪る。
そして、同じく汗を舐め続ける俺の口も。
同じ甘露を啜る。
絡めとられる。
抱きしめられて、ギリギリと細い腕で縛り上げられた俺の躯は鈍く悲鳴を上げる。
痛い、離せ、止めろ。
言葉にならない言葉は吐息に昇華されてしまい、伝わらない。
だが、久々に直に触れた肌が汗でひんやりとしていたせいだろうか。
自分の腕が、まだ骨ばっている一護の肩を抱き返そうとするのを止めることができなかった。







「恋次・・・、」
「もう、寝ろ」
「・・・ん、だけど。・・・あ、水、飲むか?」
「・・・・ああ、そうだな。頼む」

ちょっと待ってろと軽やかにベッドから抜け出した一護の白い背は、闇に溶けて扉の向こうに消え去った。
静まり返った部屋で、空気がしんとその重さを増す。

「しかし今日は暑ィな・・・」
せっかくなら窓を開けていってくれればいいのにと思いながらも、湿ってベタつくシーツに包まり、先ほどまでの熱を取り戻す。
そして真冬の雨の下で夢見た、遠い異国の森の底へ沈んでいく夢を、一人で見る。

森の上空には燦々と陽の光が、あるいは大粒の雨が降り注いでいる。
だが森の奥底は常に薄暗く、雨粒が溶けた濃密な空気が沈んでいる。
それは幼い頃に目指した、奇妙な楽園。
薄陽に満たされたその楽園には、氷雨もないが慈雨もない。
何にも侵されず、けれど何にも届かない。
決して得られぬ陽光を求め、天を仰ぐ日々。
そんな場所に一歩、足を踏み入れれば最後、
囚われて離れられないと、どうして瀕死の子供が知ることができただろう。
決して夢見るような場所ではなかったなどと。



「ああ、暑い・・・」
肌に柔らかく馴染んだシーツから腕を出して宙に伸ばすと、汗が伝って流れ落ち、月の光を反射する。

確かに俺は生き延びた。
そして生死の淵で夢見たあの楽園に辿り着いてしまったのだと、苦い笑いが漏れた。





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