闘って生き延びて明日へ命を繋いで。
そんなもんで手一杯の俺たちだから、愛だの恋だの関係ない。
ましてや一生モンの恋だなんて人間じみた絵空事なんぞ、くそっくらえ。

ただ獣のように生き抜く、そんな日常。



ケダモノ



「痛てえっつってんだろ、このボケ!」
「るせー、テメーがもうちょっと融通きかせやがれっ」

ああ、なんで俺達、こんなときまで言い争い。
色気もへったくれもありゃしねー。
いや、色気は溢れるぐらいあるんだけど、
恋次の顔だけ見てりゃあもうどうしようもねーぐらいなんだけど、
どうにかなんねーのか、この厭そうな態度、この口の悪さ、そして、

「抜け、このヤロ・・・ッ!」
「蹴るなっつってんだろっ」

・・・・・この足癖の悪さ。
突っ込まれてる最中だってーのに、ドカドカ蹴ってくる、逃げようとする。
顔見りゃ一発でわかるんだよ。
感じてんだったら、少しはウットリ大人しくしてみろってんだ。

「・・・・っ!」

膝の裏に掌を当てて、躯が二つ折りになるぐらい押して開いて、
どろどろに解したソコに打ち付けるように腰を入れると、流石の恋次も声がでない。
顎が上がって、ひゅっと息を飲む音が響いた。
だから、いい加減、無駄な抵抗やめろってのに。

ゆっくりと腰を動かしながら恋次の頬にキスする。
こめかみの辺り、髪を梳いて指を入れる。
耳を弄ってみる。
首筋も舐める。
そして両手首を強く握りこんでシーツに押し付ける。
磔になった恋次は大きく顔を反らしてるから、

「好きだ、恋次」

と頬を摺り寄せて耳の辺り、目が合わない位置で小さく名前を呼ぶと、

「うるせえ」

と、やっと静かな答が返ってきた。
それが、この意地っ張りのOKの合図。

だから軽くキスして、体を起す。
手首を離してしまうのはちょっともったいないけど、
あの体勢じゃ恋次がキツすぎる。
足を軽く両腕で支えて俺の体重が恋次にかからないように、
恋次は躯の力、全部抜けるようにして。

お互いもう何回もイったから、衝動は抑えきれないことはない。
ゆっくり味合うように腰を動かすと、
焦らすような鈍い快感が腰を這い上がってくる。
でも恋次の方は、動き出したばっかりだってのに息が上がって口は半開き、
手が拠り所を探してシーツを掴もうとしている。

「ん・・・・・・んっ・・・」

せっかく解放してやったのに、自分で磔になりに行くのかよ。

追い込んでるのは俺なのに、不埒な考えが脳裏を横切る。
このまま磔にして、閉じ込めて、狂気の底まで追いつめたい。
背筋がぞくりとする。
膨らむ暗い欲望、止められない。
止まらないのなら、逃がすしかない。

腰から背筋を駆け登る、痛みに似た官能に体を明け渡すと、
暴力的なまでの衝動が脳髄を掻き乱す。

「は・・・っ、そ・・こ・・・・・、あぁっ・・・」

恋次が観念したように喘ぎだした。
腰が蠢いている。

何もかも、靄がかかったように不鮮明。
感じられるのは、組み敷いた躯と繋がったその一点。
擦れ合うのは柔らかい粘膜同士の癖に、生み出される刺激は鋭利。
生半可な理性や余裕なんかに、太刀打ちできるはずも無い。
為す術もなく切り刻まれて、飛び散って消え去る。
だから俺たちは本能の指し示すまま、疾走し続ける。
それが獣のやり方。

「・・・っ・・・・・あっ、はぁっ・・・・・」

恋次、と名を呼んでも、何も返ってこない。
叩きつけられる欲望と暴力的な快感に酔った恋次の口から漏れるのは嬌声だけ。
自分だけの快楽に酔っているその姿が、更に俺を煽る。

欲が欲を呼び、快楽が快楽を呼ぶ。
官能に痺れた躯で、果てを目指して登り続けていくのは、
天へと続く螺旋階段を駆け上るのに似ている。
でも登り詰めたって、俺たちには何も無い。
こんなこと繰り返したって、自己増殖なんかできやしねえ。

意味なんて無い、目的を失って袋小路にはまりこみ、
単純な欲望に姿を変えた俺達の本能。
だから身を投げるように、螺旋階段の天辺から二人で宙に身を躍らせた。





疲れ果ててぐったりと四肢を投げ出した恋次の髪をゆっくりと梳く。
汗に塗れてぐちゃぐちゃで深みを増した深紅。
指に巻きつけて口に含むと、恋次の匂いが口腔を満たしていく。

「・・・・・全く。暴れてんじゃねーよ、ひとのことガスガス蹴りやがって」
「暴れんに決まってんだろ、何回やってんだこのボケッ」

息切らして、そんな弱々しい声で怒鳴っても迫力ねえぞ?
顔も赤いし。
つい、ニヤリとイジワルな笑いが零れる。

「もう疲れて動けないだろ?」
「・・・・テメーそれが狙いか!」

ちげーよ、バカ。
テメーのことだ。
動けなくなるぐらいまで疲れたほうが、自分に言い訳しやすいだろ?
ここに居易いだろ?

「そ。だから逃げんなよ?」

そういって抱きしめると、なんか恋次の顔が妙に熱い気がする。

そういえば俺たちが始めたばかりの頃、
一緒にずっといたいって言ったことがあるけど軽く一蹴された。
その時の、拒絶するような冷たい恋次の眼が忘れられない。

「・・・俺やっぱり恋次とずっと一緒にいてえ」

余韻に浸ってる振りして囁いてみると、

「何、寝ぼけてんだこのボケ」

速攻繰り出される、拒絶の言葉。
でも腕の中の恋次を見ると、あの時とは眼の色が違う気がする。
寝た直後だから?
それともお前の中で、或いは俺との間で、何かが変わったのか?

「・・・・・ったく、もうちょっと色気のある言葉、吐いてみろよ」
「色ボケしてんじゃねえ、ガキの癖に」

知ってるか。
毒だって、慣れてくると効かなくなるんだぜ?
イキモノってえのは順応性が高いんだ。
だから毒を盛り続けられると、毒無しじゃ生きられなくなる。
だから毒を含んだ言葉は実のところ、この上なく甘くって困る。

頬と頬を擦り付けると、汗が乾きだしてひんやりと冷たい。
指を口に含むとやっぱり塩っぽい。

「せめて今日はここにいろよ?」

そう言ってペロリ、と上気した頬を舐めると、
しつこいと呟きながら恋次が俺の肩に噛み付いて返した。
きっとこの傷は、躯に戻ったときにも薄く残る。
獣の俺の本体に。

「逃げねえっつってんだろ? 朝まで居てやるよ。そんでテメーの顔に落書きしてやる」
「やってみろよ、きっと俺のほうが早起きだぜ?」

どちらからともなく口付けを始めると、
さっきまでの熱が後を引いて、どうしても深いものになる。
汗とか唾液とか水分をたっぷり含んで、粘っこい音を立てる。
どうしようもなく、甘い。
止まらない。



俺たちは違いすぎるほど違うけど、人に似た心と躯を持つ獣同士。
恋とか愛とか、そんな甘い言葉は口にできないけど、それで充分。
そして壊れちまった本能をこの手に、明日を生き抜く。



<終>

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