「熱帯夜に漂う躯 五題」配布元 / LoveBerrys/2008夏 W一護&恋次誕生日企画

仕掛けられるまま、拙い誘いに乗ってみた。
だが退屈で仕方がない。

飽きたわけじゃない。
いつものとおり、青臭く熱っぽい言葉に身を任せてみるのも、
真剣そのものの視線に射抜かれて討ち死にするのも悪くはない。
けれどこんな澱んだ夏の夜には、俺の中の天邪鬼が暴れだすんだ。
そして、ここぞとばかりに水を差す。



いたいけな窪み



「まだまだだな」

剥き出しになった肌に、一護の唇が触れようとしたその瞬間、そんな言葉を投げつけてみた。

するとほら。
引っかかった一護は、あっさり唇を離した。
訝しげに俺を見る一護の眉間の皺が、うんと深くなる。

「・・・んだよ、突然」

まだ薄い胸板に忍ばせた手を、ゆっくりと肩へと滑らせると、俺の言葉の棘を睦言の一部と解釈した一護の表情が緩む。
だから俺は一護の肩をすっぽりと掌の中に収めて真顔で続ける。

「細えよな。鍛え方が足りねえんじゃねえか?」
「・・・なんなんだよ、突然!」

オウムみたいに同じ言葉を繰り返す様は、まるで壊れたおもちゃのよう。

「別に?」
「・・・悪かったな」
「別に悪かねえさ」
「んだよその言い方! テメーみたいなトレーニングマニアとは違ぇんだよ!」
「実戦で何十年も鍛えてんだ、テメーみてぇな発展途上のガキにどうこう言われたかねえ」

決定打だったか?
一護は口をへの字に結んで黙り込んだ。


普段ならなんてことのないいつもの言い争い。
だが他でもない閨でのこと。
こんな言い方は禁忌だと百も承知。


知っているか、一護。
衣服を失い、剥き出しになった躯は実に雄弁だ。
普段、ごまかして曖昧にしているものを、あっさりと曝け出す。
例えば体格差。
そして年齢差
さらには経験差。
どれもこれも浮き彫りになり、
普段は意識できないほどの微かな優越感や劣等感を大きく歪めて目の前に突きつける。
受け入れてしまえばどれもこれも、いい刺激になるってなもんなのにな?
余裕のないオマエにはコンプレックスでしかないんだろう。
ちょっとつつくだけでビリビリと反応してきやがる。
口にはしないけど、俺にはその緊張感がたまらない。





「・・・仕様がねえだろ」

本気で苛ついてるらしい一護は、それでも言葉を濁し、怒らないように自分を抑えている。
ここまで持ってきたんだ。
先に続くはずだった快楽を諦められないでいるんだろう。
だから最後の一線を越えられずに躊躇っている。
ならばほら。
軽くもう一押し。

「まああと10年ってとこか」
「な・・っ」
「さっさと追いついてきな、ガキ」
「・・・・!!」

睨みつけてくる眼を軽く流し、肩を包んでいた掌を離す。
そして今度は指の腹で首筋を辿る。
あからさまな揶揄交じりに。

「クソッ、離しやがれッ!!」

あっさりと堰は切れた。
簡単なもんだ。
振り払われた俺の手は、空に浮かんで行き場を失くし、半ば突き倒された形になった俺は、そのまま片肘を布団についた。
どうやら続ける気はなさそうだ。
捻じって背を向けた一護の躯を、横倒しのまま斜め下から眺めて少し思案する。



一護の躯はまだ細い。
もし俺が獣なら、こんな獲物を手に入れたところで、あまりの肉の少なさにがっかりするだろう。
骨と筋ばっかりで喰うとこなんかありゃしねえ。
喰うならもっと、肉と脂が乗ってからだ。

そうだな。
まずはしばらく放し飼いにしよう。
時々、姿を現して、怯えるのを見てもいいだろう。
そして時が来たら、抵抗する隙を少しだけ残して、止めを刺さずに骨までしゃぶりとる。
その時一護は、一体どんな眼の色を見せるだろう。
どんな味がして、どんな声を聴かせて、どんな風に俺の腹に収まるんだろう。
願わくば力の限り抵抗して欲しいもんだ。
じゃないと狩る甲斐がねえ。

ありえない想像に、奇妙な恍惚感を覚える。
俺、おかしいんじゃねえか?
自嘲の嗤いが漏れると、一護の肩がぴくりと僅かに跳ねて反応を返した。
だが背を向けたまま、顔を逸らしている。

全く。
いつまでそうやって意地を突っ張りとおす気なんだか。
いっそこのまま帰ってお預けを食らわしてみるか。
その考えに、くつりとまた嗤いが漏れる。
お預けを喰らって焦らされるのは俺のほうだろ。
あんなに求めて一護を訪ねたくせに、何をもったいぶっているのか。
だが機嫌を取ってまで続きをというのもシャクだし、面倒くさい。
流れも既に途絶えてる。
一護との関係自体も淀んできていて、先も見えないでいる。
ならば今を捨ててしまうのもまた一興。

焼け付く渇きに苦しんだあとの逢瀬は、とんでもない甘さだろう。
例えそれで終わりになったとしても、失ってしまったものに恋焦がれるその痛みはきっと、甘露のように違いない。
その味を思い浮かべるだけで背筋にぞくりと寒気が走るが、我ながら実に気合のはいった天邪鬼ぶりに苦笑が漏れる。
そもそも本当に堪え切れるのか?
明日をも知れぬ俺たちに次があるとは限らない。
死に際に決して悔やまないといえるか?
本当に?

