「人間 5題」 (配布元 キョウダイ)
情動
その指が此方に伸ばされるたびに、反射で身体が僅かに仰け反る。
「どうして俺を避ける?」
静かな問い。
「避けてねえよ」
その証拠にほら、もう俺の片頬はその掌の中だ。
でも些細な反証を気にも留めず、一護は更に俺を追い詰め、試す。
ゆっくりと伸ばされてくるもう一方の手は俺の逃げ場を奪い、空いた頬を捕らえた。
ほら、また逃げた、と一護が薄く笑う。
完全捕獲された俺は、網の中の小魚のように逃げ場を失ってオロオロと泳ぎ続ける。
無邪気を装った視線が俺を射抜く。
自分で制御できない。
この生命そのものの子供を、死人が受け止めきれる筈もない。
だって俺の心臓が奏でるのは仮初の拍動。
廻る血流が運ぶのは情動の残滓。
この想いさえ、消えゆく光陰の如く。
だから敢えてその手を掴み、己に逆らう。
「逃げてねえよ」
そして騙された振りをする熱く湿った掌に、頬を押し当てた。
「永遠を願う動物」>>
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