ならば今、喰らってしまおうか。





目前の一護の躯を舐めるように、見る。
直線的な顎の線は、どこかあどけなさを残している。
頚骨に続く背骨の出っ張りはたどたどしく、少し丸まった背中の線を縁取ってる。
その両脇には薄い肉に覆われた、角ばった肩甲骨。
手前には筋が浮き出た二の腕。
硬いばかりの肩。
厚みに欠ける胸。
緩やかな曲線を描いて首筋へと続く鎖骨。
細い躯を象るのはしなやかで荒々しい線。
どれもこれもすぐに失われてしまうのだろう。
なんて、儚い。


人間たちの時間はすぐに行き過ぎてしまう。
そう、10年。
一護に投げつけた自分の言葉を思い出す。
確かにあと10年もしたら、一護は俺を追い越してしまうだろう。
それほど一護の成長は早い。
一護に比べたら、俺の時間は止まっているに等しく、俺の身体に一護の腕が回りきるのも、そう先のことじゃない。
最も、そんなハメになったら、そう簡単に抱かせてなどやらないのだけど。

けれどそのときは、たぶん近い。
それとももしかして、今、なのか?

うっそりと、腹の奥で何か黒い欲望が鎌首をもたげた。



一護の躯に厚みが増してる気がする。
手足も長くなり、余裕さえみせている。
そもそも、こんなにしなやかな雄の躯をしていたのか?
奇麗なもんだ。
アンバランスささえ彩りとなって、艶と呼ぶには危うすぎる色が漂っている。
これに抗うのは、簡単じゃねえ。
堪え続けている自分が哀れなほどだ。

ごくりと喉が鳴る。
飢餓に似た何かが腹の奥、ふつふつと湧き出している。
慌てて眼を逸らす
まだだ。
もう少し待て。
喰らうにはまだ早い。
壊れてしまう。
けど、たまらない。
堪えきれない。
時が来るまでなどと悠長に構えていたら、逃げられるかもしれない。
他のヤツに喰われてしまうかもしれない。
ならばいっそ、今、ここで。
俺が。






意図を悟らせないように、静かに躯を起こす。

「・・・いつまで待たせてんだ」

誘いをかける自分の声に苦笑を堪えきれない。
これで抑えてるつもりか。
常より低く、地を這うような声音に漂うのは露骨な肉欲。
一護はかすかに肩を震わせたが、応えはない。
バレたか?
だが、そのほうが手ごたえがある。

「ならこっちからいくぞ?」
「・・・離せッ」

本気で抗ってくる腕を、入り身を取って流し、そのまま背に回り込めば、その細い頸の後ろに連なる背骨が目前に曝される。
びくりと痙攣する一護の躯を緩く押さえ込めば、月明かりを浴びて闇に浮かび上がる細い首筋。
明るい色の髪の根元にひそやかな窪みが姿を現す。
いくら鍛えても消えることのない急所。

「・・・こんな簡単に急所を曝すんじゃねえ」

止めをさしたくなるだろうが。

「煩ェッ、大体テメーが・・・っ!」
「テメーが何だ? あァ?」

その窪みに唇を埋めて吸い上げると、一護の背が反る。
いい反応だ。

「テメーがッ! ・・・テメーだから、だから俺は・・・っ」

だが、叫んだ一護はすぐに抵抗をやめた。
もう覚悟を決めたのか詰まらねえなと一護の顔を覗き込んでみると、半ば泣きっ面で床を睨みつけている。
涙こそでてないものの、口がへの字に大きく歪んでいる。

・・なんだこれは。
こんな不意打ち、卑怯じゃねえか。
こんなツラされたら続けられねえじゃねえか。
丸っきりのガキじゃねえか。
育ったのは躯だけかよ。
なんてこった。

俺は黙って手を引いた。





「悪ィ、俺、ガキみてえに・・・。ってかガキなんだよな。マジで。クソ・・・」

そう言って無理やり顰め面して強がる一護の顔は、いまだ泣き笑い。
開いた口が塞がらない。


・・・ああ、確かにまだ早すぎる。
こんな餓鬼を相手にしても、腹は膨れない。
喰うのはまた今度にしよう。
もう少し育って、容易にその窪みを曝さぬ狡さを得てから。
そうでないと狩りの愉しみもない。
だから今は待とう。
十分に熟れたオマエが、しっかりと雄の躯と心を得るまで。
そう先のことではない筈だ。
それまでは俺を喰らい続けるといい。



俺は、一護を抱き寄せ、その薄い躯に手を回した。
背に爪を立てると、一護の両眼が睨みつけてくる。
いつものきかん気が戻ってきている。
単純なもんだ。



「ごちゃごちゃ煩え。・・・・早く来いよ。テメーが欲しくてたまんねえんだ」

柔らかい耳に囁き込むと、大きく見開かれた薄茶の瞳に月の光が映りこむ。
それは真っ直ぐすぎて眩しくて、俺は思わず眼を細めた。









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